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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
26/62

黒き竜人

 ついに敵が正体を現す。


 いい加減に教皇と天使を混同しそうで面倒です。


 なのでようやくですが、天使が登場します。


 そしてアキトも全てを解放します!

 その場に居る皆がどれだけそうやって……静寂に身を委ねていただろうか。


 ある者は思いもよらぬ現実に敗北し、打ちひしがれ。


 またある者は一切の優越を抱かずに、その敗北者をただ見下ろし。


 そしてある者は感情を全く滲ませずに、そんな両者を只々静観していた。


 永遠にも思えて……それでいて実際はほんの一時でしかない沈黙の中、それらを破ったのは敗北者の慟哭だった。


「……何で…………どうして……」


 剛田だ。機能を完全に停止し決して動かせないオブジェと化した【聖鎧】で身動きが取れない身で、精一杯の足掻きか体を震わせつつ、それが伝搬した故の震える声で感情を絞り出す。


 吐き出された感情は最初こそ蕾のように細やかだったが、吐き出されると一呼吸の間も置かずに激情となって花開いた。


「何で勝てねぇっ!? 竜宮にも……だからここまでやって……いや、俺は敗けてねぇ……よりによって……。なのに、テメェらみてぇな雑魚にまで! 【地球】でなら敗けてねぇ……ここ(スフィア)に居る方が強い筈……! 何で……【地球】より好きに生きれて、テメェらにここまで……おかしいだろ! オレは!?」


 余りに暴発が過ぎる所為か殆ど言葉になっていない。ただ、それだけで剛田が何を望んでここまで来たのかは十分に伝わった。誰も同情はしない、それがどれだけ手前勝手な望みであるかを理解できたから。


 掛ける言葉が見つからない……否、言葉を掛ける価値があるかすら定かでない見苦しさを晒す剛田に、その眼差しに負けず劣らず絶対零度な言葉を投げつける者が一人。


「無様ですね……」


 アレハンドロの言葉に剛田の喚きが止まる。いつもなら刹那のタイミングで噛み付き返すケダモノが、何も言わずに聞きに甘んじる光景はある意味異様だった。


「邪魔な輩を始末するか、貴方が死んでくれるかのどちらかなら都合が良かったのですが、まさか生け捕られてしまうとは……見込み違いにも程があります」


 しかし、アレハンドロから溢れ出る極低温を錯覚させる濃密な魔力に晒されれば、それはある種の必然とも言えた。


 現に剛田だけでなく、この場に居る全員が己の意志とは無関係に身体を硬直させていた。


 ただ一人を除いて……。


 皆が金縛り同然の窮地にある中、その者はアレハンドロに拮抗するように魔力を空間に充満させた。その者――アキトの魔力が害意を押し退けると、さっきまで極地に放逐されたように強張っていた全員が安堵に包まれた。


「……本当に、貴方は此の身の邪魔をするのがお好きですね……アカツキ・マガラ。相変わらずの陰険さを称賛して差し上げましょう」

「お褒めに預かり光栄だね……陰険天使。その為に俺はここに居るんだよ」


 褒めたのではなく誠心誠意の嫌味を全力の皮肉で以てアキトは応えた。更にアレハンドロはそれに言葉でなく行動で応える。右手を上げると傍に控えていた聖騎士五人が瞬時に行動を開始した。


 三人がアキトの元へ、残りの二人が賢司達と剛田へ向けて放たれる。狙いはおそらく殺傷だろう。しかしそれは直後にまたもや妨害される。


 アキトに迫った三人の聖騎士達はアキトの間合いに入ったタイミングで全員がアキトに制圧された。まるで霞んで見えるような瞬速の体捌きで肉薄すると、鎧の隙間に神速の貫手を放つ。


 肋骨の隙間を通して肺を強打された三者は呼吸困難により蹲った。そのまま更に、やるなら徹底的主義なアキトは手刀を三連打……聖騎士達の空いた首筋を一閃し、その意識を完全に刈り取った。少々加減が曖昧だったので後遺症が残るかもだが、死んでなければ良しとしよう。


 さて、残った二人の聖騎士だったが、こちらは賢司が放った薄紫色に発光する矢に射抜かれると、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。それを見て賢司がボソッと漏らした。


