堕ちたケダモノ
「貴方はぁ~一体ぃ~、誰ですかぁ~? 教皇様をどうしたんですかぁ~?」
時は少し遡り、アキト達が外で魔獣の群れと相対している最中、聖地――教会内部の礼拝堂では華蓮、愛奈とミントが教皇アレハンドロと相対していた。
アレハンドロが従える聖騎士達を無力化した後、幾分かの問答を繰り返した末のミントからの問いが件のセリフである。
その言葉に誰より混乱しているのは他でもない華蓮と愛奈だった。目の前にいる人物は誰が見てもアーリア教会教皇アレハンドロ・アルブ・コーネリウスにしか見えない。そんな二人の内面を見越してか、アレハンドロは全く動じずに余裕の態度を以てミントと向かい合った。
「ミントよ……お前の発言の独創性は以前から群を抜いていたが、今回のこれはとびきりであるな。まさか幼少より共に在った吾輩を他人と見間違うなど……帝国で騎士団を預かるのは予想以上の激務だったようだ」
「そんな事ぉ~ありませんよぉ~。騎士団の子達はぁ~皆さん~良い子ですからぁ~、とても楽しくぅ~お仕事できてますぅ~」
嘲笑うかのように両手を広げた所作で発言するアレハンドロに、ミントは相変わらずな口調で応戦する。ただ、聞き慣れた者だけが分かるレベルでミントの声色には多分に冷たさが含まれていた。
余談だが……愛奈はそれに気付ける人で、華蓮はそれに気付けない人だった。
この期に及んで何て面倒な喋り方と困惑している華蓮にそっと愛奈が耳打ちすると、「マジで?」みたいな表情で更に困惑を深めている。
御使い二人の困惑を他所に、ミントとアレハンドロのやり取りは続く。
「ふん、では俗世と俗人に関わり過ぎたか? 神官時代は”光の乙女”と呼ばれたお前も所詮は――」
「いい加減~うるさいわよぉ~」
しかし、それは唐突に終わりを告げた……ミントがアレハンドロの言葉を遮るように放った”蒼剣”によって。
アレハンドロの右肩を狙って放たれた氷の剣は、教皇を赤く染める事は無く不可視の障壁によって阻まれる。それを見てミントは一切取り乱さず何か確信を得たようだった。寧ろ仰天したのは愛奈と華蓮の方だ。
舌戦を繰り広げていたと思った矢先の急な実力行使に、実は意外と過激派かと主に愛奈のミントへの評価が覆りそうである。
「人の質問を~いつまではぐらかすぅ~つもりなのぉ~? 貴方は誰ってぇ~聞いてるんだからぁ~グダグダ言わずにぃ~吐きなさい~。わたしぃ~気が短いのよぉ~」
「え? そうなの?」
「それは絶対嘘でしょ。どの口で……いえ、どの口調で言ってるの」
ミントの気が弛緩しそうな……それでいてどこか迫力を伴う恫喝に愛奈、華蓮の順でクエスチョンを掲げた。華蓮に至っては「その無駄に間延びする喋り方で気が短いとか詐欺よ」と堪らずツッコむ。
それらを無視し、アレハンドロは剣呑な空気を強めてミントを糾弾する。
「……ミントよ……この親不孝者め。育ての親に弓引く行為、最早捨て置けん。俗世に染まり信仰を失ったその魂……せめて吾輩が救済して――」
「だからぁ~しつこいってぇ~言ってるでしょう~」
そしてそれを更にぶった切ってミントは駄目押しとばかりに、自身の確信の根拠を突き付けた。口調とは裏腹な鋭い動作で人差し指をアレハンドロに突き付けて。
