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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第二章
49/62

守の戦い

 今回で時間軸がアキト達と同期します。

 改めて戦いの火蓋は切って落とされた。


 客観的に見れば調査団の拠点に無断で侵入したレイランを排除しようとするヨハン、ネーナとミハイルに大義名分がある。それを日本人的な良心から仲裁に入った守の取った行動がこの場では不適切だ。


 守自身、この選択が愚行であったと自覚していた。それでも既に覚悟は決まっていた。今でもこの状況を望んではいない上に、後悔の念は現在進行形で激しく燻ってはいても、一度決めた事を貫く事に迷いは無い。


 寧ろ現在最も心を乱しているのはレイランだった。


 レイランは自分が余所者であると自覚している。故に自身が事によっては害される立場であると理解していた。なので最初に守と出会った時に好意的――何故そうされたのかは理解できなかった――に受け入れられた事がまず不思議だった。


 その時はまぁ良いかと得した気分で受け流したが、流石にこの状況で自分に助力するのは話が違う。レイランから見れば守もヨハン達も同じ立場に居る筈なのに、何故に守が自分を守ってくれるのか理解できなかった。


「呆けてんな! 来るぞ!」


 そんなレイランを叱責するように守が声を張り上げた。


 ようやくここに至ってレイランも胸中の疑念を棚上げする。今はまずこの場を乗り切る事が最優先だと心を定めた。


 奇しくもレイランが腹を決めたタイミングで距離を詰めるミハイルとネーナ。とっくに言を尽くす行為を無駄と宣言した通り、まずミハイルが手甲を纏った右ストレートを無言で振り抜く。


「だぁりゃああああああっ‼」


 雄叫びとも取れる気合と共に放たれた一撃だったが、それは再び守の”絶風壁”に阻まれる。防がれた事実が重なりミハイルの表情が険しくなるが、守の表情も苦悶に染まっていた。


 守の十八番とも呼べる”絶風壁”の最大の利点が防衛範囲の自由度だ。発動する際に法の支点と方向を定めてしまえば、後はその支点を動かすだけで結界を自由に動かす事ができる。


 大抵、守は両腕に嵌められた腕輪型の魔導具を支点に設定しており、そのお陰で”絶風壁”は守の手の動きをトレースするかのように動き回る。


 それは端から見れば宙に浮く盾を自在に操作しているようであり、見慣れない魔法の姿に相手の意識を乱す側面も持っていた。


 ただし短所もあり、この方法だと結界の受けた衝撃が支点に……つまりは守の腕に伝わってしまう。ミハイルは摩訶不思議な守の防御に面食らい気味だったが、守は守でミハイルの一撃の負荷に思わず顔が歪んでしまった。


 ――この野郎、訳分かんねぇ魔法使いやがって! 硬い上に良く動く守りって厄介過ぎんだろ!

 ――痛いってぇ! にゃろう、この重さディノレックス以上っしょ! あんまり食らい過ぎるとヤベェ!


 実は互いにそんな事を思っているなどお互い知りもせず二合三合と打ち合う。拮抗しているようだが一対一なら守の方が優勢だった。防戦一方に見えて、何せ自身の身の丈に迫る大型の盾で守りを固めている状態なのだ。一方向からの攻撃ならほぼ完封できる。


 しかもほぼ透明の視界良好な上に重量もほぼ無しな超軽量級の盾だ。友人達からは「普通に反則だ」と言われていた。


 よって防御を崩される可能性は低い。それより現在”絶風壁”の支点になっている守の左腕の耐久力の方が心配で、そうなる前にミハイルの攻めを崩さなくてはならない。


 そうやって守がどうしたもんかと脳をフル回転させている隣では、レイランとネーナの攻防が繰り広げられていた。


「はぁああ、シッ!」

「くっ……!」


 戦況は守側とほぼ同様にレイランの防戦一方だった。ただ大振りで重い拳の一撃なミハイルと違って、ネーナのそれは迅く鋭い細剣の連撃だ。対するレイランはそれを防ぐのではなく回避のみで対処していた。


