不都合且つ理不尽な召喚
本編突入です。
第一章は「帝国編」と仮称しております。
見ざる聞かざる言わざる――と言うより、見えざる聞けざる言えざる……だけでなく、更に嗅げざる触れざると、早い話が強制的に五感が消失してどれだけ時間が経ったろうか?
そもそも時間の感覚すら曖昧なので、既に永き時が経過しているか、それとも全く時が経っていないのかも分からない。
分かっているのはこれが【スフィア】へ帰還途中という事だけだ……それだけは確実だ。
アキト――アカツキが霊体となって世界を超えた時もこんな具合だったのだから。肉体を伴って行うのは当然初体験で……それで以前と同じ具合とは、まさか肉体消失とか面白い事になってないだろうな!
などと、アキトが恐ろしい推測に戦々恐々としていると、五感喪失状態での転移道中は突然終わりを告げた。
突如、何の前触れも無く回復するFEELING。
それを認知する暇無く発生する下方向へのGRAVITY。
その結果、床と衝突する事で発生するIMPACT。
最後に具現化するのは己の口から発せられる思いの丈……即ち、
「痛ぇええっ!」
転移直後の第一声が痛みに対する喘ぎとは、何とも締まらない幕開けだった。
他の面々も「キャン!」、「あたっ!」、「ムゲッ!」、「わっ!」、「どぅえっ!」、「グゥラっ!」と似た状況に各々のリアクションを示し、”その場”に出現した。
皆が取り戻した体感覚を痛みによって再認識する中、唯一現状を理解できている者――アキトが強打した尻を労わりながら周囲の確認を行った。ついでに念の為に自分達の状態確認も行う。
取り敢えず、全員が教室に居た時と全く同じ状態な事実に安堵する。最悪、”転移”ではなく”転生”の可能性もあった訳で……気に入っていた日本人生活が”前世”とならなかった事に安心した。
そこまで確認を終えてようやく――そのことに最初から気付いてはいた――周囲を囲む人間の気配に意識を向けた。
アキト達の周囲三六〇度を隙間無く囲んでいるのは、目が隠れる程に深いフードの付いた純白のローブを着た集団だった。全員が直立不動のまま、胸の前で手を組んだ祈るような姿勢で微動だにしない光景は中々に異様と言うか、少々背筋が冷えるものがある。
そしてどうやら、彼らの立ち位置が外枠となった巨大な魔法陣の中心に自分達が居る現状にアキトは気付く。ついでにそこが妙に仰々しく、煌びやかでだだっ広い屋内だという事にも気付いた。
――教会か?
部屋の奥に神像を祀る祭壇が在る事からそう推測するアキト。更に見れば祭壇の前にやや派手な装飾を拵えた騎士鎧の集団と、それらに守られた明らかに権威を持ってそうな方々の姿。
「む……、成功したのか? ならば、こ奴らが貴様の言う”女神の御使い”なのか、教皇?」
その単語にアキトの聴覚が反応する。”教皇”と言ったのか? 教皇と言えば教会トップの聖職者ではないか? そんなお偉いさんの前で自分達はこんな情けない体たらくを晒しているというのか?
そしてそんなVIPに随分と気安い……否、偉そうに質問している貴方は誰だと頭上にクエスチョンマークを点滅させていると、
「えぇ成功です、ガーランド皇子。彼……彼らこそが我らを救済する女神アーリア様の”御使い”であります。……ようこそ御使いの方々! 我ら【スフィア】の民は皆様を歓迎いたします」
まさかの”皇子”と来ましたよ! 組織所か国のトップ一歩手前であった。……が、それ以上に衝撃的なキーワードがアキトの意識を鷲掴みにした。
「アー……リア……だ、と!?」
どもるような、はたまた過呼吸を起こしそうなか細い声色で放った一言は、それだけでアキトの受けた衝撃が巨大だという証明である。
なぜここでアーリアの名が出るのか?
自分を呼んだのはレイアではないのか?
それなら、レイアはどこに居るのか?
