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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
プロローグ
3/62

竜宮アキトの事情 後編

 三話目投稿です。


 まずは謝罪……プロローグが終わりません。すいません。

 生まれ変わった時の事は今でも忘れていない。


 まるで海に揺蕩うような安心感、そこから掬い上げられたような解放感、その後に飛来する、今自分が世界に存在するという確信。産声は自然と口から溢れ出た。


 竜だった頃の記憶はしっかりと残っていた。当然人格も当時のままだった身で、力の限り泣き声を上げる有様は存分に羞恥心を抉ってくれた訳だが、直後に自らを包む温もりが全てを満たしてくれた。


 目も見えず、体も満足に動かせない体たらくでも直感する……自分は今、母に抱かれていると。


 それ以降、自分だけではどうにもならない日々を過ごす中、自らを取り巻く環境について少しずつ理解を深めていく。まず家族構成だが、両親と父方の祖父母が居る事が判明した。家庭環境も良好で、皆にチヤホヤされながら過ごす日々は恥ずかしくも心地良いものだった。


 前世で死ぬ直前まで気が抜けない毎日を生きていた所為だろう、平穏の価値というものを改めて実感した。


 しばらくして目が見え始め、寝返り程度ならできるくらいに体が意識に馴染むようになると……この世界がどれだけ異様であるかを認識する事となった。


 まず自分が人間である事……はそれ程驚かなかった。元より。竜以外に転生するであろうと覚悟していたし、寧ろ知的生命体に転生できた結果に安堵したくらいだ。それより、この世界――【地球】には魔法が存在しない事実に驚愕した。


 感覚が成長してくると嫌でも気付く。転生した自分は置いておいて、家族の誰からも魔力を感じられないのだ。厳密には”無い”のではなく、肉体に保有される魔力が極めて少ない。これは【スフィア】では考えられない事だった。魔力は何も魔法を使う為の燃料ではなく、生物の生命力そのものであり、【スフィア】では竜族は言わずもがな人間族、果ては魔法が使えない獣人族ですら相応の魔力を保有しているのだ。


 更に言うなら、大気中に満ち、魔力の元となる源素げんそすら微量にしか存在しなかった。全く無い訳ではないが、この濃度ではとても生命は生きていけないと言えるレベルで酷かった。


 この世界、実は終わってねぇ!? と、届く筈もない抗議をレイアに向けて挙げて……言葉が話せない故に叫び声になった所為で祖母が何事かと慌てて、その後も不安から眠れぬ夜を過ごした所為で家族が大騒ぎしたりと色々あったが、既に杞憂であると気付き猛省した。


 真っ先に気付け俺! 目の前の両親、祖父母が平気で生きてるだろうが! そして毎日食事を口にしている自分、……明らかに余裕を持って生活できてるし!


 元居た世界の人間族と比較して、生活水準はかなり高い。もしや相当な地位を持った家に生まれたのか、家族が健康なのはそのお陰で高水準な治療なり処置を享受できているからかとも推測したが、お出掛けした際に周りの様子から、これで一般人レベルだと判明した。


 つまり【地球】――少なくともその一国家である日本に於いて、人々は魔力に頼らずに生きていける程に強靭な肉体を持っているという訳だ。


 実は何かしら障害でも抱えているかと邪推したりもしたが、外で働く大人や遊技場――母親が”公園”と呼んでいた――で遊ぶ子ども達を見る限り問題は無い……って言うか寧ろ【スフィア】の人間族より身体能力高くね? と思える場面がしばしば。魔力無しで魔力ありきの者達と同等以上の力を発揮、……日本人恐るべし。


 しかしながら、魔法が無くても生体活動が無問題モウマンタイなのは兎も角、魔法を使わずにこの文明の高さはどう説明すれば……と思っていたら、お家の中で答えを見つけてまたもや目が点になった。


 はい、魔法を使わずに明かりが灯ったり火が出たり水が湧いたりしましたよ。それ所かお湯が沸きました。何で? 魔導具なの? でもこんな乏しい魔力じゃ魔導具も使えない筈……それとも微量な魔力で発動できる超高性能な奴なのか? もう分からん!?