 守に気付かせずに身を潜めた事といい恐ろしく身軽な娘だと守は管を巻く。


「余所見してんじゃねぇええええっ‼」

「うぉおおおおおっと!?」


 レイランの方に気が逸れた守にミハイルが渾身の一撃を見舞った。間一髪で意識を修正した守が辛うじて防ぐ。しかしタイミングがズレたので左腕への負担が三割増しは確定だった。


 いかんいかんと守は自身を窘める。


『集団戦では常に周囲に気を配れ。ただし眼前の相手からは絶対に気を逸らすな』


 アキトからの教導を思い出し少々背中が寒くなった。周りの状況把握は大事だが、一番に意識を向けるのはやはり目の前の敵だと教えられた。


 今の状況だとそれが身に染みる。今はフォローしてくれる相棒(華蓮)指揮官(賢司)も居ないのだ。全てに自分で対処しなければ殺られると守は実感できた。


 そして実感が湧くと、即席の相棒であるレイランの立ち回りに物申したい衝動がムクムク育つのも実感できてしまう。


 レイランの体捌きは守から見ても卓越していると良く分かる。華蓮のように洗練された武の動きではないが、型に嵌らない奔放な動きながら無駄の少ない見事な身のこなしだと。


 だからこそ、何故に防戦一方なのかが気になった。攻撃手段に乏しい守は兎も角、レイランまでが一切反撃を行なっていないのは何で? と思わざるを得ない。


 確かにネーナの刺突は絶え間無く隙らしい隙が見当たらないが、華蓮の立ち回りに慣れた守の目にはレイランの姿勢に攻勢への積極性が感じられない。それでいてネーナを見つめる眼差しには一切の迷いを感じさせないのが殊更に疑問だった。


 何か事情でもあるのかと、それと同時に相手方のヨハンがネーナとミハイルに任せきりで一向に動こうとしない事も守の疑念に拍車を掛ける。


 ただでさえミハイルの攻略に頭をフル回転させている状況で、レイランとヨハン双方の意図を模索するという普段では考えられない苦行に興じていると、状況が動いた。


「……どういうつもりですか?」


 動かしたのはネーナの静かな問い掛けだった。全くと言って反撃をして来ないレイランを不審に思ったのか、今更ながら言葉を活用し出す。その間でも攻めの手を全く緩めないのは案の定と言うべきか。


 一方のレイランも今更な対応にやや戸惑いつつ、それでいて防御への意識も一切緩める事無く静かに返答した。


「レイラン、戦う気……無い。ここ、話をしに来た」

「はい? ここに来て今更戦う気が無いと? それで済ませられると本気で思っているのですか?」

「はっ!? 殊勝な事じゃねぇか。だったら今すぐに這いつくばってくれや、そしたら泣き言くらい聞いてやらぁ‼」


 聞こえていたのかミハイルも割って入り、レイランの訴えをネーナと共に却下するよう嘲った。


 同じく横で聞いていた守は……いや、最初に問答無用で仕掛けたのはお前らだろうが!? というツッコミをしようとして諦める。とてもそんな余裕は無かった。ミハイルの猛攻を凌ぐのと色々考えているので守のキャパは既に一杯である。


 それでも確かに今更話し合いなど不可能だろう。始まりがどうあれ、この状況で言葉で分かり合うのは無理……と誰もが思っていたら、それらを吹き飛ばす程の大声でレイランが叫んだ。


「間違うな! お前達と、話なんてしない!」


 思わず打ち合いの最中だと言うのに、全員がレイランを見た。レイランの怒号は止まらない。


「お前らと話なんて無理! 前も、山で話そうとしたら、襲われた。今だって、そう! 話したいのは、ここで一番の誰かで、お前らと話す事なんて、何も無い‼」


 余程気持ちが籠っているのか、所々で妙に区切ってその都度語気を強める独特な口調で感情を吐き出すレイラン。一体全体、以前に何があったのか守には見当もつかないが相当な目に遭ったのだろうと推測できた。


