トラブルとは親愛なる隣人なり
久しぶりの投稿となります。
一定の間隔での投稿はもうしばらくお待たせすることをお詫びします。
一触即発とは正にこの事を言うのだろう。
現場を眺めれば、どういう事態が発生したかは想像に難くない。しかしどういった経緯でそうなったかを察する事ができない故に、アキト達は傍観者に徹するしかなかった。
「そっちがもう一回言えって言うなら言わせて貰うぜ……レオルド団長の采配はなっちゃねぇってな。あのおっさんは、とんだ三流指揮官だよ」
「言い過ぎよミハイル。しかしルネスさん、レオルド殿の采配に問題が無いとはワタシにも言えません。ワタシ達の技量を見誤ってるとしか思えない今回の件を鑑みると、団長としての資質を疑われても仕方無いかと」
「……………………」
「っ……‼ 貴様らっ――」
大凡の経緯はすぐに判明した。おそらく団長であるレオルドの指示なり方針に不満があってミハイルと呼ばれた青髪の青年がルネスに噛み付いているのだろう。
ルネスに庇われている兎の獣人が蹲っている理由はまだ分からないが、それもルネスの怒りに油を注いでいるのは間違い無い。
桃色髪の女性がミハイルを諌めているようだが、穏やかなのは口調だけで言っている内容はミハイルと大差無いレオルド批判だ。最後の当事者である黒髪の男性は肯定も否定もせずに無言でただ佇んでいる。
状況は結構複雑そうだと判断するアキト。介入するべきか否か、介入するにしても後少し情報が欲しい所と傍観に徹しようするも、友人達はそうはいかなかった。
「チェエエッストっ!」
「うおぉおおおおお!?」
それはアキトの知覚を以てしても不意に訪れた瞬間だった。どこから飛んで来たのか全く分からないが、美矢が芸術的な跳び後回し蹴りをミハイルに見舞ったのだ。
ただし届いてはいない。ただ余りの気迫故にミハイルは過剰な回避行動を取ったのだ……雄叫び付きでビビる体は結構恥ずかしい。
それを自覚してか、ミハイルは顔を真っ赤にして美矢に詰め寄ろうとする。青い短髪とのコントラストに目がチカチカしそうだ。
「このアマぁっ! いきなり何しやがる!?」
「やかあしいっ! ウチの前でウサミミモフモフっ娘はっ倒しといて無事で済む思うなよ‼」
質問に答えていない上に介入した理由も相手には理解できないであろう事は置いておく。
余程頭に来たのか腰の剣に手を伸ばすミハイルを見て、流石にヤバいと思ったのか連れの桃色髪女性が止めに入る。それと同時に美矢の前には華蓮が庇うように立ちはだかった……背中の剣に手を伸ばしながら。
美矢とミハイルが火花を散らし、華蓮と桃色髪女性が互いを牽制し合う中、守はいつでも結界魔法を発動できるよう備え、愛奈はルネスの元で頬を腫らした兎獣人女性の治癒を行なっている。
「……何者ですかあなた方は? 無関係の方々に介入して欲しくはないのですが」
「通りすがりの世話焼きよ。取り敢えず、無法な暴力に晒されてる誰かを助けようとしてるって所かしら」
「はぁ? その兎獣人の事か? オレらがやったって何で分かる?」
桃色髪女性が丁寧に部外者呼ばわりすると、華蓮が敢えてその評され方に甘んじつつ介入の意志を明言し、それに対してミハイルが挑発的に反発すれば愛奈が声を上げる。
「間違いだったら謝るけど、それは被害者に聞けば分かる事よ。……ルネスさん、兎のお姉さんを叩いたのは誰ですか?」
「何故貴様らが…………? まぁ良い……やったのはそいつらだ」
「何ややっぱあんたらやん。下手な言い訳は男を下げるで、お兄ちゃん」
「……てめぇ……!」
「おおう、いつもこういう時動くのは華蓮だけだったのに今回は美矢ちゃんもかよ……。俺っち頭痛いじぇ」
答えが分かり切った愛奈の問いに、少々意外そうにルネスが答えれば改めて美矢が蔑むようにミハイルを挑発し返した。その光景に守が悶々且つ恐々としながら呻く。如何にも華蓮が首を突っ込みそうなシチュエーションに嫌な予感がビンビンだった所に美矢まで加わった事で、そのフォローをどうしたものかと頭を悩ませていた。
