今後の行動指針(最終版)
故郷に……【地球】に帰れる。
転移組の面々が希望の灯火に無言で打ち震えている中、ただ一人その可能性を確信していた元黒竜――アキトは確かな安堵を胸に抱きながらも平静に努め、他にも確認しなければならない事案をレイアに提示した。
「帰れる事は良しとして、それならレイア、お前の分霊ってのを見つけたとして……集めるってのは具体的にどうすれば?」
『あぁ~、それは~その~……ついさっきの事もあって非常に言い辛いんだけど』
「……大体予想はつくが、話せ」
『う~~、そこの愛奈って娘みたいに憑依させて欲しいのよ』
「「「「「――!?」」」」」
その発言に先程まで言葉にならない感動を分かち合っていた皆の頭上に、メタル〇アソリッド登場キャラ並みの「!?」が掲げられた。発信源であるレイア分霊に全員の視線が集中する。
アキト一人だけが「やっぱりね」と納得の表情だった。
アキト以外が硬直する中、レイアはさり気に静かに空中を移動し、ある人物に接触を図る。途端にその人物は硬直を解除した。
「……! 何で私に近付いて来るのっ!?」
驚愕の咆哮と共に華蓮が剣閃の暴風を吹き荒した。手にしていたのはレイアの結界をどうにかしようと振っていた剣型の魔導具だ。刃毀れしまくりなので斬る事はできないが、華蓮の身体能力によって十分な破壊力を宿す一撃をレイアだけでなく、巻き添えになりかけた味方一同も堪らず回避する。
「げぶっほぉ‼」
訂正……約一名――守が回避に失敗した。斬れはしなくともミスリル製の鈍器を受けたようなもので、哀れ守は断末魔を響かせ壁面の染みとなった。しかし誰もそれを気にしない……そんな事より皆には自身に降りかかりかねない憑依の脅威の方が大事だ。
共に感動を分かち合えた瞬間は既に過去のものだった。何とも世知辛い。それは兎も角、レイアが慌てたように声を張って不平を放つ。
『ちょっ、危ないでしょうが! この体って結構繊細なのよ! 希望の道標を自らドブに捨てる気!?』
「うっさい! 何を自然に了承も無しに憑りつこうとしてくれてるの!? 次やったら斬るわよ‼」
対して華蓮は毛を逆立てた猫みたいにフシャーと威嚇する。レイアも霊体で分かり辛いがプリプリと不機嫌そうだ。ただ礼と順序を間違えているのはレイアの方で、華蓮の方は至極真っ当な主張だと言える。
重ねて華蓮の技量では霊体を斬る事はできないので、レイアの言い分は過度な心配という奴だ。なのでアキトは華蓮を窘める事はせず、淡々とレイアに確認を取る。
「憑依する以外に手段は無いのか?」
『あったら提案してるし、天使の暴挙を目の当たりにした人達に軽い気持ちで憑りつかせてなんて言う程傍若無人じゃないわよ』
無言で憑りつこうとしておいて何を言う! と言わんばかりの視線で語る華蓮を賢司と愛奈が二人がかりで宥める中、レイアは打って変わって丁寧に説明を始めた。最初からそうしろというツッコミをアキトは飲み込む。
『さっき言ったけど、この体は繊細過ぎるのよ。長期間外界に晒されると悪影響が出るし気持ちも悪いし。だから何かしらの器に入れて貰わないと困るのよ』
「さっきまで石像に宿ってたのは? 無機物でも良いか?」
『それは駄目。無機物に宿るには意識を遮断しないと……宿ると言うより封印されるに近いから。それだと次の分霊の場所を教えられなくなっちゃうし』
愛奈に憑依した分霊が呼び出すまで、アーリア神像に宿っていた分霊はまさしく自ら封印されていたらしい。霊体は魔力で構成される為にそのままで居ると外界の源素の影響をモロに受けて大変よろしくないのだとレイアは訴えた。
一番良いのは魔力を有する肉体に宿る事で、体力、精神力が強い程具合が良いのだと言う。特に精神力が優れていると居心地が良いとも語った。
「何か、あの極悪天使が教皇様と剛田に憑りついた動機を知った気がするね」
