第二話
時刻は十二時ちょうど。放課後まであと少しというとこ。
俺は眠りから覚めた。昨日よく眠れなかったから、目を閉じた途端、この騒がしい教室であっさりと眠ってしまった。おかげで頭と頭をのせていた腕がかなり痛い。
「やあ長田。寝心地はどうだった?」
寝起き眼で目の前を見てみると、寝起きには見たくない悪友──マクガフィンの顔がそこにはあった。俺は思いっきり睨みつけ、大きくため息を吐いた。
「あー、最悪だ。それに寝起き一番で最初に見るのがお前っていうのも、気分悪いのに追い打ちをかけられた感じだ」
「ひっどいなあ、せっかく親切に起こしてやろうとしたのに」
「やろうとしただけだろ、あくまで。それに結局自分で起きたし、お前いらないじゃん」
「なんだよ、せっかく悪友が起こしに来たっていうのにもっと感謝してほしいね」
「野郎に起こされて喜ぶ奴がいるかよ。起こされるんだったら女子の方がよっぽどいいわ」「え、でもお前話せる女子とかいなくね?」
こいつ…心にもない事言いやがって。
確かに俺には話せる女子なんて全くと言っていいほどいないけど、それでも俺は男には起こされたくない。一回でいいから、朝起きたら目の前に女の子が──っていう状況にならないかな。なるわけないよな、まず女子に話しかけられないし……。
「でもお前がさ、話せる女子って限られてるよな。例えば……」
「呼んだ!? 私の事っ!」
「いや呼んでない。帰れ」
颯爽と現れたのは学園指定の手提げかばんを肩に担いだ、淡い茶髪が特徴的の──まさに『活発』という文字がそのまま昇華されたような女の子───鹿島淑乃。もうカバンを持っているといことは、帰りの準備を終わらせたのだろう。流石に早すぎだろと思っていると、
「んじゃ、行くとしますかっ」
と、おもむろにマクガフィンが席から立ち、いつの間にか右手に鹿島と同じデザインのカバンを持っていた。
「お、お前ら早すぎない?」
「ん? いやこんなの当たり前だろ。もうとっくに放課後だしな」
言われてみると、この自習の時間ずっと話していたクラスメイト達が帰りの準備を始めている。一応教室にある掛け時計を見ると、もう放課後の時間になっていた。こいつらと話している時間がこんなにも長かったなんて、俺ももう年だな。ため息を吐きながら俺は席を立ち、後ろにある共同ロッカーから自分の荷物を取ろうとする。
「あ、お前の荷物まとめておいたぞ」
席を立った瞬間にマクガフィンが俺の赤いカバン目の前に突き出す。
いつのまに……という疑問を抱きながらも粛々と自分のカバンを受け取る。
「準備も整ったようだし、それじゃあ行こうか!」
鹿島が勢いよく俺の手を引き、教室を出る。
俺は勢いに流されながらも、ふと後ろを見てみると悪魔のようなニヤニヤ顔をしたマクガフィンがいた。
◯
半ば強引に連れてかれた俺は憂鬱な気分になりつつも、やっとの事でモールに到着した。
モールというのは俗に言うとショッピングモールのことで、アリストスでは唯一の総合店のこと。ここに来れば大体のものが揃えられる。
「さて、じゃあまずは───」
鹿島は入り口近くにある案内板の元に行き、ここと言って指をさす。さした場所は、六階レストランフロア。
確かに今はちょうど昼時で、俺も腹が減っているが、この時間って……
「混んでるんじゃないのか?」
こういう場所での昼時は、混んでいるのが普通だ。
それにこの後に買い物をするというのなら先にそちらを済ませた方が時間的にも空腹的にもちょうどよくなるはず。
「確かにこの時間は絶対混んでるよな、どんな店でも。けどお前、腹減ってるだろ」
「へっ? なんで分かったの?」
察したようにマクガフィンが言い当てる。当てられて恥ずかしいのか少し顔を赤らめた鹿島は素っ頓狂な声と共にバレた疑問を浮かべる。
「腹減ってるのは分かるけど、先に買いたい物を買ったほうがいいんじゃないのか? 流石に混んでるだろ。余計腹減るぞ」
「ぐぬぬ……それは確かに……」
この感じだとなんとか説得できそうだ。とりあえずここは鹿島に引いてもらい、効率よく食事をするための礎となってもらおう。
「で、マクガフィン。こいつの用事の内容は聞いてるんだろ。おしえてくれ」
「えー、なんでー?」
「つまんねえ事だったら帰るからだよ。そこまで暇っていうわけじゃないだ俺も」
鹿島に聞かれると色々面倒と思い、一歩引いて鹿島に聞かれないように尋ねる。案の定聞かれずに済んだが、マクガフィンはこの鹿島の行動についての意図は知らないようなそぶりを見せているが、いや、知らないわけがない。こいつは初めから鹿島と一緒に出かける予定だったのだ。それなのに鹿島の目的を知らないのは
こいつも俺と同じで半強制的に連れてこられたか──いやそれはありえない。
マクガフィンは俺と違って、嫌なことは嫌とはっきり言うタイプだ。そんな奴が事情も知らないのにわざわざこんなところまで出向くか? そんな面倒なことするわけない。
だからこいつは何か隠している。理由は──マクガフィンにとって面白い事だからだろう。
俺は少しマクガフィンを睨みつけ、鹿島のもとへ向かった。
「ヒソヒソ話はもう終わり、長田くん?」
「ああ、終わったよ」
