表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
21/62

魔獣だろうがなんのその!

 アキト無双……かな? 他の面子も頑張ります。

 イズフ樹海を北上し辿り着いた場所――その場所だけ人の手によって見渡しの良い空間が形成され、そこから望む建造物を視界に納めてポツリと呟く。


「教会……つまりはあそこが聖地か?」


 フロムバイ……アキトであった。そしてその見解は正しい。前方三〇〇メートル先に見える古びた建造物は帝国領内に於いて最古となる教会――何も無ければ本洗礼の終点となる筈だった聖地である。


 本来なら騎士団を率いて、タウロ砦から半日は掛かる道程をアキト渾身の強行で以て一時間少々で走破して見せたのだった。


 ただし、その代償は非常に高くついたと言うしかない。その根拠はアキトの後方にて現在進行形で死屍累々している。


「がっ……ごふっ、げほっごほっ……おえ」

「ふ……ふふふ、あは、あははっはは」

「ひっく……ひっく、ぐすっ」

「…………………………」


 空の旅で酔ったのか、四つん這いになって胃液の逆流に必死で抗う賢司。


 恐怖に対して精神が自己防衛を果たした結果か、三角座りで虚ろな瞳で妖しく笑い続ける美矢。


 最早クールビューティのキャラが完全崩壊したのか、女の子座りのまま手の甲で涙を拭うセレナ。


 最後の守に至ってはうつ伏せで這いつくばったまま微動だにしていない……返事が無い、屍のようだ。


 アキトによって強制的にお空をぶっ飛んで来た影響で、皆が皆決して浅くない心の傷を負ったようであった。それを見たアキトは、


「おい、いつまでヘバってんだ。高確率で敵の本拠地だろうって場所を眼前にしてんだ、いい加減にシャキッとしろ」


 ケツを叩くが如く、容赦の無い叱咤激励を施したのだった。しかしそれは紛う事無き悪手という評価を下された。


「「「誰の所為だっ誰の‼」」」


 見事にハモった賢司、守と美矢の魂の抗議によって。因みにセレナはそこに加わっていない、彼女の心は未だに深淵の底に沈んでいた。


 故に暫し待つ………………………………そして数分が過ぎた。


「よもや賊の目的地が聖地とは…………捨て置けませんね。しかし何の目的で聖地に……?」


 見事に復活した桃髪クールビューティなセレナさんは先程までの醜態を無かった事のように凛々しかった。ボソッと『あれ……ここはどこ? わたくし……一体何をして――』などと仰っていたので、おそらく記憶が飛んでいると思われるが今が正常なら大した問題ではない。


 何より、誰でもないセレナ本人が失われた過去より今目の前に在る障碍を重要視しているのだからそれで良いのだ。若干……周囲の温かな視線を訝しんでいたセレナだが、皆が全力で気を逸らしていた。優しさだと思います。


「……妙だな」

「? それはアキト殿の頭にいつの間にかできた三段タンコブの事でしょうか?」

「んな訳あるかい」


 結構真剣に漏らした疑念に対して、盛大に勘違いな解を叩き付けるセレナ。それに対して即座にツッコむアキトの頭には下から大中小とサイズが異なる、まるで三段アイスのような見事なタンコブが鎮座していた。


 完全にいつもの天然調子を取り戻したセレナはアキトにも遠慮が無かった。因みにアキトのタンコブはセレナが自分を取り戻す数分間の間に賢司達三人によってこさえられた代物だ。


 下から美矢、守、賢司の順で叩き込んだ結果であり、最初に制裁した美矢のコブが最も大きい理由は彼女がミスリルハンマーでどついたからであった。


 アキトの『殺す気か?』というツッコミに美矢が『やかあしい! こっちが先に死にかけたわ‼』とツッコミ返したのは言うまでも無かった。重ねて賢司と守が激しく美矢に同意した上で容赦無くタンコブの上にタンコブを重ねたのも無理は無かった。


