滅亡する竜族
夢見シンです
初めて連載していくことを前提にした作品を投稿します。
執筆速度がまちまちなので、投稿ペースは不定期となることをご容赦ください。
『……ここまで、か』
黒竜は一言、そう漏らした。
多分に諦めを含んだ声色で漏れた言葉。声帯ではなく、精神感応によって響く声は小さいながらも周囲に余す事無く伝搬した。
もはや首から上しか動かぬ状態で、這いつくばる自身の体をまるで他人事のように観察する。
普段なら漆器の如く艶のある黒鱗はその殆どが砕かれ、無事な部位を探す方が難しい。場所によっては無残に引き剥がされ内側の肉が剥き出しにされていた。
左腕は肩から欠損しており、背中の翼は左右共に引き裂かれ原型を留めていない。巨体から流れた鮮血は文字通り血の海となって、残骸と言っても差し支えない自身を沈めていた。
「黒き竜よ。世界の仇敵とは言え、ここまで足掻いた貴殿に敬意を評しましょう」
『……敬……意? …………敬意ねぇ』
男とも女とも取れる中性的な声色で、丁寧な物言いだが明らかな嘲り、見下すような形だけの賛辞に無念に満たされた胸中に怒りを通り越して呆れの念が沸く。流石に一言物申したく、しかし首を持ち上げる事すら叶わなかった為に首だけ捻り、左目の眼球運動のみで上空を見上げた。
そこに存在するのは数千にも及ぶ人型の群れ。ただし通常と異なる特徴として、全ての個体が背中から一対の銀翼を生やし、鮮やかな光沢を放つ銀髪であった。個々の違いといえばせいぜい髪型くらいだ。おそらく百人が見れば百人全員が彼らをこう呼ぶだろう。
――天使だと。
もっとも、全員が揃いの銀鎧を纏い、手に身の丈を超える大剣やら剛槍を構える姿は、どれだけ流麗だろうと死神と大差は無いというのが黒竜の本音だった。
その内の一体、先の発言をした腰に届く程に長髪の個体――男か女か外見では判別不可――に黒竜はどこか緩い口調で物申す。
『その……能面……みたいな顔で、”敬意”なんて……言われて……も、説得力は皆無だ……ぞ。と言うより万が一、その……薄汚い羽毛程でも……敬意、があったと……して、同胞を慈悲なく虐殺した輩に、敬意を評されても……鱗一枚分も嬉しく……ない』
「とんでも御座いません。心からの本心です。神が威光の前では矮小と言うもおこがましい塵芥の分際で、よくも無駄に奮戦したと感心しております」
『……あ、そう』
精一杯の嫌味を痛烈な皮肉で返されて、黒竜は押し黙るしかなかった。これだけ言われて、最早怒りすら覚えない自分の体たらくにいっそ笑ってしまいそうだ。
片や天使の方は、血が通っているかも疑わしい程の白い顔色を全く崩さず、光を一切感じない金色の瞳を向けたまま黒竜との距離を詰め、手にした大剣を眼前に突きつけた。
「これは慈悲です。最後に言い残すことはありますか?」
『最後の……最……後で、慈悲……と、きたか。ははっ……。…………見逃して……欲しいと、言えば……聞いて、くれるか?』
「神の審判は絶対です。そこまで大目には見れません。……と言うより、その傷では放っておいても死ぬと思いますが」
『分か……ってるよ。言って……みた……だけだ』
見逃して貰えるなど、そもそも生き残ろうとすら考えていなかった。同族が自分だけを残して逝ってしまった時点で。万が一所か億が一も勝機は無かったのだ。それでも抗ったのはただの意地でしかない。せめて神の喉元に喰らいつき、一族の無念を一咬みだけでも晴らしてやりたかった。それも終わってみればこの有様、冥府に行っても皆に合わせる顔が無い。寧ろ、捨て鉢な特攻をかました咎で呆れられるかもと考えて思わず苦笑った。
「他に無いのなら、審判を下します。最後の竜族――黒竜アカツキ・マガラ。女神アーリアの名の下に、貴殿に祝福を。冥界にてその罪が浄化される事を祈りなさい」
感情の抑揚が感じられない声で、最後の最後に何とも傲慢な祝福――という名の虐殺――を与えてくださる天使様に対する黒竜アカツキの祈り――という建前の捨て台詞――はこうだった。
