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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
32/62

旅立ち

 遅くなってすいません。


 正真正銘、第一章完結です。

 陽が落ち、星が夜空を照らすようになってから暫く経った帝都。


 そこに象徴として座す帝城にて、誰も居ない中庭で一人佇む人影が在った……スカーレットである。


 常に誰かと一緒に居るイメージが強い彼女であるが、こうやって一人になる時が無い訳ではない。特に大きな出来事が起きた直後などは頭をスッキリさせたくて、何者にも邪魔されない時間を作るよう心掛けている。


 今回それを招いたのは本日のメインイベント……父である皇帝陛下とアキト達御使いの非公式の会談であった。非公式とされたのは未だ回復し切っていない皇帝に配慮して、場所が謁見の間でなく皇帝の寝室だった事。重ねて会談の内容が決して外部に漏れないように警戒した結果である。


 故にその場に居たのは皇帝と側近である近衛騎士団副団長。スカーレットと腹心であるセレナ、ミントにノマム。そしてアキト達転移組と最後に新しくアーリア教会教皇となった元枢機卿の男だけだった。


 会談の内容は此度の真実、及び今後のアキトらの行動について。


 アキト達の存在はギャレリア帝国内でも教会関係者と騎士団の他、帝城で勤めるメイドや使用人等の一部にしか知られておらず、自国民は勿論周辺国にも公開されていない。


 例外としてタウロ砦の魔獣討伐戦に参加した兵士やハンター達には知られているが、彼らもアキトらが異世界から召喚された存在だとは気付いていない。


 なので事の真相――教皇アレハンドロの死因、天使の存在、アキトの前世とそれに関わった堕天使レイアについて、そして帰還手段を得る為にレイアの分霊を求めて【スフィア】各地を巡るという転移組の目的を知るのはスカーレットと腹心達のみであった。


 アキトにしてみればこれ以上真実を知る輩を増やす意図は無く、既にある程度知っている者には決められた設定通り”深淵の使者”を追うと同時に、女神が地上に残した力の欠片を集める為に旅立つのだと思わせておけば問題無かった。


 ……のだが、他ならぬスカーレットから、本気で帝国の後ろ盾を欲するなら皇帝にも話を通して欲しい……と言う建前で、本音は自分だけが抱えるには荷が重過ぎるので理解者(道連れ)を増やして欲しいと泣きが入ったので、せめて諸々のトップには真実を伝えておこうという流れでこの会談は実現したのだ。


 また、後ろ盾を口実に余計に干渉されるのを嫌ったアキトには、帝国側に分際を弁えろと釘を刺しておく意図もあり、その為に自身の力を示しておくという目的もあった。天使とのやり取りで、元黒竜は必要あらば自重を放棄する事に躊躇わなくなっていたのだ。


 会談中、皇帝陛下や緊張していた他の転移組を差し置いて終始最高権力者的な態度を崩さなかったアキトに、言い出しっぺであるスカーレットが冷たい油汗を垂れ流していたのは言うまでも無い。そして事情を知らない上に立場上容認できなかった近衛騎士が激昂した後、アキトにメッされて終始正座で臨んでいた事に皇帝を含めた全員が閉口していたのは一種の事件であった。


 因みに最も容認できないのではと考えられていた新教皇は意外にもすんなり事実を受け入れてくれた。


 元々彼はアレハンドロの右腕として信ある人物だったのだが、三年前に豹変したアレハンドロから魔人族に怯える民を癒す為の巡礼に出よと命――という建前の左遷を受けていて、その事をずっと疑問に思っていたらしく今回の事でようやく合点がいったと語っていた。


 三年前……皇帝が病に伏せガーランドが台頭し出したその頃に、天使はアレハンドロの肉体を乗っ取ったのだろう。その真実に新教皇とミントは天使とその先に居る女神アーリアに対して強い憤りを表していた。どうやら彼らアーリア神教の信徒にとって実在する女神は信仰にそれ程影響を及ぼさないらしい。


 兎も角、そんなこんなで会談自体は平和的(?)に終了し、少なくともアキト達やスカーレットにとっては望ましい結果が得られた事で、久々に肩の荷が下りたスカーレットはこうして息抜きも兼ねて脱力を謳歌しているという事だ。


