終わりのはじまり
二十三時、車を地下駐車場に入れる。まだ会長は来ていないので、少しだけ気を抜く、ふう。ただ、となりの同僚は起こしておく。
「おい、そろそろ時間だぞ、目をさましておけ」
「ああ、おかげで大分楽になったわ、帰りは俺が運転するから」
同僚の田口と私は、群馬にある製薬施設から不老不死の薬を手に入れてきた帰りだ。依頼人の会長は忙しいので、相手の都合に合わせて渡すのだから仕方ない。
最初聞いたときは、「何を馬鹿な事を」って思ったが、本当にあるとはびっくりだ。最初は美人局で準備し、三か月を経過してそろそろかな、ってところで会長が直ぐにでも欲しいと言ってきた。
結局実力行使で研究員を誘拐し、なりすまして侵入して、途中途中で偽装工作しながら帰ってきたらこの時間になってしまった。
研究員とその家族の人には悪いことしたな。一応3億相当の金塊を置いてきたけど、あれで勘弁してもらおう。しかし、会長から汚い仕事を申し付けられて、既に20年くらいか。
まさかこんな仕事でお金を稼ぐとは思ってなかった。貯金もだいぶ溜まったし、ベトナムあたりで余生を過ごすかな。まだ45だし、引退は早いか。でももういい加減こんな仕事はしたくない。
明かりが駐車所の壁を照らしながら動く。どうやら会長が来たようだ。車から降りて建物入り口に向かう。
「おい」
田口にキーを投げて渡す、さすがに疲れたわ。帰りはよろしくな。
会長の車が停止すると、助手席から紺のスーツを着た胸板の厚い男が降りてきて、後部座席のドアを開ける。車椅子のまま車から降りてきた会長に挨拶をする。
「こんばんわ、ご無沙汰しております」
「おお、ご苦労だったね。……? ああ、すっかり弱くなってね、最近はこの通りだよ」
私の視線に気が付き、車椅子を指しながら首をすくめる。今は鼻からチューブが出て車椅子の背に伸びている。胸からのケーブルも車椅子の後ろに伸びている。
いつもは杖を突きながらでも、歩いていたのに、随分と衰えたな。
エレベーターで30階、会長室に入る。会長室の中には、屈強な男が5人と会長の取り巻き2人が待機していた。こいつらも非合法な仕事を請け負うが、主な仕事は闇秘書とボディーガードだな。ちなみに非合法な組織は複数に分かれており、お互いがお互いをけん制して裏切りを防いでいる。
「さて、入手した物を貰うか」
取り巻きの一人が私のカバンを触ろうとしたので、位置をずらして相手に触らせなかった。
「ちょっと待ってくれ。注意事項があるんだ」
目線を会長に合わせることで、取り巻きが一旦下がる。
「この薬、正確にはウイルスは不老不死なんかじゃない。そんな生易しいものでは無いそうだ。人間に投与するのは危険だから絶対に止めろと言われている」
「具体的にはどう危険なんだね、私にはその薬が必要なんだ」
会長の機嫌は損なっていないが、気を付けないとまずい。
「これを投薬すると狂暴になり、他の人や動物などを襲うそうです。またウイルスが急激に増殖して拡散した場合、とんでもない被害になると言っていた。簡単に言えば日本が滅ぶだろうと。
だからこの薬は打たないで欲しい。せめて研究機関で分析をして、効果や対策が分かってからにして欲しい」
会長だけにではなく、部屋の全員を見まわしながら伝えた。何かの際には味方が欲しかったのだが、突拍子も無い話なので、話はあまり伝わらなかったようだ。
「こんなヨボヨボな爺さんが狂暴になったところで、たかが知れとるだろう。お前らで押さえつければいい。それに、すでに私の心臓は2度程止まっている。いまは取り急ぎでつけた人工心臓で持たせているがいつ死ぬか分からん」
「会長の事情はお察ししますが、本当に危険だそうです。せめて研究機関の人間に少しでも分析してもらってからでも」
「ならん! そんな余裕はない! それに非合法な研究機関は持っておらん。会社の仕事に対しては誠実に、汚いことはせずにやってきた。会社の研究員にそんなものを見せたら、絶対どこからか盗んできたものだとバレてしまうだろう。
内の社には、そのような行為を見逃すようなろくでなしはおらん」
俺には酷いことをさせておいて、よくもまあ。しかし、強い決意は分かった、ここから先は注意しないと俺が先に死ぬ。
