通勤 Ver2 ちょっと立ち止まって情報収集してみた版
ごめんちょっと長い
正面の改札を出ると右手のJR線に向かうエスカレーター前には人が多く立ち止まっており、進んでいる感じがしない。ありゃエスカレータ止まっているし詰まっているな、仕方ないので左手側の通路に向かうが、階段を下りた先も人だらけだ。
そういえば、どれくらい遅延しているんだろう、京浜急行も遅延していると言っていたし、最適なルートを検索するかなと。通勤に向かう人の列から少し離れて、交番前でスマホを取り出して遅延状態を確認する……騒がしいな。
「お巡りさん。このニュース本当なんですか? 教えてください、どうなっているんですか?」
女子高生数人が警察官に質問している、その周りにも多くの人がいて、そうだそうだ、と煽っている。何が起きているんだ? もう少し交番に近づくと
「本当にゾンビが居るのですか? 感染した人が増えているって、どうすればいいんですか!?」
「そういわれましても、上に確認はしていますが、なんら正確な情報が出ておりませんので、こちらとしては答えようがありません」
ちょっと待て、何ゾンビとか言っているの? その回答が「馬鹿なことを言うな」ではなく確認中っておかしくないか? 動物園からライオンが逃げた的な、悪質ないたずらの話じゃないのかな?
ヤホーニュースを見ると、東京駅でゾンビ出現?、噛まれた人が狂暴になって被害が拡大している、等が載っている。何この話、馬鹿じゃないのか? 警察官と女子高生を含む人の輪に入って大きな声で質問する。
「ちょっといいですか、それはゾンビの話なの? これは信頼がおける情報なんですか?」
輪の中に居た一人のちょっとチャラそうな兄ちゃんが、
「誰も分からないから、ここで確認しているのさ。これみろよ、さっき東京駅の状況を動画でアップした奴が居て、ホラ」
チャラい兄ちゃんの見せてくれた動画には、逃げ惑う人々、襲い掛かって人の首を噛み肉を食いちぎっているような様子が映し出されていた。他にも2つ程動画がアップされていて、どれもパニック映画そのものだった。
すごくリアルで、作り物にしては良く出来ていると思った。これを作るなら映画とかドラマとかそういう大がかりなもので、個人が悪戯で投稿するレベルじゃないと。という事は本当なのか? もし本当ならこんな場所に留まっていて良いのか?
上司の田中さんに電話を掛けるが繋がらない。家からかけ直せば良いか、よし一旦家に帰ろう。
「おい! 聞いてくれ! 本当かどうか分からないけど東京駅にゾンビとニュースで流れている。危険だと思ったんだったら自分で判断するんだ! 俺は帰る、そして情報をありがとう。じゃあ」
この辺の人だけでなく、駅で通勤に向かっている人にも聞こえるように、限りなく大きな声で叫んだ。あー柄にもない事をしたもんだ。今思えば天王町駅のキモイオッサンの気持ちが分かった気がする。俺もキモイと思われたかも知れないが、言わないで逃げるよりマシだな。
相鉄で天王町駅に戻ってきた。家までダッシュだ、通りの反対側のコンビニをみると、まだ凄い混んでいる。買い物なんてしている場合……、足が止まった。
今家に帰ったとして、家にある食料って何があったろう? 大した量は無い気がする。どこで買う? 一番近いのはマルエルだな。駅の方に戻り道路を渡って、マルエルに入ると滅茶苦茶混んでる。とはいえ、買わないって選択肢は無いように思えた。
えーと、米は無くなっている。カップラーメンも無い、缶詰も出した瞬間に取られている、というか店員が段ボールの中身を床にぶちまけると、床に落ちた缶詰を周囲の人がどんどん拾っている。凄い光景だな、関心している場合じゃない俺も輪に入って拾う。
1kgの塩と砂糖が無くなっているので、テーブル用の塩とスティックシュガーをかごに入れる。店員が出てきて、冷麦やそうめん等の乾麺を床にぶちまけたので、直ぐに拾った。
2籠が一杯になった、これ以上は持ち帰れないなレジに並ぼう。待っている間スマホで状況をチェックしているが、東京の様々な駅、川崎駅、横浜駅でも人が襲われる事象が出始めたようだ。はやく、はやく、焦りながら待っていると、やっと自分の番が来た。
3万円越えとか普段の買い物じゃ有り得ないな、カードが使えて良かった。袋に詰めて、重い、しかし何とか持って家に向かう。時々後ろを振り返るが、今のところゾンビらしき姿は見えない……。
いや、なんか道路に大勢飛び出してきた、それを追いかけている血だらけの人が居た、ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
最後の力を振り絞って家まで走る。家に入ってカギを掛ける、はぁはぁはぁ、ふうー。深く息を吐いた。もうだめかと思った、玄関で座り込む。
あっそうだ、母ちゃん、両親はどうしているんだろう。電話を掛けるが通じない! チクショウどうなってるんだよ、と思っていたらメールが届いた、母ちゃんからだ。
「一郎 大丈夫? 電話通じなくて返信おねがい」
短い文章だけど、どうやら母ちゃん達は無事のようだ。まずは無事だというメールを出して、混雑する前に食料品や日用品を買い物するように、終わったら戸締りをしっかりするようにというメールを出した。ゾンビが出ている中で買い物なんて出来ないからね。
TVをつけると、どのチャンネルも特番を流しているが、12チャンだけは「しばらくお待ちください」画面だった。チャンネルを回していると、ヘリコプターから地上を撮影している映像が流れた。
「マジかよ、冗談だろう」
