表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒竜は異世界に帰る  作者: 夢見シン
第一章 ギャレリア帝国編
10/62

元黒竜VSケダモノ

 剛田太我にとって、何かを望む事は手に入れる事と同義である。


 幼少期より望んだ物は玩具であろうと食べ物であろうと、それが例え他人の所有物であろうと手に入る事が当たり前だった。


 それは与えられる事もあれば自身で勝ち取る事も多分に有り得た事で、生来備わった非凡な身体能力にものを言わせた……つまりは力づくの強奪もその頃から日常的に行ってきた。


 本来なら親が叱る、もしくは力及ばずしっぺ返しを食らうなどして自制を養って成長するのが普通だろう。しかし彼の成育歴にはその両方が著しく欠落してしまっていたのが問題を巨大化させたと言える。


 剛田の父親は息子が望めば有無を言わさずに与え続けた。よって剛田は望む物が与えられて当然と考えるようになった。


 剛田は誰が相手でも力づくで負ける事が無かった。よって剛田は暴力を行使する事に躊躇わなくなった。ついでに補足すると、それが問題になっても父親が揉み消し続けたので剛田は自身の行動を問題視しなくなっていった。


 そんな事を繰り返した結果、思春期を迎える頃には現在の剛田が当然のように形成されていた。


 そしてその頃になり、剛田の望むものに”女”が加えられた事が周囲に与える被害を増大させていったのは言うまでも無い。


 欲しいと思えば問答無用で物にした。中には合意の上で関係する者も居たが、仮に合意が無かろうと障碍にはならなかった。例えパートナーが居る相手だろうとそれは変わらず、寧ろパートナーの男性が害を被る悲劇を量産する事態を招いた。


 言わずもがな犯罪行為であったが、それらは父親によって処理され剛田が痛い目に遭う事は皆無だった。


 そんな剛田の次なる標的は高校入学と同時に現れた。肩まで伸びたセミロングの黒髪が似合う微笑みの天使――愛奈だ。今までに培った価値観と下衆な経験値をバックボーンとする剛田にとって、愛奈を手籠めにする事は既に決定事項となっていた。しかし、ここで剛田は一手待つ事態に直面する。


 それがアキトの存在だった。決して誇れない経験を重ねた剛田は標的にパ-トナーが存在する場合、面倒と感じる程度ではあるが手間を掛けなければならないと学習していたのだ。


 アキトは愛奈と恋人という訳ではなかったが親しい間柄という点では大差無い。このような場合、まず初手で男の方を黙らせておいた方が事を楽に済ませられると剛田は知っていた。事後に男の方から騒がれるより、予め叩きのめして反抗の芽を摘んでおけば後腐れも無く、上手くいけば女を嵌める手伝いにも使えるからだ。他にも信頼する相手の裏切りを突きつければ女の方も大人しくなるという特典も得られる。


 全く以て鬼畜な理屈で剛田はアキトに接触した。凡そ紳士的の対極にあるファーストコンタクトを経て剛田は予定通りアキトを制圧。その際に予想外な口撃で迎え撃たれたので少々やり過ぎた気はしたが、剛田は毛程も気にしなかった。


 後はアキトを脅して日和見か御膳立てを強制すれば今まで通りに剛田は欲望を満たせる。そうして意気揚々と改めてアキトと対面した剛田。何故かアキトを捕まえるのに時間が掛かったが、相手が自分を怖れていると勝手に納得していた。


 しかし剛田の思惑は、いざアキトに命を下した時に面白い程明後日の方向へ飛んで行った。


『阿呆かてめぇは? 寝言はせめて寝て言え』


 愛奈を襲うから知らない振りするか手を貸せという命令に対して、今までこんな残念な野郎は見た事ねぇ、と言わんばかりな反応をアキトは剛田に返球したのだ。


 思わぬ初体験に流石の剛田も絶句した。喧嘩を売られた事は星の数程あれど、一度叩き折った相手からさも当然のように言い返された経験が無かったからだ。


 勿論キレた。しかし何故かすぐに周りの人間達に仲裁されてしまった。別に全員を下せば良かったが、この頃になると人目にある程度配慮するようになっていた。あくまで後始末の面倒を嫌っての配慮で羞恥心や世間体とは無縁の配慮であったのは御愛嬌……とは言えない。


