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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第二章
58/62

戦う理由

 バルトロ率いるシャンカ伯爵軍の愚行は瞬く間に調査団キャンプを駆け巡る。


 知らせを受けた調査団ハンター達の反応はと言うと、流石の一言としか言えない程に統一されていた。


 恐れや戸惑いを抱く者はおろか、逃げ出そうとする輩など皆無。ここに集ったのは国中はおろか大陸中で考えても上位に位置する猛者ハンター達。


 これから起こり得る事態を冷静に受け止め、皆が如何にして切り抜けるかに意識を集中し行動を開始する様は圧巻であった。


 その胸に宿るのはハンターとしての誇り――即ち如何なる権力にも屈しない。自由である事が彼らの矜持であり、それを侵す者を退ける為に彼らは一致団結する。


 そんな中、実はハンターとしての矜持を言う程持ち合わせていない者達――【地球】出身パーティの面々の意見は次のようになっている。


「私は戦うわ。そりゃ私達の目的とは無関係だけど……だからってこんな理不尽見過ごせないわ。それに、あのネーナが向こうに居るなら一発叩き込まないと気が済まないし」


 華蓮は参戦に意欲的だった。帝国での出来事から彼女なりに自身の在り方を定めたようで、故郷に帰還する事を第一に考えながらも、その過程で関わった人達を可能な限り見捨てないと決めたらしい。


 勿論一番大切なのは友人達であるが、皆が無事で居れる範囲で人々を守りたいと華蓮は思ったのだ。


 まぁ最後の一言で、一昨日無礼を受けたネーナをギャフンさせたい願望が漏れている辺り正義感を持ちつつ喧嘩っ早い華蓮らしいと言えばらしい。


「ウチも! モフモフを貶す奴は全員敵や‼」


 続く美矢もらしいと言えばらしい。一向にブレない嗜好と性癖だけで闘争に首を突っ込む彼女の精神性に賢司は最早何も言う事は無かった。


「二人がやるなら勿論あたしも。回復役は必要だよね」


 そして友達二人がやる気なら当然愛奈も参戦に賛成だった。


 こうなると仮に賢司が反対しても多数決で賛成三に反対一。何より賢司も反対寄りとは言え気がかりな点もあるのでそこまで意固地に反対はしなかった。


 ならば残るはアキトへの確認のみ。


「最終的な判断はアキトと守の意見を聞いてからだけど、仮に参戦するにしても第一目標は見誤らないようにしよう」

「「「了解!」」」


 そう言って賢司は”念話”の準備に入った。使えると言ってもアキトのそれとは違い、賢司では長距離の”念話”送信は相当意識を割かないと上手くいかない。アキトから受信するのはそうでもないのだが、こればかりは両者の魔力量と技量の違いである。


 準備が整い、いざ送信……しようとしたタイミングでそれは起きた。賢司から「うわっ」とやや焦った声を頂戴した女子達は何事かと賢司に詰め寄る。しかし大事ではなく……、


「あぁごめん。アキトからの”念話”だよ。タイミングがかち合っちゃって。ちょっと待ってて」


 そう言って賢司はアキトからの”念話”に集中し始めた。端から見れば無言で立ち尽くしているようにしか見えない上に無防備な為、賢司が”念話”に集中している時は自ずと彼の周囲を一緒に居る仲間が囲む様相となる。


 更にはいつも違って今回はかなり話し込んでいるようで、愛奈達が訝しむくらいにその状態が長い。事実、賢司はそれ程に重要なやり取りを行っていた。


『……どう思う?』


 ダイダラ霊山側とベースキャンプ側の現状を互いに報告し合った時点で賢司がアキトに問うた言葉だった。短い言葉だったが、アキトはそれだけで賢司の言わんとしている事を汲み取る。