 一先ずそれは置いておいて、アキトは疑念の詳細をセレナに説明する。


「俺が妙だと言ったのは、建物の周りに人の気配がしないからだよ。……魔力感知にも反応しねぇ」

「この距離で感知が届くのですか?」

「まぁな。かと言って感知を偽装してる訳でもなさそうだ……人影が無いし、足音も聞こえない」


 アキトの返答をごく自然に受け止めるセレナ……既に驚く事はしなかった。


 魔力感知は稀有な能力だ。その上三〇〇メートルも離れた場所の感知ができるのは規格外にも程があると言うのに、アキトは感知以前に耳で音を拾えている上に、人影程度なら隠れていても目で捉えられると仰ったのだ。それについてセレナは勿論、誰も深く追求しない。


 きっとこの場に華蓮かスカーレットが居れば盛大にツッコんでいるだろうに、今この瞬間に於いてアキトのチートに抗う常識人は存在しなかった。


 それはきっと一種の精神防衛機能が働いた結果と考えられる。アキトの人外ぶりにこれ以上いちいち驚いていたら気が保たないのだ。


 因みに付き合いが長い美矢はアキトのチート耐性に関しては既に賢者の次元に達している。賢司の場合は美矢程の付き合いは無くとも持ち前の適応力を以て美矢に次ぐ耐性を獲得していた。守に至っては最初から深く考える事を放棄していたりする。


 セレナも短期間に幾度も精神に負荷を掛けられ続けたお陰で御三方の域に到達できたと言える具合であった。


 それは兎も角、見張りの類が居ないならすぐにでも突撃しようと守と美矢が駆け出そうとするが、アキトが美矢を、賢司が守の後ろ襟を掴んで強制的に自制させた。二人仲良く「「ぐえっ」」とハモり呻く。


「ちょっアキやん、急に何なん!? 目的地が目の前に鎮座しとるんやで、あそこに愛奈がおるんやったらはよ助けに行ったらな」

「そうだぜ賢司! ……そりゃ華蓮なら大概の事は自力でどうにかするけど、もし自力でどうにもなんない事態に陥ってたらマズイっしょ!」

「言われなくても分かってるから落ち着いて。……まず、見張りが居ないからって障碍が無いとは言ってないでしょ」

「「……?」」


 賢司の指摘に美矢アンド守は揃ってクエスチョン。事情説明はアキトに引き継がれ……言葉ではなく行動によって状況を示された。


 一見落ち着いた空気は突如として破られる。


 会話が途切れた刹那、アキトが突如残像を残してやや離れた茂みに飛び込んだ。直後にやたら生々しく肉に刃を突き立てる音が響いたと思えば、茂みからアキトがゆっくりと姿を現した……片手で敵を引き摺りながら。


 敵――魔獣は既に絶命していた……眉間にアキトのミスリル剣が突き刺さった状態で。


 いきなりな場面転換に流石の美矢も「ぎゃっ」とその場で飛び跳ねた。守は「ぶふっ」と驚きの噴き出しを堪えられず硬直している。事態を察している賢司と、こういう事に慣れているセレナは動じていないように見えるが、内心で結構テンパっていた。


「ふん……亜竜……陸竜種か、久々に見たな」


 アキトの独り言にセレナさんの頬が盛大に引き攣る。言いたい事は幾つかあるが、何よりこう言いたい。


「やはりと言うか……凄まじい腕前です」


 掛け値無しの賞賛であった。アキトが尋常でないのは既に分かっていが、目に見える形でその力の程を示したのはこれが初めてだ。示されてセレナが思ったのは、途轍もない技量という事だった。


 状況から察するに、敵の魔獣が牙を剥き出しにする前に剣は眉間を射抜いていたと推測される。魔獣は自身が致命傷を負わされたと気付かずに急所に剣を突き立てられ、そして仕留められたと自覚する事なく天に召されたのだ。