 その最中でも攻防は継続中だったが、レイランは最後にはっきり言っておきたいとばかりにネーナとの距離を空けると拳を突き付けて宣言する。


「でも……それでも、レイランは話し合いに来たから、お前らとも戦わない! レイランはお前らも傷つけたりしない! それでも向かって来るなら相手はしてやる。お前らの攻撃、全部避ける。お前らが疲れて動けなくなるまでずっと‼」


 もし観衆が居たなら「おぉおおっ!?」と歓声が上がる宣言であった。お世辞にも頭の良くない不合理なやり方だが、中々に純粋と言うか、律儀と言うか、筋の通った娘だと。


 しかし相対している二人の反応は違った。


「馬鹿か、舐めやがって! できるもんならやってみやがれっ‼」

「思い上がりも甚だしい……ワタシ達相手にそんな真似が可能だと?」


 手を出さずとも制する事ができると言われて、侮られていると感じたミハイルとネーナが激昂した。場の空気がますます張り詰める中、レイランと隣り立つもう一人も当然反応した。


「いやいや、だったら逃げようよっ‼」


 守である。切実な懇願であった。その発言に張り詰めた空気がみるみる弛緩していく。聞いた三人が戦意を削がれたように「「「えっ?」」」となり、三つの視線が守に集中した。


「この状況で何言ってんのこいつ?」みたいな視線を向けられて、負けじと守も「何考えてんの!?」と言いたげな視線を三人に――特にレイランに強めに返した。


 それはそうだ。守にしてみれば戦う気が無いのにわざわざ相手に付き合うなど無駄以下の愚行以外の何でもない。


 数瞬後に、意識が再起動したレイランがやっと守の意図を察し、今度は守に対して宣言した。


「レイラン、敵に背中は見せない!」

「漢前かっ!?」


 守さん速攻でツッコんだ。ここまで漢前な女子を華蓮以外に守は知らない。若干手の掛かる親友と同類である女子が異世界にも居た事にげんなりした。


 続けて「って言うか最初隠れてたじゃん!?」とツッコめば、レイランは再び胸を張って宣言。


「見つかってないなら平気。でも一回見つかったらもう逃げない!」

「自分ルールじゃねぇか! 俺流全開かっ!?」


 ツッコミの迸りが止まらない。謎少女の謎理論に守の手がこれでもかと頭を抱え込んだ。


「何なのこの娘天然なの!? 話が通じてないんですけど!」と訴えたい守と、自身の行動の不合理さを全く理解していないレイランのまるで漫才かと言われそうなやり取りに、敵対者であるネーナとミハイルでさえ「「えぇ~っと」」と戸惑いを隠せない。


 緊迫した空気が一転、混沌に包まれていく。特に守の脳内の混乱具合が半端ない。しかし同時に先程までのレイランの奇妙な立ち回りの謎も解けたようで、途端に守の頭上で豆電球が直列に繋がってピカピカする。


 まず最初に守はレイランを置いて逃げようと考えていた。しかし結局レイランを放っておけず不本意ながら助力する事となった。一方のレイランはヨハン達と話し合う気は無いが戦う気も無く、その結果相手が諦めるまで攻撃を受け続けるという選択をした。ならば……、


 レイランを連れて一緒にトンズラしちゃえば良いじゃん‼


 守はとっとと逃げ出したいのにレイランが応戦したので付き合っていた感が在ったが、レイラン自身も戦う事に積極的でないならいつまでもミハイルやネーナに構う必要など無い。


 ここまで引っ張ってようやく自身の行動目標を守は定めたのだった。はっきり言って随分と回り道をして解を導いたと言わざるを得ない。


 ここにアキトか賢司が居たなら「気付くの遅い!」とツッコまれている。


 賢司なら初手に速攻でこの手法を実践する。


 アキトなら……一手目は面倒だと殲滅を選択するが、諸々のデメリットを鑑みてやはり瞬時に賢司と同じ選択をするだろう…………多分。


 少なくとも二人共、会ったばかりのレイランの意向を尊重したりなどしない。女の子に甘い守ならではの回り道であり、更にあの二人に比べれば、考察する事に慣れていないと言えばそうなので仕方無いとして、方針が決まったのなら行動そのものは素早い守は即座に戦闘を畳むことにした。