『例え死んでも、俺は二度と神には祈らん‼』
残された力の限りを尽くして吼えた。
直後、遂に力尽きたのか、天使の一撃を見舞われる前に視界が暗転した。満身創痍で声を張り上げたのはやはり不味かったようだ。それでも、止めを刺される前に命を終える事ができたのはある意味重畳だろう。神に祈るのと同じく、神の裁きを甘んじて受けてやるなど真っ平御免被るのだから。
それにしても、死んだというのに随分と意識がはっきりしているような。これはあれだろうか、死後でもしばらくは意識があって、それは魂が肉体から抜けてもある程度そこに存在しているから的な現象を体験している所為なのか。だとしたら不謹慎だと思うがちょっと感動である。などと最後の最後で素晴らしいファンタジーにアカツキが打ち震えていると、途端に視界が回復した。
最初に見えたのは自分の体だった。驚愕するアカツキ。いきなり視界が蘇ったのもそうだが、飛び込んできた光景は先程の考察をまんま証明するような事態。自分の亡骸が水平方向の遥か彼方へグングン遠ざかっていく光景を呆然と眺めるしかない。……と、ここでようやく現在自身の置かれた状況の疑問点に意識が向き始めた。
何で水平方向に遠ざかってるの? こういう時って真下に亡骸が見えるもんじゃないの? だって普通、魂って天に召されるんだから空……って言うか直上に昇ってくもんでしょ。俺一体どこに連れて行かれるの? っつうか天使共、こっち見てね? めっちゃ見てね? えっ、見えてるの? 俺見えてるの? そもそも何で俺は物が見えるの? 体無いよね? だってあそこにあるもん。目がないのにどうやって見てるの俺? ってか今更だけど凄く引っ張られてるんだけど俺。おかしいな感覚無い筈なのに。
怒涛の如く閃く数多の疑問に混乱するアカツキ。しかし急変する事態が脳内会議を唐突に終わらせる。いきなり何か――いや、誰かに捕まったと感じた瞬間、超速の方向転換アンド速度上昇。在る筈の無い内臓が猛烈にシェイクされる感覚に出す物も無いのに吐き気が込み上げる。
何事かと視界を巡らす――なぜ視界を動かせるかはこの際保留する――と、そこに居たのは見知った相手。
『お前……レイア!?』
肩まで伸びる黒髪をなびかせて、背中から生えた四枚二対の黒翼を羽ばたかせて飛翔する……後方の天使共との対比で正に”堕天使”と呼ぶに相応しい少女がそこには居た。
「うん! あたしだよアカツキ! あなたの体、もう死んじゃってるみたいだけど間に合って良かったよ」
『死んだ時点で間に合ってねぇよ! 手遅れだよ‼ ってかこれどういう状況!? 俺どうなってんの!? そして封印されてる筈のお前が何でここに居んの!?』
そう、彼女――レイアは元々、女神と天使の側に居たが連中と袂を分かって竜族側に協力してくれていた同志であった。しかし前の戦闘で天使共に捕らえられ、アカツキの眼前で封印された筈だった。
もしや偽物かと邪推し、マジマジと観察してみる。無機質な天使と違い、活力に溢れ輝かんばかりに光を宿す金眼。小麦がかった健康色で且つ染み一つ無い綺麗な肌。そして歪み無く伸びた細長い手足に出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んだ見事な躯体に程良く膨らんだ双丘の先端には桜色の突起が……ってこいつ何も着てねぇじゃねぇか‼
ようやくレイアが一糸纏わぬ姿であることに気付いたアカツキは無い筈の目を全力で明後日に逸らす。
「アカツキ、言いたい事も聞きたい事も沢山あるのは重々承知してるけど、時間が無いの。だからこれからの事を要点だけ話すから耳かっぽじってよく聞いて。質問は全部却下で」
かっぽじりたくても耳がありませんと言いたかったが、後ろを見ると天使たちがワラワラと追って来ているのが見えた。確かに時間は無い。
「まず、今のあなたの状態だけど、魂魄を魔力体で包んだ、所謂”霊体”って言う状態になってるの。本当は肉体を再生して連れて行きたかったけど、そこまでの余裕は無かったからこれで勘弁して」
