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黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
プロローグ
2/62

竜宮アキトの事情 前編

 二話目投稿です。


 努力目標で一週間に一度は投稿したいです。


 できるように日々精進。

 夢を見ている。


 その夢は後悔と痛みに満ちていた。


 数多の仲間の死に悲しみ、それに抗えない自分に失望し、何度も心折れそうになっても膝をつく事は許されない。


 ――こういうのを悪夢って言うんだよなぁ~~。


 夢と理解していても、胸に去来する苦痛は実に現実味があって、まるで過去に経験したことでもあるかのように心を軋ませる。勿論、そんな事は生まれて一度も経験した事は無い。


 そのような経験を現代日本でする事態に陥るものなら、それは世界規模で世紀末なカオスに支配されている事は間違い無しである。つまりは有り得ない。要はただの錯覚なのだ。


 ――それでもキッツイわ~~。早く目ぇ覚めねぇかな。


 時々ではあるが、夢が夢だと自覚できる事がある。だと言うのに、何故か自発的に覚醒できた事は皆無だった。悪い夢からはとっとと覚めるに限る。いっそ誰かに叩き起こされないか期待していると、胸部に再び苦痛が襲いかかった。ただし今度は明らかに外部から物理的な痛み。


 続いて後頭部に激しく痛打を受けて、もたらされたのは爽やかさとは対極にある目覚めであった。


 見える天井は見慣れた二年B組の教室のそれで、自分が今仰向けに倒れている事を自覚する。推察するに、昼休みに机に突っ伏して就寝中だった己を誰かが机ごと蹴っ飛ばし、結果として自分は後頭部を思いっきり床に叩き付けられて目を覚ましたと。


 叩き起こされたいとは思ったが、流石に酷い仕打ちだと叩き起こされた当人――竜宮たつみやアキトは心の中で憤慨する。口に出せないのは体が半覚醒状態……つまりは寝ぼけている所為である。そこにこれでもかと言う程に不機嫌なセリフが吐き捨てられた。


「起きろコラ。……いつまでも寝てんじゃねぇよ」


 一九〇センチメートルは下らない長身、ガッチリとした肩幅に分厚い胸板、その前に組まれた腕は同年代の平均を二倍に迫る太さがある。短く逆立った金髪に猛獣の如き眼つきで見下ろす男はまるで虎か獅子が擬人化したような威圧感を以てアキトに迫る。


「…………動物園から逃げ出した虎みてぇだ」

「アァっ‼」

「あ~すまん、思わず心の声が漏れちまった。……何の用だ剛田?」


 アキトの発言に、それなりに緊迫した状況で固まる教室内の空気が更に極低温に晒された。周囲から「何て命知らずな」、「すげぇ、勇者だな」、「ちょっ、先生呼んだ方が……」や「あいつ……案外余裕なんじゃ――」などと驚愕、恐々なフレーズが飛び交っている。


 しかし次の瞬間、全ての音が消える。アキトをブッ飛ばした男子生徒――剛田ごうだ太我たいががアキトの腹を力の限り踏みつけたからだ。少々、道徳的によろしくない光景にどこからか「ひっ!」と呻き声が聞こえると、そのまま教室に何とも不快な静寂が訪れた。


「剛田さんと呼べと……何回言やぁ分かるんだ? えぇ、竜宮!」

「同級生に敬称を付ける理由が無いと何回説明させる気だ? 剛田タイガー」


 先程の”心の声”と合わせて、暗にケダモノ呼ばわりされていると気付いたようで、剛田のこめかみに青筋が浮かぶ。それを見て他の生徒達は戦慄していたが、相対しているアキトはどこ吹く風と言った具合に脱力した態度を崩していない。とても現在進行形で暴行を受けているとは思えない。そんなアキトに苛立つ剛田は何度もアキトの腹部に丸太モドキな足を叩き付けては恫喝を繰り返す。


「てめぇ、空気読んで発言しやがれ。半殺しにされても文句言えねぇ分際で、何ちょっと粋がってくれてんだ!? アァっ‼ 人が優しくしてやってる内に素直に礼を尽くそうって気が脳みそから抜け落ちてんのか、コラァっ‼」