 セカンドコンタクト以降も事ある毎にアキトに絡み続けた剛田だったが、ある時は良いように言い包められた隙に逃亡を許し、またある時は口車に乗せられて――愛奈を誘き出すと騙されて――頭文字イニシャルYな方々の事務所に招かれてヤ〇ザ式肉体教育を受ける羽目になったり、良しんばアキトに手が届こうものなら何故かいつも私服警官の御用になったりと一向に望む展開に持って行くことができなかった。


 上手くいかないのはアキトの所為と八つ当たり気味にストレスを溜め込む剛田だったが、実はアキトの手によってそうなるよう誘導させられていたのが事実だったりするので、あながち間違ってはいない事に気付いていなかった。


 そうなればいっその事、後の憂いを考えず直に愛奈に手を出そうとした事も一回や二回や十回ではなかった。しかしただでさえ病弱な愛奈は滅多に登校しない上に、稀に登校した時も決して一人になる事が無かったので手が出せなかった。


 登校中を狙おうとしても、うっとおしい関西娘が人目が多い場所だけ(・・)にウロウロと愛奈を連れ回すのでこれも頓挫した。下校時などそもそも愛奈を視認できた試しが無い。校門を潜る際にアキトと美矢と一緒に居る所は何度も目撃していたが、何故か(・・・)そこで見失ってしまっていた。


 結局一年以上経っても愛奈をものにできない事に鬱屈する剛田は、その間で過去には考えられない程雑な手段で欲望を撒き散らす愚を多々犯してしまい、終いには欲情もできない貧相な剣道女子に人生初の敗北を味わい、この時点では剛田は知る由も無いがそこにアキトや賢司の介入も加わり紆余曲折あって退学、逮捕と人生で初めて且つとびっきりの苦汁を舐める事となった。


 更なる追撃とばかりに、いよいよ堪忍袋の緒が切れた父親から半ば勘当同然な仕打ちを受け、全ての元凶(と剛田が思い込んでいる)アキトへ報復に赴いた矢先に異世界転移させられるとある意味波乱万丈な人生を歩み始めた剛田だが、ここで彼の心境に変化が訪れた。


 剛田も召喚当初は皆と同じく――と言うより誰より――現状への不満を垂れ流していた。心の持ちようが変わったのは能力値測定を受けた直後……自身がこの【スフィア】で超人的な技能を持つ事を知ってから剛田の心は一変したのだ。


 ――【スフィア(ここ)】ならオレは誰にも負けねぇ‼


 冷静になれば、既に【地球】に何一つ未練が無い事に剛田は気付いた。他の面々は帰還を望んでいる様子だが、剛田はとっくにこの世界で思うように生きる事を決心していた。【地球】では思うまま生きようとしても何かと制約が付いて回った。周囲がどう見ていたか知らないが真に満たされた事など無い。この【スフィア】ならできるかもしれない。己の身一つで真に自由な生を満喫できる……そう思い至った時、剛田の中で何かが弾けた。


 手始めに剛田は【地球】に居た頃からの野望二つを成就するべく動き出した。それは愛奈を手中に納める事とアキトの抹殺だ。後者は文字通り命を奪う事を指した。【地球】ではどんなに望んでもできなかった事だ。


 しかしここでも予想外な事態に陥ってしまう。何故か愛奈と接触する事ができなかったのだ。最初に教会本部で目にしてから一度も視界にすら収められていない。決して頭の巡りが良いとは言えないケダモノな剛田だが、ここまで関われないとなると不自然に感じるのも当然だ。そして困った時にはアキトの所為となるのがこの男の思考回路であり、それなら先にアキトを始末するついでに愛奈について問い質そうと剛田はアキトへの襲撃を企てた。


 実は愛奈を認識できないのはアキトの対策が功を奏している結果なので、剛田の短絡思考回路はあながち間違ってはいない。頭は悪いがこういう野生的な本能が馬鹿にできない男……それが剛田太我だった。


 なので奇襲する場所と実行する時間の選定は殆どと言うか全く考えずに決められた。夜の帳が下りた頃の中庭だったのはアキトを探していたら、たまたま見つけた時間が夜だっただけの、たまたまそこを通りそうだったから先回りして待ち伏せただけと結構行き当たりばったりだったりする。


 本能だけでそこまでやれたのは大したものだがアキトにも言われた通り褒められるのはそこだけ、如何せん潜んだ経験など無いのだから奇襲そのものはお粗末な結果に終わってしまった。そして当の剛田は何が駄目だったのか理解できていなかった。