 しかしそこは帝国最高戦力である緋槍の戦姫。この状況でも自身に近付く気配を見逃す事はしない。ましてやそれがよく知った気配であるなら尚の事。


「……華蓮か?」


 振り向きもせずに察知された華蓮が――別に忍んでいた訳ではないのに――やや慄き返事をした。


「えぇ、こんな所に一人で居るなんて不用心ねスカリー」

「其方も似たようなもんじゃろうに」


 そんな短い会話を最後に訪れる沈黙。新たな会話の切り口をどうすべきかを華蓮が悩んでいると、スカーレットの方から何とも思い切りの良い切り口を開いた。


「華蓮や、妾を恨んでおるか?」

「いいえ」


 続く華蓮の答えも思い切りが良かった。第三者が居れば先程までの沈黙は何だと思わずツッコみが入りそうだ。それでも答えはとっくに決まっていた……恨んでなどいない。


 スカーレットは風切り音が聞こえる勢いで華蓮に振り向いた。目が点になり、「何でぇえええ!?」と顔に書いてある。それが言葉になる前に華蓮から返す刀で質問が斬り込まれた。


「その代わりと言っては何だけど、聞きたい事はあるわね。ねぇスカリー、あなたは帝位に興味が無いなんて言っていたけど、それなら何でガーランドを排除したのかしら?」

「…………」


 問われてすぐにスカーレットの表情は驚愕から少し困ったような苦笑いに移行する。それは答え辛いと言うより、それを問うてきたのが華蓮であったのが意外と言いたそうな表情だ。


 華蓮はそんなスカーレットに構わずに問い続ける。


「勿論、今回の結末には私達が大きく関わっていたのは言うまでも無いし、あなたはガーランドに命を狙われていたのだから相応の対処をした結果とも言えるわ。でもあなたなら他にもやりようがあったのではとも思うのよ。例えば帝位継承権を放棄するとかね」

「ふむ、その通りじゃな。しかし華蓮よ、問いを問いで返すようで申し訳無いのじゃが、それは其方の疑問かの? 大方アキトか賢司めが其方に聞いてくれと頼んだのでは?」


 その問い返しに今度は華蓮の表情が若干引き攣った。図星だと表情に表れている。してやったりと年相応の無邪気な笑みを浮かべるスカーレットが憎らしかったのか、華蓮がそれ程意味の無い訂正をした。


「厳密には質問の答え……あなたがガーランドを排した理由には察しがついてるそうよ、二人共。だから竜宮も賢司も聞きたい事は他にあって、これはそれを聞き出す為の牽制みたいなものなの。そして必要も無いのにそれをしたのは純粋な私のわがまま。二人から既に聞かされてはいるけど、私はスカリーの口から聞きたいわ」

「成程のぅ……」


 理由を言う事に問題は無い。ただ、それを言うのがどうも気恥ずかしい……しかし真っ直ぐな目を向ける異世界の友人から視線を背けるのはそれ以上に矜持が許さなかった。スカーレットは少々照れ臭そうにポツリポツリと語り始める。


「そのぅ、何じゃ……妾も腐っても国を想う皇族の端くれじゃったという事じゃよ」


 皇帝になりたいと思った事など一度として無い。いっそ成人すれば帝位を放棄してハンターになろうと考えたのは……幾度だろうか覚えていない。そうなったら緋鳳騎士団のメンバーも誘ってパーティを組んで毎日自由気ままに楽しく過ごすのだと割と本気で夢見ていた。


 どうしてもそれが許されないと悟ってしまったのは三年前だ。


 父である皇帝が倒れ、前々から自分に対して攻撃的だった異母兄が国の舵取りをするようになってから、ギャレリア帝国は自ら滅びの下り坂を転げ落ちるように狂っていった。


 それまで皇帝が進めていた魔人族との和平政策……良好とは言えなくとも近年は国境付近で小競り合いも無く、長年の敵対関係に終止符が打てるのではと淡く輝いていた期待をガーランドは粉微塵にしてしまった。