若干顔が引きつり、イラついているのが見て取れる。
俺は少しため息を吐き、気だるい感じになりながら鹿島の問いに答えていった。
「それで…何を話してたわけ?」
「いや別に、何の目的でここに来たのか話してただけ。まあ取り敢えず、何の目的で来たのかは置いといて、飯食う前に買い物済ませよう。その方がゆっくり飯食えるだろ」
「う〜ん…そうだね。そうしようか!」
という事で俺たち三人はまず、買い物を済ませることにした。ここまで来ればやっと鹿島が買いたいものが分かってきた。
まず俺たちが寄ったのは、薬局だ。鹿島の行動から薬を買いに来たというわけではなく、日用消耗品であるシャンプー、リンス、ハンドクリーム等の体に塗る系のものを買うみたいだ。
というか、品物ををカゴに入れる前にやたらと俺にどれが合うとか、どれが好きみたいなことを聞いてきて余計に時間がかかってしまったが、それがいいんじゃないとか、それでいいとか、適当に相づちを打ってその場を乗り切った。
しかし鹿島の買い物はそれだけに収まらず、服屋に靴屋、食料品までも買い、時刻は午後三時半。昼食を食わずに鹿島に振り回された俺たちは精神的にも体力的にも限界を迎えていた。
「で、散々色んなもの買ってきたわけだが流石にこれは買いすぎじゃないのですかな。鹿島さん」
というのは、俺含めマクガフィンも鹿島の荷物を持たされていたからだ。というのに当の本人は当然のように俺たちに自分の荷物を渡して、今では華麗にスキップするほど上機嫌だ。
こいつ絶対俺たちを荷物持ちとして連れて来てるよ。やってらんねえから帰ろうかなって思ったとき、一つの異変があった。
「なあ、長田。あれって」
マクガフィンもあれに気づき、俺に耳うちをする。
「ああ、あれは確実に───ナンパだな」
俺たちの大体数メートル先に一人の女子を囲むように数人の男子がいる。まだナンパとは言えないが、数人の男子たちが笑いかけながらその女子に話しかけている。女子の方はというと興味がなさそうに男子たちの話を流している感じだ。
「ねえ〜俺たちと遊び行こうよ〜。ちょっとだけだからさ〜」
「そうそう絶対楽しーって! ね!」
「カラオケでもなんでも俺たち奢るし!」
ナンパ集団に近づきどんな感じなのか見てみたら、やはり他人から聞いてもうざい決まり文句ばかりで少しだけそこにいる女子の気持ちが分かってきた。
幸いにも俺はその集団の顔を見たことがない。つまり今日入学してきた連中ということだ。まさか入学初日で友達を作り、入学初日でナンパを仕掛けるなんて、いくらここの学校がクセのあるメンツばかりとはいえ、初日でそんなことが出来るなんて、ある意味才能かもしれない。
はあ、ナンパされた子も本当に運が悪いな。でもここにいる以上その子もなんらかの罪を負っているか、その予備軍。つまりその子にもなにか力があるはず。それを使えばいいじゃないかと思った瞬間、俺たちの体感温度が急に下がるのを感じた。
「マジか。これって……」
急に体感温度が下がった原因──ナンパされている女子ではないかと疑い、彼女を『視』た。
予想通り、彼女からはわずかながら魔力放出を確認できた
「案の定だ。あの子が魔術の発端だな」
「どうする、止めるか?」
「いや放っておいていいだろ。いい機会だ。あのナンパ集団に痛い目を見てもらおうぜ。幸い、彼女の魔力放出に気づいてないようだから、知らないうちに気絶してるよ」
マクガフィンの言った通り止めには入らず、放ることにした。俺らが立ち去ろうとした瞬間、彼女の目つきが変わった。
それは殺気にも似た何か。俺はそれを感じ取った瞬間に悟った。痛めつけるとか、気絶させるとか、そんな分類のものではない、と。
俺は知らぬ間に走り出していた。
不意に、今朝の夢を思い出した。また自分の目の前で無残な姿の死を見たくはなかったのだ。
「あの馬鹿っ! ほんと優等生だなチキショー」
マクガフィンの小言を無視し彼女の目の前を目指し全力で走った。
なんとか彼女の魔術が行使される前にナンパ三人組と彼女の前に立てた。
「はあ、はあ、はあ……」
全力で走ったせいで今も新しい空気を肺に入れようと激しく息を吸っている。
案の定、彼女とナンパ三人組はいきなりの俺の登場で困惑していた。
おかげで、彼女の魔力放出を止めることが出来たが、それによって体感温度が上がり、俺は冷や汗から、暑さから出る汗に変わっていた。
「お、おい誰だお前はよ」
「なんだ? こいつの知り合いかぁ?」
「おいおい、俺らの邪魔すんなよ」
いやいや、今邪魔しないとお前ら死んでたぞ。と心の中でツッコむ。
しかし、ノリと勢いでここまで来たが、何を言えばいいか思いつかない……
けどやるしかない。余計な被害を出さないためにも……
「ああ、その、えーと、そのですね…この子は、えと自分の知り合いなんですけど、その、大目に見てはくれないでしょうか」
ああああ! やってしまった! よりにもよってこんな大事な場面でコミュ障気味になるとは! いやこれはもう気味ではなくもうコミュ障ではないか。
それに恥ずかしさのあまりうつむきながら、ぼそぼそと言ってしまった。これでは説得も何も出来ないよ! チキショー!
