目的の代償
「ぎゃああああああああああああ! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ‼」
守がその丸い体を激しく揺らしながら全力で野山を駆け回っていた。
それを只々心配そうに眺めるマオラン。そして相変わらず夢中で件の問題魔獣肉焼き鳥をがっつくレイランとガウラン。中々どうしてシュールである。
友人であるアキトは「元気があってとってもよろしい」と言いたげにうんうん頷いている。自身から取り出した万能薬である【竜血】プラス”霊泉”の湯によって完全に回復したっぽい守の姿に安心全開な様子だが、それなら守の叫び声を少しは斟酌しても良いのではなかろうか。
残念ながらそれをツッコむ者はこの場に居なかった。
「ぎぃいいいいいいやぁああああああああああああああっ‼」
そして未だに死の恐怖で発狂中な守だったが、いい加減うるさくなってきたアキトに即捕獲されると、
「……セイっ!」
「のわっ!?」
いきなり宙に放り投げられた。そのまま低空の放物線を描き飛んだ先には木の蔓が三本程張られており、守はまるでロープに振られたレスラーのようにバウンドすると、そのままアキトの方へリターンされた。その結果、
「落ち着けぇい」
「ゲブらっふぁ‼」
アキトの芸術的なラリアットによって見事な伸身の二回宙返りを決める事となった。ただし、着地を決める事は叶わず哀れ顔面から地面に衝突し、無残なうつ伏せ地面ビタンとなる。
どこかチーンと効果音が鳴りそうな雰囲気で、いきなりな旧友の所業に絶句するマオランとブレずに食事を続けるレイラン、ガウラン。それらを放置してアキトが一言。
「よしっ!」
凄く満足そうに小さくガッツポーズを決めた。
「……何が『よしっ!』じゃコラァアアアアっ!?」
案の定、守火山が噴火した。勢い良くガバァっと起き上がると素早くアキトとの距離を詰める。大変元気がよろしくて結構な事だ。残念ながら振り回す両椀はアキトに頭を押さえられた事によって空を切るばかり。両者のリーチの差は如何ともし難かった。
そんな状態でアキトは嗜めるように口を開いた。
「だから落ち着けと、まずは話を聞け」
「話す前に何を必殺技決めてくれてんだよ!? それ以前に何食わしてくれてんの!? 折角助かった命を散らせる気!? 心の友としてあんまり過ぎるっしょ‼」
「いいから、まず聞け。そもそもお前滅茶苦茶元気じゃん? 不具合無い所かどこも痛くねぇだろ?」
言われて守のパッションが急激に冷えた。確かに超絶なコンボを喰らった割に痛みが無い。それに腹具合も悪くはなかった。まぁ懸念通りなら腹痛で済む話ではないのだが。
状況を見守っていたマオランがここで訊ねてきた。
『……何ともないのか? 魔獣の肉を食して』
「無問題だ。大体、俺がそんな基本的な事しくじる訳ねぇだろ。ちゃんと安全性を確信しての行為だっての」
アキトのよく分かる解説。
魔獣の肉が食肉に適さないのは魔獣が源素結晶を有するが故、肉そのものに高濃度の源素が含まれるからである。
限度を超えた高濃度の源素は人体に有害であり、体内に摂取すれば内臓から体組織の変異を招き死に至る。恐ろしく御免被りたい死に様だとしか言えない。
しかしこれはあくまでスフィア人の話であり、地球人である守には適用されない。そもそも【地球】は源素濃度が著しく低く、【スフィア】基準でとてもではないが生物が生存できない環境だった。
それなのに地球人は何も不自由無く健康な生命活動を維持できており、アキトも当初は低濃度の源素に適応したのだと考えていたが、【スフィア】に転移したタイミングで考えを改める事となる。
それは友人達が【スフィア】にて急に【地球】と比べて高濃度の源素に晒されたのに平然としていたからだ。それ所か魔力を発現して能力の向上すら起きる始末。ここに至ってアキトは、地球人はあらゆる源素濃度に適応できるんじゃないかと仮説を立てた。
