ギルドで揉めるのはテンプレです
アキトの理不尽が降臨。
そしてそうなれば勿論、彼らが黙っていないのだった。
耳障りだと……アキトが見下ろす男に抱いた感想はそれだけだった。その後の行動も、ただ煩わしい羽音を撒き散らす害虫を潰す事と大差無い
「……うるせぇよ」
一言アキトが呟くように吐き捨てれば眼前で蹲る男は勝手に後方へ吹き飛んだ。派手に後頭部を床へ叩き付け、仰向けに失神した男の顔面は鼻を中心に陥没していた。
再び静止する時間。さっきまで無駄に騒いでいたギルド内大勢のハンター達までも流石に茶化す事ができずに事の成り行きに見入っていた。理解が追い付かない事態の連続で脳の神経が擦り切れるんじゃないか心配になりながら、一早く反応を示したのはダウンした男の相棒――世紀末ハンターBだった。
「……っテメェ! 人の相棒に何してくれてんだよ!? 殺されてぇのかガキ――」
「うん?」
ただ、その勢いが最後まで続かない。アキトがBに視線を向けた途端、Bは痙攣しながら泡を吹いて失神してしまったのだから。
スカーレットやセレナ、ノマムとの一件が懐かしい。アキトのさり気な敵意に耐えられず堕ちる様は端から見れば全てが全て怪奇現象だった。
真実を知るのはアキトの仲間達だけである。
一応窮地を救ってくれた訳なので、しかし行為そのものがぶっ飛び過ぎた所為で感謝して良いのか、感心するべきなのか、はたまた呆れた方が無難なのか盛大に惑う仲間達の気を他所に、アキトはあくまでマイペースに事を進める。
「愛奈、守の治療を頼む」
「あ、うん! 了解」
「いや、アキッち、これくらい何とも――」
「良いから治しとけ。それが済んだら、とっとと出発するぞ」
アキトの要請を愛奈が受理。一瞬呆けつつもすぐさま負傷した守に治癒魔法を施した。守は遠慮しつつもアキトに押し切られて素直に応じる。治療を見届ければ、もう用は無いと言わんばかりにギルドを立ち去ろうと皆に呼び掛けるアキトに、異議を立てたのは受付嬢だった。
「待ちなさい! どこに行く気!?」
「どこも何も、街を出るんだよ。元々寄る用事も無ければ、話す価値のある奴すら居ないギルドにいつまでも長居する気は無いんでね」
当然のように言い捨てるアキトの態度が癪に障ったのか、受付嬢はカウンターを越えてアキトに詰め寄って来た。彼女の目には未だアキトが聞かん坊な小僧に見えるのか、アキトの本性を知る仲間達にはいっそ受付嬢が勇者に見えた。
「まだ嫌疑も晴れていない上に、刃傷沙汰まで起こしておいてふざけないで! ここまでやって放置とか……馬鹿も休み休み言いなさい!」
「あんたこそ寝言は寝て言え。俺がいつ刃傷沙汰なんか起こしたよ?」
「はぁ!? ザーコさんの手首を斬り落として更に殴り飛ばしたでしょうが! その上モーブさんまで気絶させた癖に言い逃れできるとでも!?」
「うちの剣姫様に不埒にも手を出そうとして罰が当たっただけだろ。いや~お天道様は有り難いね、女性を守る為に性犯罪者の手を斬ってくれるんだから。加えていやらしく興奮した馬鹿が鼻血吹いて倒れた……それだけだろ。相方は……持病のシャクじゃねぇか? 俺達が去った後でも良いから医者呼んでやれ」
物凄い暴論が飛び出て来た。アキトの言い分だとお天道様は少々ナンパな男に厳し過ぎる。因みに”お天道様”と言ったのは意地でも神様的なキーワードを使いたくないアキトの都合である。元黒竜は神を信じない。そして会話中に即堕ちするような持病があるならハンターなどせずに即入院するべきだ。
それより世紀末ハンターAはザーコ、Bはモーブという名前らしい。名は体を表すとはよく言ったものだ。
閑話休題。
そんな超理論を平然と言ってのけるアキトに受付嬢は絶句した。先程まで賢司と華蓮をこれでもかと絶句に追い込んだ彼女が見事にやり返される様は滑稽だ。それを自覚して受付嬢は顔を赤面させるも、感情が行動に移る前にアキトが追撃。おもむろに腰の短剣を抜くと慄く受付嬢に見せつけた。
「納得できないようだが、俺の剣をよく見ろ。一滴でも血糊が付いてるか? それに拳もどうだ? 人の顔を殴ったのなら腫れる筈だが綺麗なもんだろうが。何よりあんた見たのか? 俺があの男の手首を斬り落とす場面を、顔を殴る瞬間を見たのか?」
続けて絶句する選択肢しか受付嬢は所持できなかった。確かに見ていない……抜剣した所も拳を振り上げた場面もワンカットすら眼に焼き付いていない。
まぁ真実は”見ていない”というよりは”見えていない”が正しい。目にも映らぬ神速を以て血糊を刃に付着させず抜剣から納剣まで行い、続けて霞む手すら見せない速度でザーコの顔面を打ち抜いたのだ。パーティメンバーはその事に気付いていた……強いて言うなら決して見えてはいなかったが。
