一命をとりとめたその後
遅くなりましたが、
あけましておめでとうございます。
――あったけぇ……。
肌を直に温める感触に、守が吐息の中に無言の感慨を混じらせる。
朦朧とする意識の中に在って、その温もりだけははっきりと意識できる状況に一切の疑問を感じていない。
そこに至った経緯を気にせず、自身の現状を否応無く許容してしまう様は正に夢心地と言った具合だろう。
それでも徐々に覚醒してくる意識が、確実に現実を受け入れ始めるのには抗えなかった。夢とは覚めるものなのだ。
ぼやけていた視界が意識がはっきりしていくにつれて明瞭になっていくと、守は自分が今どんな状況に置かれているかを突きつけられた。
――あれ? 真っ裸?
そう、何と守は全裸で温泉に浸かっていたのだ。最後の記憶から全く脈絡の無い展開に陥った所為か、守は目が覚めているにもかかわらず未だに自分が夢の中に居ると錯覚する。
現実と思ったら実は夢でした……なんてよくある話だという先入観も拍車を掛け、守は自身がまだ目覚めていないと納得した。なので直後に目に飛び込んできた光景も夢だと疑わない。
そこに居たのは自分と同じように一糸纏わぬ姿の少女――レイランだった。
モデル顔負けの等身とプロポーションを惜し気も無く晒し、臀部には予想通り髪と同じ紫色のモフモフケモ尻尾をフリフリさせたレイランと視線が交錯する。
一瞬キョトンとしたレイランだったが、すぐに安堵の笑顔を向けると嬉々として寄って来た。
「守! 良かった、目覚めた。痛い所、無い?」
温泉の浅い場所で寝そべるように浸かる守に駆け寄れば、レイランは自然と前のめりになる訳で、守は至近距離でレイランの裸体を上から下まで存分に視姦――否、ガン見する。
平常時なら流石のデリカシーゼロも目を背けるぐらいの衝撃展開だが、やや現実逃避気味の守は一切気にせず視線を胸部や秘部に固定した。当のレイランが全然恥じらっていない事も非現実感を助長している。
「傷口は……ホント綺麗に治ってる。あの人の言った通り。それなら……体の調子は? 怠くない?」
心配する声は尽く耳に入らず、守の視点はレイランの首から下にロックオンだ。夢ならばいずれ薄れてしまうこの光景、せめて今だけは目に焼き付けねば!
眼福眼福目の保養と存分に顔を卑猥ににやけさせる守を不思議に思って、レイランは追及のベクトルを変化させた。
「守? ねぇ守!? 寝てるの? まだ起きてない? しっかり、意識を保って」
一向に反応を示さない守に業を煮やして、レイランはスナップの利いた平手を守の頬に連続で往復させる。ピシパシパチーンと快音が響いた。
「はぶへびおばばぷぉっあっばばばばばば!」
与えられた刺激は今度こそ守の意識を完全に覚醒させた。流石にこの痛みは夢ではない。ここに来てようやくこれが紛う事無き現実だと守は受け止める。……のと同時にならばこの状況が如何によろしくないかも自覚できてしまった。レイランから止めの一言。
「目ぇ覚めた? それでレイランの体どこか変なの? さっきから凄く見てる」
はい、当然バレてましたガン見案件。誰が見ても分かる程に、温泉とガン見によって紅潮した顔色が青く変色していった。
「…………みぎゃっがっばやぁあああああアアアァアアあああああっ‼」
続けて絶叫した。驚愕、混乱、歓喜、羞恥と形容し難い複雑な感情を迸らせて。
何せ守をして非常に不味いこの状況。今まで星の数程に女子への覗き行為を繰り返してきた守さんだが、実はそれがバレた事は無かった。あの華蓮でさえ覗きをしている事実は知っていても、その現場を押さえた事は無い。それがとうとうバレてしまった……しかも覗き対象本人に。
相手に見られていると悟られてはならない。それはあくまで相手の為……覗かれたと自覚させなければ恥じらったり傷ついたりしなくて済むからと、恐ろしく手前勝手で意味不明な矜持を以て行為を働いていた守にとってこれは空前絶後の失態だった。