「貴方がぁ~さっき発動させた結界はぁ~”神器”によるものでしょ~。教皇様――アル小父様にぃ~”神器”を発動させるだけのぉ~魔力は無いのよぉ~。何よりぃ~今貴方からぁ~溢れ出る魔力はぁ~小父様とは似ても似つかない別物だわぁ~。もう一度聞くけどぉ~、貴方は誰なのぉ~? アル小父様をぉ~どこにやったのぉ~?」
矢継ぎ早(?)に紡がれた指摘の数々にアレハンドロは黙り、愛奈と華蓮は一層深く混乱した。色々聞きたい事は数多く――ミントがアレハンドロをアル小父様と呼んでいる事や”神器”とは何ぞやなど――あるが、一つはっきりしている事案が愛奈の意識に染み込んだ。
「魔力感知……ミントさんも使えるの?」
呟きと言うにははっきりと発した問いを、ミントは「はい~」と言ってのほほんと肯定した。対してアレハンドロは先程までの嘲る表情から一転、無表情と言うより無機質な面持ちで、これまた感情が感じ取れない機械じみた声色で応える。
「……お前にそんな技能があったとは知らなかったな」
「感知そのものはぁ~治癒魔法を補助する程度にしかぁ~使っていませんでしたのでぇ~。何より効果範囲は物凄く狭いですしぃ~、対象も人一人が限界でぇ~とても索敵には使えませんでしたからぁ~」
所謂、周囲が求めるような効果を発揮できる代物でなかった為に申告する必要も無ければ、知られる事も無かったらしい。しかし「その代わりぃ~」とミントは補足を加えた。
「治癒魔法を行使する時にぃ~患者さんの状態を把握するのにぃ~凄く役立ったんですよねぇ~。魔力の状態を~把握できればぁ~怪我の具合やぁ~病状もぉ~詳しく識別できましたからぁ~」
要は効果範囲の狭さに反比例して感知対象への効果が恐ろしく深いのだ。下手な隠ぺいなど物ともしないレベルで。そしてここまで言われれば、流石に愛奈と華蓮にも察しが付いた。つまりは……、
「上手く誤魔化しているようだけどぉ~、小父様の魔力の内側に隠れる貴方本来のぉ~魔力がわたしぃ~には良く見えるわぁ~。一体貴方は誰ぇ~……と言うより何者ぉ~? この異常な魔力の質にぃ~何より神器を発動させるだけのぉ~出力は普通の人間族じゃないわぁ~。魔人族……なのかしらぁ~?」
アレハンドロは沈黙した。それは肯定を意味するのか、はたまた余りの荒唐無稽さに絶句しているのか……華蓮と愛奈には判断が難しい。ただでさえ敵味方がはっきりとしていない状況で、目の前の教皇が偽物だとするなら一連の謀の真意はどこにあるのか。
自分達が一体何に巻き込まれているのか掴み切れない現状で、更にミントは華蓮と愛奈からはアレハンドロ本人にしか見えない人物が人間族ですらないと言い放っているのだ。もう思考を放棄してミントが妄言を吐いているとした方が楽だろうと華蓮がらしくない事を考えかけた……その時だった。
「所詮は人の子……何と暗弱な。よりによって此の身を人と同列に語るとは」
男なのか女なのか……識別に迷う中性的な声が礼拝堂に木霊した。
「しかも人の身の分際で、女神の眷属たる此の身の存在を感知するなど……世界の理に唾を吐くにも等しい蛮行。滅びるに値します」
怒気も哀愁も感じられない無機質な声で、明らかな蔑みの言を綴る主は誰でもない……アレハンドロだった。だがそこにはつい先程まで教皇本人としか思えなかった事が不思議に感じれる程に別人――否、人とも思えないプレッシャーを放つ何者が在った。