 父親に風呂に入れられながら、諸々の設備の異常さに混乱した所為で泣き叫んでしまった。それに驚いた父親が手を滑らせて湯船の底に沈んで尚更パニクった。……父よ、息子を殺す気か。


 言葉を話せるようになった頃、両親に聞いてようやく判明した事実は魔法ではなく――『魔法なの?』と聞いたら物凄く微笑ましい顔をされて滅茶苦茶恥ずかしかった――科学と言われる技術の産物とのこと。


 源素から得られる魔力を魔法、魔導具に活用する文明を発展させた【スフィア】と違い、石油、ガス、ウランと言った様々な資源を用いて、発電された電気をエネルギーとして活用する文明が栄えた世界……それが【地球】だった。


 ついでに、そこに暮らす人々は魔力の恩恵に縋らなくとも生きていける……【スフィア】視点で見れば何とも逞しい猛者ばかり。


 レイアめ……何が『ある程度の文明を築いてる世界』だ。とんでもなくブっ飛んだ世界じゃねぇか!


 そうして価値観や常識が大きく異なる環境に大いに戸惑い、前世の人格を引き継いだが為に凡そ年相応に振る舞えない事で軽く躓き、家族を大いに心配させ、それでも家族から大いに愛されつつ、俺――アカツキ・マガラは竜宮アキトとして、前世では味わえなかった未知なる日常や平穏を楽しみつつ今日に至る。


 ====================


「おいっ、無視すんな! せめてこっち見ろ! いい加減泣くぞ!」


 空を仰ぎながら随分と長めの回想に浸っていたアキトだったが、今にも本気で泣きそうな懇願にも近しい恫喝に意識を現実に引き戻した。


 そして自分を取り囲む五人組を見渡し……再び視線を空へと向ける。


 梅雨時期に珍しく夏晴れの空、入道雲が雄々しく空が吸い込まれそうに青い。……嗚呼、良い天気だなぁ。


「だから‼ 視線を逸らすのだけは止めてくれ、頼むから‼」


 あまりに必死な呼び掛けに渋々視線を戻すアキト。すぐに盛大に顔をしかめる。だって目前の五人の様相が酷過ぎるんだもん。それこそ思わず現実逃避して自身の生い立ちを回想してしまう程に酷かった。


 五人全員が揃って上下ジャージ姿、それだけなら問題無いのだが……各々のジャージの色に多分に問題があった。


 それぞれが赤、青、緑、黄、桃色のジャージを着ていたのだ。「何それ狙ったの?」と言わんばかりの構成にアキトは思わず呟いた。


「体育戦隊ジャーレンジャー?」

「「「「「言うなぁああああああああっ‼」」」」」


 エセ戦隊ヒーロー扱いされて、綺麗にハモって五人が盛大に異議を絶叫した。


 彼らの言い分として決して狙った訳ではない。予め変装しておこうとだけ打ち合わせ、いざ集合した時にこうなったのだ。全員が『マジで!』と戦慄し、一人がよりによって桃色ジャージだったことに他の四人が『何で!?』とツッコんだのは言うまでも無い。


 しかも何故か顔を隠す覆面だけは全員が黒で統一されている始末に、アキトは手を額に当てて嘆息する。せめて覆面も合わせて来いよと膝詰めで説教したかった。


 場所は人気の無い神社の境内、アキトは今すぐにでも退散したかったが、そもそも帰宅途中に尾行されている事に気付いてこの場に誘い込んだのはアキトだ。相手方の目的を問い質す必要があったので、腹の底から嫌々しながら問い詰めた。


「それで……空手部の先輩方が一体俺に何の用ですか?」

「「「「「…………っ‼」」」」」


 絶句する五人。それもそうだろう。狙っていないとはいえ、こんな恥ずかしい変装までして正体を隠したというのにアッサリ見抜かれてしまったのだから。実際、驚きよりも羞恥の方が大きく、アキトもその辺りを察してはいるが気遣う気は更々無いので容赦しない。存外鬼畜である。なので追撃も御愛敬だ。