 野生の魔獣に察知される事無く不意打ちで仕留めるアキトさん……ちょっと神業めいた所業である。よってセレナは驚愕した訳で、同じくそれを見た美矢と守も流石に何でも無いよう振る舞うのに困難を極めていた。そして賢司が一言で締め括った。


「つまり、こういう事だよ」

「「つまりどゆ事?」」


 そして全く締まらなかった。堪らず「「詳しい説明ぷりーず!」」と詰め寄る二人。現物を得て説明しやすくなったのか、アキトが改めて口述で説明し出した。


「人は居ないが、魔獣はウロウロしてるって事だ。さっき仕留めた奴は群れの斥候役で、あのまま突き進んだら知らせを受けた群れの本隊に襲われてたろうぜ。まぁそれなりに予想できた事だな、皇子一派は魔獣を使ってタウロ砦を攻めようとしてんだ。同じく魔獣で拠点防衛しても意外じゃねぇよ」

「いや俺っち賢司やアキッち程に頭回んねぇから、そこまで察し切れねぇよ」

「せやで。そして何でも無いように衝撃の事実を語らんといて……って言うか最初に言うてや、アキやんやったら魔力感知ですぐ気付いたやろうに」


 危うく魔獣の巣窟に突貫しかけた事実を知り、守は友人二人の聡明さに改めて呆れながら、美矢は訪れたかもしれない惨劇に身震いしながら抗議の声を上げる。


「いや、すぐには気付かなかったよ。魔力感知も万能じゃなくて、強力な魔獣の中には魔力を隠蔽できる奴も居るからさ」

「ふえ? そうなん? でもせやったらアキやん、どうやってコレの潜んどる場所気付いたん?」

「生き物を見つける方法は一つじゃないんだよ。匂いや音なんかでも感知は可能だ」


 が、すぐさまアキトが弁明し、その内容に納得したのか二人共すんなりと矛を収めた。何だかんだで良い割り切りと高い適応力を兼ね揃えた現代日本人な少年少女であった。


 ……敢えて言おう……良い訳がない。今の発言を戦いとは無縁だった筈の少年少女が平然と納得して良い訳がない。割り切りが良過ぎるだろうとツッコまれるべきだ。少なくともここに華蓮が居たら絶対に納得なんてしない筈と確信できる。


 セレナにとって最も馴染みのある転移者は華蓮だが、その華蓮は極めて常識人ではあるが、悲しきかな彼女は転移組に於ける常識人少数派。ここまで非常識な反応が続くとセレナの異世界人に対する認識がエキセントリックに修正される事間違い無しである。


 実はこれが異世界人にとって普通なの? と地球人が「違うから!」と全力で訴えたい誤解をセレナが抱きそうになる空気の中で、守――ミスターデリカシーゼロが良い意味で空気を読まない話題転換を講じた。


「つーかそれ……滅茶苦茶強そうな魔獣なんだけど、死んでるよね? 放置して大丈夫?」


 守の疑問に対してセレナは相変わらずな無表情スタイルで淡々と答えた。


「はい、完全に絶命しております。しかしこれは由々しき事態です……まさか”ディノレックス”とは……」

「”ディノレックス”?」


 セレナの発した固有名詞をリピートしたのは賢司だ。


 問題の魔獣は体長四メートル弱の恐竜のような姿をした魔獣だった。ジュラ〇ックパークに登場したヴェロキラプトルを大きくして腕部を肥大化させたような外見をしており、亜竜と呼ばれる魔獣の中で陸竜に属する種である。


「セレナさん、由々しき事態って言うのは?」

「本来、ディノレックスはこの近辺を縄張りにしてはおりません。もっと樹海の深部に生息している筈なのです。イズフ樹海でも生態系の上位に位置する種で、対処するには騎士団一つを総動員するのが定石です」


 賢司の問いに淀み無く答えるセレナであったが、内心は少々穏やかではない。


「そんなやべぇの? アキッちがあっさり倒しちまったけど」

「えぇ、本来ここまで簡単に仕留められる相手ではありません。それだけアキト殿の手腕が見事だと言えるのですが、この魔獣の恐ろしい所は先程アキト殿が言ったように群れで行動する点です。この個体が斥候役なら、もしかしたら既に囲まれている可能性も――」