そして守と訪れたこのダイダラ霊山でそれは確信に変わる。
「あのさ守。さっきはここが”生物の生存に適した高濃度の源素がある場所”って言ったけど、それはあくまでここに住む魔獣達にとっての話でな、実は人間族や獣人族にとっては十分危険地帯なんだよ」
「……嘘?」
「ホント。すぐにどうこうなるようなもんでもないけど、数時間で体によろしくない事態になるのは確実だ。でも俺は勿論、お前も丸一日ここで過ごして何の悪影響も受けていない」
アキトは竜の能力故に元々如何なる源素濃度でも問題無い。ならば守は何故と言われれば、もう地球人がそういう特性を持っているとしか言えない。だったら魔獣の肉も食せると考え、アキトは魔獣肉を守に食べさせる事にしたのだ。
取り敢えず命の心配は杞憂だと納得した守だったが、それでも疑問の種は尽きなかった。
「食べても問題無いのはよく分かった。でもわざわざ食わせた理由は?」
「幾つか理由はあるけど、まずここには魔獣以外の生き物が居ないから他に食えるもんが無かった。後はちょっと確かめたい事があってな」
「……? 確かめたい事?」
「守、ちょっと【パーソナルダイト】見せてみ」
言われて個人用ポーチから【パーソナルダイト】を取り出した守は、起動させたそれを見て言葉を失った。表記内容はこうだ。
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立石守 16歳 男
体力 :2800
精神力 :2000
魔力 :1745
変換効率:72.7%
魔法適正:地A 水C 火C 風A 光D 闇E
魔法技能:結界魔法
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「上がってる? 何で!?」
日々ほぼ強制的な望まぬ鍛錬を積んできた守だが、ここまで急激な伸びを果たす程ではないと自信を持って言える。一体全体自分に何があったとプチパニックに陥りそうな守を救ったのは霊山の主である霊獣マオランの呟きだった。
『ほう、竜族式の修練を積んでいるのか? その人の子――守と言うたか、一体何者だ?』
守の視線がマオランに釘付けになった。補足説明を求めるように口が開く。
「竜族式? それは何?」
『ふむ、知らんのか? かつて竜族は魔獣の血肉を摂取する事でその源素を取り込み、自らの力を高めていたのだよ。強大な魔獣を打ち倒し、それを喰らう事が竜の修練そのものだったのだ』
要は【スフィア】に渡った直後に今まで浴びた経験の無い程の源素に晒された結果、魔力に目覚めた地球人達と同じ理屈だ。まだ若く力の弱い竜族はそうやって自身を鍛えて一人前になっていく。かつてアキトが黒竜だった時もそうやっていた。
当然こんなやり方はスフィア人達にできる筈も無いが、高濃度源素に適応できる地球人ならやれるだろうとアキトは前々から実行しようと画策していたのだ。
「それでも一食だけでここまで伸びるのは想定外だ。多分、守の場合は直前に霊泉で体を癒した事も影響してると思う。精神力より体力の向上が大きいのもその所為だろうし、実際肉体が活性化してるから耐久力やら痛みの耐性も上がってるだろ」
「ひょっとしてさっき妙に攻撃的な対応したのはそれを確かめる為?」
「当たり前だ。俺は藤林みたいに理不尽な暴行を働く鬼じゃねぇし」
「いやいやアキッちは華蓮以上の鬼畜ド外道だろうがよ」
行いに納得はしたが、最後の一言だけには守も全力で異議を飛ばす。確実に言える事だが、アキトは決して華蓮より優しくはない。きっと仲間達全員がそう言う。
遠慮も糞も無い評価にアキトの表情が引き攣った。重ねて先程まで会話に入らず食に没頭していたガウランが同意するようにうんうん頷いているのが目に入り、イラっとしたアキトがパチンコ玉モドキを指弾で二連射。