「大体の事情は察してますけどね……大方、剛田から俺を叩きのめせとでも言われて来たんでしょ」


 ジャーレンジャーは誰一人答えない。見れば羞恥の色が濃くなっているのが手に取るように分かった。ただし今度は出で立ちではなく、自分達の事情を見透かされた事への羞恥だった。


 アキトは”先輩方” と言った。そして剛田はアキトと同級の二年生だ。つまり目の前の五人は空手部の三年生であり……なのに後輩に命じられて、こんな変態的な格好で犯罪紛いの行為に興じている訳なのだ。


 客観的に見れば異様な事態である。剛田は確かに空手部トップクラスの実力者だが、そこまで圧倒的ではないというのが正直な評価で、間違っても先輩五人をパシらせる程の男ではない。普通に考えれば、シメられるのは剛田の筈だ。


 要はそんな非常識がまかり通る背景が出来上がっていて……当然アキトもその辺りを把握しており、ジャーレンジャー五人が凶行に走った事情も察している。……察して余りあるのだが――。


「……忠告しますよ。仮に俺を害した所で、あんたらに都合良い結果にはなりません」


 敢えて、無駄であると、徒労に終わる事を突き付けるアキト。容赦はしない、同情もしない、気を遣ってやる義理など無い。如何なる理由があろうと、自分に敵対した時点で手心を加えてやるつもりはアキトには毛頭無かった。


 それを感じ取ってか、もしくはただ、後輩に軽んじられている事に対する怒りか……目の前から羞恥が薄まり怒気が広がっていく。ジャージレッド(アキト命名)が口を開いた。


「……何でお前にそんな事が分かる? こっちの事情も知らないお前に、何でそんな事が言えんだよ」


 とっくに事実関係を指摘されているのにそんな事を言う。お世辞にも頭の回転が良いとは言い難い。「だから都合よく使われてんだよ」とアキトは内心呆れた。


「あのですねぇ、こんな事して……まさか何事も無く”めでたしめでたし”になると思ってます? 絶対に問題になるに決まってるでしょ。そしてその場合、誰が責任取らされると考えてんですか? 確実にあんたらですよ」

「問題になんかならねぇよ。そんな事させねぇ程――」

「『俺を痛めつけて黙らせる』ですか? 無駄ですよ、俺は絶対に泣き寝入りしません。何をされようと、今日の出来事を無かった事にはしませんから」

「ちっ! てめぇ、もやしっ子のくせに生意気――」

「剛田から俺の事を何て聞かされてるか知りませんけど、俺はやると言ったらやります。どうしても戦る気なら、犯罪者になる覚悟を決めてください」


 アキトなりの親切とも言える警告に聞く耳持たないブルーとイエロー、それらをぶった切って最後通告を放つアキト。因みにアキトとて被害者に徹するつもりは無い。いざとなれば逆に五人共黙らせる程に痛めつけるのは容易い。


 成長するに従って、アキトの肉体には変化が訪れていた。魔力を扱う事ができるようになったのだ。


 この【地球】で魔力が乏しいとは言え、アキトの魂は【スフィア】に於いて人間とは比較にならない量の魔力を保有する竜族のそれである。当然、転生当初から相応に魔力を有しており、幼少期は兎も角、第二次性徴を迎える頃には肉体に影響を与える程度に魔力が増大していた。


 そして想定通り、魔力少なめでも高性能な地球人の体は魔力を得ることで更にハイスペックと化した。今のアキト……実は本気を出せばオリンピック全種目で金メダルを余裕で獲得できる身体能力を誇る。


 それ所か、最近は剛田に人知れず制裁を加えた時のように、肉体を一部分なら竜化させられる事が可能な程度に前世の力が回復している。故に普段は荒事を起こさないよう自重しているが、もしもの時はそれを躊躇う気は無かった。


 アキトの最後通告に対してどうすべきか決めかねているジャーレンジャー。アキトが想定していた人格でなかった事もあるが、”犯罪者”というフレーズに全員が及び腰なのがよく分かる。


