ダイダラ霊山
全員が息を呑む……それ程に見上げる霊峰――”ダイダラ霊山”の佇まいは圧巻だった。
標高は五〇〇〇メートルを超え、頂までが青々とした木々で覆われた威容は無条件で畏敬を覚えるくらいに皆の精神を圧倒した。
思い起こせばアキト達がダイダラ霊山の名を知ったのは、ソルファレン王国を目指して帝国領を横断していた頃。
目的地の詳細を知ろうと野営中に華蓮に宿ったレイアの分霊を呼び出し、苛立たしい程に曖昧なレイアの記憶と既存の情報を照らし合わせた結果、ダイダラ霊山が浮かび上がった。
その後訪れた街々で情報を得て、ダイダラ霊山がどういった場所なのかをリサーチして辿り着いた訳だが、聞くのと現物を見るのではやはり大きく違う……”百聞は一見に如かず”を体感してちょっと感無量な面々だった。
しかしそれとは別にツッコミ所もあった。
「って言うかおかしくない? 何で雲を見下ろす五〇〇〇メートル級の山のてっぺんに森があるの?」
賢司が言いたいのは所謂”森林限界”についてだろう。簡単に言えば高木が生育できず森林を形成できない限界高度の事だ。
【地球】に於ける森林限界とは高度だけで決まる訳ではないが、世界の最も高い地域で四〇〇〇メートルに届かず、日本の富士山で二八〇〇メートル程度。その定義で語るなら、ダイダラ霊山の頂上まで森が広がっている光景は【地球】出身者には異様に見えた。
例外を挙げるなら、今生は地球人でも前世が【スフィア】の竜族だったアキトが納得したようにうんうん頷いている。
「成程なぁ、だから”霊山”って大層な呼ばれ方してんだな」
「……? アキ、山頂まで森で覆われてる理由が分かるの?」
アキトの胸中を読み取る愛奈にアキトは結論は早いと言いたげに曖昧な返事を贈った。
「大体の想像はな。それも行けばはっきりする。どうせ俺らの目的は山頂にあるんだし」
「あのレイアはんのはっきりせぇへん証言を信じるならやろ。そもそも今更やけど、ホンマにダイダラ霊山で合ってんの?」
「美矢ホントに今更な。しゃーねぇだろ、あの駄天使……『ソルファレンを見下ろせるどっか高い山の頂上』としか言いやがらねぇんだもん」
「……言われた時はどついたろか思たわ。レンレンの体やから我慢したけど……せめてマモルンの体やったら良かったのに」
「何でだよ!?」
美矢の過激な理不尽発言に守がツッコミつつ一行は霊山麓の平原を進み、調査団のベースキャンプへと到着した。
そこは簡易式とは言え外壁に囲われた小規模な町と言えそうな場所で、テントではないしっかりとした資材で組まれた住居が立ち並ぶ居住区は勿論、ハンターだけでなく商人や職人が行きかい村以上街未満な活気に満ち満ちていた。
入り口には当然門番が居る訳で、最近ちょっと同じシチュエーションに嫌な思い出がある面々はやや緊張しながら身分証を提示した。
「ん? 何だお前達は? ここはギルド直轄”ダイダラ霊山調査団ベースキャンプ”だ。旅人が来るような場所じゃないぞ」
「いや俺達ハンターで――」
「例えハンターでも勝手に来て良い場所ではない。入場には国内ギルド支部からの推薦状が要る」
「だから……その推薦状を承ったハンターだってんだよ」
「……何?」
門番の若い男性から案の定な反応をされてアキトの機嫌がちょっと斜めになる。ただ揉めたい訳でもないのでとっとと身分証である【ハンターカード】とマーガから受け取った推薦状を手早く手渡した。
これで疑われようものならエクトラの完全リピートとなるが、
「……ランク5……上級ハンターか、年齢は……十七だと!? その若さで上級とは……って言うかその見た目で成人してるのか? 幼過ぎだろ。それよりも推薦主はエクトラ支部……マーガ氏か? あの気難しい方が推薦するなど……いや待て――」
どうやら意外とまともな反応を示してくれているようだった。強いて言うなら見た目で年齢を疑われた事にちょっと不満が湧いた。
日本人はよく童顔と言われるが異世界でもそうらしい。しかしエクトラで子ども扱いされた時は失念していたが、ここ【スフィア】では十五歳で成人扱いだ。
成人は二十歳というイメージを払拭し切れていなかった故にあの時は何も言わなかったが、よく考えればエクトラでもここでも自分達は十五歳未満に見られていた事実にデリケートなお年頃日本人達は軽くショックを受ける。
そんなアキト達を余所にあれやこれやと思考に没頭していた門番さんはアキト達に向き直ると明瞭に告げた。
「すまない、おれ一人では判断ができん。今から人を呼んで来るから待っていてくれ」
そう言うと男性は近くの詰所に直行した。最初はやや攻撃的な態度だったので不安になったが、これまでを見れば至極まともな対応だと全員が安堵。
暫し待ち、門番は詰所から上司と思しき誰かを連れて戻って来た。
「おう! お前らか、あの陰険眼鏡が寄越した連中ってのは?」
「凄い言い草だけど……言い得て妙だね」
「ほう……言うじゃねぇか小僧」
やって来たのは派手に傷をこさえた禿頭が目を引く中年ハンターだった。ただ、粗暴と言うより豪快な感じに好感が持てたのか、アキトが思わず素で切り返すと中年はそれはそれは面白そうに喉を鳴らした。
