見返りに求めるもの
言葉の駆け引きって難しい。
上手く書けてるかな?
「……困ったね。賠償はしたいのだが、度が過ぎた要求を受ける訳にはいかないのだよ」
即答で拒否った賢司と美矢にそう言うマーガの顔は、本当に困っているのかどうか疑いたくなる程に穏やかだ。実際の所、彼は全く困っていない。
マーガとて伊達に組織の長を務めていない。どれだけ穏やかな態度で応対しようとも、人が良いだけでハンターズギルドを回す事などできはしない。今回の事態で全面的な非を認めても、決してギルドの看板に傷を付けないように事を収める手筈は整えてあった。
先程の発言も、ちょっと実力のある若者が過度な要求を求めてきた程度の認識で、そんな愚挙は軽くいなせるだけの手腕を彼は有しているのだ。
――ふむ、少々過大評価をしていたかな?
マーガが内心で賢司達の評価を下方修正しかけた時、対する賢司と美矢はそんなマーガを見て、物凄くニコ~っと笑っていた。交渉中に頭の回る人が急に笑うと不気味ですよね……というのは異世界共通らしく、にこやかフェイスなマーガの顔が若干引き攣る。
「…………重ねてすまないが、私は何か滑稽な仕草でもしただろうか?」
心の余裕を揺らがせなかったマーガが思わず問い返す程に、賢司と美矢の放つ気配は異様だった。困惑を隠し切れていないギルドマスターに賢司からの一手。
「失礼、少々誤解させてしまったようで。決して貴方の提案に不満がある訳ではないのです。寧ろ、あまりの好条件故に断らせて頂きました」
「何ですと?」
釣られて敬語になるギルドマスター。そのまま若者達のターンは続く。
「せやねん。『足りひん』言うたんはウチらが受けた被害の方で、あの程度の厄介事でそこまでして貰うんは心苦しいんよ」
「はぁ……」
ちょっとした想定外に相槌が曖昧になるギルマス。彼らは何だろう?
少し前まで気性が逸る若者だと思っていれば、今は随分と謙虚で余裕ある大人の印象を与えてくる。
マーガにとって交渉時にここまで短時間の内に幾度も相手の内面を修正したのは初めてだった。あまりよろしくない傾向だと自身を戒めるマーガ。舌戦に於いて敵の分析を誤るのは致命的だ。相手の目的を確定する為に牽制のジャブを放つ。
「それはつまり……他に要求したい事があると見てよろしいかな?」
それを聞いた賢司と美矢は再びニコ~っと笑った。
「「察しが良くて助かります(わ)」」
異なるイントネーションで見事にハモる少年少女。滅茶苦茶嬉しそうなリアクションにマーガの内心はちょっと生温かかった。
この時点で彼のイケメン君と関西娘に対する人格分析は固定される。受付嬢ネーナと相対していた時は清廉潔白でいて相応の激情を有する若人として見ていたが、今は外見に似つかわしくない強かな精神性を持つ食わせ者と認識していた。
――これは……本気でかからないと手痛い目に遭いそうだね。
侮りなどできない、本気の交渉が始まった。
「ふむ、無論君達には相応に望む対価を要求する権利があるが……図々しい話、こちらとしても目に見える賠償をしなければ面目が立たない事情があるのだけど」
「勿論心得てますよ。なので正式な賠償は形式上受けますが、実の中身は別物にして貰いたいんですよ」
「仮に金銭的な賠償をするとして、実際に賠償金を払わねば体裁が整わなくてね――」
「それでしたら、受け取った賠償金を僕らの意向でギルドに寄付という形にすれば――」
賢司達の狙いが定かでない状況で、安易に同調できない為に何とか真っ当な賠償に持って行こうとするマーガ。対してマーガからの提案を角が立たないよう丁寧に捌きつつ、自分達の要求を表に出そうと話の流れを操作する賢司。
