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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第二章
46/62

急展開は突然に

 ちょっとした……それでいて忘れられない急場を凌いでアキト達はルネスの案内で調査団本部を訪れる。そこには昨日と同じく団長であるレオルドの姿が在った。


「お、来たか……と、一人足りないようだが?」


 アキト達の人員構成をしっかり覚えている獅子団長が指摘すると、ルネスが伏し目がちに何とも微妙な返答をする。


「その……まぁ、少々のっぴきならない事態に直面しまして……」


 己が副官の普段では考えられない曖昧な態度に首を傾げていると、アキトが片頭痛を堪えるような渋面でフォローした。内面は身内が情けないやら、報告をしたルネスに申し訳無いやらで滅茶苦茶だ。


「……気にしないでくれ。あんたが気に掛ける程じゃないレベルのしょーもない事件があっただけだ。じきに来るからほっといて話を始めてくれ」


 アキトの発言に他のメンバーが一斉に溜息混じりで右に倣う。


 ここに居ないのはモチのロンで守だ。アキトと華蓮が二人がかりで近場のトイレに放り込んで、そのまま放置して来たのだった。


『先に行ってるから終わったら追って来い』とだけ言い残して即ここに向かった一行。誰も介抱に残ろうとしなかった事実が皆の呆れ具合を物語る。親友の情けなさに賢司ですら多くを語ろうとはしなかった。


 何となくではあるが状況を察したレオルド。彼は多くを聞かずにアキト達を労った。気遣いのできる上司とは素晴らしい。


「ふむ、では早速呼び出した理由を話したく思うが、その前にまずは急に呼び出した事を詫びよう。重ねて昨日の諍いを鎮めてくれたことに感謝する」

「いえ、ルネスさんにも謝罪されましたがこちらから赴く予定だったのでお気になさらず。それと昨日の事は自分達の都合で首を突っ込んだ事案ですから」


 当然のように労う事も忘れないレオルドに、賢司も気遣いで以て返答する。社交辞令も含まれるが懐かしい日本人的なやり取りにアキト達の心が再びほっこりした。今朝のルネスもそうだが、【スフィア】では目下の者にこういった態度を取れる【地球】的な常識人が少ないのだ。


 アキト達の態度にレオルドが初見、ルネスが二度目の戸惑いを覚える中で、獅子団長はまぁ良いかと言った具合に話を先に進める事を決めた。


「あぁ、うん。取り敢えず呼び出しの理由をとっとと話してしまおう。端的に言うなら、昨日の出来事に於けるヨハン達の処分が確定したので、それに伴い彼らに任せていた任務を引き継がなくてはならなくなって、その後任を君らに任せたいと考え声を掛けたのだ」