それを各々一歩引いた立ち位置で静観する黒髪の男とアキトと賢司。だが割と早いタイミングでアキトと賢司は瞬きのアイコンタクトの後にルネス側に肩入れする事を決定した。
『状況の正否は置いておいて、今後の為にもルネスさんの好感度を上げておいた方が良いね』
『お前小狡い~~。でも賛成』
そんな”念話”のやり取りがあったのはここだけの話。
日本人達それぞれの心情としては、いつも通り感情的に行動した華蓮に、感情プラス性癖を正直に爆発させた美矢、慈愛の心で以て最も傷ついた者に寄り添った愛奈。
そしていつも通りな華蓮と意外な行動を取った美矢のフォローに回る守に、これを機に険悪気味なルネスに恩を売ろうと打算的に行動指針を定めた賢司、思惑はバラバラでも結果として皆がルネス側についたのでそれに乗っかるアキトといった具合だ。
そんなアキト達の思惑を余所に、ミハイルが痺れを切らしたように前に出ようとするも、桃色髪女性が寸前で静止させた。
「止めるなネーナ! こうなったらこの訳の分かんねぇ連中も一緒に叩きのめして――」
「待ちなさいミハイル。獣じゃあるまいし、人には言語理解と言う神から授けられた知恵があるのですよ。という訳で、まずはあなた方から介入の理由を話して貰いましょうか。まさか本当に見ず知らずの獣人族を助ける為に動いた……なんて事はないでしょう?」
ミハイルと呼ばれた青年の態度も目に余るが、先程から形だけ丁寧な物言いで随分と横柄な態度を崩さない桃色髪女性――ネーナも中々に神経を逆撫でるようで、華蓮と美矢の眉間に刻まれた皺がみるみる深くなっていった。
華蓮と美矢が動いたのは正真正銘、目の前で傷つけられた獣人族を想っての事なので、その動機を遠回しに蔑まれたようで不快感MAXである。
因みに聞き慣れた名前に日本人達が静かに慄いたのは本人達にしか分からない。少なくとも髪の色はブロンドでなく桃色だし、髪型もツインテールではなく腰まで伸びたストレートのロングなので同一人物ではないだろう。
ただ独断と偏見で”ネーナ”という名前の女性に碌な輩は居ないという認識が皆に刻まれてしまった。
「期待に応えられなくて残念だけど、そこで蹲ってる彼女を助けようとしたってのは本心よ。何かとこういう荒事に首を突っ込みたくなる性質なの」
自身の性格を十分に自覚した上で開き直るようにネーナへ対し皮肉をぶつける華蓮。それを聞いてネーナは、
「……ふう……成程、随分と浅はかな方々……という事で宜しいですね」
「はァっ!?」
心底下らないと言いたげに溜息を一つ。そして美矢がキレた。咄嗟に華蓮が羽交い絞めにして諌めるが、その華蓮も表情が険しい。ふとしたきっかけで一緒に突貫しそうだ。
危ういと感じたのか、賢司がすかさずフォローに入った。
「勿論それだけが理由じゃない。実は今日からこの隊舎でお世話になるんでね、身近で余計なトラブルを起こされると迷惑だからその芽を摘んでおきたいっていう打算もあるにはあるよ」
ただ意趣返しも含めて毒吐くもの忘れない賢司流。暗に邪魔者扱いされたのを察して一瞬ネーナが黙る。賢司はその隙を逃さない。
「それで、こっちの事情は話したんだから、そっちがトラブった理由も話してくれないかな」
「……何の為にでしょうか?」
「相互理解の為だよ。言語理解は神様から与えられた知恵なんでしょ? それとお互いに話し合ってこそフェア――公平ってものじゃないかな。それとも……話す必要が無い程に浅はかな理由しかないとでも?」
下手な抵抗は賢司に通用しない。痛烈に上げ足を取られた上に挑発紛いな問いまで放たれたネーナの表情が、若干ではあるが今度こそ強張った。
「……良いでしょう、そこまで言われたら話さない訳にもいきませんね」
未だに渋々ではあったが、ネーナは事の起こりは語り始めた。