あらゆる疑問が脳内を激しく駆け巡る中、アキトの発言に周囲がにわかに騒ぎ始める。おそらく彼らの宗教に於いて女神アーリアは崇拝の対象なのだろう。その存在を呼び捨てにした挙句、その名に明らかな敵意すら感じる態度を示す”御使い”らしき少年……不信感が漂うのが普通だ。
あまりよろしくない空気が流れ、それに当てられてかアキト以外の面々もようやく意識が覚醒し始め……、
「チィッ、どこだここは……。竜宮ぁっ! てめぇ、何しやがった!?」
約一名の何とも見当違いな八つ当たりに、先程までの淀んだ空気が一気に霧散した。一緒に転移したクラスメート達は「何言ってんの、こいつ?」な感じで約一名――剛田に生温かい視線を向ける。
「……あぁ、剛田……お前の中じゃ、何か起きる度に竜宮の所為になる奇っ怪なロジックでも組まれちゃってるの? 何をどうしたら竜宮の所為になるのか説明してくれない、……できるもんなら」
如何にも残念な奴を見る目で剛田に質問したのは賢司だった。と言うか、珍しい事に若干苛立っているのは気の所為ではないだろう。「現状把握に忙しいのに余計な雑音響かすな」と言わんばかりの態度に、賢司のこういう姿を見慣れていないアキトは内心珍しいもん見たと目がパチクリした。
「んだぁ、城島? 説明も何も、他に考えらんねぇだろうが! オレが退学になったのも、こんな訳分からねぇ場所に連れて来られてんのも、そいつの所為に決まってんだ‼」
「どんな屁理屈だよそれ、そもそも、お前が退学になったのは自業自得な因果応報でしょ。それに、こんな非科学的で非現実な事態をどうやったら人間一人で起こせるのさ。ましてやそれが竜宮の所為って……寝言は寝て言ってくれない」
他の面子――華蓮と守、愛奈と美矢も一斉に賢司の発言に同意した。これ以上無い程の異常事態に余計な騒ぎを起こすなと全員が冷たい視線で剛田を射抜く。ただし、アキトだけは皆に便乗しつつも胸中で視線を明後日の方向へ彷徨わせていた。
まず前者――剛田の退学は確かに本人の自業自得ではあるが、確実にアキトの所為と言えばその通りで、ついでに言うなら賢司の所為でもある。賢司もよくもまぁ、そこまで知らん顔で言い切れるものだとアキトは感心していた。
次に後者――ここ【スフィア】に連れて来られたのは半分程アキトの所為なのは間違い無い。【地球】と【スフィア】を繋ぐ事情など、転生者であるアキト=黒竜アカツキ以外に考えられない訳で、事の詳細は全く見当がつかないが、皆はアキトの事情に巻き込まれたとするのが妥当だろう。それをわざわざ告白する意思も無ければ、意味も無いと思うのがアキトの本音だが。
そんな転移組のやり取りにすっかり毒気を抜かれた皇子、教皇の一派はどう対応するべきかで逡巡しているようだ。しかし現在進行形で置いてけぼりを喰らっている皇子がいい加減にしろと言いたい感情を全面に押し出して怒号を飛ばす。
「ええい、やかましい! 訳の分からん事をグダグダと、一体貴様らは何者だ!? 御使いなのか、そうではないのかはっきりせんか‼」
腹に響くような怒声に場から一切の音が消える。中々に覇気が籠った様は一国の皇子の為せるものと言うべきか。しかし言われた事は全く以って傲慢と言わざるを得ない。
こっちは無理矢理に呼び出された身で、そっちが勝手に呼び出した側なのだから、まずそちらから事情を一から説明しろと腹の底から叫びたい。それをまるでこちらに不備があるような言い草は流石に理不尽だ。