傍目には只々穏やかに交渉が進むように見えて、その実は互いに突き付けた言葉の白刃を削り合う様相のテーブルに、周囲の空気が徐々にだが冷たくなっていった。
美矢はさり気に賢司を補佐し、その様子にアキトはどこか面白そうに、愛奈と華蓮は入り込めない会話に溜息を吐いていた。最後に守はいつも通りの傍観者スタイルで、退屈だったのかこっくりと頭が舟を漕いで華蓮にはたかれていた。
周囲が様々な様子で見守る中で幾度かの攻防を繰り消した賢司とマーガは、お互いがチェックメイトに触れようと手札を切る。
「ふーむ、金品の類は望まないとなると、君らの要求は待遇面になるのかな? しかし、ハンターランクを上げろなんて要求には流石に応えられないよ。あれはちゃんとした功績を必須としているからね」
「そんな事は望みませんよ。しかし待遇面という点ではその通りですね。……僕らの要求としては、ある種の便宜を図って頂きたいのです」
ようやく相手の本心に触れられたギルマスと、ようやく本題に漕ぎ着けたイケメン君に場の空気が一瞬研ぎ澄まされる。
「マーガさん……僕達を”ダイダラ霊山”調査に参加させてくれませんか」
「……何だって?」
マーガは賢司の要求に思わず問い返してしまった……それぐらい想定外な要求だったからだ。
「……その要求がどういった意味を持つか分かっているかい? ハンターランク昇格より容認し辛いんだが」
「重々承知していますよ。なので厳密には、調査参加を認められるような仕事を斡旋して貰いたいというのが正解ですね」
平然と言ってのける賢司にマーガの顔に初めて険しさが滲み出た。
賢司の態度は変わらない……それ所かふてぶてしさが三割増しに笑みが深くなっている。
「ソルファレン王国に於いて未だに生態が判明していない秘境”ダイダラ霊山”。その調査に参加するには国内のギルド支部からの推薦が必要……ですよね」
「君らは最初から”ダイダラ霊山”が目的でこの国に来たと?」
「当然でしょう。でなければ今最も熱い狩場である”イズフ樹海”からここに来たりしませんよ」
言われてマーガは不覚にも納得してしまった。ソルファレン王国がハンターの聖地と呼ばれていたのは既に過去だ。正確にはギャレリア帝国のイズフ樹海がギルドに解放される以前の話だった。
広大でビギナーからベテランまで幅広い需要があり、更に今まで市場に出回らなかった素材を提供してくれるイズフ樹海はハンター達にとって今最もホットなスポットで、腕利きがソルファレンから流出しているのが現状なのだ。
「ダイダラ霊山の開拓はその状況を好転させるきっかけになると国内のハンターズギルドは躍起になっている。故に優秀なハンターを調査に派遣しているが、推薦したハンターが見掛け倒しに終わると結果として推したギルド支部の評価は散々たるものになる」
「心得ています。その為に誰を推薦するかは慎重にならざるを得ない案件であるとも。本来なら幾つもの仕事をこなして初めて推薦に足るかを試される事も」
警告に怯まず応える賢司の姿勢にマーガの心の天秤は揺らぎ始めていた。ただし、それは感情的な要因を一切含まない純粋な利益追求の判断に基づいていたが、これはマーガにしてみれば賢司及びパーティメンバーに相当関心を寄せ始めた兆候でもあった。
――よく調べている。それに落とし所の提案も悪くない。交渉の駆け引きも随分と慣れているようだし……試すのも可能性としてありか?