 和睦への流れに腑抜けた魔人国なら容易に落とせる……そんな馬鹿と言うも可愛らしい短絡さで、碌な準備期間も設けずに人間族総攻撃に打って出たガーランドに、元から敬意など皆無だったスカーレットは決定的に愛想を尽かした。そんな馬鹿兄に扇動されてその気になった軍部のタカ派連中にもほとほと呆れ果てた。


 結果は言わずもがな。急な召集に周辺各国は対応できず、大した戦果も挙げれずに損失だけが目立つ結果となった。


 せめて本当にしっかりと戦力を充実させて、本気の総攻撃を仕掛ければそれなりの戦果も期待できただろうが、専守防衛に徹する魔人族を見て勘違いから幻影の手応えを感じてしまったガーランドや無能な将達は、無駄な攻め手を緩められずに一定量の戦力を逐次投入するという愚策中の愚策を取り続けたのだった。


 このままでは人間族側は疲弊する一方、今でこそ静観している魔人族だが好機と見て攻勢に出れば人間族の敗北は必至。それを危惧した皇帝派の重鎮や将が何度も意見具申したがガーランドは首を縦に振らなかった。それ所か彼らを無能と蔑み更迭する始末……流石のスカーレットも腹を決めるしかなかった。


「自分には関係無いと言えてしまえば楽じゃったろうに……幾ら何でも帝国だけでなく人間族全体に危機が訪れる事は無視できなかった」

「だから……ガーランドを討ったと。矢面に立てば次期皇帝に担ぎ上げられる面倒を理解しながら」

「今でも面倒だと腹の底から思う。しかしじゃ……どの道あのまま行けば人間族の領土は荒むしかない。そんな世では楽しく生きたくとも生きれんのじゃ」


 だから成り行き仕方無く。そんな風に振る舞ってはみても、華蓮にはしっかりとスカーレットの本質が目に見えていた。そこに居たのは好き勝手に遊び回る少女でなく、世を想い奮闘する高潔な皇族の姿が在った。本人は意地でも認めないだろうが。


「……とまぁ、妾が行動を起こした理由はこんなとこじゃが、推測は正しかったかの?」

「殆ど賢司と竜宮が予想した通りよ。ついでに更迭された人材と組んで周辺各国のフォローと根回しもしてただろうって言ってたけど」

「殆どお見通しじゃな。本当にあの二人察しが良過ぎて怖ろしいのじゃ」

「それは親しい相手ながら私もそう思うわ。でもね……そんな二人でも分からない事があって、それが私の何より知りたい事なのよ」


 一拍置いて、華蓮は真剣な面持ちでスカーレットと向かい合う。


「スカリー、今回の事であなたは目的を達したわ。でもこれは不測の事態を上手く活用できた故の幸運に恵まれた結果。本当ならもっと長いスパンで計画を進める筈だったのよね」

「……全く以てその通りじゃ。ここまで上手く事が進んだのは僥倖以外の何物でもない」

「えぇ……なら、本来あなたがするべき事をしていないのが腑に落ちないのよ」

「…………それは何じゃ?」


 分かっているだろうに、スカーレットは敢えてそれを華蓮に言わせた。


「何で……私達を、御使いを戦力として取り込もうとしなかったの? 何故敢えて帝国から逃がそうとしてくれたの?」


 そう、それが華蓮の……そしてアキトと賢司にも分からなかったスカーレットの真意だ。スカーレットの望み――ガーランドを排し人間族の疲弊を食い止める為には戦力が要る……ガーランドの一派に対抗する為の戦力が。アキト達はそれに最も望まれる存在であるのに、何故それを欲しなかったのか?


 スカーレットはそれについて釈明を述べた。


「別に不思議ではなかろう。元々其方らは兄上の手駒として扱われておった。敵の戦力を削ぐのは当たり前の戦術じゃ」

「それは敵の戦力を自陣に引き込まない理由にはならないわ。何より私達はガーランドにこれっぽっちも傾倒していなかったのだから、やろうと思えば幾らでもできたでしょう」


 しかし安易な言い逃れを華蓮は受け取らない。再び訪れる沈黙……観念したのかスカーレットが静かに溜息一つを漏らし、本心を零し始める。


「…………意味が無いからじゃよ」

「……え?」

「其方らの力を借りて事を成しても意味が無いからじゃ。華蓮よ……仮に其方らの力を以て目的を達成したとして、その後で其方らが元の世界に帰還すればどうなると思う?」

「どうなるって?」

「事を成した原動力を喪失すれば、おそらく……いや絶対に敵対勢力は勢いを盛り返す。自分達を打倒した存在が居なくなれば、これ幸いと再び妾達を蹴落とそうとするじゃろう」