「アル小父様はぁ~、教会でも随一のぉ~精神力を誇っていたわぁ~。ただぁ~お身体が弱いのとぉ~、魔力変換効率が平凡だったからぁ~それ程魔法が使えた訳ではなかったわぁ~」
賢司の推察を裏付けるようにミントがアレハンドロのステータスについて話す。その様子は生前の恩師を懐かしむようでどこか痛々しい。傍に居たセレナがミントの肩に優しくを手を添える様を横目に、更にレイアが憑依の詳細をそれに言い加えた。
『宿主の精神力さえ優れていれば憑依した際に意識を表に出し易くなるわ。これに加えて変換効率が高ければ力を行使するのに有利だし、更に体力が高ければ……剛田君だっけ? に憑依した時みたいに肉体を天使化させる事も可能よ』
「……それが天使が教皇に憑りついて、その上愛奈と剛田を器として欲した理由か」
『そしてあたしが彼女――華蓮さんを宿主に選んだ理由でもあるわ』
言われて筋が通っている事に皆がう~んと唸りながらも納得し、華蓮は形容し難い感情で以て渋面となった。一応、必要な措置であると理解できるが、やはり生理的に納得し難い。
そんな華蓮を気遣って愛奈が進み出た。
「だったらあたしに憑依するのは駄目? とっくにレイアさんの分霊を宿してるし、もう一つくらいなら――」
「待った。想像だけど余り沢山宿すのは良い気がしないよ。それより僕は駄目かな? 神子柴さん程じゃないけど精神力と変換効率に自信があるよ。体力なら神子柴さんより上だし」
愛奈の立候補に賢司が異議を示す。続けて華蓮を庇うように自らをレイアに売り込んだ。それに対してレイアの返答はこうだ。
『賢司君の言う通り、愛奈さんはもう止めておいた方が良いわ。頼んでおいてこんな事言うのはどうかと思うけど、分霊とは言えあたしを宿すのは肉体にかなりの負担を強いる事になるの。既に分霊を宿しているならこれ以上は勧められない。それと賢司君は……体力が低過ぎるわね。確かに憑依自体に問題は無いけど、長期的に見るなら今はまだ止めた方が良いわ』
その言葉に愛奈はしょぼんと俯き、一方の賢司は納得できないと声を強める。それなら体力のステータスが最も低い愛奈はどうしてと。華蓮を想っている故の態度だと分かっているので、レイアはそれを優しく受け止めると愛奈に【パーソナルダイト】を見せるよう促した。
その真意を訝しむも、言われるまま愛奈はステータスを確認し……絶句した。
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神子柴 愛奈 16歳 女
体力 :1500
精神力 :4500
魔力 :2910
変換効率:97.0%
魔法適正:地B 水A 火E 風E 光S 闇B
魔法技能:治癒魔法
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「……上がってる。何これ?」
震えながら小さく溢した疑問。アキト達もその数値の異常な上昇に面食らっている。精神力もそうだが体力の向上が凄まじい。知らぬ間に当初の五倍である。一般兵士並だった数値は既に超人並に強化されていた。
レイアがすかさずフォロー。その言葉は愛奈は元より賢司にも向けられる。
『愛奈さんは既にあたしを受け入れるだけの器ができ上がっているわ。……と言うより十数年もあたしを宿し続けた結果でそうなったのが正しいのだけど。……その所為で随分と苦労を掛けちゃったわ』
何の事だと愛奈を含めた皆が首を傾げるが、アキトだけは合点がいったと溜息を吐いた。
ずっと疑問だったのだ……何故に健康体である愛奈がああも体調を崩すのか。それこそ転移組で最低値とは言え、この世界の常人と比べて遥かに強靭な体力を得た転移後に於いてもそれが起こった事が。
負荷が強過ぎたのだ。レイアの分霊を宿した所為で愛奈の肉体が悲鳴を上げていたのだ。言い訳じみてはいたが【地球】に居た頃、レイアは殆ど眠っていたらしく愛奈が受ける負荷は最低限に抑えられていた。しかしそれでも影響は消えなかった。