『些細な偶然と片付けても問題無さそうだが、出来過ぎと言えば出来過ぎな状況だな』

『僕もそう思う。ただこの状況を作った誰かが居るとして、その狙いが何なのかは分からないけど』


 アキトと賢司の双方がそれぞれの場所で起こりうる事態を把握した結果、二人共そこに関連性と何者かの作為を感じずには居られなかった。


 近い内に霊脈としての機能を喪失し源素の大生産を起こしかけているダイダラ霊山と、そんな不安定な時期を見計らって争いを引き起こそうとする変心が疑われる権力者。


 状況がギャレリア帝国の時と酷似し過ぎていた。嫌でも警戒警報が鳴り響く。


 キャンプ側に注意を向けた隙に霊山にちょっかいを出して魔獣の氾濫を引き起こそうとしているか、それとも霊山は関係無く純粋に調査団を害したいだけか。ただ後者の場合でも結果として霊山に悪影響は及ぶ。


 何故なら調査団ではダイダラ霊山への撤退も視野に入れているからだ。仮に伯爵との戦闘に発展した場合、戦線がダイダラ霊山に及ぶ可能性も否定できない。そうなれば黒幕にとって霊山をどうこうする好機となるだろう。


 そこまで意見を統一して賢司はアキトへ提案する。


『アキト、僕らにとって優先すべきはダイダラ霊山の確保だよ。君の前世の友人だっていう霊獣さんがレイアさんの分霊を所持しているのと、ダイダラ霊山を鎮めようとしている事から僕らにとって霊獣マオランは最優先しなきゃならない存在だ』

『その通りだな。正直マオランを害する手段なんて見当もつかねぇけど、それがあると仮定して行動すべきだ。なら賢司、今すぐベースキャンプから撤退してくれ。既にレイアの捜索っていう目的は半ば達成したんだ。もう体面や口実を気にする必要も無いし、戦闘に巻き込まれるリスクを考えたら全員霊山に居た方が良い。独力で脱出するのが難しいなら迎えも出せるし――』

『いや逆だよアキト。僕達はこのままべ-スキャンプに残るべきだ』

『何?』


 賢司の思わぬ提案にアキトが戸惑う。それもそうだろう、これから確実にトラブルが起こると分かっている場所に、何故に残ると宣っているのかアキトにとって不思議だった。


 しかし賢司からの提案は至極正当なものだ。


『よく聞いてアキト……って言うか言わなくても分かってると思うけど。黒幕の狙いが何なのかはっきりしないとしても、大凡はダイダラ霊山に関係してると僕は考えてる。そして陽動かそれとも単なる偶然かは置いておいて、調査団の直面してる事態は展開によって盛大に霊山に飛び火する。確実にダイダラ霊山を守る為にはベースキャンプでシャンカ伯爵に対処するべきだよ』

『言われた通り分かってるさ。でもそれにお前達が参加する義理がどこにある? ベースキャンプの防衛は団長さん達に任せておけ。余計なリスクに首を突っ込む必要は無い』

『余計なんかじゃないよ。調査団にとって最優先されるのは時間だ。戦闘に発展しなければ何もする必要は無いし、戦闘になっても時間稼ぎを優先して霊山に配慮なんかしない……それだと僕達にとって不都合だ』


 賢司に言われるまでも無くアキトはそれを理解していた。しかし可能性として天使もしくはそれに属する者が黒幕だとした場合、友人達を危険に晒す事になりかねない。安全を優先する為に皆を手の届く場所に置いておきたいのだが、賢司はそれより目標の保全を優先すべしと言っているのだ。


 言うまでも無く、賢司はアキトの本心を理解していた。それを承知した上での提案である。


『幸い、君の調査報告のお陰でキャンプに居る僕らの立場は相当重宝されるまでになったよ。今なら団の方針に関われるくらいにね。これを利用すれば状況を僕達に都合良く誘導できる』

『賢司、確かにお前達が不自由しないように不必要に真面目な調査をしたが、それはこんな風にお前らを危険な目に遭わせたくてやったんじゃねぇ。この世界で絶対に安全なんてもんは無いが、それでも可能な限り安全策を取るべきだ』


 これまでの行動によって得られた結果と状況を考えれば賢司の言う事は説得力に溢れている。しかしそれでもアキトは首を縦に振らなかった。


 敵の手がダイダラ霊山に及ぶ前にベースキャンプで堰き止めるという賢司の言い分は確かにベストな判断である。だがそれをしなくともアキト達の目的が達成される以上、アキトにとっては余計なリスクなのだ。