「礼もクソもねぇ上に誰より空気読まねぇお前に言われたくねぇよ。……それよか、いい加減に用件言ってくれねぇか? この格好、流石にそろそろ羞恥心が限界なんだが」

「……言わんでも分かるだろうが」

「いやいや勘弁してくれ。聞かずに分かれとか、お前なんかと以心伝心しちまったら恥ずかし――」


 アキトの発言は最後まで紡がれる事は無かった。痺れを切らした剛田がアキトの胸倉を掴み壁に押し付けたからだ。


 ほぼ首を支店に宙吊り状態のアキト……頚部への圧迫で喘ぎつつ、言葉の選択を誤ったかと若干後悔していた。


 血走った眼差しで剛田が拳を振り上げる。周りの野次馬は目を逸らすか手で覆うかして眼前の凶行を見まいと努める。


 そして当のアキトは……多少の怪我なら目を瞑ろうと既に受動の体を整えていた。呆れるくらいにあっさりした精神構造をしている。本人の言い分としては煽った自覚があるので、仕方無いとした所だ。


 しかし、想定された結末は訪れなかった。


「そこまでよ、剛田」


 凛とした声で響く仲裁の宣言に、緊迫した空気が僅かに弛緩する。剛田を含めた教室内の全員――とっくに気付いていたアキトは除外――が声の発生源に振り返った。


 そこに居たのは声同様、凛とした存在感を放つ女子。腰まで伸びる黒髪を後ろで一纏めにし、大和撫子然とした少女――藤林ふじばやし華蓮かれんは前髪から覗くやや勝気に吊り上がった眼差しを剛田に向けると、ツカツカと距離を詰めてアキトを締め上げる腕に手をかけた。


「てめ藤林、何のつもり――」


 言い切る前に剛田の手から握力が喪失し、アキトはさも尻餅をつくように床に落下した。「ぐほっ」と間抜けな悲鳴を上げるアキトには目もくれず、剛田は華蓮の手を振り払った。その顔は苦悶に歪んでいる。


「……何の真似だ、藤林? って言うか何しやがった!?」

「別に、ただ目の前の暴力行為を未然に防いだだけよ」


 何をしたかについては一切回答していない。種明かしをするなら、尺沢しゃくたく――前腕内側の肘近くに在る急所――を指圧したのが正解だ。しかし華蓮にそれを説明する気は更々無く、その態度が気に喰わない剛田は痺れる左腕を庇いながら華蓮に詰め寄った。


「私が何したかなんて、どうでもいいでしょ。って言うか、あんたも武道家の端くれなら自分で調べれば? あの程度で怯むなんて、修練が足りない証拠よ」

「ウルセェっ‼ 関係ねぇだろうがっ‼ それ以上に、オレが竜宮と話つけるの邪魔される筋合いがねぇっつってんだ!」

「本当に”話す”だけなら手を出す気は無かったんだけど……明らかに話し合いじゃ済まない状況だったから手を出したのよ。竜宮とは知らない仲じゃないしね。それとも、あんたにとっては拳を使う行為が”話す”事なのかしら? だとしたら脳内の辞書を人間用に修正する事をお勧めするわ。きっと、ケダモノ用にダウングレードされてる筈だから」


 アキト同様に歯に衣着せず剛田をディスる華蓮。その所業に教室内の温度が極寒レベルに急降下した。ただ、一部の女子からは南国レベルの熱気が発せられている。「お姉様、素敵!」などと呟いているが気の所為だろう。少なくとも華蓮にとっては気の所為なのだ。


 一方の剛田は火山が噴火する光景を幻視できるレベルでキレていた。最早言語を話さず「グラァっ」と唸り声のみ口内から漏らして――「マジでケダモノだなぁ」というアキトのディスりにも反応せずに――華蓮に襲いかかった。


 その直前に”それ”は教室外から華蓮に投擲された。華蓮は”それ”を受け取ると見惚れる程に無駄の無い動作で剛田の眉間に”それ”の先端を突きつけた。咄嗟に停止したお陰で撃ち抜かれはしなかったものの、剛田のこめかみに冷たい物が流れる。刹那、華蓮は”それ”――竹刀を引くと剛田から間合いを離して中段に構える。


「あら、見切れるだけの理性は残ってたのね。そのまま突っ込んでくれて良かったのに」

「……ってめ、卑怯――」

「はい? 丸腰無抵抗の男子は平気で嬲れるくせに、相手がちょっと武装したら女にすら太刀打ちできないとでも?」


 そう言う華蓮の目は既に汚物を見る目と大差無かった。


 紅蓮の剣姫――それが女子剣道部のエースである華蓮の(それはそれは不本意な)二つ名だった。なぜに”紅蓮”とツッコんではいけない、特に華蓮本人には。以前ツッコんだアキトは問答無用でボッコボコにされた。その時初めて命名者は彼女の幼馴染だと判明した。