「ミント・エル・ナシェル、偉大なる女神アーリア様に仕える身の程で、愚かにも不躾に神域へ触れた咎で断罪します。せめて冥府に於いてその穢れた魂が浄化される事を祈りなさい」
「心から御免被るのですよぉ~」
何とも一方的な極刑宣告を朗らかに辞退して、ミントは再び水属性爆裂魔法”氷華”を発動。最大出力で放ったのか辺り一面が白銀で染まった。
それと同時に氷の花弁はアレハンドロ(?)の周囲を取り囲み、氷の檻となって彼の者を封じた。
そして視界を遮られたのはアレハンドロ(?)だけでなく愛奈と華蓮も同様で、咄嗟に華蓮が愛奈を引き寄せ備えていると不意に明後日の方向へ引っ張り込まれる。
「逃げるわよぉ~」
氷雪が吹き荒れる中、辛うじて聞き取れた他の誰でもない声色に導かれて、二人は有無を言わさず問答無用で礼拝堂から連れ出された。まるで人の手に抱えられるような体勢で。
一メートル先も視認できない状況で、委ねるままに体が上下左右にシェイクされる感覚に華蓮が思わず「おえっ」とえずきつつ、愛奈が「ミントさんってば意外と力持ち」と場違いに率直な感想を抱きつつ、気付けば礼拝堂並みに開けた空間――おそらくエントランスに当たる場所に辿り着いていた。
すぐそこにある巨大な扉は正面玄関であると察し、ここから脱出できる安堵が芽生える中でようやく自身を観察できる余裕が持てた華蓮も愛奈。なので溜まりに溜まった疑問の山を処理しようと主に華蓮がミントを見やり、直後に自身の現状を把握して固まった。
それもそうだろう、不思議に感じつつ自分達を抱えているミントを見ればそこには、
「ミント……さん!? 何なの、その腕!?」
「両腕が胴回りぐらい膨れてるんですけど!」
「あらあらぁ~、やっぱりぃ~そう見えちゃう~?」
彼女自身の胴回りを優に超える極太の豪腕を肩からぶら下げたミントが、その逞しいと言っても足りない両腕で愛奈と華蓮を抱えていたのだから。
ツッコみ終えた後に、目に焼き付いた光景が余りに異様過ぎて愛奈は「ひゃうっ」と奇声を上げ、華蓮はあんぐりと口を開けて絶句した。
「そんなぁ~怪物を見るような目でぇ~見ないでよぉ~。ちゃんとぉ~理由があるからぁ~」
そう言って二人を床に降ろすと、途端にミントの両腕は元のサイズに縮小した。と言うより、さっきまで袖無しで肩から剥き出しだった筋肉の塊が消失すれば、そこにはしっかりと袖を纏った細腕があるのだから不思議過ぎる。
「もう~ノマムさんったらぁ~遊び過ぎだわぁ~。これはねぇ~強化魔法で筋力を強化するとぉ~、一緒に付与魔法も発動してぇ~腕が大きくなる幻覚を~見せる魔導具なのぉ~。決してぇ~ホントにぃ~腕が太くなる訳じゃ~ないのよぉ~」
解説付きでミントは右手に嵌った腕輪型魔導具を見せてくれた。本来は不必要な機能なのだが筋力強化を施すだけではどうも余力が残ったようで、製作者のドワーフモドキさんは視覚的に威嚇できればとちょっとした善意と多分な遊び心を以て効果を追加したのだった。
結果として、見た者のSAN値をごっそり削ってくれたので大いに効果的だったと言える。削れたのが助けた相手のものだったのが何とも言えないが。
そんな軽くトラウマになりそうな衝撃映像(豪腕をぶら下げたミント)が焼き付いた意識へ、半ば無理矢理に現実(華奢な細腕のミント)を上書きして、華蓮は何とか精神を立て直した。ぶっちゃけ聖騎士を相手にしていた時より負荷が強かったのはここだけの話。