されど、それをそのまま指摘したなら確実に面倒な局面を迎えるであろう現在の現実。目の前(と言っても結構距離が離れている)の皇子はどこか近場のケダモノに近しい空気を纏っているようなので、ここはこの中で一番事態を把握しているアキトが当り障りなく場を収めようとすると、それより早くに行動を起こす者が約一名。
「うっせぇっ! それ所じゃねぇんだよっ! っつーか、てめぇかオレをこんな所に呼び出しやがったのは!? 一体何しやがった!? 洗いざらい吐きやがれ! 喧嘩なら買うぞ‼」
案の定の剛田だ。予想通りの先制攻撃だ。想定通りと言うか分かり易いと嘆息するアキト。取り敢えず、止めても無駄なので成り行きに任せる事にした。
いきなりな不遜な物言いに、皇子周辺の騎士達は「正気か!?」と言いたげに顔色を青くしており、微動だにしなかったローブ姿の者達――多分、信徒――もどよめいている。きっとフードの中は冷や汗でグッショリだろう。
「失礼ですけど、突然の事態に混乱しているのはこちらなんです。さっきから話を聞いてれば、貴方達が私達をここに呼んだみたいに聞こえたんですが、もしそうなら……まずはそちらから事情を説明するのが筋ではありませんか?」
更なる追撃、まさかの華蓮だ。いきなり奇襲の如き発言だ。さしものアキトも反応が遅れた。取り敢えずギューンと効果音が付加される勢いで首が自動で華蓮を捕捉した。
呆れた表情で、まず華蓮に対して「何してくれてんの?」と視線で訴える。華蓮は「何よ?」と言いたげに猫科動物ばりに吊り上がった視線で以て迎撃してきた。剛田は虎の如き野獣の目を皇子様に向けたままアキトの視線に気付いてもいない。
剛田は今更語るまでもないが、以前の剛田とのやり取りから分かる通り、実は結構喧嘩っ早い剣姫様。特に理不尽で傲慢なタイプには反骨精神全開でぶつかっちゃう直情型だったりする。気持ちは非常に理解できるが剛田に便乗するのは予想外ではあった。
案の定、皇子様はこめかみに青筋をピクピクさせて剣姫様とケダモノを迎え撃った。
「貴様ら……、ギャレリア帝国第一皇子たるこの己れに何という無礼を……! 仮に御使いだとしてもただでは済まさんぞ‼️」
皇子が激昂した。無理もない、例え不義があるのは相手方だとしても一国の皇子に対して剛田と華蓮の態度は無礼としか言いようがない。皇族と馴染みが無い一般的な日本人ではしょうがないと言えばしょうがないが、下手をすれば不敬罪で罰せられる可能性が濃厚だ。
眼前の修羅場に愛奈と美矢は抱き合ってオロオロ、賢司と守は揃って「あちゃ~」と天井を仰いでいる。そんな中、アキトだけは他と異なる点に着目していた。
――何だ? ギャレリア帝国って……そんな国在ったか?
ここが【スフィア】である事は確定した。そして目の前に居る彼らは”人間族”だ。しかしアキトは前世で”ギャレリア帝国”などという人間族の国家を聞いた事が無かった。レイアでなくアーリアが自分達を呼び出した点と合わせて、どうも違和感があるこの一件。思考の海にアキトが潜航し過ぎていると、
「私は質問しただけなんですが、どこが無礼なんです? そもそも名乗りもせずにこちらの素性を聞く方が無礼でしょ。そんな相手に無礼とか言われたくないんだけど……それより【スフィア】って何?」
「皇子が何だって? ギャレリア帝国なんて知らねぇよ! てめぇこそオレが誰か分かって口利いてんのかよ!?」
剣姫様は絶好調だ。既に敬語ですらなくなった。剛田も然り。これは非常に不味い。ファーストコンタクトはできる限り穏便に済ませたかったアキトは、続いて賢司に向き直って援護を要請……当の賢司は両手で顔を覆っていたが、どうにかアキトに気付いたようで、共犯者同士阿吽の呼吸で行動開始した。
いざ……レッツ、ミッションインポッシブル!