「……洗脳されてたのか。教皇……様? 貴方も闇属性の付与を使えるようで」


 アレハンドロの姿をした天使は何も答えない。代わりと言っては何だが、ミントが「どういう~事ぉ?」と賢司に説明を促した。


「今、僕は相手の闇属性の付与を解除したんだ。多分、聖騎士達は精神――魂魄を付与魔法で縛られてたんだと思う。彼らが変に機械的だからもしかしてと考えてたけど……ミントさん、教会ではこういう布教活動が主流なのかな?」

「そんなぁ~事ぉ~有り得ないわぁ~。そもそもぉ~、付与魔法のぉ~こんな使い方自体~わたしぃ~はぁ~知らないしぃ~」


 違うと分かってはいたが、心情的にそう言わずに居られない賢司の多分に皮肉成分多めな追及に、妙に間延びする口調は変わらずもミントは慌てて弁明をした。


 そんなやり取りをしつつも、賢司は付与解除――”解魂”を重ねて三発放ち、アキトが無力化した聖騎士達にも解除を行う。その光景を見つつ、やれやれと言った感じでアレハンドロ(仮)が補足を行なった。


「これは此の身達が行使できる秘術なので、アーリア神教などと仮初の信仰を掲げる邪教徒風情に扱えるものではありません」

「……アーリア神教を邪教と蔑む物言い……貴方はまさか”アーリア聖教”――”ヴァシュロン聖法国”の者ですか!?」


 その発言に過剰とも言える反応を示したのはセレナだった。ミントも言葉にはしなかったが、衝撃を露わにしている。そんな反応を心底どうでも良いという風にアレハンドロは言を紡ぐ。


「答える必要はありません……と言うより知る意味がありませんよ。貴方達はここで全員息絶える事が既に決定しているのですから。特に、此の身の主君を侮蔑した藤林華蓮、神の御業を無粋にも模倣した城島賢司、そして言うまでも無く……性懲りも無く再び此の身の前に立ったアカツキ・マガラは、その身から魂魄に至るまで残らず滅ぼして差し上げましょう」


 どうやらアキトは勿論の事、賢司と華蓮も天使様の怒りを買ってしまったらしい。ただ華蓮の所業について途中参加のアキト達は存じていないので、思わず何してんだとジト目を剣姫様に向けた。当の華蓮は「ついよ、つい」とどこか言い訳じみた反応を返してそっぽを向いてしまった。


 後に、天使様の宣告にはしっかりと元黒竜が返答をブン投げる。


「上等上等。それで、具体的に何してくれるんだ? 何があったか弱体天使様? 見たとこ確かにそれなりな魔力を有していらっしゃるようだが、まさかその程度で俺達全員をどうこうできるとでも? 頼みのケダモノ従者と聖騎士は無力化しちまってるし、実は詰んでんじゃないかい?」


 殆ど挑発であった。さり気にアキト以外の面子も戦力として担ぎ上げているが、正直な所アキト以外の面子は参戦するのは御免被りたいのが本音である。先程のプレッシャーを思い出すと、とてもじゃないが相手できそうになかった。


 当然、アキトも皆にこれ以上危険を冒して欲しいとは考えていない。ここから先は自分が対処しなければという事も分かっている。ただ、いい加減に状況が間延びしている事にイラついてきたので、天使側に奥の手があるならとっとと晒け出して欲しいと思った故のポーズである。


 それを察したのか――絶対有り得ないと分かっているが――アレハンドロは軽く溜息を吐くと掌をかざした……這いつくばる剛田に向けて。


「う…………ぎ、がぁあああアアアアアアアアアア‼」


 流石に何事かと全員がギョッとした。皆の視線は剛田へと集中する。見ればそこには結構な衝撃映像が展開されていた。


 動けない筈の剛田は何故か宙に浮かされ……最も適切な表現をするなら、何も無い空中に磔にされた状態で苦痛に苛まれていたのだ。


 痛い筈……所ではないだろう。何故なら剛田の体はまるで内側から泡立つようにボコボコと膨れ上がり、その形状を変態させていたのだから。


 その余りの光景に愛奈は悲鳴を上げて目を逸らし、美矢はそんな愛奈を抱き寄せ視線を遮りながら自身も視線を外す。華蓮は目を逸らしはしなかったが、両手で口元を覆い顔色を盛大に青褪めさせた。