こちらの世界――【スフィア】に来てからようやく目を覚ましたらしいが、その際の負荷が以前の体調不良を招いたのだとレイアは謝罪した。
案の定、美矢が大層憤慨した。少々洒落にならない寸前まで白熱し、分霊に向けて魔導具を突き出したりしたが、アキトと他でもない愛奈が必死で宥めた為に美矢は矛を収める。
居たたまれない空気の中、レイアは静かに落ち着いた声色で賢司を諭した。
『例え体力が劣っても長期間の副作用を我慢すれば悪影響無くあたしを宿せるわ。でもこれからあなた達は旅をしなければならない、危険事にも巻き込まれる筈。そんな状況で定期的に体が動けなくなるリスクを抱える訳にはいかないでしょう』
そこまで言われて流石の賢司も下がらざるを得なかった。そして何故白羽の矢が立ったのかも華蓮を含めて全員が納得した。
アキトと愛奈を除けば、残りのメンバーで華蓮が最もバランス良く体力、精神力が優れている。レイアも今の華蓮なら殆ど副作用無く憑依できると太鼓判を押した。しかしまたしても異議の声が上がった。それも想定外の人物から。
「それなら俺っちでも良くね? 華蓮程じゃないけどステータスもハイバランスだし、変換効率も悪くないぜ」
まさかの守だった。華蓮に吹き飛ばされたが、さり気に復活していたらしい。いきなりの登場に皆が「居たのか!?」と驚きの声を上げる。守の目尻に光る物が浮かんだ。
「ぐすっ……、と、兎に角、俺っちでも問題無いだろ。だから華蓮より俺っちに憑依しなよ」
半泣きだったが努めて朗らかを装って、守はレイアに自身を差し出した。こういう状況で守が率先して行動するのは極めて稀だ。それだけ守も華蓮を気遣っているのだろう。中々に漢であった……例え半泣きでも。
そしてレイアの返答は……、
『……ごめんなさい。あなた良い人だけど、お友達でいましょう』
まさかの拒絶だった。しかもどこか精神的に抉るフレーズを用いて。その場に居た全員が「おぐぅっ」と不憫さを全面に出して呻く。当の守は言葉のボディブローに崩れ落ちながら、不平不満を全面に出して咆えた。
「ちょ、何で俺っち振られたみたいになってんの!? 別に告白なんてしてねぇし、って言うか誰が人魂モドキに片想いなんかするかい!」
『正直……生理的に無理なので』
「更にぶっちゃけやがったなコンチクショウ‼ 何で人魂にそこまで言われにゃあ――。ふん! そこまで言うならもういいし! って言うか別に何とも思ってねぇし! 『生理的』って言われたのだって初めてじゃねぇし! ……だから……別に、気にしてなんか……グスっ……ねぇし。……うぐっ……うぇ~~ん」
ガチギレ寸前から半泣きでなくガチ泣きに移行した守さん。さっきとは比べ物にならないくらいに居たたまれない空気の中、何人かは守から視線を逸らし、賢司が守を慰め華蓮はそれを見て盛大に溜息を吐いた後、レイアと向き合う。
「はぁ~~、……分かったわ、受け入れましょう。貴女の分霊を私に宿しなさい」
その返答に、霊体にも関わらずレイアが微笑んだ気がした。続く声色は先程までの軽さが嘘のように落ち着いた……包容を感じさせる程に優しかった。
『あなたの英断と勇気に敬意を表するわ華蓮さん。それと同時に受け入れた事に対して感謝を』
「しなくて良いわよ、こっちも帰るっていう目的の為に了承したのだし。……それより、乗っ取ったりしないでよ」
『しないから安心して。それにあたしを宿せば得する事もあるから』
「……それは私も愛奈みたいに強くなれる事かしら?」
帰還する為という第一目標を除けば、実はこれが華蓮が分霊の宿主となろうと考えた理由だった。召喚直後から華蓮は【スフィア】で生き残る為に戦う力を必要としていたが、今回の事でそれをより強く意識するようになっていた。