 当のアキトはこの程度の説得で済むとは最初から考えていなかったが、かと言って五人の様子から実力行使の必要性も薄れてきた事もあって、別の手札を切る事にした。


「一応確認したいんですが、もしもの時は”誰か”に助けて貰える確約でも頂いてます?」


 その発言に五人全員が今度こそ純粋な驚愕で反応を示した。「何でそこまで知っている!」と言いたいのが覆面越しでもよく分かる。


 賢司程ではないがアキトとて情報には通じている。ましてや剛田の事は現状実害が無いだけで、後の事を思うならそろそろ本気で対処しなければと考えていた。なので関連する情報は収集するよう心掛けている。


「それが誰であるかは……概ね存じていますが、果たしてその人は信頼できる方ですか? 俺ではなく、あんたらが自分を預けられる程に信じられる人なんですか?」


 その問い掛けに一瞬思案した五人は、すぐに沈黙した。緊張感が弛緩すると共に敵意も薄れていくのが分かる。自分達をけしかけた相手を思い浮かべて……そして悟ったのだ。


 ――信用できる訳がない……。


 ネタを明かすと、ジャーレンジャー達を煽ったのは空手部の顧問だったりする。露骨に剛田を贔屓する敬う要素が皆無なハゲオヤジとは華蓮の言だ。


 余談だがハゲてはいない。ただそう言わずにいられない程にいけ好かないからと剣姫様は仰った。


 剛田贔屓なのは剛田父からの回し者だからだ。息子が校内――更に言えば空手部内で不自由しないようにと(バカ)親心を利かせて送り込んだ人材で、これまた剛田の唯我独尊わがままを助長する大きな要因となっている。


 アキトが掴んでいる情報によると、三年生の主力選手が剛田と折り合いが悪い所為で顧問から冷遇されているらしく、おそらく五人の内誰か――若しくは何人かが当事者であろうとアキトは当たりを付けていた。


 高校最後の大会が近いこの時期、『試合に出たければ言う通りにしろ』とでも剛田無いし顧問から脅迫されているのだろう、と推測するアキト。


 信用できない後ろ盾と、それでも縋り付かずにいられない気持ちの狭間で逡巡する五人を見て……アキトは頃合いと判断して最後の手札を切った。


「……この中に、岩本いわもと勇気ゆうきさんは居ますか? 若しくは知人の方でも良いですけど」

「っな、……え、おれ?」


 反応したのはレッドだ。どうやら本人らしく、他の四人もレッド――岩本に視線を向けている。岩本の存在から推測を確信に変えたアキトは、


「残念ですが……あんたの名前はとっくに選手名簿から消えてます。それ所か空手部からも籍を外されちゃってますよ」


 躊躇う事無く残酷な真実をレッド岩本に放り投げた。長いようで実は一瞬、場を静寂が包む。硬直する中で真っ先に声を上げたのはグリーンだ。


「……ってめぇ、適当な事言ってんじゃねぇよ! 何の証拠があって――」

「納得できないでしょうが、事実です。どうしてもと言うなら、後日に書類のコピーを用意できますよ」


 今は手元にありませんが、と言うアキトに押し黙るグリーン。顧問の言葉もそうだが、この後輩の言葉も信用できない。しかし堂々とした物言いにそれを嘘だと突っ撥ねる事もできない。


「多分、捨て駒にされたんでしょうね。剛田はああ見えてそれなりに頭も回ります。気に入らない俺を排除したいと思っても、その後の後始末が面倒だなと考えるくらいに」


 一度はボコボコにして、その後に事ある毎に脅しつけても全く折れないアキトに業を煮やした剛田は、在るかどうかも疑わしい情を捨てて実力行使に出る事を決めた。ただし、事を成した後にアキトが黙っていると思う程に楽観的ではなく、ならば濡れ衣を着せる生贄が必要と思い至った結果が今回の顛末だ。


「まぁ、あんたらを使う事と、あんたらの処遇に関しては顧問の入れ知恵だと思いますけど。俺が泣き寝入りしない時の為――いや、泣き寝入りしないことを前提に、空手部敷いては自身の保身のためにあんたらを空手部から切り離しておく必要があったんですよ。つまり、最初から切るつもりだったって事です」