一方の受付嬢はそんな常識外な手段が行使されたとは微塵も気付いていない。それでも何かしらの手段で事に及んだと確信しており、絶句しながらも全く引かない姿勢にアキトは心底鬱陶しいと突き放しにかかった。
「言う事が無いならもう関わらないでくれないか。こっちもいい加減こんな空気が淀んだゴミ溜めからおさらばしたいんだよ。早く街の外の澄んだ空気で肺を綺麗にしたいし」
そしてついでとばかりに、周りで好き放題煽ってくれた連中にも毒を吐いた。当然、そんな目に見えた導火線に緋弾を放つような行為をすれば、その後の展開は業火を見るより明らかだった。
「テメェ小僧! ゴミってのはおれらの事か!? おぉっ‼」
「良い度胸じゃねぇか……表出ろ‼ いや面倒だ、そこで抜けや‼」
「女の前で格好つけたいってか!? 調子乗ってんじゃねぇ‼」
多種多様な罵詈雑言が吹き荒れ、屋内に殺気混じりの怒気が充満していく。しかし直後、それらはあっけなく混じり物の無い純粋な殺意で塗り潰された。
アキトは竜の威圧を放った。
某国民的RPGのナレーション風に語るならこんな感じ。場を一瞬で満たす超攻撃的な気配が、アキトにしてみれば幼児の癇癪に等しい害意を尽く喰らい尽くす。
「「「「……………………‼」」」」
ギルド内が静寂に包まれた。ハンター達全員がさっきまでの威勢を全て捨て去る。
ある者は極寒の地に全裸で放り出されたように体を震わせ抜きかけた獲物を取り落とし、ある者は膝から崩れ落ち天井に白目を向けて奇声を発し。またある者は彫像のように微動だにしないまま股間を濡らし続けていた。
威圧だけでギルド内の猛者達を完全に無力化してしまう理不尽さ。しかしアキトはこれでも超絶手加減していた。仮にアキトが本気で威圧した場合、並の人間族なら一瞬でショック死してしまう。
むっ? しまった何人か呼吸困難に陥っている! まだちょっと強いか、修正修正。
加減によっては世紀末ハンターB――モーブのように気絶させる事も容易いが、そこは敢えて意識を喪失しないよう調整していた。モーブの時は咄嗟で加減を間違えてしまったが、アキトは敵意を向ける相手に優しくはない……誰に喧嘩を売ったかを徹底的に理解させなければ気が済まない。
そうして静かになったタイミングで、アキトは他所に向けていた視線を受付嬢に戻した……受付嬢は立った姿勢で顔を真っ青に染めて震えていた。見れば恐怖に染まった表情は涙やら鼻水でグチャグチャだ。
だが散々無礼な態度で逆鱗に触れてくれた者にアキトが情を掛ける筈も無く、精密に調整された威圧を維持したままで距離を詰めるとアキトは受付嬢の肩に手を置き、告げた。
「……少しは身の程を知れ。最初からテメェの許可なんざ求めてねぇよ。俺が行くと言えば黙って行かせろ」
頷きもせずに、しかし瞬く事すらできず沈黙を以て了承するしかない。そんな受付嬢から既に一欠片の関心も失ったアキトは踵を返すとギルドを後に……しようとしてできなかった。
「っそぉおおおおおい!」
「あべしっ‼」
裂帛の気合いと共に放たれた一撃がアキトの後頭部を強襲したからだ。予想外過ぎる不意打ちにアキトは対処できず、勢いのままに床へ盛大に顔面ダイブを敢行する。
暫し悶絶……の後に元黒竜が涙目を後方に向ければ、そこに芸術的な残心を決める美矢の姿が在った。手にしたミスリルハンマーがキラリと輝く。状況を察したアキトは涙目のまま異議を炸裂させた。
「何すんだよ腐った関西娘!?」
「じゃかあしいっ! やり過ぎじゃボケェっ‼」
腐った事については一切の反論をせず、それでもこれでもかとツッコミを迸らせる美矢。見やれば他のメンバーも全員が盛大に呆れていた。アキトの処置に対するリアクションは筆舌に尽くし難いらしい。
因みに仲間にアキトの威圧は全く影響していない。それはアキトがそのように放っていたからだ……何て無駄に高い技量だろう。
ソフトボールみたいなタンコブをこさえて未だに何故咎められてるのか釈然としないアキトを放置して、努めて――あくまでアキトと比較して――正しい感性を有する日本人達はやんちゃな友人のアフターフォローを開始した。
まず、愛奈は何ら躊躇う事無く地面に落ちた手首を拾うと、未だピクピク震えている失神ハンターA――ザーコの傷口断面に手首をくっ付けて一言。
「う~ん、これなら何とか……”光癒”」
治癒魔法の光が仄かに傷口を包む。美矢がツッコんだお陰で生き地獄から解放され正気を取り戻したギルド内の幾人がその光景を注視する。おそらく五分程だろうか……僅かな時間で切断された手首は傷跡も無く綺麗に接合されてしまった。
ついでに潰れた顔面も綺麗に修復された。
誰もが僅かなどよめきを残して言葉を失う。如何に治癒魔法とは言え欠損した部位を再生する事はできない……しかし残ってさえいれば繋げる事は可能だ。それでもそれは超が付く高等技術なのはここに居る誰もが知っていた。