 自覚できずに混乱するも、皮肉にも仇敵であるアキトからの警告でその意識は一点に固定された。


「……愛奈の事は諦めろ、できないなら俺はお前を消す」


 即ちそれは純粋なる怒気だった。否……限り無く殺意に近いのではないか。今まで誰からも放たれた事の無い強い言葉に対する拒否反応だったかもしれない。


「……はぁ? 『消す』だと、お前が、オレを!? 調子乗ってんじゃ――」


 しかし思いの外、剛田は(あくまで従来と比較して)冷静な対処を心掛けた。召喚時の経験から頭を冷やせば思考の余裕が生まれる事をようやく学んだ結果だ。ついでにアキトにより人生初のしっぺ返しを受けた経験もさり気に生かされている……激情が失敗の元となる事もあると。


「今のやり取りで俺が調子に乗ってるだけとしか考えらんねぇからお前は足元を掬われるんだよ、【地球】に居た頃みたいにな」

「なっ!? テメェ、まさか――」


 それでも所詮は浅い経験、付け焼刃にもならない自制心はアキトからのカミングアウトでいとも簡単に吹き飛んだ。


「元々自重してたかどうかも疑わしいお前が、こっちに来て更に頭のネジが飛んではっちゃけたとしてもだ、そんなもんこっちも自重を止めればどうとでもなる話だ。今度は逮捕なんて生温い罰じゃ済まさねぇ」


 自覚は無かったがただの八つ当たりだった。問答無用でアキトの所為にしておけば自分が納得できた。故に自身が貶められた事の真実は分かっていなかったが、ここに来て剛田はようやく真実に辿り着く。


「……お・ま・え・が…………お前が、オレを……よくも……、よくもぉおおおおおっ‼」


 人が宿せる閾値を軽く振り切った感情を迸らせて、剛田は自身の獣性の赴くままに地面を蹴り、拳を振り被る。更には強化魔法も発動させる。制御不能になるリスクを鑑みてガーランドが剛田に対する魔法訓練を遅らせていたにも関わらず、攻撃に合わせて割と見事に筋力強化を成功させた。


 元より大した努力も無しに空手で全国クラスの実力を誇る剛田の格闘センスは一級品だ。それは本人の素質もさる事ながら、実は学習能力に由来している。要は手取り足取り教わらなくても見れば何となく理解できてしまうのだ。


 我流が含まれるので決して出力、効率は良くないが、そこは持ち前の身体能力と魔力量で補っている。それだけで人間を殺傷するには十分過ぎる威力を実現していた。


 知覚が加速され、剛田の視界には自分の右拳がアキトの頭部に迫る様子がスローモーションに映る。表情を変えず微動だにしないアキトを見て自然と口角が持ち上がる剛田……そこに人としての情は存在しない。僅か先の未来に、めり込む拳によって歪むアキトの顔を幻視しながら剛田は狂気を振り抜いた。


 だが剛田の幻視した未来は訪れなかった。何の前触れも無くアキトの姿が掻き消えた直後に拳が空を斬り、続けて自身の視界が反転する。そのまま苦痛らしい苦痛も感じぬままに気付けば地面に組み伏せられている自分が居た。剛田がその現実を知覚できたのは、己の頬が湿った土の冷たさを身に染み込ませてからたっぷり数秒は要した後だった。


 何が起きたかと言うと、アキトは剛田の突きに対して体捌きのみで回避すると剛田の胸側に回り込み、瞬時に突き手を左手で掴み、相手の左脇下に右手を滑り込ませるとそのまま勢いを殺さずに剛田の体を宙に跳ね上げたのだ。本来なら勢いそのままに背中から地面に叩き付ける事もできたが、剛田の膂力を殺さずに活用すれば轟音を響かせて地面が陥没するのは容易に目に見える結末だったので、敢えて力を上方向に逃がして威力を完全に殺し尻餅を着く体で接地させた。


 剛田の健康への配慮など微塵も存在しない。あくまで騒ぎを広める愚を犯したくなかっただけだ。


 後はうつ伏せに押し倒し右腕を捻り上げれば制圧完了、右腕に走る痛みで剛田は静かに呻き声を上げた。


「……ぐっ、はぁ……な、何が――」

「喋るな」


 有無を言わさぬ冷たい圧力が頭頂部から爪先までを疾駆した。その感覚をすぐには理解できなかった。なぜならそれは剛田が今までに一度も覚えの無い感情だったからだ。思考がホワイトアウトを起こし、体が金縛りにあったように硬直する。今まで経験した事の無い現実が剛田から行動、思考の自由を奪う。


「……命を握られる感触は初めてか? ならこれが初体験だな、童貞卒業おめでとう」


 そんな剛田の心境を余さず察するアキトがまるで覚えの悪い生徒に諭す教師のように語り掛けた。内容は怖ろしく洒落になっていない。お陰で剛田は思考能力を復活させるも、認識する事実は彼に望まぬ現実を叩き付けた。


 ――”命”だと? 握られる? ……オレ……死ぬのか? 殺される? 誰に? 竜宮こいつに!?