守が即決した選択肢は逃亡。しかし体が思うように動かずジタバタするだけで終わった。そして改めて自分自身もモロだし状態である事を思い出して、顔が一気に真っ赤になった。
守にも一応羞恥心は備わっている訳で、見るのは兎も角見られて興奮するような変態でない故に悲鳴にならない悲鳴を上げる。
一方でレイランはレイランで、羞恥心が欠落してるんじゃないかと疑う程に体を隠そうとしない。先程からの奇声、奇行と併せて守が何故こうも悶えているのか全然分からんと言いたげに、動けない守との距離を詰める……お互い全裸で。とてもけしからん行いだが、レイランとしてはただ守を気遣っての行動だった。
「守ホントに大丈夫? ……あぁここがどこか分かってない? ここは――」
相変わらずどこか舌足らずな口調で丁寧に状況説明をしてくれるレイランだったが、守はそれ所ではない。そもそも見て見られてと言うよりも、客観的に見てこの状況は画的に不味過ぎる。
全裸の男女が二人きり。他人に見られれば通報待った無し確実。例え真っ当な理由があろうとこの場合糾弾されるのはまず男の方。その理不尽に戦々恐々しながら、視線は未だにレイランの裸体から外せないのは漢の本能として、それでも何とか状況を解決しようとする守に必殺の事実が突き付けられた。
「……!? 守どうしたのそれ!? 何でそこそんなに腫れてるの!? ぶつけた? 痛いの?」
いきなり何の事だと脳内の狂乱を一旦棚上げした守は、レイランが指差す一点――自身の股間――を眺めて今度こそ言葉を失った。
そこに在ったのは力強くそそり立つ漢のシンボル。見た瞬間、守の耳には何故か”蛍の光”が聞こえてきた。それは自身の人生の終焉を意味していた。
男子が女子に一番見られたくない状態を……衣服の上からでも有り得ないのに、よりによって直に見られてしまった。最早隠す気も起きず処刑執行を待つ心境の守だったが、そこでもレイランの反応は予想の斜め上を行く。
「待ってて、あの赤い薬じゃないけど……”霊泉”のお湯も怪我に効くから……こうして――」
成り行きを眺めながら滅茶苦茶嫌な予感しかしない守。抗わないのは未だに体が上手く動かせないからか、それとも混乱係数が閾値を振り切っている所為で思考が半ば停止しているからか。ただそんな守の胸中などお構い無しにその時は訪れる。
「――はい。これで痛くないよ」
レイランはお湯で湿らせた両の手で優しく守の局部を包み込んだのだった。
「~~~~~~~~っやぁああああああああああああああああああっ‼」
その温かい感触に、守は今度こそ肉声で悲鳴を轟かせた。
そしていい加減これだけ短時間にここまでの大声を連呼すれば聞こえる者には聞こえる訳で、
「何ださっきから!? 一体何があっ――」
只事でない様子にアキトが駆けつけた。守が目覚めるまでは問題無いだろうとレイランに任せていたのだが、一体全体何があれば悲鳴が上がると少々焦った様子で来てみれば……視界に飛び込んだ光景に絶句する羽目になった。
「「「……………………」」」
空気が凍り付く中でアキトと守、そしてレイランの視線が交わる。温泉に浸かりながら陰部をレイランにさすられている守と、それを眺めるアキトと中々にカオスな状況。最初に動いたのはアキトだ。
「……お楽しみな所を邪魔したな。向こうに居るから済んだら呼んでくれ」
踵を返したアキトの背に最大級の懇願が撃ち込まれた。
「ちょっ待って! お願い助けて置いてかないでぇえええええええええええ‼」
そんな守の泣き声はこの日一番のやまびこをダイダラ霊山に響かせたのだった。
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「別にそこまで嫌がらんでも良いだろうに。滅多にない機会だと喜んで良くねぇ?」
「男子にも羞恥心てあるんだよ! 辱められた心の友に対して薄情過ぎるっしょ!?」