「あはははは! なんだこいつビビりすぎだろ!」
「そんなビビんなって! 別に取って食うわけじゃねえしよ」
「大方、正義のヒーロー気取りだろ。別に俺たちはこの子をナンパしてたわけじゃなくて誘ってただけ。それが君には強引に誘ってるように見えただけでしょ。だから安心してどっか行ってていいよ」
あはははっ! と、俺を蔑むように高笑いをする。
チっ! こいつらいい気になりやがって。大体集団で女の子囲って誘う自体ナンパっていうんだよ! そんなことも知らねえのか!
と、口に出して言うことも出来ずそのままうつむいていた。しかしここまでボロクソ言われて黙っている俺でもない。
今思い浮かんだことを赤裸々に漏らしてやろうかと三人組を鋭い眼光で睨みつけた。
「なんだよその目はよ!」
三人組の一人が俺の胸ぐらを掴み、顔面を殴ろうとしてきた。おいおい随分血の気が多いな。と、半分呆れながら俺の顔に迫り来る手をタイミングを合わせて掴もうとする。
しかし、
「はーい、ストップ」
軽やかな声と共に、パンっと手を叩きその場の空気をリセットする。
淡い茶髪に、左手に付けてあるブレスレットが特徴的な、まさに『活発』という文字をそのまま昇華したような少女──鹿島淑乃が助け舟を出してくれた。
「鹿島っ!」
「悪いけど、その二人私の知り合いなの。あまりいじめないでくれる?」
鹿島は小首をかしげながら笑顔で言ったが、その目はお世辞にも笑っているとは言えなかった。
「はあ。どこかに消えたと思ったらこんな所で油売ってさ〜。ナンパされてる子を助けるのはいいけど、私の荷物を放り出すのはどうかと思うよ!」
いや~、女の子の方じゃなくてナンパしてる方を助けたんだけどね……
あはは……
いやほんと、自分でも呆れるよ。あと、荷物を放り出したのは急いでたからしょうがない。
「あ~、悪いな、ほんと。助かったよ」
「えっ! 何それ! 助けたんだから、もうちょっと喜んでくれたっていいのにっ!」
自分でも少し歯がゆいな、と思いそれを態度で出してしまった。
いや、本心では助かったと思ってるんだよ。けど、なんか……そう思われてると、まるで俺が正義感が強い奴みたいだから、ちょっと…気恥ずかしい的な…
内心照れながらも表面には出さず、仏頂面を貫き通す。
とはいえ、ずっと胸ぐらを掴まれているので、照れようにも男の顔越しじゃあそんなこともできないわけで。
「ということだから、その手離してくれる?」
俺と話していたときと一転し、言葉に重みが表れる。
普段はいつもうるさいほど元気で他人に──主に俺だが──迷惑をかけるほど活発だが、活発ゆえに怖いもの知らず。
こういう時、鹿島は無意識的に相手よりも先に行動する。
面倒だが、こういう時には頼りになる奴だ。
「ッ……! く、くそッ!」
鹿島の威圧に負けたのか、俺を掴んでいた男は、その手を離して残り二人を置いて走り抜けてしまった。
「あ、おいッ! 置いてくなよ!」
残り二人も、一人が逃げたことにより蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
そして、そのうちの一人がこちらに振り向きざまに、
「お、覚えてろよ〜」
そんな三文芝居のようなセリフで、このナンパ事件は幕を閉じた。