「っちゅう事で、俺っちら退散する事にしたから」


 いきなりな発言に、フリーズ気味だったミハイルがはっと我を取り戻した。


「何が『っちゅう事で』だ!? 勝手に完結してんじゃねぇよ、ってか逃がす訳ねぇだろ‼」


 相変わらず正面から突っ込んで来るミハイルの拳打をこちらも真っ向から防御。左腕が激しく軋むも守は歯を食いしばって耐えた。そしてすかさず切り札を切る。


「”絶風壁”……解!」


 それは数少ない守の攻撃手段。圧縮空気の塊である”絶風壁”を解除し、解放される空気に指向性を持たせて敵を吹き飛ばす圧縮空気砲だ。


 攻め終わりの隙を突かれたミハイルは為す術無く後方に吹き飛ぶ。その隙に守は連続で結界魔法を発動させた。


「…………”地昇陣”‼」


 地面から現れたのは幾枚のも土や石で形成された、人の身の丈を余裕で越える石壁だった。


 地属性の結界魔法”地昇壁”を複数同時に発動する”地昇陣”がミハイルの周囲を囲い、更に伸びた上端が頭上を覆うように蓋をする。巨大な石のドームがミハイルとついでにヨハンを隔離した。


 守が得意とするもう一つの結界魔法”地昇壁”は、”絶風壁”と違い地面に固定されるので防護範囲の自由度という点では劣るが、強度で勝る上に敵の進行を防ぐ遮蔽物として応用が利く。また透明ではないので視覚を妨害できる点も挙げられ、形状変化の自由度も高い。


 地形を少なからず変えてしまうので後で怒られるかもだが、それを気にするより手が空いた守はレイランの加勢に入った。


「レイランちゃん! こっちだ!」


 呼び掛けに一瞬面食らうが、守の意図を察したレイランは拒絶の意を示した。


「嫌だ、レイラン逃げない! あいつらに背中は見せない‼」

「あぁもう、後で美味い飯食わせてやっから来いってば‼」


 聞き分けの無いレイランにイラついていたとは言え、咄嗟に出て来た言葉に守自身が歯噛みした。幼児じゃあるまいし、こんな言葉で釣れる奴なんて居て堪る――。


「うん行く‼」


 居た! 食事に釣られて速攻で手の平を返したレイランの有様に守が傾く。


 結果オーライではあるが、たかだかこの程度で追従する純粋さが守には心配過ぎる。まぁそれはこの場を切り抜けてから考えようと、心配事はこれまた速攻で棚上げし守はレイランと合流を図った。


 当然それをさせまいとネーナが追いすがる。


「させません」

「こっちがな!」


 守も当然それを見越して”地昇壁”で足止めをするも、ネーナは見事な跳躍で石壁を跳び越えた……が、跳躍を誘発する為にわざ(・・)と低く障壁を出した守は締めの手を発動していた。


「……”風玉”」


 ドンピシャのタイミングで守が詠唱を終えると、空中で身動きができないネーナの眼前にドッジボールサイズの風の塊が出現した。


 これは以前にお遊びや絶叫移動手段として使われた空気のクッションとは訳が違う……ギュウギュウに固めた圧縮空気の塊だ。圧を解除すれば……どうなる?


「……解」


 直後、バァアアアアンという爆音と共に、指向性を持たせた空気砲とは違う、空気の音爆弾が爆裂した。


 眼前で喰らい、聴覚をこれでもかと掻き乱されたネーナの意識は完全に飛んだ。更に発生した衝撃波に揉まれて体勢を崩したまま地面に落下し叩き付けられる。


 緊急事態とは言え女性を傷つけてしまった事実に守が「うぁ~」となる程に痛々しい姿だった。


 取り敢えず、守にしては珍しく綿密な戦術で以て敵を無力化した所で、後はレイランと一緒に離脱するだけだったが、上手くいったようで詰めが甘いのが守クオリティーなのだった。