眉間と鼻先にほぼ同時に着弾したガウランが『キャインっ!』と仔犬みたいな泣き声を上げて仰け反る。お鼻が痛いよぉ~と半泣きで顔をさすさすしているガウランをアキトは見向きもしなかった。
素直なリアクションをしただけなのに、しかも守は見逃されているのに何で自分だけ……理不尽である。
苦言を呈したのはマオランだ。
『アカツキよ、あまり我の分身を虐めないで欲しいのだが。それと守とやら、騙されてはいかんぞ。聞いて思ったのだが、今まで魔獣の肉を食した事は無かったのだろう? アカツキとて確信はあっても身の安全は保証できんかった筈。他に仲間が居ると察するに、きっとお主それらの為の実験体にされたと思うぞ』
「マオランさんスーパーシャラップ。気付いてない事を敢えて言うんじゃないよ」
「アキッちぃいいいいいいいいいいいいっ!?」
「いやだって、近くに霊泉なんていうチート回復スポットがあるんだし、何かあっても大丈夫だと思ったからさ……こんな恵まれた機会そうそう無いし……な?」
「『な?』じゃねぇえええええええええええええっ‼」
事の真相が暴かれ、守活火山が再び噴火した。すかさず必殺マモルンローリングサンダー(ただのグルグルパンチ)を放つが悲しきかな……リーチが足りない。
守の頭を押さえつつアキトは話題転換を図ろうと、マオランに質問を投げかけた。
「マオラン、分身て? 初めて聞いたんだけど、察するにレイアの分霊みたいなもんか?」
『己を分かつ存在という意味では同様だが、あの堕天使のように意識を共有したものとは違う。我とは全く別の意識を有する、いつか我の後継者とする為に我が生み出した霊獣の幼体だ』
前世から通算で九〇〇年以上生きているアキトですら初耳な情報に驚きを隠せなかった。先程まで気を昂ぶらせていた守も押し黙り、ついつい遠慮無く質問してしまう。
「それって……あのレイランの相棒狼ってマオランさんの息子さんって事?」
『マオランで構わんよ守。まぁ、人の子に置き換えるならそれが一番近いだろうが、厳密には違う。そもそも霊獣に雌雄という概念は存在せぬし』
「そうなん? てっきり雌だと思ってたよ。アキッちも『彼女』っつってたし。それにマオラン……って何かお母さんっぽいし」
咄嗟に敬称を取って話す守にマオランはすこぶる面白そうに笑った。遠慮の無さが清々しいと言いたそうに。
『ふふふ、母か……。確かにそう言えるかもしれんな。手の掛かる息子と娘を持つ母のようなものだよ』
『オイラ、レイラン程考え無しじゃない!』
「レイラン、ガウランみたいに迷惑掛けてないし!」
マオランの発言に対して、食事に没頭していたレイランと痛みに呻いていたガウランが同時に異議ありした。そして互いの発言が不服だったようで、同時に向き合うと唸り合う。守は内心で成程と納得した。確かに仲の良い兄妹に見える。
そんなどこか微笑ましいアットホームな空気をぶち壊すのはやはり彼だった。
「じゃあ、あの犬も霊獣なのか? てっきり突然変異で”念話”を覚えた犬の魔獣かと……」
『だから犬じゃねぇよ狼だよ、そして霊獣だよ‼ 大体何だ『突然変異で”念話”覚えた魔獣』って!? 居て堪るかそんな奴‼』
この一日でガウランはツッコミを覚えたらしい。非常に冴えがよろしかった。守にはガウガウとしか聞こえていないが、その迸りは十二分に伝わっていた。
直後にアキトが「だって弱いし」と斬り捨てれば、これまた絵に描いたようにさめざめとした崩れ落ちを披露。何て人間臭い……とても魔獣にも霊獣にも見えなかった。
見かねたマオランがフォロー。
『霊獣とは言えまだ幼く力が弱いのだ。まだ生まれて二十年も経っておらん。それにお主と比べれば大概の輩は弱いだろう』
「そうでもないさ。それより――」
続いたアキトの声色は、今までがふざけていたのではと言いたくなる程に厳かな雰囲気を纏っていた。
「マオラン……後継者って言ったが、それを生み出したって事は……長くないのか?」