 レオルドが一気に要点を話すと、アキト達は各々が疑問に思った内容を行儀良く順番に質問していった。


 まずは華蓮。


「あの連中にはどんな処分が下ったのですか?」

「一週間の謹慎処分だ。期間中はキャンプ内のみ活動を許可し、団の裏方仕事に従事する事となった」


 次は愛奈。


「ペッピーさんの容体はどうですか?」

「予後は順調だ。痛みも引いて、明日から任務に復帰する見通しだよ。ルネスから聞いたが、君が治癒をしてくれたそうだね。私からも改めて礼を言わせてくれ」


 続けて賢司。


「引き継がれる任務はダイダラ霊山に入山してのものですか?」

「無論だ。本来なら山中の任務は幾つか手順を踏んで欲しい所だったが、ヨハン達を引っ込めると君らが適任だと判断した」


 そして美矢。


「朝一でモフッてエエですか?」

「おぉ、別に構わん――」

「「却下っ‼」」


 全く関係の無い自身の欲求を要求する美矢に、それを快く容認するレオルド。返事を言い切る前にほぼ同時で声を張り上げたのはアキトとルネスだった。


 距離が詰まりかけたレオルドと美矢の間へルネスが即座に割って入り威嚇する……毛を逆立て若干怯えた様子で。ほぼ同時にアキトが美矢の首根っこを掴み捕獲した。


「レオルド様! だから無闇に鬣を触らせてはいけないと……! そして昨日の事で見直したと思えば、やはりお前()そういう嗜好の持ち主か!?」

「括るな! そんな変態的嗜好の持ち主はこいつだけだってんだよ!」

「アキやん酷い!? ウチは至極真っ当な性癖しか持ってへんわ!」


 上司を窘めつつアキト達を問い詰めるルネスに、叫ぶように誤解だと訴えるアキト。そして明らかに過剰な反応を頂戴しているにも関わらず未だに自身の正当性を疑わない美矢。


 いい加減に周りの反応から察して欲しいアキトは、早く告げておくべきだったとした後悔と大いなる今更感を抱えて美矢に獣人族の特性を語った。


「あのなぁ美矢、昨日言いそびれちまったけど、獣人族にとって体毛や毛皮は性的な意味合いを持つ部位なんだよ」

「ふぁい?」

「だからお前がやろうとしてる事は……人間に例えると胸とか尻とか股間を触らせてくれって言ってるようなもんなんだよ」


 その説明に時が凍る。特に日本人パ-ティ……の中でも美矢の反応が顕著だった。


 無言で「そうなん?」と言いたそうに本部内の獣人達に確認の視線を散らせば……返って来るのは視線を逸らす、もしくは静かに頷くなど無言の了承のサインばかり。ここに至ってようやく自身の所業を自覚した美矢の脳がフリーズした。


 一方の獣人側ではアキトの無遠慮な例えに、ルネスが顔を赤面させながら恥じらいつつどう返答すべきかで逡巡していた。暫くしてから意を決して発言する。


「いや、まぁ……何だ。アキトの言い方は少々過激だし、毛並みを褒められる分には悪い気はしないと思う。ただやはり初手で『触らせてくれ』と言われて了承する者は殆ど居ないだろう。女性だけでなく男性獣人も同様で、少なくとも手前は勘弁して欲しい」


 あの毅然とした態度のルネスが昨日と先程で妙に怯えた様子だったのはそういう訳かと、美矢だけでなく残りの面子も納得した。そう言えばレオルドの鬣を初めてモフった場面では見ていた男性獣人達も引いていたような。


 でもレオルドは全然嫌がってないし……と美矢は訴えるが、それについてもアキトのよく分かる解説。


「女性からの接触を好ましく思う男性は人間にも居る。団長は特別フランクな御仁であって、あれが標準な訳じゃない」

「まんま痴女やんウチ‼ まさか今までそんな目で見られとったんかい!? ってかアキやんはよ止めてや‼」

「さり気に私がふしだらな人物と認識されている気がするのだが気の所為か?」

「レオルド様、そう思われても仕方無い有様ですので何度でも申し上げます……控えて下さい」


 アキトの指摘にようやく美矢が現実を受け止めると同時にそのままアキトへ責任転嫁。そもそも人間だって無闇に肌に触れられたら嫌悪するのだから察しても良さそうな話である。


 そしてレオルドが遠回しに好色家と思われてそうな扱いに解せぬとなるもルネスから冷静なツッコミを頂戴していた。


 再びカオスになりかけた空気が落ち着きを取り戻すのにたっぷり半刻は要した所で、仕切り直しの第一声は何だかんだでまだ質問をしていないアキトから発せられた。


「さて話が脱線しちまったが、最後に確認したい……俺達が適任だっていう任務の内容は何だ?」

「ふむ、それは――」


 やっと触れられる話の核心をレオルドが持ち出すと……その内容にアキト達は揃って首を傾げる羽目になった。


「――交渉をして欲しいのだ」

「「「「「……交渉?」」」」」


 つまりネゴシエーションだが、一体誰に?


 ついさっきダイダラ霊山での任務だと言われたばかりの五人が混乱する。まさか魔獣相手に交渉しろと?


「交渉相手は霊山に住む住人だ」

「「「「「霊山に住む!?」」」」」


 補足するルネスの言葉にアキト達の混乱が加速する。魔獣の巣窟に人が住んでいるだと!?