短い間を設けてマーガは熟考する。果たして賢司達を調査に推薦して大丈夫か否かを。
無難に考えるなら、当初の予定通り通常の賠償を受け取って貰うのがベターである。これならマーガはほぼノーリスクで目的を達する事ができる。
しかしだ、賢司の要求を聞き入れて調査に推薦するのも選択肢としてはありだ。正確には推薦に足るかを試して欲しいというのが賢司の要求だが、そのまま推薦しても良いかもとマーガは考えていた。
先に失敗した場合のリスクを説明したが、仮に推薦されたハンターが調査に大きく貢献した場合は推薦したギルド支部の株は大きく上がる。そして実はエクトラ支部は調査開始以来、未だ誰一人推薦をしておらず腕利きのハンターを欲している背景がある。
ギルドでの対応を見る限り眼前のパーティは実力も相当な筈と確信はしており、失敗のリスクを考慮しても成功時のハイリターンは魅力であった。
ただ言わせて貰うなら、威圧であの程度のハンター達を黙らせるなど調査に参加できる精鋭なら誰でもできるのだ。滅多に見れない実力者である事は否定しないが、決断するに今一歩足りない印象もマーガの胸中に燻っていた。
――好機ではある……しかし妥協はできない。何か決め手が欲しいな。
「本来なら……君も御存じの通り、ギルドからの指名依頼を幾つもこなし審査すべき事だ。事実、ここでも複数のパーティが現在進行形で審査を受けている。君は機会を与えてくれるだけで良いと言っているが、それすら事前に相応の実績を積まねば認められない。それらをすっ飛ばして要求するなら、それに足る”明確な何か”を示して貰わねばな」
「……ごもっともな意見です。確かに”他国の姫君からの評価”では今一歩足りないようですね」
その発言に今度こそ場の空気が静止した。
マーガは平静を装いつつ表情筋が引き攣るのを必死に堪えていた。賢司と……背後に控えるアキトの表情は微笑んでいるように見えるが実際は満面の笑みを必死に抑えていた。
それは事が思惑通りに進んだ故だが、当の三人以外は状況を飲み込めていない。何かおかしな事でも言ったのかしらと言いたげだった。
重々しく不本意そうな……それでいて観念したようにマーガは口を開く。
「……良いだろう、必要な手続きはこちらで進めておくよ。準備が整うまで街に滞在して貰う事になるのは了承してくれ。宿もこちらで手配しよう」
「感謝します。しかし今更ですがこっちの身勝手でそこまでして頂くのは心苦しい。宿くらい自分達で手配しますよ」
「気にしないでくれたまえ。こちらの都合で街に留まって貰うのだから当然の計らいだよ。それにそうして貰った方がこちらから連絡がし易いのでね」
「そういう事でしたら、有り難く甘えさせて頂きます」
その後はそれまでの攻防が嘘のようにあっさりと話が纏まり、詳細は後始末や手続きが一段落した際に詰める方向でと互いに納得してこの日の話し合いは幕を閉じた。
賢司は功労者であり最も労力を必要としていたにも関わらず、最後まで何でもない態度を崩さなかった。実際は今にも倒れそうなくらい消耗している。
美矢は溌溂としていた。良い具合に自分達の思う通り話が進んで満足そうだ。溜まった鬱憤はほぼ吐き出したようである。
寧ろ傍観者だった愛奈と華蓮が恐ろしく気疲れしたようにゲソっとしていた。今回のやり取りが次回の女子会で話題になる事は確定だ。そこに美矢が居るかどうかは極めて疑わしい。
最後に守だが……終盤から完全に寝落ちしていたようで、席を立つ時に華蓮にどつかれていた。
そしてギルドの職員――ネーナではない――によって指定された宿に案内されようというタイミングで、思わぬ人物――アキトがマーガへ労いの言葉を掛けた。
「マーガさん、ギルマスって大変だね」
満面の笑みで言われて、マーガは今度こそ正真正銘の苦笑いを浮かべる。
「全く以てその通りだよ。これ程割に合わない役職はこの世に存在しないね」
多分に同情を含んだアキトの笑顔を見送り、暫し立ち尽くした後にマーガはソファーに腰を落とすと盛大に溜息を吐いた。
「……ふぅ~~」
「マスター、よろしかったのですか?」
どこからともなく掛けられる声。気付けばいつの間にか背後に控える人影に、マーガは驚く事も無く自然に受け答える。
「やぁウェッジ君、『よろしかった』とは何の事だい?」
ウェッジと呼ばれた男性は……何とアキト達をギルドまで連行した門番だった。
「彼らを調査に推薦する件ですよ。彼らで良かったのですか?」
「良いのさ。彼らは十分に示してくれたからね」
「確かに緋槍の戦姫――スカーレット・セシリー・ギャレリア皇女殿下から叙勲されている事実は説得力を持ちますが、能力そのものは上級ハンターとして突出しているとは思えません」