「ワタシ達三人はレオルド団長の指示で霊山の調査に赴いたのですが、人員が三人では心許無いという事で増員を勧められました。その際に団長から推薦されたのがそこで倒れている翔兎族です」
人差し指を突き付けて紹介されるという失礼な扱いを受けた兎獣人――翔兎族の女性はペッピーと名乗った。腫れた頬は愛奈の治癒魔法で元の戻っていたが、愛奈の手が続けて彼女の脇腹に当てられている所を見ると傷めたのは一ヶ所だけではないらしい。
ネーナの所業を咎めるように愛奈が睨みつけるが、当人は我関せずと言わんばかりに話し続けた。そして……、
「まぁ結果として、全く役に立たなかった上にワタシ達の任務を妨害までしたので、それに対し折檻をした場面でルネス殿が居合わせ、弁明と併せて今回の事態を間接的に招く指示を出したレオルド団長への不満を吐き出していた……といった具合ですね」
「いや、端折り過ぎでしょ。実際に何があって折檻に至ったのかが知りたいんだけど」
事の詳細を聞きたいのに、よりによってその詳細を盛大に省略した説明に賢司が速攻でツッコんだ。
対するネーナは最早面倒だという態度を隠しもせずに溜息を吐き、傍らのミハイルは「いい加減しつけぇんだよ」と言いたそうにガンを飛ばして来る。
「ち……がう……」
そんな一触即発再びな空気の中、抗議の声を上げたのは意外な人物――翔兎族のペッピーだった。苦痛を堪えるように絞り出される声が彼女の状態を如実に語っている。見ればまだ立ち上がれないようで、服に隠れて気付かなかったが大腿部も負傷しているようだ。
気付いた愛奈が痛ましそうに顔を歪める。一体どれだけの暴行を受けたのか、それを察して華蓮と美矢の表情も険しさが増し増しだ。ルネスは打って変わって表情に冷静さが戻っていた。優しい声色で未だ具合が芳しくないペッピーを気遣う。
「喋るなペッピー、体に障る」
「ごめんなさいペッピーさん。全身を一気に治癒すると体に負担が掛かるから、部分毎に少しずつ治療してるの。もう少し時間が掛かるから今は安静にしてて」
ルネスと愛奈が同時にペッピーを気遣った。命の危険が無い限り効果の高い治癒魔法を使用しない方が体には優しい。
部位の結合までやってのけるレベルの愛奈が時間を掛けて治療をしているのはそういう理由なのだが、下手に苦痛を先延ばしにしているようで申し訳無さそうだ。そんな愛奈を誰も……ペッピーとルネスも咎める事をしない。
「気に……しないで、お嬢さん。最初に比べれば随分と楽になったから。……ルネス姐さん、実は――」
ペッピーは愛奈に微笑むと、当時の詳細を語り出そうとし……ルネスに止められた。
「良い、無理をするな。別に急がなくとも話す機会はじきに訪れる。……愛奈と言ったか? 可愛い妹分を癒してくれた事に感謝する」
続けて初めて見せる優し気な表情で愛奈に向き直ると礼を述べた。締めにネーナ達に向き直ると、険しさを宿しつつも感情を発露させるでもない……毅然さを宿した表情で強く言い放つ。
「ネーナ、ミハイルにヨハンだったか? 如何なる理由だろうと団内で暴行、傷害事件を起こした輩を見逃す訳にはいかない。貴様らには直ちに調査本部への出頭する事を命じる……ペッピーも同様だ。これは団長補佐である手前――ルネスの決定だ」
ルネスの宣言に対して、当然のようにネーナとミハイルは反発した。
「はぁっ!? ふざけんじゃねぇよ! この程度の喧嘩騒ぎハンターなら日常茶飯事だろうが! 何でわざわざそんな面倒な指示に従わなきゃなんねぇんだよ!?」
「不本意ではありますが、ミハイルに同意ですね。こちらの言い分に耳を貸さずに一方的な加害者扱い……極めて不快です」
「言い分があるなら出頭時に聞こう。ペッピー側の言い分も合わせてな。少なくとも彼女は確実に出頭するだろうし、その際にペッピーの証言に対して何の反論もできないようなら彼女の言い分を全面的に聞き入れるしかできないぞ」
当初の怒気はどうしたのかと言いたい程に、冷静で淡々としたルネスは目の前の二人を論破していた。何がきっかけかは兎も角、初めて聞かされた”団長補佐”という肩書に恥じない対応だとアキトと賢司を始め、他の面子も彼女の評価を少々改める事となる。