そしてようやく言いたかった疑問をミントにぶつける事に成功する。存分に荒れた精神を立て直すと同時に、愛奈を引き寄せつつミントと距離を取り剣を突き出した。
「華蓮さん~、少し落ち着いてぇ~。気持ちは分からないでもないけどぉ~、まだまだ安全圏にぃ~退避できた訳じゃないのよぉ~」
「黙りなさい! そんな事言われなくても分かってるわ! それでも貴女と共に行動するリスクが無い訳じゃないし、それを無視してまで一緒にいる義理も無いわよ!」
窮地を一時脱しただけで、まだまだ気を抜ける状況でない事は華蓮が一番分かっている。しかしだからこそ得体の知れない相手の近くに居る愚を彼女は良しとしない。聖騎士達と斬り合った時と遜色無い敵意を放ち、華蓮はミントと相対した。
「一体、貴女の目的は何!? 私達をどうするつもり!? 黒幕はガーランドかしら? それなら何故、あの馬鹿皇子と教会が敵対するような事態になるの!? 教会の狙いは何? 貴女も教会関係者なら知ってるんじゃないの!?」
「お願いだからぁ~落ち着いてぇ~。事態はぁ~ちょっと複雑でぇ~今ここで全部は話せないのぉ~。詳細はぁ~ここを出てからちゃんと話すからぁ~、今は取り敢えず――」
「……残念ですけど、ここからは簡単に出られそうにないですよ」
怒声を交えて詰め寄る華蓮をミントがのほほんとしながら必死であやし、そのまま玄関側に進もうとすると華蓮の背後から静かに……それでいて毅然とした声が大気を伝搬した。愛奈である。
「……愛奈さん~、どういう~事ぉ~?」
「この建物全体に結界が張られています。外部は勿論、内部からも越えられないぐらい強いものが。これをどうにかしないと、外には出られません」
足を止めて独特の口調ながら真剣味が感じ取れる雰囲気でミントが問えば、愛奈は自身が感じ取っている事実をはっきりと伝えた。
暫し思案した後、ミントはおもむろに懐から短剣を取り出すとそれを正面玄関に向けて投擲する。
神官服でかなり様になった投剣術を披露されると若干戸惑う点は置いておいて、飛翔した短剣は標的に触れるか触れないかのタイミングでパシッと炸裂音と火花を散らして明後日の方向へ弾かれた。
短剣が床に落ちる音が響き、束の間の静寂を堪能し終わるとミントが一言。
「風属性の結界ねぇ~。触れれば死にはしないけどぉ~、雷撃で麻痺られて拘束されちゃうって所ねぇ~。このまま進めば危なかったわぁ~、ありがとう愛奈さん……でもどうして分かったのかしらぁ~?」
大人な外見で可愛らしく小首をコテンと傾げるミントと、いきなりな技能披露にちょっと驚愕気味な華蓮を視界に納めて、愛奈は努めて冷静な態度を崩さずに答えた。
「詳細を説明する時間が惜しいので、取り敢えず魔法そのものを感知したとだけ言っておきます。その代わり貴女の事情についても今は詮索しません。なので現状を打破する為に助力を願います」
「ちょっ……愛奈!?」
「こちらとしてはぁ~根掘り葉掘り聞き出すつもりが無いからぁ~その説明で十分よぉ~。でもぉ~、あなた達はぁ~それで良いのぉ~? わたしぃ~のぉ~素性、気にならない~?」
ほんわかな空気を纏いつつも、その眼差しでこちらを試すような妖艶さを醸し出すミント。その意図を読み切るには人生経験値が圧倒的に足りない愛奈と華蓮。