この先、できれば御免被りたいが天使達と事を構える事態も想定される以上、死なない為に今より強くなる事は華蓮にとって必須事項なのだ。それを察するレイアは、
『それは確実に強くなるわね。あなたは愛奈さんより地力が高いからきっと短期間で成果が出ると思うし。ただ……本当に急に強くなるから自重は心掛けてね。使い方を誤らないように。それと華蓮さんは魔力変換効率の所為で愛奈さんみたいに特殊な技能の発現は難しいかもだから、それも覚えておいて』
励ましながらも決して増長しないようにと釘を刺した。心ある忠告に思わず身が引き締まる華蓮。今一信頼し切れない面や少々悪ふざけする性質を持っても、やはり相手は自分より遥かに高尚な存在なのだと意識せずには居られなかった。
それとは別にアキトが『特殊な技能』発言に反応を示す。
「それってもしかして魔法感知の事か? あれはお前の技能を愛奈が継承したからじゃないのか?」
『あたしにあんな技能は無いわ。あれはあたしの分霊を宿した影響で愛奈さん自身が発現した技能なのよ』
またもやアキトの疑問が解消された。随分と特殊な技能だとは思っていたが、そういうカラクリだったのかと合点がいった。
因みに詳細を知らないアキト、華蓮とミント以外の面々は各々違った反応を見せた。美矢は単純に凄い技能程度のリアクションだったが、セレナはその有用性に放心し、賢司は驚愕した後に一人で考察の精神世界に旅立って行った。
「変換効率が影響するなら……賢司もレイアちゃんの分霊宿せば、その特能みたいなの目覚めるのか?」
「えっ? あぁ……かもしれないけど、その前に宿せるくらい鍛えないとでしょ。でも次の機会までにどうにかできるのかな?」
さり気に精神的ショックから立ち直っていた守の発言に賢司が現実に帰還する。同時に呟いた疑問点についてはアキトからフォローが入った。ついでに確認事項の提示も忘れない。
「それについてはこっちで何とかなるさ。それより、分霊ってのは残り幾つあるんだ?」
『本体から離れて……更に六つに分かれたかしら』
「愛奈の分は別として、ここに藤林に宿る分が一つ……おいおい、残り五つなのに器は四つ、一人分足りねぇぞ」
『いーえ、二人分よ。アカツキ、あなたは器になれないから』
「何だと?」
しかし予想外な回答にアキトの目が点になる。詰め寄る前にレイアからの解説。
『あなたは逆に力が強過ぎるのよ。憑依したらあたしの方が取り込まれちゃう。他の子達はあたしの方が彼らの魂魄を取り込まないように気を付ければ良いけど、あなたはそんな真似できないでしょ?』
「むっ……むぅ」
言われてぐぅの音も出ない元黒竜。確かにそんな事をした経験が無いのでできるか分からない。まさかぶっつけ本番で試して、失敗して分霊が一つ消えましたなんて事になれば目も当てられない。
「……最悪、適当な奴攫って無理矢理でも器にするか?」
「「「「「それは駄目だろ」」」」」
アキトの苦し紛れな打開策は満場一致で却下された。仕方無く、最後の分霊二つは無機物に封印を視野に入れる妥協案で処理された。
『さてさて、宴も酣ですが……そろそろ華蓮さんに憑依させて貰って良いかしら?』
別に盛り上がっていた訳ではないのだが、そろそろ宙ぶらりんで居る事に疲れたのかレイアが最終確認を求めてきた。華蓮は問題無く了承するも、アキトがそれに待ったをかける。
「いや待て待て、お前藤林に憑依したら寝るだろ確実に。その前に言うべき事は全部話せ。まだまだ聞きたい事がたんまりと――」
『もう喋れる内容は殆ど無いわよ』
「何!?」
本日一番の想定外な答えにアキトは今度こそ狼狽する。一体どういう事だと問い詰めるが、レイアはやれやれと言った具合に改めて説明した。
『今までの話ちゃんと聞いてた? 分霊は記憶も分割してるって言ったわよね。ここに居る分霊が知る情報はこれが全てなの。後は精々、次の分霊がどこに在るかくらい。因みに愛奈さんの中に居る分霊もこれ以上の事は知らないわ』