まず賢司が素早く華蓮を羽交い絞めにして後退。当然、何事かと反発する華蓮、それを背後から優しく宥める賢司。同時にアキトが剛田めがけて隠し持っていたパチンコ玉を指弾でバチコン……見事剛田の瞼に命中した。
続いて魔法陣の外側へ歩を進めるアキト。退いてくれないので信徒の頭上を飛び越える羽目に、どよめく信徒と警戒する護衛の騎士達。アキトは皇子――ガーランドと視線を交錯させると……、
「……むっ」
片膝をつき、腕をそれぞれ胸の前と腰の位置へ、そして首を垂れる。その姿に血が上って赤くなった顔をみるみる色白な肌色に戻すガーランド。唸る声は関心の色を含んでいた。それもその筈、アキトの姿勢は【スフィア】の人間族に於ける臣下の礼を表す作法だからだ。反応を見る限り、選択を間違ってはいないようでアキトは一先ず安堵する。
「……殿下の御前の於ける数々の非礼、誠に申し訳なく存じます。お許し頂けるなら、どうか弁明の機会を賜りたく――」
その発言に更に空気が変わる。アキト……と言うより転移組の急な態度の豹変具合に口をあんぐりさせている御歴々がチラホラしている。
ただ、それ以上に背後から「誰よあれ!?」とか「竜宮ッち、乱心か!?」とか「大変! アキが変になっちゃった!」とか「落ち着き愛奈! 頭ド突けば多分……?」などと驚愕の声が挙がっているのに激しく不本意なアキトだった。それだけ普段の態度が態度だと言われればそれまでなのだが。
それでも失敬なと言わずにいれないアキトの本心。アキトとて作法は兎も角、礼儀は弁えている。普段は敢えて守っていないだけで、目上を敬う気持ちを忘れない模範的な日本人と自負しているのだ。因みに現在は別に皇子様を敬っている訳ではない。トラブルを沈静化しつつ交渉を進める為のポーズである。面従腹背万歳だ。
「ほう……、貴様はあの小娘や野蛮人と違って分を弁えているようだ」
そんなアキトの胸中などいざ知らず、ガーランドは取り敢えず矛を収める気にはなったようだ。案外チョロいなとアキトはさり気にディスる。一方、背後では華蓮が怒気を発しているようだが一先ず放置。剛田は「目がぁあああ!」と喚きながらのたうち回っているが殊更放置。
「……勿体無きお言葉です」
「ふん、良いだろう。弁明を許す。せいぜい己れを納得させてみるが良い」
「御意のままに。まず我らは前触れ無く突然この地に召喚された身、連れの者が無礼を働いたのも不安からくる突発的なもの故にご容赦ください。彼の者も決して普段はあのような無頼者ではないのです」
「成程……よく見れば随分と貧相な娘に教養の欠片も感じぬ山猿モドキ、自律を期待するは少々酷と言うものか……」
「左様……殿下の寛大な御心に感謝します」
背後からフシャーと猫が唸るような声が聞こえる。ついでにバタバタしている。賢司がどうにか宥めようとしているが「お、落ち着いて華れ……ゲブっ!」と悶絶している気配もする。アキトは何も聞いてない。剛田は相変わらず「目がぁああ~」と喚いている。アキトは知ったこっちゃない。
「しかし、貴様らは女神アーリアの御使いとして天界から遣わされたのではないのか? それならば女神より神託を賜っている筈……『突然召喚された』とはどういう事だ?」
「先程の殿下の質問と合わせて答えるなら、我々はその”御使い”という単語には聞き覚えがありません。”女神アーリア”なる存在にも心当たりが無いのです」
場が騒然となる。喧騒の中誰も彼もが諸々の言葉を口にしている。聞こえてくるのは「話が違う」、「召喚は失敗したのか?」や「人間族の希望が……」と言った失望を表す言葉。場の空気が再び険しく張り詰める中、響く声……、
「静まれぇええええっ!」
声の主は恰幅の良い禿頭の御仁――ガーランドから教皇と呼ばれた男だ。無駄に煌びやかな装いは「こいつホントに聖職者か?」と言いたい程に胡散臭い……というのが皆を鎮める前までのアキトの評価。しかしこの状況を見るに、”教皇”の肩書は伊達では無さそうだ。
「殿下、不躾ながら吾輩に発言とこの者達へ質疑する許可をお与えください」