 守は途中まで視線を逸らさない……と言うより硬直して視線を逸らしたくとも逸らせない状態でいたが、とうとう堪え切れず吐き気を催すように蹲る。賢司は本音では見たくないのだが、状況把握の為に自身を鼓舞しながら推移を見届けていた。


 それはセレナとミントも同様のようで、唯一アキトだけがそれに対し平静を保って剛田と併せてアレハンドロにも意識を巡らせる。


「できれば魂魄を消去してからが好ましいのですが……やむを得ませんね」


 そんな呟きを聞き逃さなかったのもそのお陰かもしれない。言った直後にアレハンドロの全身から白銀色の魔力が迸ったかと思えば、その魔力が収束し球状の浮遊体と成った。


 ――霊体!?


 過去に見た……と言うより自ら体感したそれに内心アキトは驚愕する。固まった時間は瞬きにも及ばないものではあったが、十分に致命的と言える猶予を相手に与えてしまった。アキトは敵の霊体を捕縛しようと手を伸ばすも、敵霊体は余裕を持って飛翔し剛田に憑依した。


「アガグ$&ギごばフ##ベろワ?ワボ@ぼべガツふ――」


 最早放送禁止レベルを優に超過している有様の剛田は解読不能の奇声を発していたが、霊体を取り込むとその変異も加速したように激しくなった。一方の霊体の抜け殻――アレハンドロはと言うと先程の聖騎士のように糸の切れた操り人形の如く崩れ落ちる。


 そして遂に原型を失いかけた剛田の肉体は目を開けていられない白銀光を放ち、発光が収まるとそこには……見違える程の美を体現した存在が在った。


「…………天使……?」


 そう呟いたのは誰だったのか……そう、目の前に居るのは間違い無く天使だった。


 背中から一対の銀翼を羽ばたかせ、煌めく銀色の髪を腰まで伸ばし、その肌は色素が乏しいのか極端に生気が感じられない程に白かった。瞳は眩い金色だったが、こちらも不思議と光を灯さないように無機質な印象を与えてくる。生物としての脈動を一切感じさせない造形された美を宿すもの……眼前の天使はそんな存在として目に焼き付いた。


 そして何がどうなったのか、剛田だった頃に身に纏っていた【聖鎧】はその大きさを変化させていた。剛田のように膨れ上がった筋肉の塊ではなく、一見華奢に見える細い躯体に隙間無く装着され、色も金の装飾を施した白金色でなく白銀一色に染められている。


 翼と髪と鎧を白銀だけに統一したその姿は神々しくあるも、纏う雰囲気は余りに命からかけ離れていた為に、その場にいる全員が感嘆の溜息を吐くと共に強い畏怖を胸に宿していた。


「ふむ……思った通り、ほぼ聖戦時と同等の力を再現できているようですね。しかし……やはり器の中に不純物があると不快さが消えてくれませんね。まぁ……それも時間の問題ですが」


 響く声色は中性的で、顔つきと相まって男か女かの判別は困難だ。ただ響く声は心地良く澄んでいる反面、聞く者の心臓を鷲掴みにする冷たさがあり胸の内から熱を奪われそうだ。


 誰もが時間を静止させる中、まず動いたのは……ミントだった。動かなくなったアレハンドロに駆け寄るとその体を抱き起す。


「小父様ぁ~! ……アル小父様ぁ~‼ 何がぁ~どうしてぇ~……目を~開けて下さい~っ‼」


 独特の口調でも悲壮感がありありと分かるよう叫びながら、ミントは治癒魔法を行使する。しかしアレハンドロの体に二度と生気が戻る事は無かった。続けて駆け寄ったセレナがミントの肩に手を置く……その表情は普段では考えられない程に痛々しい。


 その光景を白銀の天使は心底呆れたように見下ろしていた。そのような感情を持ち合わせてはいないだろうが、まるで無駄な努力と嘲笑うかのように。


「愚かな……既にその器は魂魄の宿らぬ抜け殻だと言うのに。人の子とはどうしてこうも無駄な足掻きを好むのか、此の身には理解できません」


 暫しの間を置いて、ミントは涙に濡れた瞳で天使を睨みつけた。普段から微笑みを絶やさない彼女が見せた事も無い憤怒の形相だった。


「この人にぃ~、何を~したのぉ~?」

「此の身の器となって貰っただけですよ。今のように力を発現するには役者不足だったのですが、人の世に意識を降ろすには十分且つうってつけの身分だったのでそれなりに重宝していました。それもそろそろ限界――人の子風情の貴女に気配を読まれる程度に劣化し始めていたので、捨てるには良き機会だったと思います」


