レイランの苦悩
ダイダラ霊山側に視点が移ります。
ちょいちょい視点変更するとややこしいでしょうが、こうしないと作者が両方の展開を忘れてしまいそうなのでご容赦を。
調査団ベースキャンプ側から見て、ダイダラ霊山の向こう側には樹海が広がっている。
平原となっている反対側とは違い、人の手が一切入り込んでいないそこは完全に未開拓な魔獣や野生動物の宝庫となっている。
ダイダラ霊山の影響から遠ざかっている所為で、イズフ樹海と違い完全な霊域ではない……準霊域とも呼べるその場所も、霊山が解放されればいずれ人の手によって切り開かれていくだろう。
そんな樹海を一望できる、山肌から突き出た一枚岩の特等席にレイランは居た。
山や森を独り占めにできるこの場所は彼女にとってお気に入りで、嫌な事があればいつもここに来ては心を落ち着けてきた。しかし今日に限ってはいつまで経っても心の乱れが消えてくれない。
理由は分かっている……マオランの事だ。
マオランの寿命については以前から聞いていた。見た事は無いが、天使様のお陰で無理に延命している事も。役目を終えれば命を終えるとマオランは幾度もレイランに語り掛け、その都度レイランは悲しくて泣きそうで、でもそんな日はまだまだ先の事だと割り切って今日までを過ごしたのだ。
そんな来て欲しくも無い時が知らぬ間に眼前に迫っている。それを突き付けられたお陰で今日だけはどうしても気持ちの割り切りができなかった。
そうなると感情の矛先はそれを招いた輩に否が応でも向けられてしまう。レイランの脳裏にはマオランと仲良さげに語り合う黒髪の少年の姿がはっきりと浮かんだ。
見た目は人間族のようだが明らかに違う。僅かでも垣間見たその力量は自分など歯牙にもかけない圧倒的なものだ。詳しい話は初めて食した美味な肉の所為で殆ど聞き流しており、『異世界』などと聞き慣れないワードが飛んでいた気もするが、取り敢えず只者でない事ははっきりしている。
そしてその者の目的の為にマオランが命を終える必要がある事もはっきりとしていた。初対面で得体の知れない怖い相手だったその者――アキトは現在、レイランにとって明確な敵となっていた。
なのによりによって絶対的に味方である筈のマオランは、昔馴染みらしいアキトと上機嫌に語らっている上に、自身の命と言っても差し支えない天使様の魂を渡す事に躊躇するそぶりも無い。
それがレイランの感情のうねりに拍車を掛け続けていた。気付けば如何にしてアキトを排除するかに没頭する思考回路。しかし実力行使しか頭に浮かばず、そうなればいとも簡単に返り討ちに遭うビジョンしか浮かばない現実に打ちのめされ、レイランの気持ちはお気に入りの特等席に居るのに際限無く沈み込んでいくのみであった。
気心知れた来訪者が訪れたのはそんなタイミングだった。
『やはりここか』
「……ガウラン……」
翡翠色に輝く体毛を纏う相棒狼なガウランが呆れたような……それで慰めるような眼差しを携えてレイランの背後から声を掛けた。レイランは返事をしつつもそれに振り返る事は無い。
なのでガウランは溜息を零しながら、カチカチと爪で岩肌を打ち鳴らす音と共にレイランに歩み寄り、隣に腰を下ろす。
視線はお互いに遠くを見つめながら、ガウランは今までに幾度も繰り返した説得を試みた。
『マオランの死は避けられない。それはこのまま堕天使の魂魄を宿し続けても変わらない。例えボス――アキトに魂魄を渡さなくてもいずれマオランは死ぬ』
余りに淡々と語る様子にレイランはガウランに向き直ると吼えた。これも今までに幾度も繰り返したやり取りだった。
「何でガウラン、そんな平気!? マオラン居なくなるの、悲しくない!? 何でそんな風に、簡単に死ぬとか言える!?」
『オイラは霊獣マオランの分身体。オイラの誕生自体がマオランの死を意味している。最初からそういうものと考えてるから悲しいと思う以前の話だ』
返ってくる答えも幾度目になるかもう分らない同じもの。普段から兄妹同然に一緒に居て気心知れた仲でも、そもそも人と霊獣では根本的に価値観が異なる。
とっくに思い知っている現実にレイランは反論する気にもなれなかった。そしてこのままガウランがレイランの気持ちが落ち着くまで隣に居続けるのがこれまでのお決まりだったのだが、今回は少し展開が異なったようだ。
『仮に堕天使の魂魄を渡さずにマオランが多少なりとも生き延びたとしても、ここには居られなくなる』
「……え?」
今まで聞いた事のない話にレイランが食いついた。ここに来て初めて視線を交わして一匹と一人は話し合う。
『ここが霊脈じゃなくなれば、オイラ達はここを去らなければならない。霊脈でもない場所に霊獣が居続けることはできない。そんな事をすれば源素が乱れる』
霊獣が霊脈に定住する理由は源素の制御だけではない。天災と称される程の魔力を持つ霊獣はそれ自体が小規模の霊域であり、霊脈のような特殊な場所でもない限り居るだけで自然界に何らかの影響を及ぼしてしまう。