 後日、その幼馴染に問い質した所、『ノリ‼』とそれはそれは良い笑顔で宣言したのでアキトは爆笑した。直後に二人揃って紅蓮の剣姫様にゴミクズにされた。


 閑話休題それはともかく


 剛田が引け腰になった理由は言わずもがな、華蓮の実力を知っているからだ。


 剛田も空手部のエース的立場ではあるが、いつだったか剣道部と空手部(と言いつつ実質は剛田一人)が諍いを起こし、紆余曲折あって剛田の提案により代表者同士の試合で雌雄を決する事となった。


 一見して無茶苦茶な提案がまかり通った理由は置いておいて、結果は剣道部代表の華蓮の圧勝だったのは両者の現状から言うまでも無い。正に剣道三倍段が証明された出来事だった。


 途中まで剛田が強気だったのは華蓮が丸腰だったのが原因であり、獲物を得た彼女に勝てる気は露程も無かった。


「それで……戦る気が無いなら、とっとと失せれば? 自分のクラスに戻りなさいよ」


 華蓮の最早人間を相手にしているとは思えない態度に気圧され、剛田は歯噛みしながらも踵を返した。その際に八つ当たりとばかりに野次馬生徒群を払い除ける。教室を出る前に「これで済むと思うなよ‼」と捨て台詞を残して行ったが、それを向けた相手はアキトだったか、華蓮だったか。取り敢えず、戦慄〇宮に成り果てそうだった教室にようやく平穏が戻った。


 安堵したクラスメイト達から自然と拍手と歓声が贈られた。一部の女子は「おっねぇええさまぁあああ‼」とヒートアップしているが無視した方が良い。ちょっとした羞恥に頬を染めた華蓮だったが、すぐに気を取り直して今回の騒動におけるもう一人の当事者に歩み寄る。未だにペタンと座り込んだアキトだ。


 華蓮はやや呆れ顔でアキトに手を差し出す。アキトも苦笑いながら手を返す。そしてアキトの口から世話になったと礼の言葉が溢れた。


「助かったぞ、日曜朝に活躍するヒロイン」

「いや誰がプリ〇ュアよ。今の年齢であんなの気取ったら痛い事この上ないわ」

「ならセーラー服少女戦士の方が好みか?」

「セーラー〇ーンでもないわよ! いやセーラー服は着てるけど! 指定されてるから着てるけども‼ って言うかそれを言うなら”美”少女戦士よね? 何で”美”を取ったのかしら? ねぇ、ねぇ!?」

「うわっ、藤林ってば自分で自分を美少女って痛いわ! マジで痛いわ! 大事だからもう一回言うけどガチ痛いわ!」

「アァッ!?」

「おぉっと、乙女とは思えない声が聞こえたよ。……心配するな藤林、お前は紛う事無き”微”少女だ」

「オーケー喧嘩売ってくれてるわね竜宮。表出なさい、半殺しにしてあげる」


 アキトさんは礼を言うという建前で弄る方へシフトチェンジしたようです。それを受けた華蓮さんは先程の剛田と殆ど同じ言動でお応えしました。因みに華蓮さんは十人が客観的に見れば十人が首を縦に振る立派な”美”少女だと思います。


 教室内の空気が再び変わる。ただし、今度はかなり生温かい空気に。クラスメイト達の視線も同じくらい生温かい。誰も口にしないが「また始まったぜ」と言いたいのが雰囲気で分かる。誰もが野次馬にならず平常運転にギアチェンジしていた。


「はい、スト~~ップ。そこまで」


 一触即発(笑)な状況を打破したのは穏やかさを具現化したような男子の声。それに真っ先に反応したのは華蓮だった。


「止めないで賢司。女には殺らなきゃならない時があるの」

「名言っぽい感じで物騒な事口走らないで華蓮。助けた相手を自分で殺るとは鬼畜の所業だから」


 女子が羨むレベルでサラサラな黒髪を揺らすイケメン――城島じょうじま賢司けんじは穏やかさを崩さず幼馴染である剣姫様を宥める。因みに痛い二つ名の命名者は彼ではない。そんな命知らずはもう一人居る幼馴染の――。