 今回はガーランドを完全な害悪として排除する事に成功した。だからこそ後腐れが無く済んだのだが、スカーレット本来の想定では内乱に発展する可能性も視野に入っていた。その為に各国と独自にパイプを結んでいたし、いざという時の為に新型魔導具の開発を進めて戦力を整えていたのだ。


 そうなっていた場合、一番労力を必要とするのが事後処理である。敵を討った後に残存戦力に対してどこまで追い打ちを掛けるか、追い込み過ぎて余計な怨嗟を招かぬように、それでいて手心を加え過ぎて反抗の意志を残さぬように、このバランスが非常に難しいのだ。


 少なくとも年単位の見通しが必須であり、当然御使いを戦力として投入すればその間もアキト達には敵に対する抑止力として帝国に留まって貰わねばならない。それをスカーレットは容認できなかった。


「其方らが帝国に、この世界に骨を埋めてくれるなら喜んで妾は其方らを自陣に引き込んでおったよ。しかし其方らはそれを望まんじゃろ。だからこそ、引き込めないならすぐにでも兄上の手中から遠ざけておかねばならなかった。それが妾の狙いじゃったの――」

「ちょっと待って!」


 堪らずスカーレットの言葉を声を張り上げて遮る華蓮。聞くだけなら筋は大いに通っているように聞こえるが、やはり一つ……どうしても腑に落ちない点があった。


「スカリー……あなたはどうしてそこまで私達の望みを聞き入れてくれるの? どうしてそこまで私達の都合を優先してくれるの? その気になれば、こっちの都合を無視して利用しようと思えばできたのに、それを何故しなかったの?」


 これが華蓮の一番気になっている疑問の根っこ、アキトや賢司にすら辿り着けなかったスカーレットの真意の深淵。仮にアキト達を利用しようとしてもアキトがそれを断固阻止しただろうが、スカーレットはアキトの力を知る前からそんな素振りを一切見せていなかった。


 ならば他に理由がある筈、華蓮はそれをどうしてもスカーレットの口から語って欲しいのだ。この時、スカーレットが初めてあからさまに話しにくそうな態度を取った。どうしても話したくない、しかし眼前の剣姫様はそれを許してくれそうにない。スカーレットは今度こそ完全に観念した。


「…………恩返しじゃよ」

「……何ですって?」


 一瞬、聞き間違いかもしくは言語認識に不備が出たかと思った。”恩返し”? 誰が誰に? そこまで多大な恩を売った覚えが無い華蓮は激しく戸惑った。


 ====================


 帝国との会談から一夜明けた正午。頭上からさんさんと降り注ぐ陽光を浴びながら街道を進む六人の少年少女。


「いやぁ~~、旅立ち日和やねぇ~~!」


 そのうちの一人――美矢がテンション高めで空に向かって猛る。そんな日和があるのかとツッコミを入れるべきか、迷う事も無く放置の姿勢を貫く他五名。


 異常に元気な美矢だが、目の下にデイゲームに臨むメジャーリーガーのアイブラックばりの隈をこさえている様はそれはそれは異様である。


 連日徹夜の状況を中断して皇帝の会談に引っ張り出された美矢。結局会談が終了してからも徹夜作業を再開し、納得がいく成果ができたのは本日の出発直前だった。


 転移組全員で呼びに行き、徹夜明け特有のハイテンションでHAHAHAHAしていた美矢を見た時は全員が閉口せざるを得なかった。


 今も継続してハイな状態を維持しているが、アキトと愛奈は長年の経験上これが残り一時間も保たないと確信していた。きっと暫くすれば急に意識がシャットダウンされるだろうと、それまでは好きにパッションを発散させておけと皆には周知してある。