 これまでの人生で誰かに敵意を抱いた事など数知れない。向けられた事はあっても、そんなものは常に正面から砕き散らして生きて来た。自分にはそれができるだけの力があったから。しかし相手から殺意を向けられた事など無い。


 だから剛田は知らなかった……抗う事が許されない現実がある事を、理不尽且つ一方的に蹂躙される屈辱を。そして、命を脅かされる恐怖を。なまじ先程自身が殺意を抱いたが故に、今自分に向けられるものが何なのかが分かってしまった。よりにもよって生来の獣性の所為でより鮮明に。


 ここに来て剛田はついに悟る……自分が如何に危険な相手に手を出しかを。蛇に睨まれた蛙でもここまで無抵抗に徹する事は無いだろう。頭の悪さに反比例して野生の本能に長けた剛田だからこそ効果的とも言える。即ち、絶対に覆せない弱者と強者の理に於いて、自身が弱者だと悟ってしまったのだ。


 今のアキトが放つ気配は最早人間のそれとは次元が違った。剛田も人外、化け物と揶揄される能力を誇るもアキトに言わせれば所詮は人間の範疇なのだ。前世より引き継いだ竜の力はその一端と言えど人間にとっては高峰を仰ぐ程の威圧となって心を潰す。


 駄目押しとばかりに首筋に当てられる鋭利な感触……剛田に見えてはいなかったが”それ”が自身の命を握っている事は簡単に理解できた。


 アキトが押し当てる”それ”は自身の左手……ただし竜化した鉤爪だった。それも【地球】に居た頃とは段違いに前世の形状を再現しており、二の腕の半ばまでを漆黒の竜鱗が完全に覆っている。更には前腕外側から手甲部までを鱗と同じく漆黒の外殻が纏っていた。外殻は爪の先まで達しており、指の節々毎に鋭角的な外殻を纏い、それが鉤爪の役割を果たしている。


 ほんの少し撫でるだけで、その爪は剛田の首を斬り裂き闇夜に血飛沫の華を咲かせるだろう。もしくはほんの少し力を籠めるだけでその握力は剛田の首を捻じり切るだろう。


 人並外れた野生を有する故に、その事を言葉交わさずとも理解できてしまった剛田は十七年の人生で初めて恐怖した。全身の汗腺から極低温の汗が噴き出す。体温がみるみる低下し、意識とは関係無く体が震えた。思考が真っ白に染まりゆく中、その声は異様な程クリアに意識に刷り込まれた。


「剛田、俺は仏様とは違う。お前みたいな阿呆の愚挙を三度までも容認するなんて有り得ない」


 仏の顔も三度まで――だが殺意まで抱かれた相手なら一度たりとも情を掛ける必要など無い。その宣告は一切の熱を宿さない程に無機質だった。首筋に当たる圧が強まり、温もりを伴った何かが垂れる感触を明瞭に自覚する。皮が裂けて血が流れていた。死を実感した剛田は、しかし続いた言葉に肉体と魂魄の全てを弛緩させる。


「ただし……【地球】の同胞のよしみで一度だけ見逃そう。だが忘れるな……次は無い、次に俺や俺の周囲を害するようなら……問答無用で消す」


 帝城内で剛田を殺すと今後の計画に支障が出る為という打算も当然あった。しかし道理の異なる異世界にてこういう馬鹿をやらかす輩が居ても仕方が無いとアキトは思う。寧ろ、剛田以外の面子が現実を受け止め過ぎていると感じていた。ならば、一度だけなら温情を施すのもやぶさかではない。ただし、本当に一度きりだ。


 言い終わった刹那、剛田の首から殺意が去り、アキトは気配もろともその場から消えた。元黒竜が自分なりの筋を通した結果、冥府に片足を囚われたケダモノは何とか安寧を得る。