 その発言に涙と共に激しい怒気を瞳に宿すミント。感情を言葉にできない彼女に代わり、追及を行ったのは同じくらいに激情を迸らせたセレナだった。


「……器ですって? よくもそんな……。教皇様は……アレハンドロ殿の魂はどうなったのですか!?」

「そんなものは此の身が宿った数日の内に消滅してしまいましたよ。しぶとくも醜く足掻いていましたが。……全く、仮にも聖職者が女神の眷属を宿す栄誉を与えられたというのに、とんだ生臭だったと今でも思い出して吐き気がします」


 物理的にキレる音が再び響いた。激情と言うも生温い猛りを弾けさせたのは当然どこぞのケダモノではなく、朱に染まった神官服を纏いし女人――ミントだ。


 感情を言葉にできない故に歪ませた表情で、ノマムお手製の魔導具を以て発動させた全力の”蒼剣”が白銀の天使に迫った。しかしそれらは天使の届く事はない……天使の腕の一振りのみで氷刃の全てが粉砕された。


 お得意の【聖鎧】による結界が発動するまでもない。魔力を纏った腕の一振りによってミント渾身の攻めは無力化され、更に発生した魔力の余波でミントの身体は弾き飛ばされる。


「ミントっ‼」


 強化魔法を使えない生身のミントがこのまま壁面に叩き付けられればそれだけで致命傷である、それを防ぐ為にセレナが素早くミントを受け止めるも、勢いは殺し切れずそのまま一緒に壁に突っ込んでしまった。


 耳をつんざく轟音、舞う土煙がその衝撃を物語り、愛奈達から悲鳴が上がる。


「ミントさんっ!?」

「愛奈!? 待ちぃっ!」


 急いで駆け寄る愛奈に、咄嗟に呼び止めようとする美矢だが間に合わず、結局共に駆け寄る事となる。華蓮、賢司と守もそれに続いた。


 駆けつけ、土煙が収まった場所には壁の残骸に埋もれるセレナとミントの姿が……セレナが肉体強化を施した上で緩衝材の役割を果たしたので、重傷を負った様子ではないがダメージは軽くない。その証拠に二人共、呻きつつ身動きが取れない状態だ。


 すぐに愛奈が治癒魔法を施すも、治療を待つ気は皆無である天使は追撃の魔力を誇示した。そして最後通告を省略し、問答無用で雷を轟かせる。


「……っ!? 守! 結界を――」

「いや分かってるけど……これはちょっと!」

「くっ……‼」


 事の重大を余す事無く把握する賢司が守に防御を指示するも、相手の魔力の規模から防ぎ切れない未来を容易に予見していた。勿論、術者である守も勘付いており殆どヤケクソで”絶風陣”を発動。華蓮は力及ばない現実に歯噛みする。


 そして訪れる不条理。


 蹂躙するかのように神鳴る神雷が皆を呑み込んだ。局所的にとても人が生きていられる筈の無い空間が生まれ、そこに存在する命を喰らい尽くす勢いで侵食する。


 傍目には全員滅殺な状況だが、天使は人外な精密作業を以て特定の人物には危害を加えていなかった。具体的には愛奈と美矢と守である。


 愛奈は天使にとって剛田と並ぶ器として選定されており、美矢と守はアレハンドロ同様、何かしらの使い道として保留されていた。よってこの雷は先刻の発言通り、天使の機嫌を損ねた賢司と華蓮、そして生かす必要の無いミントとセレナを消し炭も残さずに滅する為に放たれていた。


 しかし結果は予定とはかけ離れた現実を天使に見せつける。


「…………? これは――」


 雷鳴が収まった場には一人分の亡骸も横たわっていなかった。苦し紛れに守が展開した結界は即座に破壊されていたにも関わらず、誰一人としてかすり傷も負っていない。


 何故か?