 そしてそうなったら守の”風玉”で転がして運搬しようと了承も得ていた。荷物扱いになるのが確定している関西娘……哀愁がこれでもかと漂いまくりである。当の本人は知る由も無いが。


 そうして未だに奇声を放っている美矢と物理より精神的に距離を離しつつ、皆の話題は帝都を発った今朝頃の様子に集中した。


「それにしても、俺っちはもう少し見送りが派手になると思ってたんだけど、割りと普通な感じだったのな」

「送り出してくれたのが皇帝陛下と姫殿下に教皇様、更に彼らの従者の方々っていう超VIP集団だった事実を直視できてる? あれを普通と思える君の感性に激しく異議を申したい」

「いや俺っちとしては大々的にパレードでもされるんじゃないかと想像してたから」

「「「「勘弁して」」」」


 アキト達の旅立ちを見送ってくれた帝国勢の姿勢に、守が意外だと感想を述べれば賢司がそれに対して異議を唱える。そこか更に発展する守の想像にアキト、愛奈、華蓮と賢司はシンクロツッコミを炸裂させた。見世物になるなど勘弁極まりなかった。


 補足するなら守もパレードをしたかった訳ではなく、それぐらいされてもおかしくはなかったのでは? と素直に疑問に思っただけである。


「僕らの存在が市井に知れ渡ってる訳じゃないし、余計に情報を拡散したくないっていう思惑があるんだよ。僕らにとってもその方が都合良いし」


 賢司君の解説。ガーランドの処刑は国内は勿論、国外にまで知られている。その結果、短絡皇子の悪行――魔人族を悪戯に刺激した事実も周知の事実で、また戦争が激化するのではと国民の間で不安が広まっているのだ。


 その上で深淵の使者と呼ばれる災厄が出現したとなれば混乱の収拾がつかなくなるとの判断で、この件は一応は機密扱いとなり既に知ったる者達には戒厳令が出されているのだ。


「だから僕達――御使いの存在も公にはできなくなってるんだよ」

「ちょい待ち。それじゃ俺っちらどうやって帝国の後ろ盾って奴を当てにするのさ?」

「守、あんたねぇ……その為の”これ”でしょうが」


 賢司の言い分に、出発時に受けた説明を殆ど理解できていないらしい守が今更な疑問を掲げるも、華蓮が素早くそれを解決する。出されたのは【パーソナルダイト】に似た金属板――【ハンターカード】であった。


 出発前にスカーレットから全員に渡された物で、要はハンターとしての身分証明書だ。これが何故に帝国の後ろ盾になるかを賢司が再び解説する。


「ハンターズギルドは教会と同じでどこの国にも属さない独立機関だ。駆け出しは無理だけど、高ランクのハンターになればどこの国でもフリーに活動できる特権が得られるんだよ」


 アキト達はスカーレットとタウロ砦のギルドマスターによって、上級ハンターの肩書を与えられていた。更にはギャレリア帝国からの推薦状も付与されており、これで人間族の国ならどこでも入出国が無料で自由な上に何かあれば帝国の威光をそれなりに利用できる身分を得られたのだった。


 何とも至れり尽くせりな待遇に守が狂喜しかける。しかし「これがあれば可愛い娘とあんな事やこんな事も――」と行き過ぎかけた所で、すかさず華蓮からの断罪ブーメランフックが炸裂。芸術的な五回転スピンを決めて地に没した。


 屍と化した守を放置して進む一行。そんな中、【ハンターカード】をしげしげ眺める華蓮を賢司はさり気に凝視する。視線に気付いた華蓮が賢司を訝しんだ。


「……何?」

「いや……今言うのも何だけど、華蓮がついて来たのがちょっと意外だったんだよね」

「……? それってどういう――」

「君はてっきり旅を僕達に任せて、自分はスカーレット姫の手伝いをするって言い出すかと思ったんだ」


 その発言を華蓮は肯定も否定もしない。周りを見渡せば他の皆も同様の想定をしてましたよといった表情。そこにはいつの間にか追い付いた守も居て、華蓮は視線を正面に戻すと溜息一つ置いて告白した。