「おーっす竜宮っち、間一髪だったな。俺っちの超絶ファインプレーに感謝してくれよ」

「おうよ、サンキュー立石。相変わらずの機転に激しく感謝だ」


 この些か軽いノリの立石たていしまもるその男である。アキトとも随分気安い間柄で、実はアキトの窮地を見兼ねて華蓮に知らせたのも、丸腰で現場に急行した華蓮に竹刀を投げて寄越したのも彼の仕業だったりする。それ故の”ファインプレー”宣言だった。


「竜宮……あんた守には素直に礼が言えるくせに私にはどうしてこうなのよ?」


 自分への扱いの差に手を額に当てて脱力する華蓮。幼馴染二人――特に守――が変容させる空気に引っ張られて、とっくに頭は冷えていた。


「ははっ、悪い悪い。ついいつもの癖でな。藤林は良いリアクションしてくれるから面白くてよ。もちろん本気で感謝してるぞ。流石は紅蓮の剣――」

「セェエイヤーっ‼」

「「ブゲラっ‼」」


 気合一閃。アキトが言い切る前に神速の突きが二連続で打ち出された。一発は言うまでも無くアキトの、そして二発目は……守のそれぞれ眉間に直撃する。


 二人は仲良く仰け反りからのバク転経由後うつ伏せアンド床ビタンで没した。思いの外、素早く回復したのは守だった。


「非道いぞ華蓮。何で俺っちにまでこの仕打ち?」

「うっさい! あんたが余計な二つ名考えなきゃ起きなかった悲劇でしょうが‼」


 守の非難は剣姫様によって無残に一刀両断される。そしてようやく回復したアキトを賢司が引っ張り起こした。


「せっかく無傷で生還できてたのに、何で竜宮は殺られるの知ってて華蓮を弄るかな? もしかしてドが付くMなの?」

「それは激しく否定する。まぁ、もう習慣になっちまってるからな、このやり取り。今更止めると調子が狂うと言うか――」

「それは剛田に対してもかな?」

「…………」


 賢司の指摘に思わず沈黙するアキト。さっきまでギャースギャースと騒いでいた華蓮と守も黙り込む。その表情は打って変わって真剣だった。クラスメイト三人からの無言のプレッシャーに、アキトは頭を掻きながら視線を逸らす。まるで自身の失策を恥じるように。


「……あそこまで逆上させたのは、高校に入学したばっかの時以来だな。あん時は今回と違ってボッコボコにされたけど」

「今回だって私が割って入んなきゃそうなってたわよ。……何であんな強情に挑発したのよ? そりゃ、あんたってば他人をしょっちゅうからかってばっかだけど、本気で怒らせることなんて滅多にしないのに」

「そこら辺の匙加減がメッチャ上手いよな竜宮っち。特に剛田に対しては毎回口八丁で振り回してるだろうに、今日に限って何で?」


 華蓮と守から当然とばかりにぶつけられる疑問。華蓮は常日頃から弄られている為、守は毎回それを間近で見ている為に、アキトが如何に口での駆け引きに長けているかを知っている。なので、今回の剛田とのやり取りは明らかにおかしいぞと言わずにはいられないのだ。


 頬をポリポリ掻きながら、相変わらず視線を三人から逸らしたままで、アキトは歯切れ悪く呟いた。


「…………あぁ、うん。夢見が……悪くて」

「「「はぁ~~?」」」


 幼馴染トリオの綺麗にハモったリアクションに、アキトは益々バツが悪くなった。また言葉を間違えたか? それとも言う必要が無かったか? ちょっと穴があったら埋めて欲しい気分になった。


「何それ? 嫌な夢見たから寝起きが悪かったとでも言いたいの?」

「あぁ~うん、そんな感じ」

「う~~ん、気持ちは分かると納得するべきか、たかがその程度であそこまで遠慮が無くなるのかと呆れるべきか」

「そもそも、蹴り倒された時点で寝起き最悪は確定っしょ」


 華蓮の問い掛けを概ね肯定するアキト。それを聞いて賢司、守は各々感想を述べ、アキトはそれについてはノーリアクションだった。すると賢司がアキトの反応を訝ると核心を突いてきた。


