No 08 無能の足掻き
周りは超満員の甲子園球場さながらの観衆、目の前には樋口。
辺りを見渡すが、俺に好意的な視線は一切感じられない。衛兵たちはゴミを見るような目で俺を見ている。
エキシビジョンマッチ、と言っていたな。ということはこれは正式な試合ですらないのか。
俺は樋口のための当て馬ってわけだ。
逃げ道なんてのもどこにも存在しない。
ここで死ねということか。罪人に仕立て上げられて、その主犯を引き立てるためにボコられて、その後死ねと。
ここまでくると怒りすら湧いてこない。ただ茫然と樋口を見つめる。
「相沢ぁ、奴隷生活は楽しかったかぁ?」
樋口は顔を愉悦に歪め、こちらに目を向ける。
「・・・・・。」
俺と樋口の戦力差は歴然だ。もともとの基本的な身体能力も完全に劣っているのに加え、スキルの差も絶望的、おまけに素手の俺に対し、樋口の手には木刀。
「はぁ・・・。無視かよ。もっと怒れよぉ、喚けよぉ、この間の威勢はどうしたんだよお?」
「・・・・・。」
「・・・まぁ良いや。お前はここで俺にボコられて、人生終了だ。」
そう言って樋口は木刀を低く構えた。
その姿は意外と様になっている。多分訓練の成果だ。
一方の俺は何もせずに立ってるだけ。
そうしているうちに試合開始の合図が鳴り響く。
試合開始の合図直後、俺が立っている位置まで樋口がすさまじい勢いで突撃、木刀を突き出してきた。
その一撃は俺の胸ににきれいに直撃、そのまま俺はあおむけに突き飛ばされる。
俺は起き上がらない。耳元で砂を踏む音が聞こえる。樋口が歪んだ顔で俺を見下ろし、木刀を振り上げた。
俺は黙って殴られた。痛いはずなのに、悲鳴すら出ない。かろうじて反射で手が身体を守ろうと動く。木刀は何度も、何度も振るわれた。俺はろくな抵抗もせず、殴られ続けた。多分手加減されている。全力なら俺はもうとっくに死んでいるはずだ。
それでも意識はだんだんと薄れていく。すでに痛みは感じなくなっていて、かろうじて分かるのは殴られたという事実だけ。
木刀が10回ほど振り下ろされた後、樋口は飽きたように木刀を投げ捨てた。
そして俺を足で蹴り付ける。
「おら、もう死んだか?あ?」
多分まだ死にはしない、それはなんとなく分かる。だけど、もう反応するだけの体力も気力も存在しない。
「・・・・・・・。」
俺になんの反応も望めないことを悟ったのか、樋口は舌打ちを鳴らし、俺に背中を向けた。
試合開始から僅か1分足らず。
・・・・・これで、全部終わりだ。
これで良い。筋力3倍の樋口なんかに俺が勝てるわけないんだ。
無様に足掻いて殺されるよりもずっと楽で良い。
この後、俺は殺されて人生終了。
もともと俺はこういう運命だったんだ。大した力もないし、これから手に入れられるってこともないだろう。どこに行っても同じ。嫌われ者の能無し。だったらもうさっさと死んだ方がよっぽど良い。
諦めればいい。いつも通り。どうせ俺にはどうしようもない。俺は悪くないけど、仕方がない。もう全部、どうでも良い。
俺は静かに目を閉じた。
―――そうなのか?
突如、自分の中に疑問が湧く。
―――本当にいいのか?
嫌に自分の心臓の音が大きく聞こえる。
―――本当にどうしようもないのか?俺は1度でも本気で抗ったか?
直後、思い出したように身体の痛みが俺を焼く。痛い。痛くて、そして、熱い。
なんでも簡単に諦めてきた。
虐められた時も、親に意味もなく殴られた時も。相手が多いから、絶対に勝てないから、逆らっても1人では生きていけないからって。
心の中で周りを見下して、自分は悪くないって、周囲の人間や自分を取り巻く環境ばかり恨んで。
―――俺は、それでいいのか!?本当に抗えなかったのか!?
・・・違う、俺は抵抗できなかったんじゃない、しなかった。本気で抵抗したことなんて1度も無い。
このまま、たった1度の抵抗もせずに死ぬのか?
どうせ抵抗しても、俺は殺される。
でも・・・
だったら最後くらい、死ぬ気で抵抗してみてもいいじゃないか。
相手が大人数?
関係ないだろ、今この場にいるのは俺と樋口だけだ。試合というこの場で、邪魔するものは何もない。
こんなクズ野郎に殺されて良いわけがない。
こいつの引き立て役?
冗談じゃない・・・!
立て・・・!!
立て!立ち上がれ!!
全部ぶっ壊してやる。ここが樋口の力を誇示するための場所だって言うのなら、立場を逆転させてやる。ここは俺の処刑場じゃない!お前の処刑場だ!!