「……うむ、良かろう」
ガーランドの許しを得ると、恭しく頭を下げてアキトへと歩を進める教皇。
「吾輩は”アーリア教会”教皇アレハンドロ・アルブ・コーネリウス。其方の名は?」
「……竜宮アキトと申します。姓は竜宮、名はアキトです」
「ではアキト殿と呼ばせて貰おう。アキト殿、其方は天界、女神アーリア様と関わり無い者だと?」
「全く関係ありません」
「先程、アーリア様の御名に反応していたようだが」
「……我々の居た国の……娯楽小説に出て来る作中人物と同じ名前でして……」
やはり突っ込まれる初手での失態。咄嗟に言い訳したが無理があるだろうか――。
「おおっ! 竜宮っちも【ブレスオブブレイズ ~今日から貴方の女神様~】を読んでんの。俺っちと同志だな」
守から予期せぬ援護! おそらく、ぽっちゃりなオタクである彼の愛読書だろうか? そちらの趣味は嗜んでいないが、取り敢えず上手く誤魔化せたっぽい……サブタイトルがどうも如何わしいが。
どうにか切り抜けたと一息吐くと……不意に背後から冷たい視線の気配が。
まず華蓮がまるで害虫キングGを見る目で「あんた、あんな下らないモン見てんの?」と無言の威圧。愛奈はどこかショックを受けたように半泣きになっているし、美矢はそんな愛奈を慰めつつ「失望したで」と言わんばかりに細い目でアキトを射抜く。未だに華蓮を羽交い絞める賢司も片頬を腫らして「う~わ」とドン引いた表情だ。
どうやら件の物語は相当よろしくない代物らしく、アキトの魂に亀裂が走った。唯一、守は「心の友よ!」と言った感じで両手を開いて歓迎の意を示しているが、ガン無視した。お前一体何を読んでんだ! と腹の底から問い詰めたかった。
上手く(ある意味下手な)誤魔化しの代償に心に深手を負ったアキト。その様子にアレハンドロは、
「ううむ、同名の創作物とは言え、アーリア様を辱めるような書物を愛読するとはけしからん」
こちらもやや引き気味で顔を引き攣らせていた。さっきまでとは違う意味で危険人物を見る目をアキトに向けている。
「な、何にせよ! 俺達はアーリア様とは無関係です! ……故に、皆が不安から感情的になるのも致し方無い有様なのです。もし弁明を聞き入れて下さるなら、ここがどこなのか、何故我らが呼ばれたのか、そして我らに何をお望みなのかお教え下さい」
余計な誤解を力尽くな話題変換で有耶無耶にしつつ、どうにか質問する段階まで漕ぎ着けるアキト。たったこれだけの事に随分と時間と労力を費やしたと脳内で溜息が零れる。視線は自然と事態を拗らせた元凶である剛田と華蓮に注がれた。剛田はようやく復活していた。
華蓮は宥められて頭が冷えたのか……賢司の頬を撫でながら謝罪している。アキトの視線に気付くとバツが悪そうな表情のまま口パクで「ごめん、ありがと」と返事をしてきた。一方の剛田は、
「竜宮、そんな事より真っ先に聞く事があんだろが。呼ばれた理由とかどうでも良いわ! とっととオレを日本に帰しやがれ! ってかどこだよギャレリア帝国って、【地球】にそんな国在ったかよ?」
全くブレない、ある意味賞賛できる図太さだ。ただし、どこまでも個人主義ではある。そして応えるのはおそらくきっと剛田に匹敵するだろう唯我独尊皇子様――ガーランドだ。
「えぇい、分際を弁えぬ山猿め……! 今は貴様と言を交わす暇など無いわ! 大体何が『帰せ』だ、女神の御業で召喚された貴様らを我々が帰せる訳が無かろうが! そんな事も理解できぬか、蛮族め! そもそも、御使いでもない役立たず、帰せるものならとっとと帰しておるわ‼」
再び顔を赤く染めて怒号を飛ばすガーランド、何と短気だろうか。剛田と本当に良い勝負である。だが、そんな事を意識する余裕など吹き飛んでいた。聞き逃せないワードが酷く明瞭に意識を侵食する。
「………………な、んて……帰れないの?」
消え入りそうなくらい静かに呟いたのは愛奈だ。そのまま崩れ落ちる。慌てて美矢が支えるも、彼女も立ってはいられず一緒に床に座り込んだ。守は顔面蒼白になり、華蓮は両手で口を覆って言葉も無い。賢司ですら絶句していた。最後に――。