 目的達成以上にアキトが優先するのは仲間の安全である。そしてアキトは決して優先順位を覆さない。この話はここまでと切り上げようとするアキトだったが、賢司は待ってましたとばかりに揚げ足を取った。


『仲間の為に……っていうのはその通りだね。皆で共通の目的を達するのに誰かを危険に晒すのは本末転倒だと僕も思うよ』

『分かってんじゃねぇか。だったら――』

『そう……だったら君の言い分は仲間を危険に晒してるんじゃないのか?』

『はぁ!? おい、何でそうなる?』

『前世の友達なんだよね……マオランさんは?』


 その指摘にアキトは賢司の言わんとする事を察した。器用にも”念話”で『はぁ~』と溜息を吐きながら賢司の発言を先読みする。


『……俺にマオランを守れって言ってるのか?』

『いやいや。アキトに守る気が無いなんて思ってないさ。ただマオランさんを守る事を最優先にしろって言ってるの。……って言うか守りたいって思ってる癖に』

『あいつは俺なんかが守る必要無い程に強い。大抵の事は自分でどうにかできる奴だよ』

『守るべきは命じゃないだろ』

『…………』

『さっき聞いたね……レイアさんの分霊を手に入れればマオランさんは死ぬ。僕らは自分達の都合で君の古い友達の命を奪う訳だ。だったらせめてマオランさんの最後の願い……霊獣としての使命を全うさせてあげたいって他でもないアキト……君自身が強く望んでいるんじゃない?』

『……お前らが気にする事じゃない』

『わー僕ってば今になって物凄く神子柴さんの気持ちが分かるよ』

『何だよ藪から棒に?』

『”お約束条項その一”だよ』


 このタイミングで愛奈との”お約束条項”を持ち出す賢司。その一は”自分を大切に”だ。要は今回に限って良いからアキトに転移組ではなく自分の都合を優先しろと賢司は言いたいのだった。


『ねぇアキト、確かに僕らは君とは比べ物にならない程に弱いけど、弱いなりに立ち回り方を弁えてるつもりだよ。不安はあるだろうけど、それなりに信頼してくれてるんだろ?』

『別に弱いとまでは思ってねぇよ。色々と頼りにもしてる』

『だったら今回は頼ってくれない。君はマオランさんを守る事に集中して、僕らはそれを助ける為に力を尽くすよ。……あぁ守はそっちに居るからよろしくね。このタイミングで移動するのはリスキーだし』

『それは構わねぇよ。寧ろ全員こっちに来て欲しいわ』


 明らかに賢司優勢だが、ぐずるアキトに賢司は最終兵器を投入した。


『あんまり聞き分けが無いと神子柴さんにこの事チクるよ』

『なっ!?』

『怒るね? 確実に怒るよね? 実は自分達の所為でアキトがまた妥協しようとしてたって知ったら神子柴さん超怒るよ。因みにどうなっても僕は一切フォローしないから』

『おまっ……! コラ‼』

『今聞き入れてくれるなら最初からこの案でアキトも賛成してたって言ってあげても良いよ』

『~~~~~~~~‼』


”念話”越しでもアキトが苦虫を噛み潰しているのがよく分かった。心の底からそんなアキトの内心を楽しんでいる賢司に、アキトはようやく観念する羽目となる。


『分かったよ、それで良い‼ その代わり危険だと判断したら問答無用で介入するからな‼』

『そうならないように尽力するよ』

『くそっ! 最近お前が悪魔に見えてきたわ』

『悪魔も泣き出しそうな邪竜が何言ってんのさ。言っとくけど空をかっ飛ばされた事忘れてないからね』

『いつまで引っ張るんだよそれ!?』

『無論……死ぬまで』


 珍しくネタに走る賢司にアキトは今度こそ轟沈した。その後細々と打ち合わせを重ねて最終的な行動指針が組み上がっていく。


 そういう時こそ色々かち合うのが世の常であるのか、同じタイミングでルネスが賢司を呼び出そうと顔を出す。


「賢司、少し良……っと、取り込み中か?」

「あ~ルネスはん。ちゃいます、アキやんから”念話”が届きまして……急用なん?」

「ん……まぁ、そうでもないが。各部の責任者を集めた会議に賢司も出て貰おうと思ってな」

「それはまた……随分と賢司を買ってくれてますね」


 親友が案の定な高評価を受けている事を誇らしく思う反面、どこでもいつでも有能さを隠し切れない賢司の在り様に華蓮が溜息を漏らした。それを受けてルネスも溜息を吐き返す。