「するかしないかは決められなかったけど、そうしようと思ってたことは否定しないわ」

「華蓮ちゃん……それなら何で残らずにあたし達について来たの?」


 潔い心情の吐露に対し当然な愛奈の疑問を華蓮はこれまたあっさりと答えた。


「スカリーから先に断られたのよ」


 それは昨夜の密会で言われた言葉。


『華蓮がどれだけ望もうと、この世界の争いや厄介事にこれ以上其方らを巻き込めぬよ。これは妾からの恩人に対する最低限のけじめなのじゃ』


 自分から提案する前にスカーレットから言い切られてしまった華蓮。それ以上の是非も無かった。


 昨夜の出来事は既に全員に知らせており、それについてアキトが意外そうな、それでいて実はどうでも良さ気な口調で語る。


「……姫さんにとって【地球】は理想の世界。多種多様な国々が争わず、人々が当たり前に平和を享受できる世界が実在する事を教えてくれた俺達――特に藤林は自分にとって恩人か。それでその恩に報いたかったと……天真爛漫に見えて実は合理主義者って思ってたんだけど、思いの外ロマンチストな姫さんだな」

「当たり前でしょ。スカリーは何だかんだでまだ幼いのよ。あんたみたいな情の薄いドラゴンモドキと同列に語らないで」

「これでも褒めてんだぞ。そして情が薄いは兎も角ドラゴンモドキ言うな泣くぞ」


 分かり辛い評価をキレキレの毒舌で返されて元黒竜も思わずたじろいだ。しかしアキトだけでなく、賢司もそんなスカーレットの真意を量り切れていなかった故に反応は似たようなものだった。


 口にすれば華蓮に小言を機関銃の如く打ち込まれるので賢司は自制していたが。代わりに存分に華蓮の胸中を察し尽くし、今彼女が抱える懸念に対して全力でフォローを入れる。かつての失点を取り返すように。


「それでもやっぱり心配だよね。一応大きな波は越えたけど、これから周辺国への賠償とか厄介事は多いし。でも皇族を処罰したっていう体で公式な謝罪はしてるし、前以て根回しをしてたお陰で反発はそれ程多くなかったらしいから」

「相変わらずどこでその情報仕入れてくんの? まぁ私が居ても武力的な助力しかできないから、確かに余計な心配かも知れないわね」


 流石は賢司。情報収集能力もそうだが、どう言えば華蓮の心の重しを取り除けるかも熟知していた。しかし今回に限ってそれは少々不完全だったらしい。


「でも私が一番不安なのはそうじゃないのよね。……何で剛田を護衛にしたのかしらあの娘?」


 ここでまさかの剛田の登場。だが誰もそれについては疑問を挟まなかった。何故ならここに居る全員がそうなった経緯を知っているから。


 まず最初に剛田が生きていた事実について説明が必要だろう。それに気付いたのは愛奈だった。レイアの分霊を得た後に聖地を出発しようとした矢先、強化魔法の気配を察知した愛奈によって聖地付近までどうにか辿り着いた剛田は発見される。


 半死半生の有様ではあったが一応生きていた剛田。しかし天使に体を乗っ取られて何故……というのは他ならぬ天使の言葉を思い出して納得できた。


『やはり器の中に不純物があると不快さが消えてくれませんね』


 乗っ取った直後に天使が呟いた一言。そう、つまりこの時点で剛田の意識は、魂魄はまだ存在していたのだ。そしてアキトの”黒炎”によって焼き尽くされた天使だったが、この際にアキトは滅する対象を天使の霊体及び肉体に指定していたのだ。


 そして天使の霊体や肉体を変異させていた天使の魔力が消滅した結果、残りカスのように剛田の部分が残ったという事だ。この時、アキトは自身の能力に対する練度と魔力そのものの律義さを呪詛を吐きそうなレベルで悔やんだ。何で全てを焼き尽くさなかったと。


 当然止めを刺そうとアキトは主張したが、それを止めたのは何と愛奈だった。言いたい事がありまくりだったアキトだが、少々急ぎだった事もあり剛田の扱いは保留するしかなく、放置していては結論を出す前にそのまま剛田が死ぬ事も高確率で有り得た為、結果として愛奈の治癒魔法で応急処置を受けた剛田は存命のまま今日に至っていた。