「成程な、確かに大勢が出迎えてくれてるわ」


 セレナが守の疑念を訂正する途中で、アキトが如何にも何でもない風に報告した。


「こいつらは群れの仲間同士で魔力を感知し合って連携を取ることができるんだけど、それで斥候を始末した事がバレたらしい。その所為で一瞬だが魔力の隠蔽が解けたみたいでな、俺の感知にも連中が引っ掛かってくれたよ」


 感知した結果を語るなら、数十頭程がここから聖地までの道中で待ち構えているとの事で、あの早業の最中にそこまでやっていた事実に驚きたい場面だが、それより看過できない現状に戦慄した……特にセレナが。


「樹海の上位捕食者を手中に収めているとは、ガーランド殿下はこちらの予想以上に備えていたという事ですか……」

「あの馬鹿皇子が主導していたとは限らないけどね、それよりセレナさん――」


 悔しさで分かり辛く奥歯を噛み締めるセレナに賢司が語り掛ける。さり気に一国の皇子を馬鹿呼ばわりしているが誰も咎めたりはしなかった。


 スカーレットとの話し合いでは濁されたが、セレナ達は魔獣を使役する術に心当たりがあると判明しているので賢司が打開策を促すとセレナは少々渋い顔で対応した。情報の出し渋りをしている訳ではない、打てる手が少々高難度なのだ。


「幾ら何でも群れの個体全てを使役できているとは思えません。おそらく群れの頭目を洗脳していると考えられます」

「つまり群れのリーダーをどうにかすれば良い?」

「ある程度の好転は望めますが、あまり有効ではないでしょうね。そもそもこれだけの手を打っているのならリーダーを仕留め易い位置には配置していないでしょうし、仮に上手くリーダーを排除できても所詮は魔獣です。目の前に獲物が居れば容赦無く襲い掛かって来ます」


 上手く立ち回っても、結局は群れ全体を相手取るリスクは避けられないとの事だった。


 説明し終えたセレナが歯がゆそうに俯く。アキト達が愛奈と華蓮の心配をしているように――当然セレナも彼女らの心配をしているが――セレナも華蓮達と共に居るだろう協力者の身を案じていた。


 ――これはもう……アキト殿に単独で行って貰うしかないでしょうか? しかしそうすると……。


 アキトならきっと魔獣だろうと問題無く突破できるだろう。しかしそうなれば自分を含めた戦力外を気遣う余裕があるかどうかが不明瞭だった。


 セレナはアキトの胸中を楽観的且つ都合良くは考えていない。今の態度は砦の時と比べて格段に軟化しているとは言え、基本的にスカーレットやセレナの都合など度外視していると確信していた。


 ついて行けるならまだしも、仮に置いて行かれるとしたら、セレナは協力者――アキト達は知らないが実はミント――の安全とガーランドの尻尾を掴むという目的を放棄しなければならないだろう。


 敵方の予想外な早足に何とか追い付いたと言うのに、目前に辿り着きながら足踏みしなければならない現状に悔しさが募る。しかし無策で進撃すれば確実に魔獣の餌食に成り下がる為に、何か良案はないかと思案に耽るセレナ。そこにそれはそれは快活な一声が響き渡った。


「うしっ! それじゃ問題がはっきりしたとこで、とっとと愛奈達を助けに行きますか」

「……!?」


 その一声でセレナは焦る。このままでは置いて行かれてしまうと表に出せないアタフタを持て余していると、これまた予想外な声が挙がった。


「だね。守、もう一度”風玉”で魔導具を包んで。運び易いように」

「ラジャー」

「……!?」

「ほなウチがそれ運ぼかな」


 自分と同位置に居ると思っていた賢司、守と美矢が行く気満々だった事に、そしてそれを全然咎めないアキトの様子にセレナさん硬直する。


 何ともあっけらかんとした空気に緋鳳騎士団副団長様は目が点になった。それを全く意に帰さず、アキト達は再びセレナのクールビューティスタイルを崩壊させそうな勢いで準備に勤しんでいる。思わず棒立ちになってしまったセレナを気遣ったのは賢司だった。