「ひょっとして、過去の嫌な思い出が夢で再生されたとか?」

「ぉおっ、城島よ、お前はエスパーか何かか?」

「およよ、竜宮っちの黒歴史かな? それってどんな夢? どんな? どんなゲップ!」

「落ち着け、ミスターデリカシーゼロ」


 夢への踏み込みが激しい守が華蓮の裏拳によって壁画と化した。それでも教室内の空気に変化は無い。いつもの光景である。不意に途切れた会話を再開したのはどこか納得したような賢司だ。


「黒歴史については深く突っ込まないけど、だとしてもタイミングが悪かったね。……今日は剛田の方が超不機嫌だったんだから」

「あ~やっぱし」


 賢司の発言に得心がいったアキト。自分も自重しなかった感はあるが、それでも今日の剛田は沸点が低かった印象があったのだ。


 イケメン曰く、他校の女子生徒に狼藉を働いて警察沙汰になりかけたとの事。詳細は省くが、相手に入院する程の仕打ちをしながら、御家族の前で詫びる所か開き直ったらしい。


 それを聞いた剣姫様は「あのクズ、股ぁ磨り潰しとけば良かったわ」などと恐ろしい事を仰ったので、男子三人は震え上がりながら内股になった。


 剛田太我。……このような事情が多々あるのが空手部でエース的立場・・・とされている所以である。実力だけなら間違い無くエースなのだが、素行が悪過ぎて人望が圧倒的に薄いのだ。


 学校内外で大小様々な問題を起こす男が未だに退部所か退学にならないのは、父親が地元トップ企業の社長であり、空手部及び高校にかなりの寄付をしており、諸々の優遇措置が施されているという何とも胸糞悪いテンプレ背景が存在する為。


 過去に起きた剣道部VS空手部騒動が容認されたのもこの辺の事情が大きい。校内では教員ですら剛田を強く咎められず、それが彼の暴走を助長しているのだ。


「それでも今回は流石にやり過ぎたみたいでね、いつもなら親の威光で黙らせられたんだけど、被害者の女の子……かなり良いトコのお嬢様らしくて――」


 賢司の話を要約すると、結果としては被害者である女子高生の意思を尊重して、表沙汰にならないよう配慮がされたが、一時はかなり大きな問題になったとのこと。流石に父親も甘い顔はできず、剛田は相当絞られたらしい。


 今まで散々甘やかされて、肥大化したプライドを持つ剛田にしてみれば不条理極まりない仕打ちであり、キレやすくなったとしても致し方無いのだ。


「ふざけんなっつーの‼️ 親に叱られて癇癪起こしたガキと同じじゃない!」


 華蓮の評価は辛辣だ。元々彼女の剛田に対する評価は最底辺である。


「全く以て正論だね。しかし残念ながら、相手はそんな正論が全く通じない人間の皮を被ったケダモノだから。華蓮と竜宮はしばらく奴と出くわさないよう注意して」

「えっ、私も?」

「当たり前でしょ。恨みを買ってる点だけなら華蓮が最上位だよ。部活でも極力関わらないことを留意して」


 片や賢司の判断は現実的だ。さりげに果てしなく剛田をディスっているが、それを指摘する者は居ない。


「……俺っちとしては華蓮も心配だけど、それ以上に表沙汰にされないよう処理された事実を、賢司が当たり前に把握してる事実に関心が寄せまくりなんだが」

「僕の個人情報は高いよ。守でも簡単には明かせないね」


 イケメン君の情報ソースは例え幼馴染の親友でもシークレット。幼少期から付き合いのある守や華蓮であっても、容易に触れられない程に彼の深淵は深かった。


 ましてや、高校から一年少々程の付き合いしかないアキトには敷居が高過ぎて触れたいとすら思わない。ある意味、物理的な障碍でしかない剛田より全容が知れない賢司の方が脅威な気がする。


 そんな事を考えつつ、未だにイケメン君を根掘り葉掘り質問攻めにしている剣姫様とミスターデリカシーゼロを置いて、アキトは席を立った。


「――って、あれ? 竜宮どこ行くのよ?」

「ん、腹減ったから購買にパン買いに行く」

「ふえ? 竜宮ッち、さっき弁当食ってたよな?」

「寝たらまた減った。育ち盛りだから」


 燃費悪過ぎ! ……と華蓮からツッコまれ、賢司からは最近のおすすめパンを紹介される。もたらされる情報の幅広さに再び感心しつつ、アキトは教室を後にした。


====================


「なぜこうなった?」


 黄昏つつ自問自答しながら教室へ戻るアキト。その手にはコッペパンが握られていた。


 ザックリ言うなら、これしか売れ残っていなかった。昼休みも終わりかけ……、人気のあるパンは尽くが売れてしまっていた。購買のおばちゃんが不憫に思ってかマーガリンをおまけしてくれたが、アキトはパンにはジャム派だ。それもブルーベリージャムが好きだ。なので不満タラタラだった。