信用し切れない面は在る……信頼を裏切られた気持ちも否定できない。しかし現状最も問題視するべき元凶から逃れる為に、今は選ぶべきと愛奈は腹を決めた。
「……思う所が無い訳じゃありません。でも貴女は真意の程は兎も角、幾度もあたし達を救ってくれてます。それに……明らかにヤバい相手――アレハンドロ教皇(仮)とも敵対しているようですし、それなら味方として割り切った方が幾らかこっちの都合が良いんです」
「賢明なぁ~判断だわぁ~。こちらとしてはぁ~それでぇ~十分よぉ~。……思ってた以上にぃ~愛奈さんってぇ~気丈なのねぇ~、お姉さんびっくりだわぁ~」
愛奈の告白に今度こそほんわかさを全面に展開して笑うミントに愛奈は苦笑いで応える。ミントにしてみれば疑われて当然と自覚しているので、ここまで割り切って貰えただけでも御の字なのだ。
一方の華蓮はと言うと、渋面を作りながら二人の掛け合いをじっと見守っていた。華蓮にしても思う所はありまくりなのだが、横槍を入れずに静観している点から答えは言わずもがな。
「……華蓮ちゃん」
「……分かってるわ、私だって優先順位が見えない程愚かじゃないし。”今だけ”は味方として見ても良いわよ」
「二人共ぉ~強くて良い子ねぇ~。お姉さんはぁ~嬉しいわぁ~」
納得できない部分も多々あるが、それらを噛み砕いて溜息混じりに華蓮はミントと視線を交わした。その表情はひたすら複雑そうであった。ミントが変わらずニコニコしているのが若干腹立たしいというのも否定できなかったが。
そんなモヤモヤを一気に棚上げしつつ、華蓮は目の前の現実を見据える。割り切りが悪い点は差し引いても現実を受け止める度量に優れる華蓮さん、改めて現状打破に全神経を集中させた。
「最優先すべきはここから出る事よね……ミントさん、この結界は破れないのかしら?」
「常識で考えるならぁ~この規模の結界はぁ~複数の結界魔法の使い手でぇ~維持されている筈よぉ~。彼らを制圧すればぁ~解除されると思うけどぉ~」
「ねぇ愛奈」
「ゴメン……あたし魔法そのものは感知できるんだけど、魔法を使ってる人の気配までは分からないの」
申し訳なさそうに俯く愛奈を慰めながら、華蓮とミントはどうしたものかと思案した。
ラスボス的で正体不明な教皇モドキの動きは封じてあるとは言え、それがいつまで持つかは不明瞭だ。余り無駄な時間を掛けたくはない。
だからと言って、無策で駆け回るのは時間と共に体力の浪費となってしまう訳で、そうなればもしもの時に対処ができないリスクが無視できなくなる。
暫し……一分弱といった短い時間で美女と美少女三人組が悶々としていた。
結果として有益な案は出ず、あれこれ悩む時間を増やすよりは動こうと何とも脳筋な発想に辿り着き、建物内を探索して術者をしらみ潰しにする案で落ち着く事となった。
「ごめんなさいねぇ~、わたしぃ~こういう頭の使い方ぁ~苦手でぇ~」
「いえ……私達も他人の事言えないから。……賢司と……虫が良いかもだけど竜宮の有難味が身に染みるわ~」
「だね。アキの場合、有効でもとんでもない事を平然とする時が多々あるからオススメはできないけど」
愛奈の懸念は全く以て正しい。
実はまさしく有効且つ突拍子も無い強硬手段で、アキト達がすぐ近くまで救援に来ている事と併せて代償に友人達が心にトラウマを刻まれた事実を知れば、彼女達はどう思うだろう?