 正確にはもう切られていた。五人が指示通りに動いた場合に、空手部は無関係と言い張る為に。五人が勝手にやったと、その辻褄を合わせる為に。


 だから何をしたって無意味なのだと……とは口にしなかったが、最早言われるまでも無く現実を思い知ったジャーレンジャー達――特にレッドが膝をついて項垂れてしまう。


「……は、ははっ……何だよ。お情けとか言いながら、最初から切り捨てる気だったってか。こんな事させておいて、そりゃねぇだろ……」

「往々にして、他人の弱みに付け込む奴がやる事なんてこんなもんですよ。厳しく言わせてもらうなら、そもそも乗る方もどうかしてる」

「……っ! お前、他人事だと思って――」

「止めろ新谷。……いいんだ、もういいよ」

「岩本……」


 アキトの物言いに激昂しかけるグリーンこと新谷をレッドこと岩本が制する。とっくに現状を受け入れた岩本は覆面を外した。坊主頭でやや老け顔でほうれい線が見える顔をアキトに向ける。既に光が宿っていない視線を上げて、そのまま土下座に移行した。


「すまなかった竜宮。本当に……どうかしてた。こんな事したって……良い事なんてある筈無いって分かり切ってたのに、本当にすまない。……ただ、虫が良過ぎるって自覚してるけど、こいつらだけは見逃してやってくれ。皆、おれを助けようとしてくれただけなんだ。全部、おれが責任取るから、こいつらだけは――」


 岩本の嘆願に他のメンバーが騒ぐ。全員が覆面を外して素顔を晒し、岩本に詰め寄る者も居ればアキトに岩本への温情を訴えるなど中々に騒々しい状況だ。ただし、そこに在る温もりを感じずにいれる程、アキトは薄情ではない。


 歩を進めるアキトは未だに頭を地面に擦り付けたままの岩本の前に来ると、片膝をついて両肩に手を置く。ゆっくりと顔を上げる岩本。虚無に沈んだ瞳を見つめ、アキトはニッコリと微笑んだ。その反応に暖かなものを他の四人は期待し……、


「顔を上げてください、レッド岩本さん」

「「「「「……ぅおい」」」」」


 響いた第一声に盛大にズッコケた。対応は優しいが、言動がふざけ過ぎだった。レッド岩本て。


 発言だけ期待を裏切る元黒竜。いや、ある意味期待を裏切らずネタに走る彼は賞賛に値するだろう。先程まで粛々としていたレッド岩本は打って変わって胡乱とした表情になる。


「誰が別荘の物件紹介する芸人だ、いい加減普通に呼べや」

「ならレッドと」

「普通に岩本先輩で良いだろうが!? って言うか今更だけど戦隊から離れろ! 狙ってねぇんだよ、こっちも驚いてんだよ、望まぬ奇跡に慄いたんだよ‼ っつかピンクとか有り得ねぇんだよ‼」

「うっせぇ! ジャージがこれしかなかったんだよ!」


 謝罪時とは違う心情で光源が消えた瞳でレッド岩本がツッコんだ。流れ弾に被弾したジャージピンクが吼えた。他の三人は目が死んだ。


「落ち着いてください先輩方。まぁ戦隊ネタが狙いかどうか、果たしてピンクジャージは有り得るかどうかは置いておいて――」

「置いておかないで大事だから」

「…………ピンクの何が悪いんだよ」

「取り敢えず、俺に実害は無かったんで、今回の事で皆さんを罰する気は俺にはありません。となると、問題になるのは剛田と顧問ハゲの貴方達への対応ですね」


 良くも悪くも賑やかだった雰囲気が再び沈む。そうなのだ、仮に剛田達からの指令を成功させても望んだものは手に入らないが、指令を全うできなかったとなれば殊更に屈辱的な扱いを受けるだろう事は誰の目にも明らかだ。


 先輩五人もそれを察してか「畜生、剛田の奴……」とか「あのハゲ、死ねばいいのに」と怨嗟を呟いている。重ねて言うが、顧問はハゲていない。気に入らない大人をハゲと言うのは青少年の共通仕様というだけである。


「慰めても意味が無いのではっきり言いますが、相当酷い仕打ちを受けるでしょうね。さっきも言いましたが既に退部扱いですし、もしかしたら適当な退部理由を捏造するのに剛田がやらかした事の幾つかを肩代わりさせられる可能性もあります。そうなると……退学も有り得ますね」