――やっぱりね……。
アキトは一人納得していた。その可能性を想定していなかった訳ではないからだ。前世でアキトを【地球】に送り出したレイアはそれこそアーリア配下の天使共に引けを取らない強者だった。その彼女をして【ゲート】なる装置を使って莫大な魔力を消費して行使できたのが異世界転移だ。たかが人間に同じ事ができる筈が無いとアキトは気付いていた。
――それより……アーリアが召喚したとなると、益々不可解だな、情報が欲しい所だ。
「……ふむ、【地球】、そしてアーリア様とは無関係……と申すか。となれば、やはり――」
「教皇よ、やはり召喚は失敗ではないか? こ奴らは自ら御使いではないと抜かしたぞ。となれば……教会には相応に贖って貰わねばならんが」
一方の相手方、ガーランドが厳かにアレハンドロに詰め寄る傍ら、アレハンドロはアキト達の告白に戸惑う所かどこか納得したような雰囲気だ。
その様子に身構える転移組。全員が帰還できない現実に打ちのめされていたが、自分達が置かれている現状を自覚できない程に自失している訳ではない。
こちらの都合の一切を無視した無茶振りをかましているのは帝国側なのは全員承知しているが、かと言ってこちらの事情を汲んでくれる保証は無い。希望にそぐわなければ理不尽に冷遇、最悪排除されるリスクを想像して、賢司は警戒を強めて華蓮と守を引き寄せる。華蓮はいざという時は一戦交える覚悟を決める。愛奈が小刻みに震えだす。そんな愛奈を美矢が優しく抱き留める。どうでも良いが剛田は既に臨戦態勢だ。
美矢も内心怖れていた。ただ、愛奈にそれを諭らせまいと必死に奥歯を食いしばって耐える。そして、二人して無意識に向けた視線の先に――。
――心配すんな。
そう言わんばかりに不敵に笑うアキトが居た。それを見た途端に硬直が解ける愛奈と美矢。何も心配する事は無い、誰より信頼できる相手が笑っている。それだけで震えが治まり胸の内に安堵が広がっていった。
同じく賢司も警戒を解いて華蓮と守に平静を促す。守は素直に従い、華蓮は少し不信がっていたが最終的に同意する。
事実、アキトは全く悲観していなかった。元より【スフィア】に帰還する予定だったので、それが少々早まっただけ。色々と不明な点や違和感はあるが、それとて知りようはある事。友人達は帰してやりたいが、簡単に帰せない事も想定内。ならば行動指針はほぼ確定だ。
アキトは兎も角、皆を勝手分からぬ異世界に放逐させる訳にはいかない。簡単に日本へ帰れないなら、その間の安全を確保しなければならない。その為に、気は乗らないが帝国の庇護が必要だ。
残る懸案事項は帝国側のリアクションだった。果たしてどう出るか? 期待外れの役立たずと排除するか、それとも……、
「殿下、御心配には及びません。アキト殿や他の方々から得られた証言より、吾輩は確信しました。彼らこそ、我らが待ち望んだ御使いであると」
成程、そっちで来るかとアキトは状況を察する。アレハンドロの宣言を聞いたガーランドはよく分かっていないようで、教皇に説明を求めた。
「……? どういう事だ教皇。天界も女神も知らぬ、それ所か我がギャレリア帝国すら知らぬ無知な蛮族どもが御使いだと?」
「殿下、だからこそであります。アーリア様の神託はこうでした。『我が加護を受けし者、遥か遠き世界より【スフィア】に降臨し魔を祓うだろう』と」
「だから何だと言うのだ?」
「殿下、天界とは神々が住まう世界、アーリア様がそこから御使いを遣わすとは我らの解釈であり、実際は違ったのであります。真実は【スフィア】とは異なる世界より女神の加護を授かりし者を呼び寄せる事であったのです」
「馬鹿な! 異世界からの来訪者だと言うのか!? 俄かには信じられん」
「間違いないでしょう。先程耳にした【地球】というのが彼らの属する世界、そして”日本”とはおそらくそこに存在する国家で彼らの故郷でしょう。どれも聞き慣れない名称です。……そうではありませんか、アキト殿?」