 その答えは皆と天使の間に割って入ったアキトの存在だった。


 両腕を竜化させ、それに雷の余韻を纏わせたアキトの姿から何があったかは明らかだ。アキトは天使の雷を全て払い除けてみせたのだ。全方位を守護する結界すら容易に貫く脅威に対し、その腕のみで立ち向かい守るべき者達を守り切ったのだ。


 その姿を初めて見る愛奈、華蓮とミントは思わず口を噤む。既に見ている賢司、美矢と守、そしてセレナも改めて見るアキトの異形に言葉を失っていた。しかし、アキトの変異はそれだけではない。


 伏せた顔を上げれば、その瞳は真紅に染まり瞳孔は縦に裂けている……前世の竜のものだ。


「…………アキ?」


 掛けるべき言葉に迷い、それでも何か言わずには居られない愛菜が名を呼ぶ。


 その声に応え、確実に人間とは違う姿と自覚しながら、アキトは躊躇い無く振り返りその面持ちを仲間達に晒した。


 ……全員がビクッと僅かに体を震わせ、怖れと戸惑いを混じらせた表情を浮かべる。


 無理もない……なので何の感情も滲ませずに向き直ると、アキトはそのまま天使にその眼差しを向け忌々し気に吐き捨てた。


「……変わらねぇ…………変わらねぇなぁ、その相手の都合も心情も一切合切無視して自分だけを押し付ける理不尽さはよぉ……」

「貴方も全く変わりませんね。その黒く穢れた竜鱗も、血の色を思わせる瞳も」


 見たくもないものを見せられたと言いたげに天使は口を開くと舌戦に興じた。


「それに下々を顧みない程度でそこまで言われる筋はありません。貴方達――竜族も他種族に対してお世辞にも友好的でなかったでしょう。それとも心境に変化でもありましたか? 察するに……貴方は異世界人に転生したようで、その下級種族に情でも湧きましたか?」

「……確かに、地球人に転生して考えが改まった部分もある。だが、それでも俺の本質は竜族のままだ。そしてお前の言う通り、竜族である俺にとって同胞以外の誰かなんて気遣う義理も無ければ、情を掛けてやる価値すらねぇよ。……けどな――」


 真紅の眼が伏せられる……が、それも一瞬の出来事。刹那の間を置き見開いた真紅の光に、存分に込めれるだけの闘志を込めてアキトは吼えた。


「間違っても竜族は一方的に他者の尊厳を踏み躙ったりしない! 敵対でもしない限り、俺達は命を慈しむ! 例え情と気遣いが無かろうと、自分と違う誰かの誇りを尊ぶ! 生ある者の尊厳を土足で侵す……テメェらと一緒にすんじゃねぇっ‼」


 その咆哮に大気が震えた。それは竜族としての矜持――生まれ変わろうと決して変わらぬ、魂に刻まれた不変の誇りだった。


 更に「何より」と前置き言い加えるのは、竜族であると同時にアキトにとって絶対的な信念。


「俺は仲間をに手を出す輩を絶対に許さん! 俺にとって皆は異世界で出会った同胞であり、守るべき友だ! ……よって、皆を殺そうとしたテメェには存分に落とし前を払って貰う‼」


 その宣言は……魂に伝搬した。転移組の誰もが先程抱いた怖れ、戸惑いを胸から霧散させる。特に愛菜は喜びで喝采し、同時に己の浅はかさを恥じた。


 何を怖れたのだろう? 何故に戸惑ったのだろう?


 いつだって彼は信頼に応えてくれるのに、彼以上に信じれる者などどこにも居ないのに。


「……アキ」


 再び名を呼ぶ。今度は迷いではなく万感の想いを込めて。


 呼ばれた側はその想いを余す事無く受け止め、振り返らずに思わず笑った。


 それを不快に感じたのか、分り辛い無機質な表情を浮かべる白銀の天使は敵意を増した言葉をぶつける。


「下らない……相変わらず馴れ合うのがお好きですね。二〇〇年前もそう言って全てを失った事を忘れたのですか?」

「忘れてねぇよ。だからその分も纏めて存分に落とし前を請求してやる」

「愚かな……無謀と蛮勇の意味を知らないようですね。最初は些か取り乱しましたが、竜族の力を有した所で今の貴方は聖戦時に比べて著しく弱体化している。その程度の力で此の身に勝てるとでも?」