 堪らず荒い息を吐き出した。それまで呼吸が止まっていた事さえ意識できていなかった。異様に重くなった体を起こし、辛うじて四つん這いの状態で息を整える。


「う……あ、ぐ……かはっはっはっはぁああああ」


 不器用に肺に酸素を取り込むと、途端に思考が平常機能を取り戻した。それは決して剛田にとって好都合とはならなかった。


 地に着いた両手で無我夢中に自分の体を抱き締めた。支えを失い額が勢いよく地面にぶつかる。両膝と額の三点で蹲る体を支えながら、どうしようもなくガタガタと震える己を現実に繋ぎ止めた。


 少しでも気を抜けば意識が闇に沈みそうだった。いっそそうなった方が剛田の精神にとっては良い筈だが、十七年培い無駄に肥大した自尊心がそれを拒んだ。肉体が失禁も止む無しと恐怖への警報を鳴らしても自尊心がそれを許さなかった。


 嫌でも実感させられた。今、自分は死にかけた……殺されかけた。そしてそれに恐怖した、命乞いをしたいと切に願った。他の何者でもない剛田自身の心だからこそ誤魔化しようがなかった。


 しかしそれと同じくらい認めたくなかった、認められなかった、認める訳にはいかなかった。同じく何者でもない剛田自身の心に宿る自尊心が全力で異議を訴え続けた。


 己の中で火花を散らす二つの心が器である肉体を内側から食い破りそうな錯覚を覚える程にどうしようもない激情が湧き上がり、それを抑えようと剛田は爪が食い込み血が滲む程の力で自身を抱き締める。やがて行き場の無い感情は無音の慟哭となり口から吐き出された。双眸から徐々に涙が溢れ出す。


 未だに心中では二つの心が激論を重ねていたが、それとは別に決して覆ることの無い現実が静かに顔を見せる。


 ――オレは…………敗けた。


 そう、負けたのだ、アキトに完膚無きまで。よりにもよって剛田は自分が蔑んでいた男に完敗したのだ。華蓮に敗けた時は相手が武器を持っていた、女だから無意識に手加減したと言い訳ができた。しかし今回のこれは男同士で素手同士の本気の本気だった。嘘偽りようの無い現実が何の抵抗も無く剛田の心を侵食した。


 この日、【地球】で一度たりとも敗北を認めた事の無かった男が、超人じみた力を得た【スフィア】で人生初となる誤魔化しようの無い敗北を味わった。


 ====================


 剛田との一戦を終えたアキトは今度こそ一人で思案に耽っていた。


 場所は帝城では誰も近寄ろうとしない尖塔の屋根の上、間違っても誰かの目に留まることの無い場所でアキトは手元にある一枚の金属板をしげしげと眺める。


 それは魔導具だった。【パーソナルダイト】と呼ばれる能力値測定を行う魔導具で、転移組全員に渡されている。アキトはそこに表示された内容を一瞥した。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 竜宮 アキト  17歳  男


 体力  :10000

 精神力 :25000

 魔力  :15000

 変換効率:85.7%

 魔法適正:地E 水E 火E 風E 光E 闇E

 魔法技能:無し

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「あれ、これバグってません?」とツッコまれそうな数字が羅列され、思わず表情筋が引き攣りそうになるのをアキトは必死に堪えた。


 変換効率と魔法適正は相変わらずだ。そもそもこの二つは生涯変わる事の無い、純粋に才能がものを言う項目なのだから当然である。故に騎士たちは少しでも練り上げる魔力量を増やす為に日夜体力と精神力を鍛え続け、後天的な魔法技能の獲得を目指して努力を重ねている。そしてそれは転移組の皆も同様である。


 しかしそれとて年単位の修練を積んで体力値、精神力値それぞれ100増えれば上等で、転移組は多少補正が利くだろうがこの短期間で十倍伸びるなど有り得ない。何よりアキトは訓練を受けていないのだから伸びる要素が無い。


 ならば何故? というクエスチョンにあっさりネタ晴らしするなら、要は他の転移組と同様【スフィア】で高濃度の源素に当てられた結果だったりする。ただし、皆より影響の顕在化が遅れるというイレギュラーが発生したのは想定外だった。


 ガーランドに提出された能力値はアキトがまだ【地球】に居た頃のものであり、アキト自身既に魔力に目覚めていたので影響は無いと想定していたのだが、どうやらアキトも例外無く影響を受けたらしい。能力の向上を実感した時に、これが人の目に留まるタイミングでなくて本当に良かったとアキトが胸を撫で下ろしたのはここだけの話だ。