それはさておき、ちょっと頭の回転数に不備がある現実で打ちひしがれる女子三人は、せめて手早く行動しようと気持ちを切り替えて……その出鼻を盛大に挫かれる事態に直面した。
「……っ! 避けてっ‼」
始まりは愛奈から発せられた悲鳴にも似た警告。愛奈は勿論、ミントも華蓮もほぼ条件反射でその場を跳び退いた。華蓮はただ避けるでなく、咄嗟に愛奈だけでなくミントも一緒に空中で捕獲して庇いながら離脱した。
直後に先程まで三人が居た場所――詳しく言うなら華蓮が居た場所――を殺意が疾走して行った。具体的に”何”が飛来したのかは見当もつかないが、恐ろしく強大な破壊を及ぼす魔力の塊が直線状に放たれた事だけは理解できた。
では残る疑問はそれを”誰”が行ったかで、しかも何故に華蓮を優先的に狙ったのかだが、現れた人影を認識するなり少なくとも華蓮は事態に納得の意を示した。件の人物は姿を明らかにすると、盛大に不満気な舌打ちを披露する。
「チッ……外したか。気配は絶ってた筈なんだが……それより教皇の野郎、『内側は問題無い』なんざ偉そうにほざきやがったくせに、全然じゃねぇか」
その者は、所々に黄金の装飾を施した白金に輝く鎧を纏い、同じく煌びやかな装飾で彩られ身幅が三十センチメートル、全長が身の丈に迫る程の大剣を肩に担いだ大男だった。
その野生を思わせる凶悪な双眸と逆立った金髪から連想される――まるで血に飢えた野獣の如き男は愛奈達もよく知る人物であり、ただ事でない圧迫感に華蓮が総毛立ちながらも、それを悟られるのは我慢ならんと言った具合に努めて呆れたような口調で名を呼ぶ。
「……随分久しぶりね剛田。引き籠り気味のアンタがこんな場所で何の用?」
剛田太我――ここに居る筈もない……と言うか居て欲しくなかった人物の登場に華蓮と愛奈は揃って引き攣るしかなかった。それを見て何かしらの優越でも感じたか、剛田は見る者に不愉快にしか見えない笑みを浮かべて得意そうに語る。
「何の用かって聞かれたらよ、藤林……別にテメェに会いたかった訳じゃねぇよ。ホントは別件でここで待たせて貰ってたんだけどよ、ここに神子柴が来てるってんで見に来たついでに一発楽しませて貰おうと思っただけよ」
下卑た笑い顔に似合った最低不純な動機に愛奈は怯え、華蓮は一層不愉快さを増した眼光で睨みつけた。ミントも相変わらずユルフワな笑みを浮かべてはいるが、心底ドン引いている。
「そんで見に来たら、何でか知んねぇけどお前まで居やがるからよ、ちょっと痛い目に遭って頂こうかなって攻撃したんだけど……生意気に避けやがって、素直に当たっとけよ」
仮に当たっていたら”ちょっと痛い”程度では済んでいないのは確定だ。隠し切れていない殺意がありありとしていた。
華蓮が先程剣を交えた聖騎士達からもここまでの殺意は向けられていない。何の感情も無く剣を向けられるのもそれはそれで恐ろしかったが、まさかこの世界に来て初めて殺意を向けて来る相手が同郷の者だとは笑えない。そしてそれについて意外でもないと思ってしまうのも嫌な話だと華蓮は自嘲した。
「愛奈、ミントさん……結界を何とかしてきてくれるかしら?」
「華蓮ちゃん? どういう事?」
剛田に聞こえないよう、華蓮と愛奈は視線を交錯させずに小声でやり取りを開始。華蓮の発言から意図を察した愛奈はそれでも問わずには居られない。
「あいつはここで私が食い止める。その間に結界を張ってる術者を探して来て」
「そんな――」
「お願い、聞き分けて。今までは兎も角、今のアイツは普通じゃないのは分かってる……あんな奴に背中から追われて逃げ回るのは得策じゃないわ」
そうなれば確実に追い付かれるか、こちらの気力が先に尽きるだろう。それよりも正面から迎え撃った方が幾分マシと華蓮は判断した。そしてその為には背中を気にしなくて済む方が戦い易いとも考えたのだった。並行して脱出の手引きが行われれば尚良い。