「おいおいおい!? 他にも魔人族についてとか、その魔人族の信仰対象にお前がなってる理由とか、アーリアの奴が俺達を召喚した理由とか、そもそも何でアーリアが俺達を召喚できたのかとか、最後に天使が霊体で居た理由とか山程聞きたい事があるんだぞ!」
『残念ながら……他の分霊か、いっそ本体に聞いて。それじゃあ、そういう事で』
「ちょ、待っ――」
アキトの呼び止めも虚しく、レイアは今度こそ華蓮の中に吸い込まれるように姿を消した。やや不意を突かれた華蓮が形容し難い感覚に若干悶える。剛田の一件があるので周囲がざわつくも、思いの外あっさりと華蓮は分霊を宿す事に成功した。
「あの駄天使……結局肝心な事は殆ど喋りやがらなかったし」
「レンレン……大丈夫か?」
アキトの愚痴り後に最初に問うたのは美矢だった。愛奈が副作用に苦しんでいた事実から、おそらくこの中で最もレイアに懐疑的な立場なので本気の心配である。が、当の華蓮は案外何でもない風であった。
「えぇ、さして問題無いみたいね。……ただ憑依される前に言われた事があったわ」
「それは何て?」
「え~っと、まず余程の事態じゃない限り意識が表に出る事は無いって……そうした方が私の負担が少なくて済むからって。これは愛奈にも言える事だそうよ。……後は、次の分霊の所在が朧気に伝えられたわ」
美矢の追求により飛び出したのは最重要案件だ。再びざわつく空気を諌めてアキトがゆっくりと促す。
「詳しい所在が明示された訳じゃないんだな? 方角はどっちだ?」
「あ、うん。ここから南寄りの東ね。感覚だけど……距離的に帝国の外だと思うわ」
アキトさんの表情が微妙に曇る。何か不都合でも? と皆が……特に華蓮が責任がある訳でもないのに不安そうに狼狽えた。同じく賢司も表情が芳しくないので余計に不安が募る。
「魔人国側じゃないのかぁ~。そんな気がしてたけど、人間族の領土含めて大陸中を巡る事になりそうだ」
「当初の予定とは違っちゃうねぇ。そうなると手順を見直さないと……」
元黒竜とイケメン君のミーティングは要点を簡易的に纏めるだけで迅速に終了した。詳細は落ち着いた場所で煮詰める必要があるだろうという判断で、アキトは一度タウロ砦に帰還する旨を伝える。
それだけなら誰も疑問無く追従できたのだが、関西娘の余計な一言が結構な波紋を広げてしまった。
「ほなついでにスカーレット姫への落とし前も考えんとな。なんやかんやで結構しんどい目に遭うたし」
「美矢――」
「鷹村さん――」
「ちょっと待って一体どういう事かしら?」
アキトと賢司が止める前に華蓮が主導権をスティール。美矢が「あっ」とやらかした風に呟いたのも駄目押しとなる。誤魔化しができるタイミングはとっくにリリースしてしまっていた。
三人は剣姫様のギンッとした眼光によって白状する選択肢しか持てなかった。
結果、華蓮と愛奈は自分達が拉致られた経緯を知る事となる。ガーランドの企みを暴く為の餌同然に扱われた事実に二人してショックを隠せない。特に華蓮の表情が筆舌に尽くし難かった。
当事者でもあるミントが謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい~。……謝ってもぉ~済まない事だとぉ~分かっているわぁ~。何よりぃ~危険な目に遭わせない手筈だったのにぃ~、結果として非道い目に遭わせちゃってぇ~言い訳もできないわぁ~」
「申し訳ありません。もしアキト殿達が間に合わなければ取り返しのつかない事態に発展した事は明々白々。償いはわたくし達の命で如何様にも」
セレナもそれに続いた。命まで捧げられるとは大袈裟な……とは言えなかった。アキト、賢司、美矢と守の事情を知っている組もここまで大事になってしまった以上、お咎め無しにはできない。