聞き慣れないキーワードが多くてツッコミ切れない。取り敢えず今の自分は先程推察したファンタジー状態に近いのだろうとアカツキは勝手に納得した。しかしその霊体としてのアカツキをレイアが引っ張り出したことには全く納得できない。お前何でそんな事できんの!? と激しく問い詰めたい。
「次にあなたを逃がしたいんだけど、今のあなたの安全を確保するなら、もう異世界に飛ばすしか方法が無いから、前々から準備してた【ゲート】にこのまま放り込むわね」
更に衝撃的な追撃がきました。異世界って何ですか!? ここ以外にそんな世界があるの!? そして貴女は何でそんな事を知っているの!? 準備してたっていつからよ‼
「心配しないで。飛ばす世界は予めあたしが選考に選考を重ねて選び抜いた決して今すぐ滅ぶような危ない世界じゃないから。ちゃんとした知的生命体がある程度の文明を築いてる世界だから。多分だけど霊体のあなたを飛ばした場合、向こうの生命体に転生する事になると思うけど心の準備はしておいてね。まぁ、あなた程の力があればいずれ元の力を取り戻せると思うわ」
転生ってどういう事ぉおおおおお~~~~~~!? えっ、俺このままだと竜じゃなくなる? 違う世界で違う生物になっちゃう? 元に戻れるってそれ保証できるの!? 『思う』じゃ困るよ言い切ってよ! ってかそんなの心の準備できないなんてレベルの話じゃねぇだろぉおおお~~~~‼
アカツキがそんな筆舌に尽くし難い混乱と葛藤を処理し切れずにいる中、レイアは敵集団を振り切る為に超絶的な高速機動を繰り返していた。時折、後方に障壁魔法を展開して足止めを図っている。完全に迎撃できないのはそれだけ余裕が無い証拠でもある。当然アカツキの心境も十二分に理解していたが、とても全てを語り切る時間など無かった。
幾度かの攻防を繰り返し、遂にレイアは目的地に到達した。そこはレイアが言葉通り予め準備しておいた異世界へ渡る【ゲート】と呼ばれる転送施設を強固な防壁と魔法障壁で包んだ、小規模な城塞砦だ。
その入口に向かって疾駆するレイアに天使の集団は激烈な追撃を容赦無く放つ。ほぼ隙間無く空間を埋め尽くした魔法の弾幕がレイアとアカツキを襲った。回避は不可能と判断したレイアは霊体のアカツキを庇い、急所のみを敵の射線から離して敢えて攻撃に身を晒した。歯を食いしばりつつも「ぐぅっ」と思わず呻くレイア。そのまま速度を落とさず突貫するが如く勢いで砦の入口に突っ込んだ。当然、上手く着地などできる訳も無く床に体を何度もバウンドさせて、最後は盛大に体を地面に擦り付けてようやく静止した。
『……っ! レイア! ……レイアっ‼』
この時ばかりは脳内の疑問点を悉く棚上げしてアカツキは声を張り上げた。そしてレイアの惨状を見て声を失う。再会当初は染み一つ無かった肌は炎弾で焼かれ、風刃で裂かれ、氷針が至る所に突き刺さったままだ。よく見ると四枚ある翼の一枚があらぬ方向にひしゃげている。
「……っく! あ……っははは、ちょっと……はしゃぎ過ぎたね」
苦悶に顔を歪ませつつもレイアは立ち上がる。そのままフラフラと歩き出すと、身の丈を超えるであろう巨大な水晶玉にも見える構造物の前で膝をついた。これが【ゲート】だとアカツキは察した。
レイアはアカツキを【ゲート】の前に掲げ、同時に自分とアカツキを相対させた。元々綺麗な顔立ちが擦り傷、切り傷塗れで痛々しい。レイアはそれでも笑顔でアカツキに語り掛けた。
「……アカツキ、色々と急過ぎて頭が追い付いてないだろうけど、最後に一番大事な事を言うからしっかり魂に刻み付けてね。…………いつか必ず、あなたをもう一度この世界――【スフィア】に呼び戻すわ」
――『呼び戻す』
それは霊体であったが故か、それともただレイアの言葉に強く意志が込められた為かは定かではないが、その一言は一欠片の疑問無くアカツキの魂に刻み付けられた。
レイアと目を合わせる。そこには一切の迷いも揺らぎも存在しない、断固とした決意の火が宿っていた。彼女が何を決意したのか、それを汲み取れない程浅い関係ではない。