それも凄まじく早く丁寧で、同じ事をできる術者は大陸に数える程しか居ないだろう。驚愕の視線が集中する中、それらを知った事かとまるっと無視して賢司が辛うじて現実に復帰した受付嬢に向き直り、
「さてお姉さん、厄介事は綺麗に解決したから話の続きをしようか」
「はぁっ!?」
「ふぁあっ!?」
なんて事を仰った。続くのは驚愕のリアクション――前者がアキトで後者が受付嬢だった。しかしアキト以外のメンバーは皆うんうん頷いている。
逆に日本人以外の皆がすっごい微妙な表情で「え~」となった……ここまでやっておいて話し合いを続けるのかと。しかし当の賢司は「では改めて」と再開の準備万端だ。野次馬達はその意図が読めず皆が頭上にクエスチョンを掲げていた。
そんな中、何とか復活した受付嬢の盛大な糾弾が再開の狼煙となる。今も涙と鼻水に塗れているのでかなり酷い面構えだった。
「ま、待ちなざい! あなた……一体何を言っでるの? ここまでやっで今更話じ合い!? ぶざけでるの!?」
「『ここまで』って何の事? お話を中断する羽目になった諸々が静かになったんだから、話をやり直そうなんて当たり前の提案じゃないか? そして顔を拭きなよ、酷い顔だよ」
涙声の抗議、しかもある意味死の淵から生還したばかりで情緒も不安定だ。対する賢司は一切動じていない。寧ろ置いてけぼりを喰らって戸惑っているのはアキトの方だった。
「……なぁ賢司、その姉ちゃんに乗るのも癪だが今更何を話す? これ以上こんな連中と関わらなきゃならんなら俺はいっそ皆殺しにした方が手っ取り早いんだが」
極々ナチュラルな口調で衝撃発言をしちゃうアキトにまたしても涙目視線が集中する。大勢から一斉に血の気が引く音が旋律となって戦慄していた。賢司は引き攣る表情筋を必死に抑えた精一杯の苦笑いでアキトを諭した。
「相変わらずな鬼畜発言をどうもありがとう、でも頼むから一足所か百足飛ばしで皆殺しに直行しないで。こんな場所でも最低限通すべき道理は在って良いと思うんだよ僕は」
例え相手が非常識なDQNでも、ある程度は良心を以て接しなければ相手と同類になってしまうと説く賢司。それでもアキトは「えぇ~」と不満気だ。賢司君……笑顔にちょっとヒビが入った。
「……あんまり聞き分けが無いと鷹村さんにもう一発頼むけど」
「任しときケンちゃん! 一発所か十発でも一〇〇発でもお見舞いしたるわ!」
「いや、流石に一〇〇発貰ったら下手すりゃ気ぃ失うわ! ……もう分かった任せる」
本気っぽい恫喝にアキトも退くしかなかった。ただ言わせて貰うなら、ミスリルハンマーを頭部に一〇〇発受ければ下手しなくても普通に死ねる。
その辺りの齟齬に改めてアキトが非常識な存在だと認識したモブハンター達は身の程を嫌と言う程に自覚し、重ねてそんなアキトを御する仲間達に戦慄すると同時に、自分達を救ってくれた事に深い恩を感じるのだった。
それは受付嬢も例外ではなく、当初は蔑んでいた賢司を英雄を見るような目で見ている。はっきり言ってちょっとしたストックホルム症候群である。何故なら、
「一応言っておくけど、僕は決してこの人達を庇った訳じゃないからね。って言うかこのままここを去っても気分が晴れるのアキトだけだから。それだと僕らの気が済まないからね」
「せや! ウチらまだ何も制裁できてへんからな」
そう、これが賢司と美矢の本音。ちょっと前のド正論など好き勝手する為の口実に過ぎないイケメン君と関西娘に、愛奈と華蓮が「「うわ~~」」となった……目がちょっと死んでいる。残った守は「何かデジャビュった~~」と嘆いた。どこぞの砦で皇女と側近達をドン引きさせた過去を幻視しているらしい。
友人達を色々と放置して、賢司は受付嬢に向き直る……受付嬢は当然の如くドン引いていた。英雄と思っていた少年はどうやら正真正銘自身を刈り取る死神だった事実に表情は真っ青を通り越して真緑色だ。
片やモブハンター達は最初とは違った意味で無関係に徹しようと固く誓った。あれらに関わってはいけない……破滅したくなければ無害な存在で居なければ!
まるで統率された軍隊のように一糸乱れぬ連帯行動。ギルド内は完全な無音空間となって若者パーティの話声以外の音が消えていた。
この日、無法地帯なハンターズギルド”エクトラ支部”に初めて秩序がもたらされたのだった。
バトンタッチ……受付嬢に救いは無い。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
できるだけ早く次話を投稿します。
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