教会の横槍所か天使という未知なる存在の介入という想定外中の想定外を大目に見ても、スカーレットが招いた案件はアキト達にとって非常に不利益な出来事だったのだ。折角主君の減刑の為について来たセレナだったが、残念ながらアキトの査定はマイナスへ急降下していた。
沈黙が重い中、華蓮が自らの意志を言葉にする。
「……詳しい話はスカリーからも聞きたいわ。それに……今あの子が窮地に居るならすぐにでも砦に戻りましょう」
その言葉にセレナとミント、そして美矢が驚いたように華蓮へと視線を向けた。事の真相を知って尚スカーレットを助けようとする華蓮の心理が理解し難いと言いたそうだ。
片や賢司に守、そして愛奈は納得したような……どこか嬉しそうな表情を浮かべる。やはりと言うか、それでこそ華蓮だと誇らしそうだ。
そしてアキトは「ほう~」と感心したような吐息を漏らし、華蓮の真意を問い質した。
「良いのか? 仲が良いのは知ってるし、やむを得ず巻き込んだとは言っていたが裏切られたようなもんだろ? 藤林……お前はそんな相手を助けるのか? 助けられるのか?」
どこか挑発めいた発言に華蓮の表情が険しくなる。アキトの方も決してふざけていない真剣な面持ちで華蓮を見返していた。空気が若干ピリつき、状況を見定めようと周囲が静観する中、華蓮がさも当たり前のように想いの丈を吐き出した。
「関係無いわよ。あんたにとっちゃこの世界の人達なんてどうでもいい存在なんでしょうけど、私にとってあの子は友達なの。望んでもいないのに無理やり連れて来られたこの世界でできた初めての……だから助けるのに理由なんて要らない。大体『裏切られた』? 誰がいつ? この程度で裏切られたなんて思ったりしないってぇの。何よりちょっと不都合な扱いされた程度で見損なうなら、最初から友達になったりしないわよ」
決して大声ではなかったが……空気が震える程の宣言。
セレナとミント、そして美矢が言葉を失ったようにポカーンとしていた。
片や賢司に守、そして愛奈は非常に満足そうな笑みを浮かべる。
そしてアキトは……一拍置いてからそれはそれは堪らねぇと言わんばかりの笑顔を華蓮に向けた。
華蓮が予想外なリアクションに「何っ!?」と硬直するも、続いたアキトの行動に目を見張る。何の前置きも無く漆黒の旋風が再びアキトを呑み込み、それが消え去った時アキトは再び竜人の姿に変わっていた。
いきなりな展開に置いて行かれそうな華蓮は、これまたアキトの予想外な発言に驚く。
『オーケー……なら、道すがら魔獣共は殲滅して行こう。来た時と違って回り道になるが、大して時間は掛からねぇし』
その場に居る全員が言葉の意味を瞬時に理解する……が、言っている事の壮大さに己の中の常識が激しく拒絶反応を示した。聞きたくないが、聞かなければならないセレナがおずおず尋ねる。
「あ、の~、アキト殿? わたくしの耳がおかしくなければ貴方はタウロ砦に向かっている魔獣の群を殲滅されるおつもりだと聞こえたのですが?」
『全く以てその通りだが。まぁどうせそこにある洗脳神器が群れの主とかに取り付けられてるだろうから、それらを優先的に狩るけどな。邪魔する雑魚はついでに薙ぎ払うまでだ』
余りに簡単そうに言ってみせる様に副団長様がよろめく。傾く朋友を今度はミントがすかさず支えた。転移組の方も暫し呆けるも、立ち直りはやはり早い。その顔は語らずとも「アキトだから」で納得済みだった。やや諦念が含まれてそうなのは御愛嬌。
しかし戸惑いが最も強かった華蓮が思わずといった具合に詰め寄る。
「……どうして? あんたにとってそれ程助けたい相手じゃないでしょ? 今までだってそうだったのに……何で今更そんな事――」
『まず大前提、姫さんには今回の失態の落とし前をつけて貰わにゃいかん。一応殺す以外の方向でと伝えてあるから……まぁそこまでの心配は不要だろうが死なれると困るんだよ』
予想外……という訳ではない。ある意味アキトらしいと言えばらしい回答に華蓮さん内心で「やっぱりかい!」と不貞る。ちょっと期待を裏切られた感を燻らせると賢司が素早くフォロー。