矛先を変えるアレハンドロ。アキトに確認を求めているが、その顔は事実に間違い無いと確信に満ちている。それを見たアキトは好都合とばかりに便乗した。
「その通りです。そして察しているでしょうが、我々は【スフィア】という言葉にも”ギャレリア帝国”なる国も存じません。……我々の居た【地球】にそのような名称の国家は存在しないのです」
それに、と一言付け加えて、アキトはおもむろに右手を振りかぶると……、
――メゴシャッ。
それを床に叩きつけた。凡そ人力では有り得ない効果音と供に、放射状にひび割れ陥没する石畳。それを見た全員が眼球を飛び出さんばかりに驚愕する。勿論、転移組も驚いた。
それらを一瞥するや何ともない風に右手を振ってアキトは更に言い募る。
「どうもここに来てから力が滾ってまして、おそらく”加護”のお陰だと思います」
真っ赤っかな嘘である。元より人外の膂力を誇るアキトの素の一撃であった。【地球】で得た強靭な肉体と、【スフィア】仕込みの魔力を掛け合わせただけだ。
先程の神託にあった加護というワードを利用しただけで、実際に加護を授かったかどうかなど知らない。
今はただ、加護があると思わせ、女神の御使いとして扱われるよう立ち回れば問題無い。
それと推測ではあるが、きっと他の面子もアキト程ではないだろうが、身体能力の向上は起こるだろう。何せ【スフィア】は【地球】に比べて源素が濃い。おそらくその影響で皆に魔力が発現し、それによって【スフィア】の一般人レベルを凌駕するくらいは強くなる筈である。
そうなれば転移者全員が御使いだと振る舞えて更にリスクを低くできる。仮にそうならなくても、アキト一人でどうにでもなる。
そんなアキトの内心など露知らず、目の前の現実から己の確信が真理だと感じたのか、アレハンドロの顔が歓喜で彩られた。だがなぜか狂気的とも狂信的とも取れる笑みはどこか恐ろしかった。
「やはりそうか、間違い無い。殿下……神託は果たされました。何より彼が纏う”加護”の輝きがそれを証明している。皆よ、信者たちよ、この者達こそ【スフィア】の人間族を救済し、憎き”魔人族”を滅ぼす為に女神アーリア様が異世界より遣わした救世主である!」
その宣言に爆発的な歓声で満たされる教会。当事者でありながら置いてけぼりにされているアキト達。皆が現状を受け入れ難い体で戸惑うしかできない。剛田ですら呆然としている。それでも最悪の展開だけは避けられたようで、その事に素直に安堵した。そしてこの状況を手繰り寄せた功労者であるアキトだったが……、
実は脳内でサイレント猛省中であった。アキトにしてはちょっと有り得なくなくないと異世界の中心でミスを叫びたいレベルの失態だと胸が張れる。張ってどうするとは言われたくない。
果たしてこれだけの成果を得るのにここまでの労力が必要だったろうか……断じて否だ。そもそも最初からアーリアの御使いだと開き直って居れば済んだ話なのだ。それを何故、わざわざアーリアも御使いも知らんなどと切り捨ててからやっぱり御使いかも……みたいな回りくどい真似をしなければならんかったのか。
取り敢えず、剛田と華蓮が騒いだ所為だと責任転嫁――を経由して、
元を辿れば、アキトが不用心にアーリアの名前を出した所為だと自己嫌悪――を通り過ぎ、
最終的に、多分誰かが騒いでこうなったでしょとご都合解釈――に到着して、黒歴史として忘却の彼方へポイする事にするアキトだった。
まぁ、それは一先ず置いておいて、
――また聞き慣れんワードが……”魔人族”って何だよ?
峠を越えた所にエベレストが立ち塞がったような脱力感にアキトは見舞われていた。兎も角、やる事が多いので今日の所はゆっくりしようと心に誓うアキト。
特にアキトが披露した”加護”モドキは他の面子にも発現することが予測されるので、それを考えて「これから大変だ」と猛烈に愚痴りたい衝動に駆られていた。
初めて一週間ノルマ達成しました。
今後もこのペースを保って書きたいです。