「置いて行かれると思った? セレナさんも……僕達も」


 ビクッと反応したセレナは呆けてしまったのが不本意だったのか、それとも賢司の問いが図星だった所為か、続けて少々恥ずかしそうに問い返す。


「し、失礼しました。しかし賢司殿……随分と余裕のようですが、どうされるおつもりですか?」

「余裕って訳じゃないけどね……置いて行かれるつもりは毛頭無いんだよ。確かにアキト一人でどうにかできそうだし、寧ろ一人の方が手間が無くて良いかもだけど、彼に全てを任せて傍観者になるのは勘弁なんだ」

「いや、まぁ、そうですけど……お言葉ですが、我々ではとても状況を打破できるは思えません。必要以上にアキト殿を頼るのはこちらの都合が良過ぎると――」

「心外だぜ、セレナさん」


 謙虚――と言うよりは図々しく振る舞うには恐れ多過ぎる程にアキトを畏怖しているセレナの言い分に対し、アキトは肩を竦めながら「オイオイ」と不平を口にした。


「まさか俺が皆を守りながら進軍できないとでも言うつもりか? 全っ然問題無いし、余裕だし。って言うかここに来て置いて行くくらいなら、そもそもあんな真似してまでこの場に全員で急行してないってぇの」

「あ、いえ……その、決してアキト殿を軽く見た訳ではなくて。……あれ? そう言えば『あんな真似』と仰いましたが……そもそもどうやってここまで来たんでしたっけ? 馬車の類は見当たりませんし、と言うより早馬でもここまで早く到着など、それにわたくし何故か記憶に空白が在るのですが――」

「ス、スト~~ップ! それ以上は思い出さなくて良いから、取り敢えずセレナさんもこっち来て!」


 再び禁断の記憶に触れようとしたセレナを守がインターセプト!


 要所要所でのファインプレーが光る守さんの周囲にセレナだけでなく全員が集結した。キョトンとしたセレナを他所に、守は短い詠唱を経て渾身の結界魔法を発動させた。


「…………”絶風陣”」


 発動と同時に幅三メートル、奥行き五メートル、高さ二メートルの無色透明な直方体がアキト達を包む。


 厚さは二〇センチメートルにもなるガラス板のようなそれを、セレナがおもむろに触れてみれば僅かに弾力がある。空気を圧縮して生成された、まるで硬質ゴムタイヤばりの触感を持つ風の障壁……それらによって四方を囲む全方位防御用の結界魔法”絶風陣”。守が現在行使できる最高の結界だった。


「これは……まさか、個人で結界魔法を展開するなんて……」


 記憶が飛んだ所為で、ここまで”風玉”でお空をぶっ飛んで来た事を忘れているセレナにとっては、守が単独で結界魔法を発動させたのはこれが初めてに見える訳で、


「守殿……普段は華蓮殿のサンドバッグ扱いなのに、腐っても御使いの一人という事ですね」

「二度やっても言う事は一緒かい! そこまで律儀に繰り返さなくてもいいだろうがっ!」


 一度言われた酷評がリピートされたとしても仕方が無いのだった。余りに不条理に堪らず守の口から全力の咆哮が迸る。しかしここまで言う事が変わらないとなると、どれだけ守のイメージが根深くセレナに植え付けられているのかがよく分かる。


「ここまで来るともう不条理じゃなくて道理で良くない? ……”緑与”」

「まさかの認知かよ!? 泣くぞっ‼」


 その評価を潔く受け入れろと諭す賢司に守は「うがーっ」と噛み付く。それに気にも留めずに賢司は付与魔法”緑与”を発動。風属性の魔法効果を強化する付与は、風属性の強固な結界を更に上の次元へと押し上げた。