 だったら貰うなよと自身を窘めた後、そもそも不満があるならなぜ買ったと自問に至り、心の中で「俺は馬鹿か?」と密かに自己嫌悪に陥っていた。空腹は人を狂わせると思い知ったアキトだった。


 不意に窓から外を見ると、飛び込んだ光景にアキトは盛大に顔を引き攣らせる。


 ……剛田が居た。幸い、向こうはアキトに気付いていない……と言うより取り込み中だ。見た事も無い誰かが剛田に締め上げられていた。


 何と不憫な。おそらく華蓮にあしらわれた腹いせの生贄になった生徒にアキトは同情した。


 だからだろうか、その行動はほとんど気紛れで、アキト自身、特に深い意味は無くそれを実行した。あるいは教室での仕打ちに対する細やかな仕返しだったのかもしれない。


 アキトは右手のコッペパンを力の限り握り潰す。直後、右手の指先にはビー玉サイズにまで圧縮された”コッペパンだったモノ”が在った。そしてアキトは周囲に人の気配が無いのを確認すると……、それを力一杯に投擲した。


 放たれたそれはレーザービームの如く一直線に、寸分違わず剛田のこめかみに命中した。剛田は水平方向に一メートル程弾かれた後、そのまま地面に突っ伏した。


 残された生徒は目の前で起こった事態に対応できずにいる。一体何が起こったのか、そして自分はどうすれば良いのか、行動指針が定まらずに右往左往していたが、最終的に放置する事にしたようだ。思考停止した虚ろな目でその場を後にする。現場には倒れたまま微動だにしない剛田だけが残されていた。


 その様子を、どこかスッキリした笑みを浮かべて眺めていたアキト。しかし自身の右手を見て絶句する。


 アキトの右の前腕部は所々が漆黒の鱗で覆われていた。指先には鋭い鉤爪まである。明らかに人間のそれではない右手を見て、アキトは無言で天を仰ぐ。胸中によぎる一言、それは――。


 ――またやっちまった・・・・・・・・


 と、何とも緊張感の欠片も無い呟きだった。因みに剛田が居たのは一階の渡り廊下、対してアキトが居るのは二階の渡り廊下で、両者は直線距離で一〇〇メートル近く離れている。一連の動作はとても人間業では説明できない。


 併せて自分の右手がとんでもない事態になっているのに、驚愕するも混乱するも悲観するもない。なぜならアキトは生まれた時から自身が人間でないと知っているのだから。


 思い出すのは教室で見た悪夢。この世の出来事ではない、そもそも日本に生まれて今まで経験した事の無い極限の状況。なのになぜか妙に現実味があって、どこか懐かしい光景。


 確実に生まれてこの方、直面した事の無い窮地だった。そう、生まれ変わって・・・・・・・から一度も、この平和な日本であんな事態に陥った事など無い。しかしそれは前世で、こことは違う世界――【スフィア】で経験した現実だった。


「夢だったら、それはそれで良かったんだけどなぁ」


 魔力を収めると黒鱗と鉤爪は消失し、そこには何ら変哲もない人間の右腕が在った。目の前の現実を噛み締めて、安心するような呆れるような複雑な心境で溜息を漏らすアキト。視線を上げると、窓から見える雲一つ無い青空に向かって静かに言を紡いだ。


「拝啓、駄天使レイア様。貴女が十回中六回は失敗するだろうとほざきやがりました転生は無事に成功しました。私、黒竜アカツキは善良な日本人として日々を慎ましく生きてますよっと」


 そのまま空を突き抜けて異世界まで届け……そんな気持ちを申し訳程度に込めて、アキトは教室に戻った。


 竜宮アキト。高校二年生。元竜族で今は日本人。


 最後の竜族アカツキ・マガラがこの【地球】で転生してから十七年が過ぎていた。

 プロローグは三話程度を予定しております。


 本編開始までもう少しお付き合いください。

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