ウェッジが指摘するのはアキト達の【ハンターカード】の一番最後の項目に記載されていた事項――叙勲歴に記されたスカーレットより贈られた勲章についてだ。これが所謂アキト達が有するギャレリア帝国の後ろ盾の正体。今や帝国の顔とも言えるアクティブ皇女から認められた証であった。
実はこのウェッジという男、マーガの懐刀であるギルド職員で、そんな者が何故に門番に扮しているかは後に語るとして、信ある腹心の忠言にギルドマスターは静かに耳を傾ける。
「言も立つ上に優れた治癒士を擁する点は評価しますが、あの時ギルドに居たハンターの多くは下級ハンターです。あの程度の輩を威圧で全員黙らせるくらい、優れた上級ハンターならできなくはない。歳若い身であそこまでできる事は驚きですが、寧ろそれが周囲に侮られる要因になりかねません」
「現にそれが騒ぎを過熱させた側面もあるし、能力は認めるがマイナス要因を覆すには不安があると……」
「えぇ、その通りです」
的確な判断だとマーガは胸中で腹心の意見に太鼓判を押した。マーガ自身も同じ懸念を抱き、推薦に踏み切れない面があったから尚更だった。
そんなマーガの背を押した要因は何だったのか? それは――。
「緋槍の戦姫から叙勲されている事が決め手になったのは事実だが、叙勲自体はそれほど重要ではないよ」
ハンターズギルドは如何なる国家権力にも隷属しない。故に名目上はどんな大国であろうとギルドの活動に干渉はできない。ただハンター個人が王侯貴族と関わる事をギルドは禁じておらず、ハンターが持つ勲章には相応に価値が在る。
その中でも国を越えて有名であるスカーレットが授けた勲章の影響力はギルドも無視はできないが、今回の案件では勲章そのものはついでであった。
「重要なのはあのタイミングで勲章の件を持ち出した事さ。ウェッジ君……君はネーナ君に報告した際に、勲章については敢えて伏せたよね?」
「? はい、流石に叙勲歴を偽造するハンターは居ませんから、確実に彼女が彼らに不正を持ち掛けるようにと。幾らネーナでも叙勲歴のあるハンターに喧嘩を売る程馬鹿ではありません」
「うん……幾ら愚かしい彼女でも一国の皇女から叙勲されているハンターを陥れようとはしないだろう。あの若者達もきっとネーナ君が勲章に気付いていないと察している。つまり碌に書類の類にすら目を通さずに状況を裁いた私も勲章については知らない事になっている……少なくとも彼らにはそう見えていた筈だ。知っているのは君だけとなる」
「それは一体――」
ならばあそこでマーガが知ってる風な言い方で発言した理由は? マーガは苦々しく振る舞いつつ、どこか楽し気にネタ晴らし。
「彼らは私と君が裏で繋がって、今回の事態を引き起こした事を見抜いていたのだよ」
マーガが”推薦に足る何か”を求めた時に、真っ先にスカーレットからの勲章を提示した賢司の意図を知的ギルドマスターはそう解釈していた。
その発言にウェッジはそんな馬鹿なと言いたそうに反論する。
「考え過ぎでしょう。単に自分達にとって一番の売りを提示しただけですよ。迂遠な言い回しだったのは貴方が既に事実を承知していると勘違いしただけです。もしくはネーナが勲章すら疑っていたと思い違いをしたのかも」
「確かにそう考えるのが妥当だろう。しかし私の直観がそうでないと確信しているのだよ。実際に言葉を交わせばよく分かる。少なくともあの青い装いの彼はそんなへまをする凡人ではない」
賢司に対して手放しで称賛するマーガに、ウェッジは未だ納得し辛い態度を継続していた。そんな懐刀を余所にマーガは「それに……」と話を続ける。
「一番の決め手は黒い彼かな。結果として決断した後の事だけど、あの時彼は私の苦労を十全に理解していた上で労っていたのだと思うんだ。あの瞬間、私は自分の判断に確信を持てたのだから」
「あの威圧を放った若者ですか? あの者が我らの全てを察していたと言うのですか?」
「ただの戦闘要員と誤解していたが……実際に腕も立つのだろうけど、それ以上に底が知れない相手というのは初めてだったよ。……ははっ、ちょっと年甲斐も無くワクワクしてしまうな」
困ったように上機嫌な主を見て、ウェッジは戸惑いを隠せない。
彼がマーガの英断を自覚できるのはもう少し後の話だ。
話の背景が分かり辛いと言う方、次回に真相を詳しく書きますのでご容赦を。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
できるだけ早く次話を投稿します。
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