「あれだけやられて評価しなかったら、そいつの目は度し難い節穴だぞ。……正直に言うと、ちょっと有能過ぎて気持ち悪いがな」

「その気持ち物凄く分かります」


 聞きようによっては凄く失礼な発言に対し、華蓮が心の底から同意した。その反応を予知していたからこそルネスは敢えてこう言ったのだった。女子達は再び分かり合う。


 寸劇をここまでにして、愛奈が極めて真面目な質問を投げた。


「ルネスさん……状況は厳しいですか?」

「悲観も楽観もさせられないのでな、そのままを伝えると何とも言えん。まず前提として戦闘に発展すると決まった訳ではない」


 無論キャンプ内は戦闘に発展する可能性を考慮した対策を進めている。そしてその可能性は決して低くないとも考えている。なので気は緩めないでくれと伝えつつ、ルネスはそれでも悲観はするなと愛奈を鼓舞した。


「キャンプを囲む防壁は魔獣の群れを食い止める事を目的とした特別製だ。仮に戦闘になった時は防壁に籠っての籠城戦……目的は敵軍の排除ではなく王都が対応するまでの時間稼ぎだからな」


 調査団と伯爵軍の戦力は数だけで見れば拮抗している。しかしそこはハンターと兵士、何も無い平原で集団戦……しかも正面からの衝突となれば伯爵軍の方が圧倒的に有利。


 調査団のハンターは対人戦闘の経験も豊富だが、パーティ単位での連携に長ける者が殆どで軍のように部隊間での大規模な連携は取れないからだ。


 なので基本戦術は籠城戦。それなら同等の兵力でぶつかった場合有利なのは防衛側となる。更にハンターにとって籠城戦は割とポピュラーな戦術なのでノウハウもしっかりと蓄積されている。