「しかし、お前は相変わらずだな。普通に薬を渡して知らんぷりをしていればいいものを、何でそんなにお人よしいなんだ?」
「いえ、ただ思っていたものと違う物を渡して、最終的に不満に思われたら殺されてしまうでしょ? なので事前に話した方が得だと判断しただけですよ」
会長のいつものダジャレはスルーする。
「ふん、そういう事にしておこう。まあ、だから信頼して色々と任せることが出来るんだ。さて、薬を渡してもらうか」
会長が顎で促したので、取り巻きがカバンを取ろうとしたので、再度位置をずらして触れさせない。すかさず会話を再開する。
「もう一点あります。緑の瓶が細胞の活性化を行うウイルスで、青の瓶がその働きを止めさせる効果があるそうです。赤の瓶がそもそもウイルスの効果が出ないようにするための予防薬です。
なので、何かあったら直ぐに青の瓶で症状を抑えてください」
伝えるべきことは伝えたので、不満げな顔の取り巻きにカバンを渡す。しかし、本当に大丈夫なんだろうか、もうひと押し、もうひと押しだけしておくかな。
「劇薬ですから、注射したら死んでしまうかも知れませんね。人での実験はしていないですし」
注射の準備をしていたが、会長が一旦止めさせた。
「ふむ、確かにそうだな。おい鈴木君、どうだね最初に打ってもらえないかね」
取り巻きの一人に無茶なお願いをしている、でもお前なら何でもしそうだよな。
「いや、その、すみませんカンベンしてください」
「そうだな。1億でどうだね? ダメか、じゃあ10億でどうだ、うん?」
値を釣り上げたところで、ボディーガードの一人が手を挙げて立候補した。
「いや、お前は駄目だ。暴れたら取り押さえられないだろう。鈴木君駄目か? 20億でどうだ?」
鈴木の目に打算が見える。あほだなコイツ、命は金で買えないのに。
「分かりました。ただ、何かあったら治療薬を打ってください、そこはお願いします」
意を決した鈴木に注射が打たれる。
「どうだ鈴木君、何か変わった感じがあるか?」
会長の問いかけに、
「なんか力が湧いてくる感じがします。とてもいい気分です」
注射をした左手が波打ち、首が揺れて、右手が波打って手先で止まり、また逆回転で左手の手先まで波を打つ。凄いブレイクダンスだな。と思ったら、
「ぐごおぉお……、うぐう……」
突然鈴木が苦しみだし、壁に手をつきながら、よろよろと数歩ほど歩いて、床に倒れこんだ。直ぐにボディーガードの一人が近くによって、脈をとり、顔を近づけて息を確認し、こちらに向いて顔を左右に振った。
「死んだか」
馬鹿な奴だな、命を金で売ったんだな。
「いや、良く寝てます」
「「「「「おい!」」」」」
周りの殆どが同時にツッコミを入れた。
「普通、そのケースで首を横に振ったら死んだという意味だ、今後は気をつけろよ」
本当は馬鹿と罵りたかったが、屈強な男の反感を買いたくなかったので、我慢した。さすが貧困低能世代だわ。
しばらく様子を見るという事で、いったん休憩となった。いや、もう帰らせてよ、辛かったので会議室で仮眠を取らせてもらうことにした。
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体がブルブルっと震えて、目が覚めた。スマホを見ると5時を過ぎたところだけど、まだ再開していないのかな? テーブルの上の缶コーヒーを飲むが空だったので、自販機に向かう。
視界の隅に何かが映った、自販機側とは異なる通路の先に人が倒れている。倒れている人の横には鈴木が座っている、どうやら倒れている人の肉を食ってやがる。
鈴木の視線がこちらに向くが、直ぐに食事を再開した。私はゆっくりと後ろに下がり、先ほどの会議室に戻り、カギを掛けた。ふううーーー。
なんじゃありゃーーーー。いったい何がどうなっているんだ、そうだ田口に電話だ、電話を掛けるが出ない、秘書にも電話をするが同様に出ない。最悪の場合殺されているだろう。
さてどうするか、出口は鈴木の先だからそこを通るのは危険すぎる、非常口は、確か、自販機のそばだ。っち、さっき自販機側に逃げていれば良かった。