それを避ける為に霊獣は常に霊脈から霊脈へ移住しているのだが、マオランは生きようが死のうが……もうここから動けないのだ。
『マオランにはもうこの地の霊脈を収めるだけの力しか残っていない。ダイダラ霊山を鎮めればオイラ達はこの地の去る。でもマオランはそれについて来れない、それだけの力が残らない。つまりマオランとはここでお別れになる』
「そんな……!?」
『オイラは行く。行って霊獣の務めを果たす。……レイランはどうする?』
「…………それならレイランはここに残る! 最後までマオランと一緒に居る‼」
その言葉の意味をレイランは分かっていなかった。ガウランは気遣いから一瞬躊躇するも、すぐレイランに現実を知らしめた。
『ここにはいずれ人が来るぞ。霊脈じゃなくなればここは人にとって格好の狩場になる。レイランはそんな場所で生きるのか?』
「……!? そ、それは――」
『レイラン、人嫌いだよな。獣人族は勿論、人間族も好きじゃない。特にこういう山中を獣人族は好む。わんさか入って来るけど、一緒に居れるか?』
「嫌に決まってる! そうなったら全員追い出す、今までと一緒!」
『今まではオイラやマオランに従った魔獣達と一緒だから追い出す事ができた。でもオイラがここを出て、マオランが死ねば魔獣達は言う事を聞いてくれない』
これまでのように侵入して来たハンター達を排除する事はできなくなる。その事実を受け入れるしかないレイランは今度こそ反論できなくなった。その機を逃さず、ガウランは説得の加速させる。
『レイラン、意固地にならずマオランを見送ってやれ。そしてオイラと旅に出よう。マオランもレイランを心配してこのままじゃ源素に還れない』
「でも……だけど……レイランは……‼」
『そこまで親を想う気持ちはオイラには理解できない。でも子はいずれ親の元を巣立つもの。それはこの世界に生きるもの全てに言える。オイラにとってマオランは親と言えるかどうか知らないけど、オイラはそうする。だからレイランもそうするべき』
人とは違う霊獣としての価値観で物を言いつつも、可能な限りレイランの心情に寄り添って語る。
レイランの感情的な部分に共感はできないが、レイランがマオランを慕っている事は理解している。急かしていると自覚していたが今回ばかりはある程度の妥協をして貰わないと困るのだ。
何故ならその時は確実に近づいている。日に日に源素のざわつきが強くなっており、きっと一ヶ月も経たない内にその日は訪れる。その日までに納得はできなくても少しだけ理解を示してくれれば現実を受け入れ易くなるだろうと考えていた。因みに考えたのは――。
「……ガウラン、それはガウランの考え?」
『いや、マオランがこう言えって言ったから』
「やっぱり。いつもと違うからおかしいと思った」
そう、マオランが考えた説得の言葉であった。ガウラン君、自分では上手くレイランを論破できないと理解していたので生みの親に泣きついたのだった。
幼いとは言え霊獣として威厳ある面を見せたと思えば、そこはやはり幼少から慣れ親しんだ相棒の直感。この残念狼がこんな良い言葉言える訳ないとレイランに見破られてしまう。
打って変わって心底呆れるレイランに何故呆れられているのか理解できないガウラン。ただ第三者から見れば両方共オツムが残念なのは明白で、似た者同士である為にどっちもどっちである。
ただし結構な効果はあった模様で、呆れたお陰で荒れた感情が幾分か落ち着いたレイランにとって、先程の言葉がマオランからのものだと思えば受け止め易くもあった。
実はそのマオランがレイランの今後の考えて守にレイランを連れ出した欲しいと頼んでいるとは流石に知らないが、
「理解はしてる。……分かってる」
本当は全て分かっている。どうするべきかも理解している。それでも最後の根っこにある感情が割り切れない。そんな消せない苦悩に今のレイランは悶えるしかできなかった。
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「さっき賢司に……キャンプに居る俺達の仲間に”念話”を入れたんだが、ちょっと厄介な事態になった。経緯は諸々端折って結論から言うと、ここに人の軍が攻めて来るぞ」
「どうしてそうなった!?」
一方その頃のアキト達。
ベースキャンプに居る賢司にダイダラ霊山の状況を”念話”で伝えた所、シャンカ伯爵によって起こったアレコレを色々すっ飛ばして伝えたせいで守が混乱していた。
守を落ち着かせる為に、アキトは最初からそう言えとツッコまれそうになる程丁寧にキャンプの置かれた状況を説明した。凄く分かり易かったのだろう、守はすぐに落ち着いて私見を述べた。
「状況は分かったけど、それだと主戦場はベースキャンプ周辺になるんじゃないのか? 何でここまで戦線が広がると思う?」
聞いたアキトは更に丁寧に説明を重ねる。
「団長さん達が籠城を成功させればそれで良いけど、戦略ってのは二重三重に考えるものなんだよ。もしも籠城が失敗した場合、次に取るべき手はダイダラ霊山まで後退してゲリラ戦に徹する事だ」