「あ……」

「はぅぁあああああ~」


 残念ながら”風玉”の余波はレイランにも及んでいた。ネーナとの距離が近かった所為か、爆音と衝撃波で意識が朦朧としながら吹っ飛んで来たレイランは見事に守を押し倒す羽目になる。


 その際に何の補正が働いたのか、狙い澄ましたかのようにレイランのたわわな胸の谷間が守の顔面にストライクし、状況も顧みずに守が「うぉおおおおおっ‼」と歓喜した。どこまでも空気を読まないミスターデリカシーゼロ――守である。


 喜びに浸る事暫し、正気に返った守は辛うじて自制を利かせてレイランを自身から退ける――その際に胸部に触れないよう一層自制を利かせる――と、フードの取れたレイランの素顔を間近で眺めて言葉を失った。


「…………ケモミミ?」


 そう、瞳と同じ鮮やかな紫水晶(アメジスト)色の髪をポニーテールにしたレイランの頭部には、同じ毛色のモフモフな耳が生えていたのだ。


 その光景から初めて見るタイプの獣人族だと感じたのが守の第一印象だった。今までは全身をモフ毛で覆った獣人族しか見て来なかったので、見た目が人間族で耳だけ獣な獣人族は初めてお目に掛かった。


 もしや尻尾もあるのかな? と、珍しく純粋な好奇心から婦女子の臀部を探るという立派なセクハラを躊躇無く敢行するミスターデリカシーゼロだったが、それは覚醒したレイランによって中断された。


「…………? …………っ‼」


 直後は現状を把握できなかったレイランだったが、把握するや否やすぐさま守を突き飛ばし距離を離した。


「……っとっとと。って、違う! 誤解だから!」


 ここに至りようやく自分の行為が洒落になっていないと自覚する守だが、どうやらレイランが飛び退いたのは性的脅威を感じたからではないようだ。その手は体でなく耳を隠すように頭部に添えられ、間を置かずにフードを被り直す。


 恥じ入ると言うよりどこかショックを受けたような様子を訝しむ守は、それを問い質すより別の指摘を実行した。


「あ、あれ? 何で隠すの? 折角可愛いのに」


 そのリアクションは相当予想外だったのか、守の発言にレイランが硬直した。その様に守も固まった。


 ――あれ? また外したかな?


 などと守がドギマギしていると、急にレイランの表情が強張る。殊更に守は戸惑ったが、その理由をレイランからの呼び掛けで察する事となった。


「避けてっ‼」


 守が振り返ったのは刹那だった。見ると守の目の前には予想外の人物が迫っていた。


 ヨハンだった。守が認識したと同時にヨハンは手にした剣を突き出し、


「あ…………」


 その剣で守の腹部を貫いたのだった。


 守が身に纏う法衣はギャレリア帝国で最も防衛に長ける”結界騎士団”に採用されている逸品を、帝国魔工師団が御使いたる守に合わせて改良に改良を重ねた特注品である。


 だと言うのに、ヨハンの一撃はそこらの金属鎧より優秀な装備を易々と無力化し、守に深手を負わせた。


 その間、守は意外に冷静だった。何故ヨハンの接近に気付かなかったと考えられる程に。ヨハンが来た方角に目を向けると、そこには見事に崩された”地昇陣”が在った。斬られ崩れた音は聞こえなかった。強度だけなら守にとって最大の魔法を、無音で斬り裂いたというなら凄まじい技量だ。


 そこまで思考すると、痛みより早く傷口が徐々に熱を持っていくのを感じた。それは温もりを感じる程度から次第に強くなり、最終的に体の内と外を同時に火鉢で焼かれるような苦痛に昇華された。