非常口を開けると警報が鳴るはずだ、となると誰かがこのフロアに入るかも知れない。それは危険だ、絶対に避けないと。
「はい、こちら警備室です」
会議室の内線を利用して、警備室に電話を掛けた。
「おはようございます。会長の私設ボディーガードの吉井です。ちょっと信じて貰えないかも知れませんが、凄く重要な話があります。でも信じて欲しいです。
いま30階に入るのは凄く危険です。会長の私設秘書である鈴木さんが薬物中毒で暴れています。ただその薬物は普通の薬物ではなく、他の人にも感染する可能性があり、近づくと非常に危険です。
なので30階には誰も近づかないで下さい。いや本当なんです。全身を防護服のようなもので守った状態で来ないと危険だと思います」
「おい、お前! そこで何をしている!」
大声が通路から聞こえたので、急いで部屋から出て先ほどの通路に向かうと、警備員2名が鈴木と対峙している。鈴木は食事を継続中だ。
「こちら、巡回中の佐々木です。30階で人が死んでいるようです! 目の前にいる暴漢は1名です。至急応援を寄こしてください。コイツ死体の肉を食ってます。明らかに異常者です」
無線で応援を呼んだあとに、警棒を延ばしてにじり寄っている。
「おい、お前ら気をつけろ!」
私の声に、鈴木を含めて全員の視線がこちらに向く。
「そいつは病気だ! しかも感染するらしいので、近づいたら駄目だ!」
「いったい何がどうなっているんですか!?」
「それは俺も知らん! ただ、危険だからこのフロアは封鎖して欲しい」
「ちょっと上の判断を仰ぎますが、少し離れます」
そういえば、警備員がいる場所は会長室の前だ。そこに治療薬と予防薬があったはずだ。
「おい、会長室に……」
声を掛けようとしたら、半開きの会長室のドアから元ボディーガードが警備員に襲い掛かっていた。もう一名が警棒でボディーガードのを叩いて引きはがそうとしている。
こりゃ駄目だ。今事情が分かっている俺が死んだら、これは止められない、まずはここから出よう。警備員を見殺しにして、自販機側の非常口から脱出する。
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「課長、この話対策に関係あるんですか?」
ジト目で日笠君が質問してきた。
『ありますよ。原因が分からないと対策が立てられないでしょ。それに先日感染の発生源を質問していたじゃないですか。だっだからそこを説明することは大事です』
「いや、3,4行で要点だけ書けば良いんじゃないですか?」
相変わらずジト目のままだ。自白した方がよさそうだな。
『いやだって、ゾンビものって何でゾンビが出たのか明確にならない話って多いじゃないですか? 意味わからないですよねゾンビって、おかしいですよね?
だから書かないと気持ち悪いじゃないですか、納得できないでしょ? ね? 山田さんもそう思いませんか?』
山田さんなら分かってくれるはずだ。即興シナリオに対する理解度は非常に高い。でもこれは昨晩考えた話だけどね。
「あっあの、ちょっとこのタイミングでこの話を入れるのは不適切ではないでしょうか」
えええー、私の山田さんが、理解者だと思っていたのに。日笠君、ちょっとドヤ顔が入っている。ちょっとドヤ顔、略してちおだ、ちお。ちおしやがって。
「あっあの、最初の頃の話を入れるのは、もう2,3話後の方が良かったのでは無いでしょうか? 読者をもう少しシナリオに取り込んでから、実は最初はこんなだった、みたいな感じで進めるのが良いと思いました」
「えっそっち?」
日笠君がちょっと驚いた顔をしている。略してちおだ、ちお。ふん、ちおしおって。しかし、この略し方したらなんでも同じになってしまうな。
『ですよね、私も、もう2、3話後かなとは思ったのですが、次書くときはその辺気にするようにしますね』
ゆとり世代、さとり世代、の後に、ひとり世代、英語世代、稽古世代、貧困低能世代という、言葉が流行ってる設定です。
人工知能が世に流行り、逆に人の仕事が減ってきたこと、国民の平均取得も下がり、子供への教育費用が低くなり、そんな皮肉を込めて、人工知能→貧困低能世代っていう言葉が出来た設定です。