 そしてアキト達には恩義があっても剛田に対してはその限りでないスカ-レットは、剛田なら使い潰しても良心が痛まないとして洗脳の神器――【隷属の楔】を用いて彼を自分の下僕としたのだった。


 件の神器は頭部――つまり脳に打ち込めば問答無用で物言わぬ人形にできる代物で、実際に使用された魔獣達はそのように扱われていたが、実は心臓に打ち込めば自我を残したまま命令を遵守させるという使い方もあったりする。


 その場合は主の命令を破った際に死ぬ事になるのだが、剛田はスカーレットの手によって心臓にこれを打ち込まれ彼女の命令を拒否できない体となって、アキト達が帰還手段を得るまでスカーレットに仕えるというある種の無期懲役刑に処されていたのだった。


 因みに神器の無断使用は皇族でも重罪なのだが、既に持ち出された神器の内一つくらいが所在不明でも良いだろうとアクティブ皇女は気持ちの良い笑みで言い放っていた。皆がその所業にドン引いた。


 それは兎も角、幾ら命令に逆らえないとは言え、あのケダモノを大切な友人の傍に置いて行く事に不安しかない華蓮。しかし実は華蓮以上に不満を抱えているのはアキトだったりする。


「俺は不安所か未だに不満がタラタラなんだが、愛奈……今更だが何で剛田を生かした?」


 今までゴタゴタした所為で改めて問い詰めるのはこれが初めてだ。それもアキトが愛奈に突っかかるのは非常にレアな為、皆が皆どうしたものかと両者を交互に見やるしかない。それは正気に戻った美矢も同様だ。無言の愛奈を見据えてアキトのターンが続く。


「お前アイツに何されかけたか、と言うか今まで何の為に狙われてたか自覚あるか? あいつを生かした所でお前には何の得も無いん――」

「別に剛田君を想って生かしたんじゃないわよ。あたしが彼を生かしたのはアキ……あなたの為よ」


 その発言に口があんぐりしたのはアキトだけではない。美矢を始め皆が「どゆ事?」と言いた気な視線で愛奈を見る。そんな視線を意にも返さず、愛奈はアキトだけを見ていた。


「ねぇアキ、あなた本当は剛田君を殺したくはなかったんじゃない?」

「はぁ? いやいや俺は殺した方が都合が良いと心から思ってるよ。あんな奴を少しでも想ってます的な評価は著しく不愉快なんだが」

「分かってるわよ。あたしが言いたいのは、あなたは剛田君を殺したいんじゃなくて、殺す必要があると考えているって事。ついでに言うと、その必要性も自分の為じゃなくてあたし達の為って事よ」


 愛奈の言葉にアキトはダンマリだ。他の面子はまだ愛奈の言い分が何なのか理解できていない。しかし賢司はその意味を理解しているのか「あぁ」と一人納得顔だった。


「天使は言っていたわ。剛田君の存在が残っている事が不愉快だと。つまり剛田君が天使の中に居続けた事があなたに有利に働いた……少なくともあなたはそう感じている。違うかしら?」

「……俺はあいつに助けられたなんて思っていない。仮にそんな事が無くても勝てたしな」

「あたしもそうは思っていない。でもあなたは剛田君の真意は二の次で、結果的に助けられた事実を無視できていない。だからあなた個人は剛田君を殺したいとは思っていなかった」

「………………」


 沈黙は肯定であった。ここまで言われて賢司以外の面々もようやく愛奈の言い分を、そしてアキトの胸中を察する。ならばアキトが自分の意志を捻じ曲げてまで剛田を処分すべきと主張する意図は……これまでのアキトの行動を見ていれば自ずと明らかになる。


「それでも剛田君の存在があたし達にとって不都合だから、だから自分の意志よりあたし達の安全を優先して彼を殺すべきと主張していた。あたしはそれが嫌だから止めたのよ」

「何が悪いってんだ? 確かに殺さない理由が一つある事は否定しないが、それでも俺がその必要性を感じてるならそれは俺の意志と変わらんだろう」

「いいえ、断じて違う。あなたは自分自身を軽んじている事に気付いていない。あたしを……あたし達を大切に思っている裏で、その為に自分を殺している事を自覚してる?」


 静かながら強い言葉に、全員が足を止めて聞きに徹していた。愛奈の本気の心配事にアキトは言い返せなかった。別に自分を蔑ろにしている自覚は無いが、愛奈には殆ど同じ事なのだ。