「……寧ろお前に羞恥心があった事実に驚いてるよ」
さり気に酷い評価である。事態が収拾してからも半べそな守をアキトが慰めるが、効果はいまいちのようだ。
因みに既に衣服は着用済みだった。傷は勿論、体力も回復した守はやや乱れ気味ではあったが、存分にいつものテンションを取り戻している。そんな命の危機を脱した守の心配事はただ一つだった。
「絶対に誰にも言うなよ、特に華蓮には! 状況的に被害者だろうと、あいつってば絶対聞く耳持ってくれねぇから‼」
「それは「言え」っていう振りだよな?」
「ちげぇよ! 要らねぇんだよ今そんな日本的お笑い文化は‼」
憤慨する守を見ながらアキトは実に楽しそうだ。いつものじゃれ合いのようで、そこには確かに友人が無事という安堵も含まれていた。
そこにおずおずと加わろうとする影があった。レイランである。凄く申し訳無さそうな雰囲気を纏っている所を見ると、先程の行いを反省しているらしい。ただ、何が不味かったかまでは理解できていない。当然だが、レイランも着衣済みだ。
「守……レイラン、酷い事……した?」
「いやいや全然! レイランちゃんはこれっぽっちも悪くない。悪いのは全部アキッちだから」
「何でだよ!? ってかヒデぇ言い草だな、俺一応命の恩人なんだけど」
守はそんなレイランを責めたりしない。守の漢としての根幹が女の子を言葉攻めにするという選択を拒否するからだ。実際悪気は無かったのだからというのも当然ある。しかしそこで全責任がアキトに転嫁されるのは果てしなく謎であった。
当然アキトは不服を訴えるが、守としては先の放置が尾を引いているのだった。そして許しを得たレイランはと言うと、またしても想定の斜め上なリアクションを返球してきた。
「守……何でレイランの事をレイラン”チャン”て呼ぶ? チャンて何?」
「「……へ?」」
守はアキトと二人して面食らってしまった。どうやらレイランは敬称を理解していないようで、説明に詰まった守にアキトは即白旗を上げさせる。
「守、めんどいからもう呼び捨てにしろ。上手く説明できねぇし、多分しても理解しねぇよ」
「お、おう。……えっと、レイラン……で良いのかな?」
「うん。レイランはレイランだよ」
解決である。レイランとしては出会った当初よりかなり引っ掛かる事案だったらしく物凄くすっきりしていた。少々変に弛緩した空気を変えようと、アキトが守に向き直る。
「まぁ納得したならそれは良いとして……守、体の調子はどうだ?」
「ん? あぁバッチリ。痛みも倦怠感もねぇよ。……強いて言うなら、まだちょっとクラクラすっけど」
それは貧血だ。流石に失った血液をどうにかする事は無理だったようだが、それでもその回復力に興味が尽きないアキトは守達が浸かっていた温泉――霊泉のお湯を一掬いすると呟いた。
「予想以上にスゲェなこれ。俺の目算じゃ【竜血】の副作用は一週間は続く筈だったんだが、それをほぼ一日で回復か。思った通りここは――」
「一日? 俺っちが死にかけてからそんなに経ったの? ってか今更だけどここどこ?」
黙々と考察に没頭しようとしていたのに、いつもの空気読めない守の発言にアキトの体幹が傾いた。溜息混じりに振り向くと、アキトはここまでの経緯を簡潔に説明する。
「お前が死にかけてから一夜明けてもう昼近くだよ。そしてここはダイダラ霊山の山中。マジで今更な質問だし、今までどこに居ると思ってたんだよ? 因みに他の皆には現状を”念話”で連絡済みだ」
「マジかよ、どうりで腹が減ったと思ったわ。俺っちの感覚だとついさっき朝飯食ってリバースしたばっかだからおかしいと思ったんだよ」
リバースした部分についてはどうでも良いとして、続けて何故キャンプに戻らなかったと問い詰められたので、レオルド達から調査に当たってレイランと交渉するように頼まれた事と、自分達の現状はレオルド達も了承している旨をアキトは言い加えた。