「まぁ、そうした方が有利だよな。ハンター達――特に獣人族はこういう山とか森とかがホームだし、大人数の軍隊は足を止められるから却って不利だし」
中々に理解がよろしい。察しが悪くても決して頭が悪い訳ではない守。興味の無い分野の知識は薄いが、興味ある事には割と博識なのだ。戦術論に明るいのではなく今回の知識ソースはゲーム由来なのだがそれは良しとしよう。
「そんでアキッちは籠城が失敗するって考えてんのか?」
「あくまで可能性として無視はできないって考えてるよ。それでも賢司からは上手くやれそうって聞いたし、賢司達も参戦するみたいだから心配はしてない」
「ちょっと待った、賢司達は戦うのに乗り気なの?」
「……色々あってやる気満々だ」
「マジでどうしてそうなった!?」
守は頭を抱えつつも展開そのものには納得できた。華蓮ならこの状況で世話になった者達の為に力を尽くそうとするだろう。帝国での経験から気持ちを振り切っている剣姫様なら尚更だと思う。
次に愛奈も根本的に華蓮と似たタイプなので良し。華蓮程向こう見ずでないので寧ろ天使っ娘が積極的なのは状況が手に負える範疇だと安心できた。
美矢は……何も言うまい。実は守にとってあの関西娘が一番読めない。なので放置である。
「賢司は……内心反対だろうけど華蓮達に押し切られたパターンかな? あいつらしいっちゃらしいな」
ただ賢司に関して読み違えていた。
「それは違うぞ守。他でもないアイツが一番乗り気なんだよ」
「マジで? なして?」
意外過ぎると言いたそうな守に、アキトは賢司との”念話”のやり取り及び聞かされたバルトロ・メイ・シャンカ伯爵の変心について話した。レオルドやルネス経由の人伝な評価なので信頼し辛いが、聞いただけで嫌な記憶が呼び起されるのをアキトも守も実感する。
「それアレじゃん。アーリア神教の教皇様と一緒じゃん。マジで? まさかの天使絡み?」
「どうだろうな? 賢司曰く伯爵からは全く脅威感を感じなかったって言ってたし、俺自身が相対した訳じゃないから何とも言えん」
「そんで霊山が狙われてそうだからアキッちにはここを守るのに集中して自分達でその怪しい伯爵様を食い止めるってかい」
『仲間想いな者達だな』
マオランは決して余計なお世話とは言わなかった。アキトが自身を労ってくれている事も当然察していたが、アキトの新たな友人達が気遣ってくれている事を純粋に嬉しく思う。それと同時にアキトが想われている事も嬉しかった。
一方のアキトは正直心配である。しかしリスクを十分に考慮した上で必要と判断したなら出過ぎて止めたいとも思わなかった。
それでも仲間達に危険が及ぶか、またはダイダラ霊山に影響が出るようなら両勢力を喧嘩両殲滅してしまえば良いと平気で考えている元黒竜。
「アキッち……いざとなったら調査団も伯爵も喧嘩両殲滅すれば良いやって考えてない?」
「おぉよく分かったな。その通りだ」
「やっぱりかい」
どうやら守は分かっていたらしい。心の友の相変わらずなぶっ飛び具合に自然と視線が遠くを見つめた。
アキトが「どうした?」と何でもない風に疑問符をぶつけてきたのだが、そのキョトンとした顔が腹立たしかったので放置し、守はお得意の無理矢理話題転換を炸裂させる。
「なぁアキッち、仮に今回も天使が関わってるとしたらさ……目的は何?」
「またいきなりだな。……考えられることは幾つかあるんだが、どれも決め手がねぇなぁ。まぁ目的かどうかは分からねぇが、今回の事と前に帝国で起きた事件……共に最悪まで事が進んだ場合に起こる事態ってのは共通してる」
「それは?」
「大陸中部の弱体化だ」
ギャレリア帝国では天使が乗っ取った教皇によって皇子の暴走が助長され周辺国が疲弊し、そのまま事が進めば内戦もしくは戦争に発展しただろう。仮にならなくても国力は大幅に下がった筈だ。
今回の件も事がどう進むかはまだ定かではないが、もしかしたらダイダラ霊山を荒して魔獣の氾濫を企てているかもしれない。またはハンターズギルドと国との仲違いを画策しているかもしれない。どちらにしろソルファレン王国にとっては大打撃だ。
もし今回も裏で天使が暗躍しているなら、大陸中部の主要国の国力を削ぐ事が目的と言えなくもない。それが目的なのか、それを含めて別の目的があるのかは分からないが。
それでもこの推測が正しかった場合に一番利を得る事のできる国家にアキトは嫌と言う程心当たりがあった。
「そうなった場合……最も得をする国がヴァシュロン聖法国だ」
まるで女神や天使の事を口にする時のように忌々し気な表情を見せるアキトに、守は思わず息を呑んだ。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次話を来週土曜日に投稿します。
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