 局所的なカオスに蝕まれそうになるアキト達に、レオルドが事の詳細を改めて説明し始めた。


 ====================


 アキト達がレオルドから話を聞いている一方で、


「……にゃろう、皆してマジで放置して行きやがるし。薄情過ぎるっしょ」


 守がブツブツ愚痴りながら一人ベースキャンプ内を彷徨っていた。


 体調はすこぶる絶好調。食うだけ食って、出す物出して、必要な補給だけを体に残した守の体内は生まれたてのようにスッキリしていた。


 それに反比例して気分はダダ下がり、その理由は一つ……守は現在進行形で迷子になっていたからだ。


 守は重度の方向音痴である。まず確実に言える事は一度通っただけでは道を覚えられない。


 言い加えるなら、同じ道でも往路と復路の違いだけで守にとっては全く別の道となる上に、時間帯――要は昼か夜かでも同様に認識が変わる。


 事を済ませば自力で来いと放置された守だが、本部から隊舎までの道は一度しか通っていないし、昨日の本部から隊舎間の往路を通ったのは夕方で、これから進む復路では朝なのでほぼ道筋が分からなかった。


 それでも出発地点が隊舎ならまだ望みはあったのに、よりによって守の出発地点は隊舎から少し離れた食堂……から更に離れたトイレで、駄目押しとなったのは諸々が暴発寸前で意識が朦朧としていた所為で食堂からトイレまでの道がそもそも分からない為に隊舎にすら戻れない状況なのだ。


 置いて行かれたのは半ば自業自得であったが、それでも仲間達――特に自身の特性をよく知る華蓮と賢司に受けたこの仕打ちに守は八つ当たり気味に憤慨する。


 しかし進むべき導も無いまま彷徨い、最早どこに居るのかすら分からない守が途方に暮れるまでそう時間は掛からなかった。


 そもそも最初に人に聞けば良かった訳で、復活した当初に意地になって自力で何とかしようとした自分自身を守は呪った。


「今更人に聞きたくても、ここら辺……人居ねぇし」


 一体どこをどう進めばここまで人気の無い場所まで辿り着けるのだろうか?


 守は異世界【スフィア】に新たな七不思議を創り出しそうな気分に浸りながら、過去を顧みずに取り敢えず思うままに歩き出すという結構駄目な方針で行動を開始し始めた。


 その時……”それ”が視界に入った。


「…………誰だ?」


 人影だった。誰かが居る……そう思った途端に問い掛けの言葉は自然と口から飛び出た。おそらく物置か倉庫だろう建物の物陰に潜む気配が明らかに動揺する。見つかる事が想定外だったに違いない。


 呼ばれた”誰か”は観念したのか、それとも別の企みを抱えているのか、僅かばかりの間を置いて守の前に姿を現した。


 その姿は見るからに目立つ……というより怪しさ大爆発だった。獣の毛皮で拵えた外套を羽織り、フードを深く被って顔を隠す様子は不審者としか表現できない。


 当然、守とは言え見逃せない相手だった。相手の立ち姿を凝視しながら、そして、


 ――背は華蓮と同程度。胸はきっと美矢ちゃん以上の愛奈ちゃん未満。顔はフードで分かんないけど……間違いない、スタイルだけなら激レア級の滅多にお目に掛かれない女の子だ‼


 歓喜した。言うまでも無く異常な反応だった。


 真っ当なリアクションは”疑う”事の筈だ。当然守もそんな事は分かっている。


 いきなり人気の無い場所で、目の前に正体を隠すような格好をした者が現れた際、女性だという理由だけで喜ぶなど危険極まりない。誰に言われなくても守は理解している。


 しかし、だが、されど…………守の漢としての本能がそういった不信を全て尽く上書きしてしまった。


 だって守さんはお年頃の男の子(思春期真っ只中)。どんな状況だろうと、眼前に女子が現れればお近付きになりたいと思うのは影が太陽と逆方向に伸びるのと同じぐらい当たり前の事。


 ここに仲間達が居れば絶対にツッコむなりどつくなりで状況を正しい方向に修正してくれるが、今は守さん一人しか居ない為に誰もそれを正す事はできない。寧ろ誰にも邪魔されない千載一遇の機会に感情の暴走は止められない。


 結果として守は自分でもアカンと心の隅で思いつつ、漢としての欲求を優先する事を決定した。


 因みに外套越しで女性である事はおろか体型まで見抜けた理由をツッコんではいけない。敢えて言うなら守だからで誰もが納得するだろう。誰がとも聞いてはいけない。


 おそらく侵入者――守の直観を信じるなら女性――であろう誰かは発見された故の警戒心が別の何かに変わっていくのをひしひし感じていた。駄目押しに、


「お嬢さん、お暇なら俺っちと共に運命という名の片道切符を買ってみませんか?」


 意味不明な決め台詞でナンパされ、盛大に混乱するのだった。

 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 できるだけ早く次話を投稿します。


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