「マジか? 俺っちがキャンプ内を彷徨ってる間にそんな事に」
「そういや言いたい事が他にもあったわ。そもそも何で彷徨う羽目になるんだよ? 何であんな離れた場所に居たんだよ? 方向音痴にも程があんだろ」
「自分じゃどうしようもねぇ問題ってのがあんだよ。アキッちは兎も角、そもそも知ってて放置した賢司と華蓮が悪い」
「それは否定できねぇけど、だったらせめて人に聞けよ。自覚があるんなら」
「……俺っちにも意地がある」
何をカッコ良さげに意地張ってんだと呆れるアキト。それで一人っきりのタイミングで騒ぎに巻き込まれていれば世話が無い。この流れでついでに何故らしくなく荒事に首を突っ込んだのか問い詰めようとするも、それはレイランからの横槍で中断した。
「こうしょうって何? レイランに何かするの?」
少し警戒するように強張った声色で聞いてくるレイランに、ファーストコンタクト時にトラウマを植え付けたアキトに代わって守が努めて穏やかに語り掛ける。
「怖い事は何もしねぇよ。今までの事があるから信用できねぇかもしれねぇけど、要はこの山の事を知りたいから君にそれを手伝って欲しいって事だから」
優しい雰囲気を醸し出した守にレイランは安堵の表情を浮かべた。守さん、それを見てちょっと絆されるも咄嗟に顔を逸らす……が、逸らした先にアキトが居たのでメッチャ思わせぶりなニマニマ顔を頂戴する。
「……何だよ?」か~ら~の、「べっつに~(笑)」を経て、守がアキトに飛びかかった。
暫しじゃれつつ、途中で守がある事を思い出す。
「……あれ? そう言えばレイランってば、調査団のキャンプに話し合いに来てたんだよな? そこで俺っちと出会った訳だし……ってギブギブ! アキッち、その関節はそっちに曲がらねぇっ!」
「喰らえ竜宮流”逆肘固め”! ……ってそうなん? だったら丁度良いじゃん」
うつ伏せに組み伏せられて腕を背面に捻り上げられた体勢から守がレイランに確認を取ると、背中に腰掛けて腕を捻り上げたアキトが話し合いを提案した。が、直後にあっさりとアキトは手の平を返す。
「ま、その前に俺らで詳細を把握しといても良いよな」
「……?」
技を解きつつ零したアキトの言葉に守が首を傾げていると、奥の林から翡翠色のモフモフが飛び出して来た。
『ボス、話は通したぞ。今からでも話せる……っと、レイラン! その太っちょもう良いか?』
ガウランだった。背に運ばれて来たとは言え、意識が朦朧としていたのでちゃんと相対するのは初めてな守が、突然現れた巨大な狼に「うおっ!」と慄く。対してアキトは動じず……と言うかどこか偉そうに応えた。
「ご苦労。じゃ早速案内しろ」
『おっす!』
その様子をレイランが複雑そうに眺めていた。気持ちは痛い程分かるが、相棒のへりくだる姿というのは色々と考えさせられるようだ。
守はというと、”念話”が使えないので会話内容は理解できないが雰囲気で背景を察する事はできた。それでも一応ツッコんでおく。
「俺っちが寝てる間に何で新しい舎弟拵えてんだよ」
「舎弟とは言い方が悪いぞ。現地協力者……協力獣を調達しただけだ。ちょっと力関係をはっきりさせてな」
「その様子がありありと浮かぶわ。……んで、どこに向かうんだ?」
先導するガウランの背にレイランが乗り、その後ろに続きながら守はアキトに訊ねた。アキトは向かう先を指差しながら答える……指はダイダラ霊山の頂上を指していた。
「レイラン達の事情を知るにも、俺達の目的を達するにも、話をするなら大本を訪ねないとな。会いに行こうぜ……霊山の主に」
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次話を来週土曜日に投稿します。
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