 調査団には大規模な盗賊団や氾濫を起こした魔獣の群れを相手に籠城戦を経験した猛者が多く居るのだ。


 逆に伯爵側に攻城戦の経験があるかどうか気になる所で、ルネスから解説の追加がされた。


「手前が知る限り無いな。なので油断はしないが左程脅威も感じていない。持てる手段に全力を尽くせば乗り切れる自信はある」

「それやったら今更ケンちゃん要るん? おらんくても何とかなるんやったら――」

「美矢、”持てる手段を全力で”よ。少しでも手を抜いてしくじったら目も当てられないわ。できる事や必要とされている事があるなら協力しないと」


 ルネスの発言に少々気が緩みかける美矢を華蓮が窘めた。そんな華蓮の姿勢にルネスが感心していると、賢司が”念話”を終えたようでこちらに気付く。


「……と、ルネスさん? すいません待たせましたか?」

「いや、良い。急ぎだった訳ではない。アキトは何と?」

「霊山の調査報告です。結論から言うとダイダラ霊山が”霊脈”である事が確定したそうです。根拠として霊獣に会って話をしたらしくて」


 言った瞬間、時が止まった。少なくとも確実にルネスの時間が静止し、それを見た華蓮達が何事かと硬直している。あの副官獅子レディーが絶句しているとはどれ程かと。


 暫し待つ事たっぷり数十秒、再起動を果たしたルネスが聞きたくなさそうに……それでいて聞かなければという使命感に駆られて賢司を促した。


「…………すまんな賢司。手前の耳が少し不調のようでな……もう一度言ってくれないか? 霊山がどうしたと?」


 ルネスの丸みを帯びた猫耳がピコピコ動く様子に美矢が「うふぅ~」と気持ち悪い吐息を漏らすが、放置して賢司は只々淡々と繰り返した。


「アキトがダイダラ霊山は霊域ではなく霊脈であると報告してきました」

「……その根拠は?」

「霊獣が居たそうです」

「……それは本当に霊獣か?」

「話をしたそうですよ。”念話”で話ができる魔獣って存在します?」

「しないな。……それより、話したと? 霊獣と?」

「そう言ってました」

「マジで?」

「マジです」


 鉄壁の口調が崩壊するルネスさん。その後更に己の時を止める。重ねて暫し待つ事一分強……いきなり震え出して表情が消えたと思ったら、


「…………レオルド様ぁああああああああああああああああっ‼」


 半泣きで絶叫しながら上司の名を呼んだ。


 状況に気持ちが追い付かない日本女子達はオロオロと戸惑いを隠せない。一人状況を察する賢司が静かに推移を見守っていたが、その態度が気に入らなかったのか剣姫様に詰め寄られている。


「落ち着いて華蓮、ちょっと理不尽」

「やかましい。何事かをきっちりしっかり説明なさい」

「イエス、マム」


 速攻で観念した賢司が先程までのアキトとの”念話”にて決定した作戦を女子達に伝える。アキトとの友情の証として元黒竜が自身の都合を黙殺しようとした事は伏せられ、アキトが最初から頼るよう提案した体で捏造された内容に、女子達のテンションは跳ね上がった。


「アキの前世の友達か……。それは助けてあげないとね。それにアキが頼ってくれるなら応えなきゃね」

「ふぅん面白いじゃない。竜宮が自分の都合を優先するなんて槍でも降るんじゃないかしら。それは兎も角、あの理不尽竜が頼ってくれるなら気合入れなきゃね」

「アキやん山で悪いもんでも食うたんやろか? まぁアキやんに貸し作れる機会なんて滅多に無いし、存分に貸したげよう」


 言い方は様々だが、皆普段からどれだけアキトが力を尽くしてくれているかを知っている。それに報いたいと愛奈、美矢と華蓮は参戦の意欲をこれでもかと高めた。


 余談だがマオランの余命とレイアの分霊の関係性については伏せられた。今言えば彼女達に心労を掛けてしてしまうと賢司が配慮した為である。どうせ後でバレて賢司が非難されそうであるが、それは甘んじて受けようと賢司は腹を括った。


 それはそれとして、


「ねぇ、場が大荒れなんだけど……放っておいて大丈夫かな?」


 愛奈に言われて見渡せば、周囲では本部内の職員やハンター達が驚いた様子で、普段では考えられないルネスの様子に手を止めるしかなかった。


 緊張しながらも迅速に動いていた調査団本部に、混沌が舞い降りた。


 ====================


 調査団各部の責任者を集めた会議は紛糾していた。本来なら議題はバルトロ率いるシャンカ伯爵軍への対処についてだったが、急遽ダイダラ霊山の調査報告会に切り替えられている。そしてそれが会議が冬の日本海並みに大荒れしている要因だった。