「「「「「……………………」」」」」

「ただし、俺の提案に乗ってくれれば……最悪の事態は避けられるかもしれません」

「「「「「マジか!」」」」」

「断っておきますが、これがあんたらの救いになるかは保証できません。おそらく空手部自体にも何らかの余波が及ぶでしょうし、皆さんの置かれた状況が劇的に改善するとも限りません。……何より、提案に乗った場合、あなた方には今一度屈辱に塗れてもらわねばなりません」


 現実を突き付けて落とし、そこから蜘蛛の糸を垂らすように可能性を提示し、しかし得られる結果は必ずしも最良とは言えず、しかもその為には相応の覚悟が必要と説くアキト。


 ジャーレンジャー達は「うぐっ」と唸らずには居られない。それは悪党な顧問のように弱みに付け込んだ甘言ではなく、真に自分達が試されていると理解できたから。今までこれ程の決断を迫られた経験が無い彼らでは即決できなくとも無理はない。そんな彼らから視線を逸らさず、アキトは続けて言葉を紡ぐ。


 ――それでも、


「皆さんが覚悟を決めてくれるなら、剛田と顧問に手痛いしっぺ返しお見舞いしてやる事を保証しましょう」


 その発言に、五人の顔から驚く程アッサリ迷いが消えた。先程までの「ぐぬうっ」な雰囲気が嘘のよう。全員、剛田らを痛い目に遭わせるなら他は些事だと見事な即決を披露した。


「うっしゃああああっ! やってやんぜ!」

「剛田め、目にもの見せてやる!」

「あのハゲ……社会的に抹殺してやるからな!」

「ガンホー! ガンホー!」

「……全員、ちょっと冷静になろうか」


 今までの鬱憤を爆発させる五人。唯一人ピンクだけが辛うじて理性を保っているが、他四人を中和できる程ではなく遠い目をしている。


 感情に起爆剤を投げ込んだ当事者であるアキトもその惨状に少々引いている。どうやら想像以上に先輩方は追い込まれていたようだ。ここまで恨まれている剛田と顧問をある意味賞賛できそうである。


 ――まぁ、取り敢えず、


 最後の手札が揃ったことにアキトは内心ほくそ笑む。


 そろそろ本気で剛田を排除しようと考えていたアキトだが、その為に剛田の後ろ盾を何とかしたいと策を練っていた。最も堅実な手段として空手部関係者とコンタクトを取りたいと思っていたので、今回の出来事は正に渡りに船と言った次第。


 結果として、顧問同様ジャーレンジャー達を利用する立場となるアキトであるが、そこは五人にも確実に旨味がある話なので持ちつ持たれつウィンウィンとした所、よって罪悪感は皆無です。


 未だに狂気的なテンションを滾らせている体育戦隊を尻目に、アキトは最後の仕上げの為にスマホを取り出し発信オン。


「あぁもしもし、俺俺。……いや詐欺じゃねぇよ。まぁ詐欺まがいの事はする気満々だけどよ。……お前の協力がいるんだ」


 その後ろ姿を、あくまで当社比で一番理性的なピンクが見て……幻視した光景に肌が粟立った。


 ピンクの目にはアキトの背中と臀部から翼と尻尾が生えているように見えたのだ。竜のものではない、悪魔的なものだった。と言うか何か禍々しいオーラが立ち上っているような、スマホに向かって話す口元が三日月形に裂けてるような、確実に言える事は見てはいけないモノを見たという事。


 ピンクは高速で視界からアキトを追いやり、「まぁ痛い目に遭うのは剛田達だし」と無理矢理自分を納得させた。


 彼の胸中に怨敵である剛田と顧問を憐れむ気持ちがほんの僅かでも芽生えていたのはここだけの話。


 世の中には触れてはいけないモノが在るのだと初めて知った高三の夏の日だった。

 プロローグ、今度こそ次話で終わらせます。


 早く異世界編に突入したい。


 黒竜さんの平穏な日常にもうしばしお付き合いください。


 初評価をいただきました! 評価してくださった方、ありがとうございます!


 読者がいてくれることが励みになる実感を噛み締めております。

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