「この結界はマモルンを支点に設定しとるから、マモルンが移動したら結界も動きよるねん。せやからセレナさん、マモルンと合わせて歩いてな」


 結界内にて、同時に発動中の”風玉”の中に仕舞った魔導具を大玉ころがしの要領でコロコロ転がしながら美矢が注意事項を伝えても、セレナは「はぁ」と心ここに在らずと言った状態で空返事しか返せなかった。


 そんなセレナの視界に不意に映ったのは誇らし気に笑うアキトの姿だった。


「まぁ、俺が皆を庇いながら進むのもできなくはないんだが、そんな事しなくても皆は自分で自分を守るくらいはするさ」


 その言葉にセレナは反省する。アキトのインパクトが強過ぎた所為か、知らずの内に他のメンバーを過小評価してしまっていたようで、己の浅慮を恥じると同時に改めて認識する。


 華蓮と愛奈がそうであったように、アキト以外の御使いもやはり普通じゃないと。


 そんな安全と安心を結界に込めて、全く道を逸れる事無く聖地まで整備された順路を悠々と進むアキト達に「舐めとんのかー!」と言わんばかりに――そんな感情有り得ないが雰囲気的に――襲い掛かって来た案の定なディノレックス達。


 凶悪な咢と強靭な爪を容赦無く結界に突き立てた……のだが、残念ながらそれらは”絶風陣”に阻まれてこれっぽっちもアキト達を害する事はできなかった。


 それ程知能が発達していないのか、それとも視力が悪いのか、不可視と言う程でもない無色な障壁にしがみ付いていつまでも「あれ? 届かないよ?」みたいな状態で居るのは中々に哀愁が漂うレベルで哀れだった。イズフ樹海の上位捕食者がまるでサファリパークのアトラクションに成り下がったようだ。


 それでも周囲を幾頭もの恐竜モドキに囲まれているのは結構おぞましいシチュエーションであり、せいぜい一~二メートル程度の間合いで強固とは言え一つの結界に命を預けた状況は精神を削るらしく、美矢が少々ビクビクしていた。術者である賢司と守は動じていないが、間違っても不備が無いように集中しているのが見て取れる。


 経験豊富なセレナであっても例外ではない。道程を半分程消化し、後方からも襲撃を受けている状態で一行の殿を務めているセレナの背後では二頭のディノレックスが結界に体当たりを繰り返していた。セレナの目算では結界が破壊される事は無いだろうが、守りを信頼してはいても気持ちの良い光景ではない。


 そんな状況で痺れを切らす者が一人居た。


「…………うぜぇ」


 案の定なアキトだ。その一言と同時に、さっきまで群がっていた陸竜達は蜘蛛の子を散らすように逃走していった。「ぴぎゃー!」とどこか可愛らしい鳴き声を響かせながら。 


「これで少しは気が楽になるだろ」

「アキト殿……一体何を…………あぁ成程」


 察するセレナ。種明かしをすれば、アキトは結界の外に向けて威圧しただけであった。結界の中は毛程の悪影響も顕在していない……アキトの繊細な技量の為せる業だ。ちょっと前に身を以て体感したセレナはちょっと苦笑いつつ、トラウマを植え付けられた可能性が高い魔獣達に軽く同情した。


「庇う必要が無いからって、庇わない理由にはならねぇからな。それに安心ってのは安全策を二重三重にして積み上げるもんだ。物事は快適に進めるに越した事はねぇってな」


 守護者――もし存在するなら、それはアキトのような者をそう呼ぶのではないだろうか。


 非常識な程に余裕な態度を崩さないアキトの姿は知らない者が見れば只々楽観主義なだけとしか見れないが、事実を知る者が見ればそれは只々頼もしく見えるのだった。


 そんな状況で期待に応えようとしているのか、それとも単に本気でこの状況すら何て事も無いとしか思っていないのか、アキトはまるで気負いを感じさせない声色で今後の展開を語った。