「後は事情が変わったからだね。魔人国に行こうとしてた当初の予定と違って、これから人間族の領土を巡る事になりそうだから今まで不要と考えていた帝国の後ろ盾があった方が便利だし。その為に恩を被せるだけ被せようって魂胆だよ」
少々フォローのベクトルがズレたらしい。剣姫様の表情は益々げんなりと落ち込んで逝った。その目が「あんたもかい!」とツッコミ成分多めで賢司を射抜く。だがここでアキトから『何よりも――』と最後の締め。
『藤林……お前がそう望んでいるからだよ。俺は姫さんへの思い入れは皆無だが、お前がそうして欲しいなら応えるくらい何でもない』
今度こそ予想外な発言に華蓮が静止した。余りの衝撃でノーリアクションである。周囲を見れば賢司と守がうんうん頷いている。美矢はしゃーないとばかりに肩を竦めており、最後に愛奈が「ね、言った通りでしょ」と満足そうな笑みで華蓮を肩で小突いた。
誘拐直前にタウロ砦にて言われていた事……実は余り信用してなかった華蓮は少々バツが悪そうに顔を逸らした。その顔は若干赤く、愛奈は微笑ましいと頬を緩ませていた。
それらを眺めて、頃合い良いなとアキトが指示を飛ばす。
『さて、じゃあ出発するぞ。皆を置いて行くのはいい加減勘弁だから一緒にな。……教皇さんの亡骸も然る場所で弔ってやる必要があるし誰か運んでくれ。そんな訳で守、もっかい結界で――』
「あれ? ちょっと待ってアキ。何か変な気配が――」
気遣いとも言える言葉にミントが微笑むも、守への要望にここまでの移動手段をフラッシュバックされた面々の表情が引き攣り、それを華蓮とミントが訝しむ中で愛奈がアキトに待ったを掛けた。
やや出鼻を挫かれ何事かと今は無い口を尖らせたアキトだったが、発覚した事態に盛大に面倒臭い気分にされてしまうのだった。
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帝城にある皇女専用の執務室にて、得意でもない……寧ろ嫌悪していると言っても過言ではない書類仕事に勤しむちみっ娘殿下――スカーレットが突如痙攣し始めた。
虚ろな瞳で紙の書類にインクを纏ったペンを走らせ、ただひたすらにルーチンワークを継続する事に、いい加減に拒絶反応を伴った誤動作が生じたらしい。
焦点の定まらない無表情のままにカタカタと震える姿は不気味以外の何でもなく、見かねた副官がティータイムという名の強制終了を実行する。
無拍子かと疑うレベルで途中経過を省略し、差し出された紅茶の香りがスカーレットを正常に引き戻した。
「うむ、良きタイミングじゃセレナ。もう少しで妾どこぞに逝ってしまいそうじゃった」
「はい、衆目に晒す所か直視するも憚られるご様子でしたので、僭越ながら割り込ませていただきました」
気安いを若干通り過ぎて不敬一歩前な発言だが、セレナに遠慮が無いのと共にスカーレットも咎める事は無い。人前でさえなければ、この程度のやり取りが日常化する程に二人の結び付きは強く深い。
「う~~、飽きたのじゃ~、もう書類など見たくもないのじゃ~、狩りに行きたいのじゃ~」
「なりません。殿下の署名が必要な書類はまだまだあるのですよ。そもそもタウロ砦があのような状況でどうやって狩りなどされるおつもりですか?」
「うぅ~~~~、もう二週間も缶詰なのじゃぞ~。お外に出たいのじゃ~」
なので皇女殿下のわがままも長い付き合いの腹心の前では虚しく霧散するしかなかった。
それはさておき、会話から分かるように……タウロ砦の一件から既に二週間が経過していた。あれから今日までに一体何があったのか、それを語らねばなるまい。
次回で一章完結です。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は来週土曜日に投稿予定です。