沈黙が降り注いだ。風すら止み、木々のせせらぎすら遠慮したように周囲から音が消える。「何が?」とは誰も言わない。その意味を誰も履き違えたりはしない。
その沈黙を破るように、マオランが答えを示した。
『……あぁ。もうすぐだ。近い内に我も源素となり世界に還る事となるだろう』
「…………お前ら霊獣には寿命って概念が無いとばかり思ってたよ」
『そんな事は無い。この世に生きる者、存在する全てに永遠など約束されてはいない。例え悠久の時を生きたとしても、必ず終わりは訪れる』
達観したような……違う、比喩ではなく悟った言の葉に人外を除いた者は言葉を失うしかできなかった。それは文字通り悠久の時を生きた者だからこその重さを伴って、守とレイランの心を締め付ける。
特にレイランの反応が顕著だ。完全に食事の手を止めて今にも泣きそうな表情でマオランを見ている。きっと今まで死を予感させるマオランの在り様に心を痛めてきたのだろう。
気付いているマオランが諭すようにレイランに語り掛ける。
『そんな顔をするなレイラン。我はもう十分に生きた。全ての生きとし生ける者にやって来るその時が我にも訪れた……それだけの事なのだよ』
「そんな……‼ だからマオラン、天使様の力を貰えば……まだまだ生きれる‼」
いきなりのフレーズにギョッとしたのはアキトと守だ。しかしアキトの方はすぐに事情を察して気持ちを落ち着かせた。一方の守は落ち着かず、天使の意味とレイランとマオランのやり取り諸々にハラハラしながら状況に追いすがる。
『これ以上、運命を捻じ曲げられん。我は”霊獣”、いつまでも世の理に抗う訳にはいかんのだ。それに……この力を託す者が訪れた。ならば在るべき在り方に委ねるが道理なのだよ』
「そんなの…………!」
言葉が尽き、俯いたレイランの目からは止めどなく涙が溢れた。
起こした視線が次に捉えたのはアキトだ。涙に濡れた眼光が敵意を宿してアキトを睨みつける。対するアキトは怯む事無くそれを正面から受け止めた。その目はどこか愁いを帯びたように、穏やかな深さで以て敵意を呑み込む。
堪え切れなかったのはレイランの方だった。堪らず視線を逸らすと、そのまま山中に駆け込んで行った。再び静寂が場を満たす。
空気を変えようと溜息を『ふぅ~』っと一息して体を起こしたのはガウランだった。
『オイラが行く。やっぱりレイラン手が掛かる』
『……頼む』
疾風のように駆けてガウランもその場を後にした。残されたのはアキト、守にマオランだ。守は未だに状況を飲み込めていないようで混乱しているが、構わずマオランが謝罪を口にした。
『身内の恥を晒してすまんな。もう何度も繰り返したやり取りなのだが、あの娘は頑なに受け入れてはくれん』
「気にはしてないさ。あの娘の反応は人として至極真っ当なものだよ。彼女にしてみれば、俺達は母親の命を奪いに来た怨敵に等しい」
このタイミングで流石の守も事態を察する事ができた。しかし思い至った事実に絶句する。思い至った事実が何かの間違いであって欲しいと逡巡していると、駄目押しとばかりに明確な言葉で現実が突きつけられた。
「マオラン……やはりお前が――」
『順を追って話したかったが……仕方無い。お主の察する通りだよアカツキ』
頼むからやめてくれと守は胸中で叫んだ。しかし現実は無情にも容赦無く眼前に晒される。
『堕天使レイアの分霊は我に宿っている。そしてそれが残り僅かな我の命をこの世に繋ぎ止めているのだよ』
自分達の目的を達するには、自分を救ってくれた少女から親を奪わなければならない……それは守にはとても受け止め切れない事実だった。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次話を来週土曜日に投稿します。
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