 そこまで来ると、ヨハンは剣を守から引き抜く。


「……げっ、ごぼっふ、が……ぁああああああああああああっ‼」


 悶絶の声は血と共に口から吐き出された。守は今すぐにでも転げ回りたい衝動に駆られたが、激痛と言うのも生温い極上の痛みの所為でその場に蹲るしかできなかった。


 人生初の刺された痛み。殴られた事は幾らかあったがそれとは比べ物にならない痛みと熱が守の意識を白紙にしていく。


 そんな守の有様を心底興味無さげに見下ろすヨハンは、後方を見やると静かに静かに舌打ちを漏らした。その目には未だに守から受けたダメージが回復し切っていないミハイルとネーナが映っている。


「……っち、愚図共が。……仕方無い、一人だけで処理を――」


 言い終えるより先に体が反応した。剣を握った右手だけでなく、腰に帯びたもう一本を左手で抜き放ち二刀流のクロスガードを整えた直後に、閃光を帯びた一撃がヨハンを襲った。


「ぁあああああああああああああっ‼」


 裂帛の気合いと共に放たれたのは紫電を纏った蹴撃――レイランの飛び蹴りだ。


 辛うじて防御に成功したヨハンだったが、衝撃と電撃の合わせ技を受け両腕の感覚が麻痺した上に、後方に強く弾き飛ばされる。体勢を崩しはしなかったが身体の硬直は避けられなかった。


 その好機を逃さずレイランは守に駆け寄ると、その体を慎重に抱き起こす。痛みに呻く守の下には既に血溜まりができ始めていた。猶予は無いと判断したレイランは、


 ――ウォオオオオオオオオオウゥゥゥゥ…………。


 空に向かって遠吠えを一閃させた。ヨハンは何事かと身構え、直後に晴れ空にも関わらず雷が落ちた。


 濛々と土煙が立ち込め、それが晴れると姿を現したのは……巨大な狼だった。


 翡翠のように輝く緑の体毛を纏う獣は巨大な馬程の体躯を誇り、人を二~三人程度なら背に乗せて運べそうだ。


『レイラン何事? オイラ呼ぶの、危ない時だけ。今危ない?』

「話、後! 今はこの人連れて逃げる!」


 ヨハンには狼が唸っているようにしか聞こえていないが、何と狼は”念話”でレイランと会話をして見せた。”念話”はレイランだけに聞こえているが、第三者から見てもレイランの様子から意思疎通が取れていると推測できる。


『正気!? そいつ人間族。オイラ嫌だ。乗せたくない』

「文句後で聞く! 今はお願い、急いで‼」


 問答無用、時間が無い事を強く訴えたレイランに根負けしたのか、狼は渋々レイランと一緒に守を背に乗せるとベースキャンプの外――ダイダラ霊山方面に向き直った。無論、ヨハンが黙って行かせる筈も無く、


「……させん」


 投剣を一閃。しかし投擲された短剣は狼の尾の一振りで払い除けられ、直後に狼はまるで重力を感じさせない身軽さと速度でその場を離脱した。


 尋常でない迅さで距離を離していくレイラン達だが、それを快く送り出す理由などヨハンには無い。


「……ふん」


 大凡気合とは程遠い息を吐き出すと、ヨハンもまた高速で地を駆ける。やはりこの男只者でないのか、その迅さは狼に勝るとも劣らない。


 このままではレイラン達は追い付かれないまでも逃げ切れない……と思われた矢先、ヨハンの更に後方より狼を猛追する何者かが出現した。その者は狼とヨハンを優に超える神速で以てヨハンと横並びになる。


 ヨハンの目にはそれが黒い影に見えたが、それ以上に認識を深める事は叶わなかった。


 何故なら影がヨハンと横並びになった瞬間、ヨハンは意識を失い、その体は真横水平方向へ優に五十メートルは弾き飛ばされたのだから。


 後日、目を覚ましたヨハンは治療を施したネーナとミハイルから聞かされて、命に関わる程の深手を負って建物の残骸から救助されたと知る。


 閑話休題。


 ヨハンを弾き飛ばした影――アキトは弾き飛ばした輩を歯牙にもかけず、守の追跡を開始した。

 次回はアキト視点の話から始める予定です。


 可能なら賢司と美矢の場面も入れたい。



 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次話を来週土曜日に投稿します。


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