正直に言うと、既に諦めていた。死も受け入れていた。それなのに、異世界に転生するなど得体の知れない不安しかない手段まで使って生き延びて、再起を図れと彼女は訴えているのだ。
もう顔が無いと言うのに、アカツキは魂から苦笑いを浮かべた。
『はぁ~~~~、しゃーない。本当に、お前ってば昔からそうだよ。こっちの都合無視して事を進めちまうわ、断りたいのに断り切れない状況に平然と追い込むわ、……それで、その気が無い輩を当たり前にその気にさせちまうわ。大した扇動家だよ』
それを人徳と言うかカリスマと言うかは置いておく。どっちにしろ袖にする選択肢は既に無い。なぜならアカツキの心にも火が灯ってしまったのだから。理解できない納得できない手段だろうと、ここまでされて乗らなかったら逝ってしまった同胞達にそれこそ顔向けできない。何より、自分をここまで信頼してくれているレイアの期待を裏切れない。
「褒め言葉として受け取るわ。さて、ここもそろそろ限界だし、転移魔法を発動するわね」
外からの轟音が激しさを増している。そう時間も掛からずに障壁が突破されるだろう。レイアはアカツキが見たことも無い程に膨大な魔力を練り上げるのを感じつつ、為されるがままに【ゲート】にその霊体を委ねられる。
『戻る時は知らせてくれるんだろうな? 今回みたいに何の告知も無くいきなり転移させられるのは勘弁だぞ』
「努力するわ。どうせ十年、二十年くらいじゃ呼び戻せないし、他にもやらなきゃならない事が沢山あるから時間はたっぷり余裕を持って確保してるし、実際に転移する数年前から知らせるならできると思うわ」
『了解。気長に待つわ。って言っても待たせ過ぎるのも無しな。向こうで何に転生するか知らんが、爺さんになってから戻されても困るぞ』
「大丈夫、大丈夫。その時は向こうの世界でもう一度生まれ変わって貰って、丁度良い年齢になってから戻すから」
マジで何でそこまで色々できるんだお前はと膝詰めで問い詰めたいが、どうやら時間切れのようだ。アカツキの霊体は水晶玉の中央部分で固定され、途端に尋常でない力の奔流に晒された。
思わず『うおっ』っと驚きの声を上げるが、これだけの魔力に晒されても不思議と不快感は無い。それ所か自然と身を任せている自分が居る。まるで魂そのものが何か強大な存在に諭されている感覚だった。
即ち、『委ねよ』と……。
【ゲート】を中心に周囲の空間が激しく歪み、その歪みが水晶玉へと収束すると、遂にその時はやって来た。自分の存在がこの世界から切り離されていく感覚――レイアによって霊体を肉体から抜き取られたのに近い――を自覚する。そしていざ、自分の全てがどこかに飛ばされるというタイミングで、レイアから衝撃(笑撃?)の追撃が炸裂した。
「あっアカツキ、一応計算に計算を重ねて理論に穴が無いのは確実だけど、如何せん向こうの世界はこっちと理がちょっと違うから、転生とかが上手くいく保証って実は無いのね」
『……‼ ハァっ‼』
「あたしの目算だと……成功確率は四対六ってとこね」
『ちょっ、おま――』
「成功するかは『神のみぞ知る』って奴ね。こっちの女神様は嫌だろうから、向こうの世界の神様に祈っておいて。じゃあ健闘を!」
そう言って、傷だらけの顔をキラッキラの笑顔で彩ってサムズアップするレイアが視界に刻まれた最後の光景であった。さっきまであった疑似的な感覚すら消失したアカツキは、おそらく転移の真っただ中にある状況で、敵の天使に向かって『祈らん‼』と吼えた時以上に全身全霊で絶叫した。
『ふざけんなぁああああああっ、この駄天使ぃいいいいっ‼ 大体、神に祈るなんざ、来世でもお断りじゃああああああああ‼』
先程までの信頼だとか魂に灯った火だとか全部返せこの野郎っ‼ と言わんばかりのアカツキの憤慨は当然、誰にも届かない。だってもう世界の外だし、周りに誰か居る訳無いし。
もし、辿り着く世界に別の神が居て、仮にアカツキの今の境遇を知ったならこう思うだろう。
――『不憫』と。