「外面だけは良いあの野郎をそういう風に見れるって事は、この推薦状はマジモンだな。まだ若いのに大した経歴じゃねぇか、歓迎するぜ若人よ。儂はここで警備隊長やってるオルグだ、よろしくな!」
マーガに対して何とも失礼な事を言いながらオルグはガハハと笑う。その態度にすっかり緊張を解した若人パーティ――アキトは常時平常なので除く――は中年警備隊長に連れられて、調査本部へと向かった。
直前に若い門番から『疑って悪かった』と謝罪され、その誠実さにソルファレン王国のギルドに対して少なからず疑念を抱いていた面々はその評価を改める事となる……きっとエクトラ支部が底抜けに悪所なのだろうと。
道中ではそれについてオルグからもフォローが入った。
「あまり悪く思わんでくれ。君らの経歴が若い割に優秀なのもあったが、何よりエクトラ支部からの推薦ってのが腑に落ちなかったんだ。あそこは国内でも指折りの掃き溜めだからな……まさかあそこから調査に推薦されるハンターが出て来るとは想定してなくてよ」
「お気になさらず。確かに相当酷かったですし、当然の対応です」
「ありがとよ、そして心中察するぜ。それだけで分かる……よっぽどな目に遭って来たんだろ? まともなハンターは今のエクトラ支部には立ち寄らねぇからな。あそこを拠点にしてんのは名ばかりのゴロツキぐらいなもんよ」
「全く以てその通りでしたけど、それでよく私達を受け入れましたね」
オルグの謝罪を賢司が快く受け入れ、華蓮がその背景に納得しつつもそれでよく信用できたと疑問を投げ掛ければ、その回答もすぐさま返球された。
「マーガの野郎が直筆で推薦してやがったからな。あのインテリ眼鏡のやることなら信用できるってもんよ」
「隊長はんはマーガはんと知り合いなん?」
「野郎とは昔パーティを組んでてな。……もう十年近く前に訳あって解散しちまったが、お互い年も近かったんで偶に会って飲むくらいはする仲だよ。それも近年じゃご無沙汰だけどな」
懐かしむように笑うオルグ。成程、人に歴史ありと少し感慨に浸りそうになる雰囲気で……やっぱり空気を読まない輩は平常運転でやらかすのだった。
「……オルグさんて、何歳っすか?」
守だった。友人達はその質問の意図を瞬時に察するが、当のオルグが何の懸念も持たずに即答してしまう。
「儂か? 儂は今年で四十一になったが」
「……世界って残酷に不平等っすね」
「「「いきなり失礼にも程があるわ‼」」」
守のデリカシーゼロ発言に華蓮、美矢と意外に賢司の三人が同時に守の頭をどつく。そこでようやく意図を察したオルグがやや消沈して発言した。
「あぁ~成程なぁ。その、野郎は相変わらず若作りか。……おかしいな、あいつも今年で四十になる筈なのに。まぁ儂は気にせんよ、昔から……若い時から年齢相応に見られた事なんか無かったし、今でも五十に間違われたりするし、ホント今更だし」
笑っていたが、どこか乾いて哀愁を漂わすオルグに凄い居たたまれない感じになる面々。元凶である守が今更フォローに回ろうとするが、華蓮渾身のガゼルパンチで宙を舞い強制的に沈黙させられた。
それを放置して、何か転換できる話題はないかと若者達が若干テンパっていると、愛奈がやや勢い任せに声を張り上げる。
「あ、あの! ここって獣人族の人が多いですね! やっぱり獣人族の人ってハンターとして優秀な人が多いんですかね!?」
先程から何か手頃な話題はないかと周りをキョロキョロしていた愛奈の苦し紛れな行為だったが、
「ん? あぁ珍しいのか? ギャレリア帝国から来たって話だが、確かにあそこより獣人族が多いだろうな」
思いの外オルグは話に乗ってきた。挽回の糸口を掴んだ愛奈はそのまま話を広げていく。
「えぇ、イズフ樹海でも獣人族の方を見ましたけど、比重はここより少なめでしたから。獣人族の人が珍しいと言うよりそういう土地柄なのかと気になって」
「うむ、確かに土地柄ってのはあるな。連中は確かにハンターとして高い素養を有しているが、それ以上に山や森での活動に秀でているからな。ソルファレンみたいな狩りのフィールドに山が多い土地だと名を馳せるハンターの多くは獣人族になる。寧ろここいらじゃ嬢ちゃん達みたいに人間族だけのパーティの方が少数派だぞ」
愛奈ちゃんが「そうなんですか!」と抜群の相槌を披露。若い娘からの良リアクションにおじさん警備隊長の心は復活を果たしたようだ。
友人達が心の中でグッジョブとサムズアップを決める中、上機嫌に饒舌になったオルグから補足情報がもたらされる。
「国内から優秀なハンターが集まるここに獣人族が多く居るのもその所為だし、何よりこの調査団の団長が獣人族だからな。今からお前らが会うのがその人だ」
言われて辿り着いた調査本部。オルグに続いて戸を潜り、屋内に入ると件の人物はそこの居た。
「よろしいですか団長? 新入りが来たんでお目通りをお願いしますぜ」
「おぉ、オルグか。新入りとは……彼らの事か?」
呼ばれて振り返った男性はオルグ以上に筋骨隆々な偉丈夫で、茶褐色の体毛と黒い鬣が雄々しい獅子の獣人族だった。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
できるだけ早く次話を投稿します。
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