「わたしぃ~もぉ~そう思うわぁ~」
「ミントさんっ」
「わたしぃ~達はぁ~足手まといになるわぁ~。ここに居るよりぃ~華蓮さんの頼みを聞いた方がぁ~助けになれるわよぉ~」
「……………………」
せめて回復要因としてとも考えたが、おそらく足止めが限界である事は愛奈にも分かっていた。華蓮は脱出の為に時間稼ぎをしようとしているのだと気付いている愛奈は僅かばかりの逡巡の後、華蓮の意を汲んで静かに頷く。
「すぐ戻るから」
「できるだけ早く宜しく」
「言うまでも無いけどぉ~気を付けてねぇ~華蓮さん。あの人がぁ~装備しているのはぁ~【聖剣】と【聖鎧】っていってぇ~、教会で管理してるぅ~神器だからぁ~」
「滅茶苦茶強い魔導具って解釈で合ってるかしら?」
「そんな感じよぉ~」
簡単ではあるが神器について解説を受けて、益々分が悪いと華蓮は思わず笑う。それを誤解して受け取ったのが眼前のケダモノ。
「あん? テメェ舐めてんのか藤林? この状況で何笑ってくれてんだよ? 随分余裕そうじゃねぇか、マグレで避けれたからって調子乗ってんのか?」
「別に……ただ今更だけど、アンタってやっぱ最低って再認識しただけよ」
「んだとぉ!?」
「それと……あれをマグレとご都合主義な解釈してるようだからアンタは肝心な時に勝てないのよ。いい加減学んだら……一応、姿形は人間っぽい見た目してるんだし」
暗に人間未満な扱いをされて、きっと物理的にキレる音が聞えるんじゃないかという剣幕で剛田がブチキレた。相変わらず沸点が低過ぎる。
これが自分に気を向ける挑発だと気付きもしない剛田は、華蓮の精一杯の目論見通りに彼女を標的に決定したようだった。
それを合図に、愛奈とミントは戦場となるエントランスから離脱した。その際に愛奈は華蓮と視線を交錯させる……声にはできないエールを送って。
「余所見してんじゃねぇよ!」
構わずに剛田は跳躍し【聖剣】を振り被ると、乱雑にそれを華蓮めがけて叩き付ける。それは斬り掛かるとは到底言えない……酷くお粗末な剣技ではあったが、その威力は絶大だった。
打ち込まれた床が粉砕され小規模なクレーターが出来上がった。割と余裕で回避できたとは言え、華蓮の表情は険しい。マグレでも当たれば終わる。
「アンタねぇ~、それを鈍器か何かと勘違いしてない!? ちゃんと斬りなさいよ!」
「でっけぇ世話だ! 要は当たった相手が死ねば良いんだろうがっ!」
完全に殺す気な剛田と、それに憤る訳でもなく只々呆れる華蓮。
アキトと華蓮が微妙な関係と言うなら、この二人は決定的な敵同士である。異世界倫理に順応して殺人を厭わないケダモノと、そんな相手をある意味容認――見限りとも言う――してしまう程に嫌悪している剣姫様との本気の闘争が始まった。
先制攻撃は剛田の一撃……それを華蓮が回避した後に双方は正面から向かい合う。
剛田は【聖剣】を両手で持ったまま肩に担ぐような構えで、対する華蓮は中段の構えでだ。剣士として見比べるなら既に華蓮に軍配が上がっているが、例え剣の素人丸出しな構えだろうとその威圧は本物だ。
それだけ殺意が迸っている証拠でもあり、それを証明するかのように剛田は二撃目を放つ。
「喰らえっ、”天破剛剣”‼」
【聖剣】を担いだ状態から上段の構えに移行すると、【聖剣】から湧き上がる魔力が刀身の三倍はあろうかという刃を形成し、剛田はそれを膂力の限り振り下ろした。放たれた斬撃はそのまま華蓮までの一直線上を薙ぎ払って来る。
魔剣術の上級技”天破剛剣”。帝国騎士団では奥義として扱われるレベルの絶技が華蓮に迫る。が、華蓮は再び難無く回避に成功した。
技の軌道から素早く横に転身すると、そのまま斬撃の軌道に沿って直進……剛田との距離を詰める。技を見切った訳ではない。ただ、この技は先程一度見ている。更に剛田の構えが余りに稚拙故にタイミングと効果範囲の判別が容易だっただけ……とはあくまで卓越した剣技を誇る華蓮視点での考察で、常人から見れば普通に凄い。