「何という事だっ!? 霊獣様の領域に手を出してしまうなんて……!」

「待て! まだそうと決まった訳ではない! そもそも本当に霊脈なら、人が足を踏み入れられる筈が無いだろ!?」

「だが霊獣様が居たと報告があったんだろ!? 殆ど確定じゃないか!」

「そもそもそれが疑わしいだろ!? 霊獣様と話した!? できて堪るかそんな事!」

「今更だろうがっ! 散々に彼からの報告を嬉々として纏めてた癖に、この期に及んで疑うとは恥を知れ!」

「くそう……突拍子も無く説得力溢れた報告をこっちの都合も考えずに送りまくりやがってぇえええ! あの小僧俺達に何の恨みがあんだよう!?」


 さっきまで程良い緊張感を漂わせつつも、全く取り乱す事の無かったハンター達がここまでテンパるのかと、こうなる可能性を考慮していた賢司もやや引いている。


 取り敢えず横道に逸れ過ぎてアキトへの筋違いな八つ当たりに発展している事は理解できた。


 ちょっと同情はできるが、賢司としてはいい加減現実を受け入れて真っ当な議論をして欲しいのが本音である。


 乱心する理由にも心当たりはあるが、それでも伝える必要があったから伝えたのだから。


 とは言え既に賢司でもどう収拾して良いか分からない状況。それを鎮めたのは今まで聞いた事の無いレベルの怒号だった。


「落ち着かんかぁああああああああああっ‼」


 会議用のテーブルが放射状にひび割れる程に拳を叩き付け、レオルドが魔獣の咆哮も顔負けな喝を拡散させる。


 騒々しかった会議室が一瞬で静寂に包まれた。流石に賢司も毛が逆立つのを抑えられず硬直する。


 間を取る事暫し、レオルドは皆を見渡すと発言した。


「彼の者――アキトのもたらした情報はすべてこちらで精査し、極めて有益なものと他でもない我らが判断したのだ。その我らが今更アキトの報告を疑うなど論外、もたらされた情報は真実として対応せねばならん」


 その発言に先程まで錯乱一歩手前だった者達は一斉に心を沈静化させる。全員が落ち着いたのを確認し、レオルドは「よろしい」と言うように頷くと視線を賢司に向けた。


「置いてけぼりな上に醜態を晒して申し訳無い」

「いえ、”霊獣信仰”……自然界に存在する源素と、それを司る霊獣を信仰の対象とする教え。大半の獣人族の方々にとって霊獣は女神アーリア以上に崇拝されていると聞いてます。寧ろ厳しい状況で不用意な情報を公開したこちらこそ申し訳ありません」

「そんな事は無い。事が取り返しのつかない段階まで進む前に発覚して良かったとも言える。それにしても流石に博識だな。人間族のハンターの殆どは霊獣も霊獣信仰も知らんというのに」


 事を荒立てた自覚があった賢司はそう言って貰えて安堵した。そう、混乱が起きると予想しながらあのタイミングで報告したのは最悪の事態を避ける為に必要だったから。


 そして状況が沈静化したのなら残るは対処の目途を立てなくてはならない。話の切り口はレオルドから切り出した。


「賢司は霊脈と霊獣についてどこまで知っている?」

「霊脈はこの世界を巡る源素を生み出す場所であり、本来は人が踏み入れられない場所。そして霊獣はその場所を守護する知性持つ獣という事しか」

「それだけ知っていれば十分だ。故に霊脈は我ら獣人族にとって霊獣様と同等に神聖な場所でもある」

「存じてます。ダイダラ霊山は人の侵入を許す場所だった為に霊域だと想定していたのでしょう。だからこそ霊脈であるという僕の言葉は信じ切れないと理解できます。しかしそれはダイダラ霊山が霊脈としての機能を失いつつあるからこその現象なんです」


 賢司の発言に会議室内に居る者達が驚きと感心の混ざったような表情を浮かべた。


 再びざわつき始めるも、今度はレオルドが手をかざすのみで静かになる。視線は賢司に向いたままであり、釣られてか他の責任者たちの視線も賢司に集中した。続きを促されていると察する。


 狙った展開に持って行けるか……賢司の手腕が試される。


「これはアキトが霊獣本人に聞いた事実だそうで、僕も知らなかった事です。なので僕ではなくアキトを……僕の仲間を信じて貰う必要があるのですが――」

「それについては問題無い。君同様、アキトも我らの信頼に足るだけの功を示してくれているのでな」


 賢司は胸の中で第一段階クリアとガッツポーズを決めた。因みに真実はアキトが予め知っていた知識なのだが、そこら辺を説明するとややこしくなるので全て霊獣から授けられた知識という事にした。