そんな日本人達と比べて納得しかねる態度を崩さない桃と青の彩色豊かな男女は言い返す言葉に尽きたのか、それとも言を弄する事に飽いたのか無言で詰め寄ろうとし、誰もが予想していない者に制止させられた。
「控えるんだネーナ、ミハイル。……ルネス殿、そちらの要請に従おう。すぐに本部へ出頭する」
発言したのは先程まで無言を貫いていた褐色の肌を持つ黒髪の男性だった。「お前喋れたんかい!?」とツッコミたくなる衝動を幾人――特に関西娘を筆頭にした日本人達――が抑える中、最も驚いた反応を示したのはネーナとミハイルだった。
「ちょっ、待てよヨハン! 何でこいつらの言う通りにしてやるんだよ!? 必要ねぇだろ!?」
「そうですヨハン。彼女らに従う道理などワタシ達には――」
「……黙るんだ」
静かだが底冷えするような圧で以て、ルネスによって名前だけは判明していたヨハンと呼ばれる男性はネーナとミハイルを沈黙させた。
背は一八〇センチメートルオーバーと賢司を少し超えたくらいの長身で、首筋を覆う程に伸びた黒髪に隠れた眼差しで睨む様は中々に凄味がある。どうやら三人組のリーダー格は彼らしく、ネーナとミハイルはそれに従うように大人しくなった。
「ネーナ、それにミハイル……その場所にはその場所の道理があるのだ。それに、我らにも言いたい事はある……今回はその機会に恵まれたと解釈もできるのだから従っておく方が無難だ」
そう言うとヨハンは、黙りつつも未だ承服し難い渋面を作る二人を連れて隊舎を後にする。その様子を皆が険しい表情で見送った。
「あいつら……結局誰にも詫びてへんし」
「……今からでも追っかけてシバこうかしら」
「止めいって! 取り敢えず収まったんだからこれで終わりで良いっしょ!?」
腹の虫が未だにグツグツと煮えくり返ったままの美矢と華蓮がかなり際どい発言を漏らせば、守が焦ってそれを諌めていた。……効果はイマイチのようだが。
そのような時に一行の清涼剤となるのは誰でもない……愛奈である。
「ルネスさん……これからペッピーさんも本部に行かれるんですか? 差し出がましく言わせて貰うなら、正直もうちょっと休ませてあげた方が良いと思うんです。傷は治しましたけどまだ痛みは引いていない筈なので」
美矢と華蓮によって熱せられた空気が愛奈の気遣いの精神によって解されていく。その様子に美矢と華蓮の頭も徐々に冷え、守の心に安寧がもたらされた。
同時にまだ張り詰めた気配を纏っていたルネスからも熱気が霧散していく。返された答えは出会った当初に比べて格段に穏やかなものだった。
「あぁ、手前もそうするべきと思うが……奴らに言ってしまった以上こちらが出頭しない訳にはいかない。……ペッピーにはもう少し負担を掛けてしまうが――」
「気にしないで姐さん。必要な事だし、適切な判断だったと思うから。お嬢さん――愛奈さんも気遣ってくれてありがとう。それと治療も、凄く丁寧な治癒魔法で助かったわ」
「手前からも改めて礼を言おう。ペッピーを気遣い癒してくれた事に感謝する」
言われた愛奈が照れたように赤い顔でアセアセした。その様子が可笑しかったのか、ペッピーとルネスが微笑む。ちょっとした荒事に巻き込まれたのは災難としても、やや険悪気味だったルネスとの距離が縮まった事は喜ばしい結果と言えるだろう。
その後はようやく隊舎の管理人に紹介され、少々間を置いて本部に出頭する獣人二人を見送ってアキト達一行は男女三人ずつの二部屋に割り振られ、以降はこれといったトラブルに見舞われる事無くベースキャンプでの初日を終えた。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
できるだけ早く次話を投稿します。
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