「とは言え、こんな手が通用するのは下っ端相手までだけどな。奴らはリーダーの命令で動いてるだけだ。どの程度操られてんのかは知らんが、直接洗脳されてるだろう群れのリーダーは術者の命令を忠実に遂行する可能性が高い」

「つまり威圧に関係無く襲って来るって事だよね」

「そゆ事。っつー訳で――」


 アキトと賢司が掛け合いながら既に目的地が目前に迫ったタイミングで”それ”は現れた。


 全体的な造形はディノレックスとほぼ同じ……しかし体長四メートル弱程度の彼らと違い、”それ”の体長は十メートルに達しようという程に巨大だった。頭部にはディノレックスには存在しない一本角がある。


 個体名は”ディオガレックス”――ディノレックスの上位種であり、群れを率いるリーダーである。


 周囲に手下となるディノレックス達を数頭従えて迫る姿には凄まじい貫禄があった。それを見てアキトは取り敢えず威圧してみる。


「ふんっ!」からの「ぴぎゃー!」で手下どもは即座に撤退していった。しかしボスは全く動じていない。


「やっぱりか、想定通りで嫌になるな」

「これだけの個体を操るなど……! やはりガーランドは”あれ”を使って……って、アキト殿? 何をしているのですか?」


 セレナが一人で得心がいった風な状態になっていると、アキトがおもむろに結界の外に出た。端から見れば自殺志願者の如き行いだが、誰も――セレナすら質問こそすれ止めはしなかった。そしてアキトに至っては何の気無く言ってのける。


「こいつだけは直接排除しなきゃいかんみたいだから片付けるわ。皆は結界の中から出るなよ」

「了解だよ」

「頑張ってなぁ~」

「言われなくても出ねぇっつうか、俺っちは出れねぇし」

「……心得ました」


 そしてそれを受けた全員が快く送り出した。はっきり言ってカオス過ぎる。どこの異世界にリアルジュラシッ〇パークに生身で挑む者が居て、よりによってその者を何の憂い無く送り出す輩が居るのだろうか。しかしそんな常識はとっくの昔にこの面子には通用しなくなっていた。


 アキトが何の気負い無く動けばそれはそうなのだと自然に受容される体が当たり前になっているのだった。それは信頼なのか、それとも既に一種の摂理だろうかは定かではないが、取り敢えず、セレナも染まってしまったのは言うまでも無い。


 それを見て、そんな感情があるかどうかも疑わしいがディオガレックスは舐められていると言わんばかりに怒気の咆哮を上げる。そして有無を言わさずに身を屈めると、渾身の膂力を以て地を蹴った。凶悪――それ所か最早死の宣告とも取れる咢を広げて。


 常人なら為す術無く死を受け入れる脅威が迫る中、それを見てアキトは言い放つ……存分に冷たく、そして多分に憐れみを込めて。


「所詮は亜竜……それでも洗脳されてる点で同情の余地も無くはないが――」


 そして続きは言葉でなく物理で紡がれた。何の躊躇いも無い純粋な殺意を込めた一撃を以て。


 ――仮にも”竜”を名乗るなら……分際を弁えろ‼


 アキトは右腕を竜化させると、その豪腕を下から上へと振り上げた。その軌道上にあったのはディオガレックスの頭部だ。亜竜の牙が到達するよりほんの僅か速く届いた黒竜の爪は何の抵抗も無く天へと振り上げられた。


 結果……亜竜は首から上を喪失し、空には鮮やかな赤い花が咲いた。飛ばされた首は既に原形を留めない所か……ただの血飛沫となって空を舞った。


 樹海の覇者と言えど、かつて最強を誇った竜の前では等しく無力。生態系の理が問答無用で証明された瞬間だった。

 美矢の見せ場が無い!


 でもまだまだ、彼女の活躍はこれから……の筈。


 そして前回思わせぶりに終わった華蓮達の場面……今回書き切れなかったので次回こそ!



 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