自身の右隣の十数センチメートルを凶悪な破壊エネルギーが唸る中、躊躇無く剣を振れる胆力は既に常人のそれではない。その行い……それこそが彼女の覚悟の証明だった。即ち、
――死なない……こんな所でなんか、死ねない‼
この世界――【スフィア】に渡ってから常に秘めてきた想い……それが初めて華蓮の中で顕在する。併せてこの世界に来てから新たに芽生えた想いも明確に形を成した。迷いながらも燻っていたものが混じり気の無い純粋な意志と成った。
――守る……私が守りたい誰かを‼
華蓮が剛田と肉薄する。未だに聖剣を振り下ろした態勢のままな剛田に、華蓮は剣を突き立てた。狙いは右脇下の鎧の隙間……切っ先が吸い込まれた。
――パシンっ。
「……えっ?」
そんな乾いた音と共に実現した現象に華蓮はそう呟き、続けて絶句した。
華蓮の剣は剛田に刺さっていなかったのだ。鎧は外している、【聖鎧】の頑強さを十分に考慮して守られていない箇所を狙って刺突を放ったのに、あろう事か華蓮の剣は剛田に届いてすらいない。
「神器の……結界!?」
華蓮の脳内に、ミントが放った”蒼剣”を防いだアレハンドロがリピートされた。確かあの時にミントが神器の存在を指摘していた。装備するだけで結界が発動するようなチート装備……つまり神器とはそういう物なのだ。
――私の阿呆! 実例を見てたのに何て迂闊な!
そんな嘆きももう遅い。華蓮が剣を突き出してからここまで一秒足らず……しかし野生のケダモノはそれを見逃さない。ほぼゼロ距離で視線を交わし合うと、剛田は凶悪に歪んだ笑顔で華蓮を見下ろし、【聖剣】で右薙ぎを放つ。
それを超速の反射神経で屈んで避ける華蓮。しかし上手くいったのはそこまでだった。
「がっごふっ!」
回避から間を置かずに華蓮は呻きながら弾き飛ばされた。何が起こったかというと、【聖剣】を振った勢いのまま剛田は左足で下段回し蹴りを繰り出したのだ。稚拙な剣技とは裏腹な精錬された体術の連携。それもそうだろう、剛田にとってはこちらが本業なのだから。
隙だらけな剣技に目が慣れ過ぎて対処が遅れた華蓮はモロに右脇腹を撃ち抜かれ、吹き飛んだ結果壁に全身を強烈に叩き付けられた。
受身も取れずに自然落下で床に落ちると、堪らず嘔吐する華蓮……肋骨が何本か折れているのは確定だ。下手をすると内臓を傷付けている可能性もある。
碌な身動きもできずに蹲るも、剛田は華蓮に追撃を仕掛けなかった。理由は言うまでも無く……楽しんでいるのだ。身悶える華蓮の姿を見る事は剛田にとってこの上ない娯楽となっていた。しげしげ眺めた後、堪らずに剛田は笑い声を上げた。
「ククククっ……ははは、っはっはっはっはっは! ……はぁ~、いい有様だな藤林」
「げっ、ごぼっ……はぁはぁ、この……下衆! 取り敢えず、反則でしょ……その装備」
鬼畜な表情で満足そうな剛田に、華蓮は顔を上げずに愚痴る。ダメージが深くて顔を上げられない事と、きっと酷い顔で居るだろう剛田と目を合わせたくない二つの理由からそうなっていた。必死の愚痴は当然、剛田にとって甘美なスパイスとなり狂気を加速させる。
「知ったこっちゃねぇよ! 要は勝ちゃあ良いんだよ、勝ちゃあなっ‼ 大体、テメェこそ【地球】に居た頃は素手のオレに竹刀振り回してたんだからよぉ、これで相子だろうが!」
「アンタも現在進行形で剣振り回してんでしょうがっ! どこが相子よ!?」
正当なツッコミも今は虚しく響くのみ。加えて大声は傷を負った体にも響く。華蓮が辛うじて視線を持ち上げればそこに在るのは狂気めいた殺意を抱くケダモノが一匹。
状況は最悪と言っても差し支えが無かった。
読んでくださっている方、心よりありがとうございます。
次回は来週土曜日に投稿予定です。