 そこから畳みかけるように賢司はアキトからもたらされた霊山に関する情報を開示していく。


 ダイダラ霊山が霊脈としての寿命を迎えつつあり、それによって魔獣の氾濫が起きようとしている事。


 それを防ぐ為に霊獣マオランが霊山から溢れる源素を御している事。


 その目的故に外部からの干渉を厭い、霊山の住人であるレイランによって侵入者を退けていた事。


 語り終えた後、レオルドを含めた皆が苦虫を噛み潰したように俯いていた。


「そのレイランという娘が何故に霊獣様と共に居るかは分からんが、あの敵対行動はそういう意図があったのだな」

「何て事だ。つまり我々は霊獣様の心を煩わせてしまっていたのか」

「霊脈の制御……か。今まで霊獣が霊脈に座する理由は不明だったが……そのような事実があったとは」


 多少のショックはあるが伝えた内容は大凡受け入れられたようだ。最後の呟きだが、アキトの言う霊獣の役割はこの時代の【スフィア】では認知されていない。


 アキトの前世所縁の知識は大体がこの時代の人にとって失われた知識である事がままあるので、それを考慮して霊獣マオランの言葉として伝えた賢司のさり気なファインプレーによって霊獣信仰の強い面子には摩擦無く容認できたようだ。


 アキトは当たり前な常識だと言いたそうに言っていたが、それをそのままアキトの言葉として伝えたら流石に受け入れて貰えなかった可能性が大である。


 それは兎も角、これで第二段階クリア。賢司はこの会議を締めに掛かった。


「最後になりますが、霊山の主である霊獣マオランに今までの調査団の行為を責めるつもりは無いようです。以前レイランと呼ばれる者がベースキャンプに侵入した件……あれも霊獣からこの事を伝えたく行った事で、結果はヨハン達によって御破談となりましたが今回こうして事実が伝わった事で、霊山側からこちらを害する事はしないそうです」


 その言葉に安堵の声が伝搬した。ただしこれで終わりではなく、本当に最後の大事な事を賢司は語った。


「ただし、この事実を知った上で霊山を侵した場合は安全を保障しかねるとも言っていました。それだけ今の霊山は不安定だそうで、その制御の妨げになる要素は全て排除するとの事です」


 嘘である。マオランもアキトも煩わされたくないだけでそこまで過激な事は言っていない。状況を誘導する為の賢司の虚言であった。狙い通り安堵の声は一気に冷え、やや間を空けて発言をしたのは警備隊長であるオルグだ。


「団長……そうなると戦の計画を見直さなければいけませんぜ」

「あぁ、いざという時の霊山への撤退案は白紙にするしかあるまい」


 レオルドの決定にざわつく会議室。それを聞いて賢司は自身の目的が九割方達成された事に安堵した。


 伯爵軍に対して籠城戦を挑むと決めていた調査団ではあるが、最悪ベースキャンプが落ちた場合の策としてダイダラ霊山への撤退も視野に入れられていた。


 仮に籠城が失敗した場合に、開けた平原で戦うより生い茂った山中でのゲリラ戦の方がハンター達には有利だからだ。賢司もそれはもしもの時に有効な戦術だと思い、調査団の幹部達がその状況を想定していると予想していた。


 だからこそ、状況を混乱させるのを承知の上でアキトからの情報をあのタイミングで伝えたのだ。間違っても撤退などさせる訳にはいかない。アキトには一切の苦労を背負わせない。その為に調査団ハンター達の霊獣信仰を逆手に取り嘘までついて状況を誘導したのだ。


 しかし苦心した甲斐あり、最悪の事態にはならなそうで賢司はここに至ってやっと安堵の溜息を胸中で漏らす。ならば残るは目標達成率100%を目指すのみ。


「撤退案は撤回する。そうなれば籠城戦を絶対に制しなければならん。戦術を徹底的に見直すぞ。意見のある者は遠慮無く言ってくれ」

「それならレオルド団長、僕から一つ良いですか?」


 賢司は我先に挙手して戦術プランを提示した。


 この戦いに必ず勝つ為に……それは使命感などではなく単純に己の欲求を満たす為だった。アキトに報いたい……その一心で。


 思い出されるのはここに来る前に経験した盗賊との戦闘。


 アキト抜きで行い、無様を晒した経験は今も賢司の胸に棘となって刺さり続けている。


 ――もうあんなヘマはしない。アキトにも、華蓮達にも誰も苦い思いをさせずにこの状況を切り抜けてみせる‼


 そんな決意を静かに燃やし、賢司は全力で戦いに臨む事を決めた。

 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次話を来週土曜日に投稿します。


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