「そう急かすなよ毒舌天使。幾ら何でもそれは浅慮が過ぎるってもんだ。……いつこれが俺の全力だと言った?」


 言い放った直後、アキトから漆黒の魔力が渦を巻いて湧き上がった。真紅の閃光が迸りながら立ち昇る黒き奔流は、圧倒的な存在圧を誇る天使すら押しやった。


 それでいて後方の守護対象達には毛程の余波すら及ぼしていない。禍々しくも安堵を与える光景が視界を埋める中、それは唐突に頭に響いた。


『……すまない』


 いきなりな謝罪に不意を打たれたのは転移組の面々だ。何事かと皆が戸惑う中で、賢司のみが事情を察した。


 それはアキトの”念話”だった。本来なら同じく”念話”を習得している賢司にだけ伝わる言の葉は、愛奈、美矢、華蓮と守の全員に行き届く。


『もっと早くこうすれば良かった。そうすればこんな事態に陥らずに済んだろうに……本当にすまない』


 それは心からの懺悔だった。今、アキトはタウロ砦にてスカーレットに問われた事を噛み締めていた。


 ――其方がその気になれば力づくで事を成せれたのでないか?


 全く以てその通りだ。最初から形振り構わず一欠片も自重しなければ、きっとこんな危ない目に皆を遭わせずに済んだのだ。それをしなかったのは殆どアキトの都合である。


 目立ちたくなかった、警戒されたくなかった、その方が都合が良い……馬鹿馬鹿しい、皆の命を天秤に掛けてまで気にする事ではない!


 最初から全て晒していれば、もしかしたら華蓮に不信を抱かせる事も無かったかもしれない。そうであったなら、愛奈が気を遣って攫われる事も無かっただろうとアキトは思った。


 愛奈達も、いい加減アキトが途轍もない秘め事を抱えていると気付いている。あれだけ天使と言い合ったのだ、力の一端も垣間見たのだ。だからこそ、アキトの謝罪がどれだけ重いかも十分に理解できた。


 誰もが何も言わなかった。ただ黙って聞き届けた。そしてアキトが約束を交わす。


『今から全て片付ける。そしたら全部話すから、何も隠したりしないから、だから――』


 今から目にするもの――きっと怖いだろう、戸惑うだろう、受け入れ難いだろうけど。


 ――せめて今だけ……ここで皆を守らせてくれ。


 自分が戦う理由で居て欲しいと、精一杯の想いを”念話”に込めた。


 そして真紅混じりの漆黒から解き放たれた場所に……”それ”は居た。現れた”それ”は人の形をした”異形”だった。


 全身が漆黒の鱗と堅牢な外殻に覆われた人ならざる人。先刻から天使に竜族と呼ばれていた故か、見る者にはそれがまるで竜のようだと思えた。


 黒き竜を人の大きさ、人の形に生まれ変わらせた竜の人――黒き竜人。


 見届けた皆が息を呑む。例え覚悟を決めていても、目に飛び込んで来た光景は余りに衝撃的だった。正直、目を背けてしまいたい衝動を否定できない。背けられないならいっそ拒否の言葉を紡いでしまいたい。だがそれはできない。目の前の存在は――友は全身全霊を以て自分達を守り、そして信じて全てをさらけ出してくれたのだ。


 しかしそれでも……どうしても感情を押さえられない者が、一人だけ居た。


『な……なんじゃ、こりゃああああああああああああああっ‼』

「「「「「…………え?」」」」」


 感情を暴発させたのは他でもない黒き竜人――よりにもよってアキト本人だった。


 自分自身の姿をまじまじと眺め、まるで某太陽にほえる若手刑事が殉職した時のような魂の叫びを上げる。


 それを聞いた愛奈が、美矢が、華蓮が、賢司が、守が――つまり転移組全員が同時に困惑の声を零し、そして同時に盛大にズッコケた。


「「「「「いや、お前が言うんかぁああああああああああい‼」」」」」


 最後に盛大に、見事なシンクロツッコミを炸裂させた。


 自分達が必死に受け止め堪え切ったというのに、よりによって本人が受け止めきれんて「何でやねん‼」と。少し前にそこに在った信頼とか想いとか覚悟とかが……盛大に霧散した瞬間だった。

 以前、13話辺りで『第一章の終わりが近い』と言った筈なのに、気付けば折り返しにもなっていない事実!


 自分の先読み技能の未熟さが情けない……しかし今度こそホントにクライマックスです。


 次回はちょっとコメディを引っ張りつつの戦闘回となる……予定。


 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

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