 文字通り桁が違うステータス……騒ぎになるという表現すら生温い。精神力に偏っているのは今生の肉体の所為とアキトは推測している。魂魄自体は竜である前世のままなので精神力そのものは前世と遜色無いレベルだが、肉体は人間なので前世程の体力が無いのはやむを得まい。それでも最早人間の次元を飛び越えてはいる。


 魔法適正も前世では普通(・・)の魔法は殆ど使えなかったのでその通りだとアキトは思う。しかし未だに魔法技能が”無し”なのは何故か? 少なくとも竜化できるのだからそれは技能として認識されても良い筈。試しにもう一度左腕を竜化させて、そのまま【パーソナルダイト】に触れてみた…………何も変化が無かった。


 ――所詮は人間族が作れる程度の魔導具って事だな。


 不完全とは言え竜化できる能力を魔法技能として認識できるかと思ったが当てが外れた。それについても大凡の見当はついている。要はこの魔導具……個人の才能を見抜く為の物でなく、厳密には帝国が把握できている技能の有無を判定する魔導具なのだ。


 アキトが解析した所、予め入力された技能を対象者が所持しているか否かを判定するというのがこの【パーソナルダイト】の正確な機能だと判明した。つまり帝国が知らない魔法技能は表示されない訳で、おそらく人間族が所持している魔法技能はそれなりに網羅しているだろうが、まさか竜族の魔法事情まで把握などできていないだろう。


 そもそもその魔法技能も人間族に都合が良い形で整理されているのだからアキトの技能が表示されないのも無理は無い。


 しかし基礎能力の測定精度は大した物だと素直に感心した。測定時はたかが人間族の魔導具と高を括って深く考えていなかったが、この結果があの場で晒されていたとすれば不覚などと言ってられない事態が起きたと想像に難くない。アキトは想定外なイレギュラーに感謝した。


 ――帝国側に俺の能力は可能な限り秘匿しておきたいしな。


 いざとなれば躊躇しないが、状況が許す限りは無能な奴という評価をして貰えた方がアキトにとって都合が良かった。そうなると剛田に温情を掛けたのは悪手だと言わざるを得ないが、始末した際のデメリットを考慮した結果ああした方が無難だと結論付けている。


 それは剛田程の男を殺せる相手がどこかに居ると帝国に警戒されるというのもあるが、何より他の転移組のメンタルを考慮した為である。あんな男でも死ねば、同郷の人間が亡くなったと皆の気持ちが沈むかもしれない。特に愛奈と華蓮がそうなりそうだとアキトは懸念している。


 ――まさかあんなにショックを受けるとは思わんかったし。


 自分達が召喚される――正確には帝国に呼ばれる――のに大量の生贄が捧げられたと知った時の皆の反応が過剰だったとアキトは感じていた。アキトは危機意識を高めて貰おうと情報を開示したのだが、案の定と言うか華蓮が嫌に思い詰めていたように見えたのだ。


 華蓮程ではないが、守もどこか後ろめたい感情を押し殺しているようだった。賢司は目論見通り危機感を高めてくれたようだが、二人の幼馴染の在り様に心を痛めている様子だ。美矢は見た所平常運転そうだった。


 ――別に自分達に責任がある訳じゃないんだ。余り罪悪感を抱いて欲しくはないんだが……。


 割り切る云々の前にそもそも転移組が気にする問題でもないと、できるだけ早くに気持ちを落ち着かせて欲しいなとアキトは思いつつ、皆が立ち直る事を前提に先の立ち回りに思考を巡らせた。


 しかしこの時点でアキトは分かっていなかった……この問題が後々に大きな障碍を招く事を。


 転生し、【地球】で十七年を人間として生き人間としての価値観をそれなりに育んできたとは言え、アキトの本質はやはり【スフィア】の竜としての比重が大きい。故に友人達と自分とで物事の捉え方に大きな隔たりがある事を、この時のアキトは自覚はあれど余り重くは考えていなかったのだ。

 ここらで主要人物の二つ名? について記載させていただきます。


 竜宮アキト…………元黒竜


 神子柴愛奈…………天使っ娘


 鷹村美矢…………関西娘


 藤林華蓮…………剣姫様


 城島賢司…………イケメン君


 立石守…………ミスターデリカシーゼロ、色魔デブ


 剛田太我…………ケダモノ


 作中で以上の表記があれば、それは該当人物を指すのであしからず。守には複数の呼び名があるので、今後他の人物も増えるかもしれません。


 読んでくださっている方、心よりありがとうございます。


 次回は来週土曜日に投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