「アキ、”お約束条項その一”よ。”自分を大切に”。小さい事でも自分のルールに妥協すれば、それは後々の後悔になるわ。あたしはあなたがそれを容認する事を容認できない」

「……大した問題じゃねぇよ」

「それでもよ」


 譲れない主張に、アキトは天を仰ぐと諸手を上げて降参の意を示した。そのまま皆を先導するように歩き出す。それに愛奈が、美矢が続いた。引っ張られるように華蓮、賢司と守が追いかける。端から見れば口喧嘩でもしたような空気であり、華蓮らにとっては実際そう見えたのだが、アキトらの雰囲気はごく自然にいつも通りだ。


 それを証明するように、飛び出たアキトの声色は穏やかでどこか清々しかった。


「分かったよ。これについてはもう何も言わない。それにしても殺す事自体は何も言わないのな」

「それこそ今更だし、あなたの性根を矯正しようなんてとっくの昔に諦めてるわ」

「せやな、アキやんやし……って言うか人間やないならしゃーない? みたいな」

「いやいやそれはそれよ。行動だけでなく意識的にもう少し自重して貰わないと」

「いやいや華蓮、こっちの世界じゃアキトの考え方の方が合理的だよ」

「俺っちには賢司とアキッちの二人がかりな無茶を止めれる気がしねぇ」


 続く皆の雰囲気も至っていつも通り。本当に今更だが、どう考えても普通じゃないアキトを普通に受け入れてしまっているこの面子も相当癖があるとは周囲――特にどこぞのアクティブ皇女――の言だったりする。


 ――あぁ、やっぱりこいつら面白れぇな。


 そんな皆をアキトは心から愛おしく思う。そしてさっき愛奈から咎められた事だが、やはり皆の為に自分は全力を尽くそうと心を定める。


 一族の仇を討つ事は忘れていない。しかしそれよりも皆を元の世界に――【地球】に帰す為に、異世界に帰って来た黒竜は歩き出した。


 今、旅が始まった。理不尽に異世界に渡った少年少女達が故郷へ帰り着くまでの旅が。それと同時に異世界に帰り着いた黒竜が悲願を達成する為の旅が。


 それぞれが想う願いの違いがどういった結果を生むかはまだ分からない。それが分かるのはもう少し先の話である。


 それとは別にちょっとした波乱が一つ。


「そう言えば……アキッちって何歳?」

「へっ? 俺は誕生日五月だからもう十七――」

「ちげぇよ、実年齢の話。前世からの記憶が在んだろ? 実は滅茶苦茶じいさまなのかなと」


 ミスターデリカシーゼロな守の質問に皆が興味を示した。それに対してアキトが全力で異議を飛ばす。


「阿呆! そこまでジジイじゃねぇよ! 確かにそれなりに長生きしてるけど、そもそも竜と人間じゃ寿命が違う。俺はまだまだ若い」

「まぁこんな口調のお爺ちゃんが居たらおかしいわな。それで何歳なん?」


 アキトの主張を美矢が受け取り先を促す。実を言うと皆が気にはなっていた。竜とは長命なイメージがあるので、若いとは言ってもやはり一〇〇歳は越えているのではと想像していると、


「前世で九〇三年生きたな。だから実年齢はまだ九二〇歳だよ。若いだろ」

「「「「「がっふぉ‼」」」」」


 まさかの長生き人生十回分だった。想像以上な数字に全員が何かを吐き出す。それを不思議そうに眺めるアキト。何かおかしなことでも言ったかなと言いたそうだった。


 こういった認識の違いが、この先大小様々なトラブルを起こすのではと……それがはっきりするのも先の話である。

 改めて第一章これにて完結です。断っておきますがまだまだ終わりません。


 ただ、第二章の開始は少々お時間を頂きたく思います。


 なので暫くの間お別れとなりますが、またの更新を楽しみにしていてください。

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