全身に力が入る。
身体中の血が沸騰するみたいだ。全身が熱い、頭の中が赤い感情で埋め尽くされる。
全身の筋力を使い、力ずくで立ち上がる。
「な・・・・。」
樋口が俺に気づき、こちらを向いて唖然とする。
当然の反応だ。あれだけ痛めつけた奴が立ち上がっているんだから。俺だって驚いてる。
でもそんなことはどうだって良い。勝手に呆けてろ、俺はお前を
「殺す・・・!!」
「・・・やってみろよカスがよお!!」
樋口が俺に向かって殴りかかってくる。視界が今までにないくらいクリアで、樋口の動きがよく見える。
確かに動きは俺なんかよりよっぽど早い。だけど、俺をなめきっていて、ただただ真っ直ぐに突っ込んでくる。
自分の筋力が足りないのなら、相手の力で補えばいい。
左拳を握り、右手をひじに添え、左手を固定することだけに全力を注ぐ。
樋口の拳はバカ正直に俺の顔面を真っ直ぐ狙っているのがもろ分かりだ。
顔を傾けつつ、左腕を樋口の顔目掛けて思いきり前に突き出す。
「ぐがぁっ!!??」
瞬間、ウソみたいに綺麗に、俺の拳は樋口の顔面に突き刺さった。
俺と、樋口自身の勢いが合わさった拳を顔面に受け、樋口はあおむけにひっくり返った。
―――ここだ!!
今この瞬間が唯一の好機。素早く落ちている木刀を拾い上げ、樋口の顔面を思いっきりぶん殴った。
「がああッ!?」
もう一度、次は顔面を殴るふりをして腕をガードに回した瞬間、がら空きの足に木刀を力一杯振り下ろす。
「ぎゃああああ!!??」
両足をを思いっきり殴った次は両腕、俺は何の躊躇もなく木刀を2振り、樋口の両腕を砕いた。
「うぎゃああああああ!!!!」
これで多分両腕両足の骨をたたき折れた。
もうこいつは芋虫も同然のはず。
あとは何も考えずにこいつを思う存分殴れば終わりだ。
俺の勝ちだ。
「や、やめろ相沢!そ、それを降ろせ!頼む!!」
樋口は今更になってガタガダと震えて命乞いを始めだす。
さんざん人をいたぶっておいて、いざ自分がやられる側に回ればこの程度で喚きだすのか。
「・・・ふざけんなクズ野郎」
「こんな、こんなことがあってたまるかよ!お、俺は・・・お前なんかと違ってこんなとこで死んで良い人間じゃねえんだよ!!」
俺はいつから死んでも良い人間になってたんだ?命乞いの次は挑発か?
こいつの言動は理解不能だな。理解なんてしたくないけど。
「そうか・・・それじゃあ仕方ないな、死ね。」
正直こいつを見ていると馬鹿馬鹿しくなってきて、殺す気は失せた。それでもあと数発はしっかり殴りつけてやる。
せいぜい盛大にビビりやがれ・・・!!
「や、やめろ!やめてくれ!頼む!!謝る、謝るからああ!!ち、違うんだよ!!俺は嫌々、お前を虐めさせられてたんだよ!!」
意味不明。嫌々?お前が1番嬉々としてやっていただろうが。
もうこれ以上は聞くだけ無駄だ。
「なるほどな・・・寝言は寝て言え、このカス・・・は?」
俺が木刀を高々と振り上げた直後
突然兵士がなだれ込んできた。
理解が追いつかず、固まる。
兵士たちは唖然とする俺を容赦なく地面に押し付けた。
「は!?ざけんなてめえら!!何のつもりだ!?ああ!?」
兵士に押さえつけられ、暴れようとしていると国王リカルドの声が大音量で聞こえてきた。
「そいつは神聖な戦いの場で相手の武器を奪うという不正を働いた!よって偽物勇者は失格、勝者は勇者樋口とする!!」
・・・は?不正?武器を奪うことが?なんだよそれ聞いてねぇよ!俺は最初丸腰だったんだが?最初から武器を与えられている方が卑怯なんじゃないのかよ!?つーか闘技大会のルールって、基本何でもありじゃなかったか!?
・・・失格・・・?勝者樋口・・・?俺の、負け・・・・・
「ざっけんなああああああ!!!!なんだそれふざけんな離せクソがあ!!!殺す!!!ぶっ殺すぞじじい!!!!!」
怒りで何も考えられない。感情のまま叫び散らす。
「おいっ!!!聞いてんのかクソが!!!このくsモガ・・・!!・・・!!・・・!!!」
兵士供に口をふさがれる。多数の兵士に取り押さえられている俺はろくに抵抗できない。それでも暴れる、暴れ続ける。
無駄なんかじゃない!まだ終わってない!!死ぬ気で抗うって決めたんだ!!だから、絶対に・・・
衝撃。
何かで頭を殴りつけられた。視界が揺れる、意識が霞む・・・嫌だ・・・俺は・・・まだ・・・・・ちくしょう・・・・・・・。