思わず声が漏れる。あちらこちらで煙や火の手が上がり、人々が逃げ惑う姿が映し出されている。地上画面がアップになったと思ったら、そこには体中を複数人のゾンビ? に食べられている状況が映し出されていた。普通こういうのは流さないんじゃないのか残酷だし。いや逆か、正確に情報を伝えないと、ああなるって事だもんな。
「皆さん、家から出ないで下さい。戸締りをしっかりして下さい。なお略奪や盗難などの行為はきつく罰せられますので、行わないでください。関東地域では、お店の営業も止めるなどの判断をお願いします。大変危険な状況です」
スタジオの画面に戻ったら、ニュースキャスターが真面目な顔で繰り返し伝えている。
「官房長官からの発表があるようなので、中継に切り替えます」
画面が切り替わって、官房長官が壇上に立った。もの凄いフラッシュが炊かれている。
「……既にニュースで流れておりますが、人が人を襲う事象が発生しています。分かっているのは襲っていた人に噛まれたり、襲っている人を取り押さえた人、接触をした人が襲う側になるようです。
なお、死んだ人が生き返るという事象は今のところ報告されていません。なので一部で報道されているゾンビというのは正しくない可能性があります。
政府はこの事象を重く受け止め、非常事態宣言を発令致しました。また東京、神奈川、埼玉、千葉からは、自衛隊に対する災害派遣要請が出ており、順次部隊を派遣しております。また、米国政府、在日米軍にも協力を仰いでおります。
人と人が接触する事で起きているようですので、家に入り戸締りをしっかりとして、一歩も家から出ないでください。何らかの対策が行われるまで家を出ないでください。
外から帰ったら手や体をしっかりと洗って下さい。うがいもして下さい。効果は分かりませんが、手の消毒は念入りにして下さい。
このような状況を悪用したり、混乱を楽しんだりする事例も過去発生しております。情報は適宜政府から発信します。次のアカウントが政府公式見解になります。それ以外の情報は正しく無い可能性がありますので、すべてを鵜呑みにせず、自身で判断して、極力その情報が正しいのか裏取りをして下さい」
嘘だろ、何だよ、何なんだよ、いったいどうなるんだ。日本だけなのか? 世界はどうなっているんだよ。引き続き記者会見が行われている。
「自衛隊や警察には、発砲を許可しました。静止命令に従わず不用意に近づいてきた場合、発砲します。また走って近づいてきた場合は、警告無しに発砲することも許可しました」
記者会見場がざわついている。人殺し等のヤジが複数飛んでいる中、一人の記者に質問を許可した。
「毎朝新聞です。もし、単純に怪我をして保護を求めているだけかも知れないのに、撃ち殺すという事ですか?」
「はい。疑わしい、あるいは当事者の身が危険と判断した場合は、発砲して構わないと指示を出しています」
官房長官が答えると、より一層ヤジが凄くなった。
「皆さん落ち着いて聞いてください。感染者が一人居ただけでもかなりの危険性があります。この場にいる皆さんも帰ること事体が危険ですが、ここに留まっていただいても食料や水が確保出来ません。自身の安全を第一に考えて行動して下さい。以上です」
再びヤジが飛ぶ中、官房長官は下がっていった。どうなってしまうんだ日本は。
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『助かってはいますが、日本終了に近い状況ですね』
「課長、助かってしまったら対策考えられないのでは?」
『日笠さん、私はそうは思いません。成功例から学べる事もあると思っています。今のストーリーの中から、学べる個所というか参考になるような個所はありませんでしたか?』
と言いつつも、殺すタイミング逃しちゃったと焦っている。二人とも一生懸命考えてくれている姿を見て、ごめんねと心の中で謝る、あーなんで素直に謝れなかったのだろう。
失敗したときの回避スキルを自然に発動してしまった。まあ学ぶべき点が無かったらケースを考え直そう。お、山田さんが手を挙げているので、発言を促す。
「あっあの、見ず知らずの人と情報共有出来たこと、声掛けしたことは良かったと思います」
『そうですね。知っている情報を素早く共有し、互いに助言しあうってのも大事ですよね』
「スーパーで買い物出来たのは偶々でラッキー、としか言いようが無いですね。危険を回避する上ではそのまま帰宅した方が良かったのでは?」
『確かに危険回避という点ではその通りなのですが、多分数週間は自宅に籠って生活する事になるので、食料が無いと危険だと思いますね。つまり普段からの備蓄が大事ですね』
「かっ官房長官が発砲の許可を出していましたが、本当にそうなると思いますか?」
『なんとも言えませんが、多分被害が拡大する前に、もう十分拡大していますけど、これ以上増やさないためには射殺も必要だと私は思います』
「かっか課長ひどいです。もっと優しい人だと思っていました」
そんな顔で見ないでください。だって仕方ないじゃん……。
『ゾンビ映画で避難所に怪我人が一緒に居て、その人がゾンビだったら避難所全体が危険になるのに、受け入れること事体がリスクだと思いませんか?』
あー山田さんからの視線が痛い、言い訳が裏目に出た、言わなきゃよかった。
「課長は感染した可能性がある状態でも、避難所が目の前にあったら行きませんか?」
『多分行きますね。助かるかも知れない、治療薬があるかも知れない、ゾンビというか化け物に対策する上で、人が多い方が安心出来ますから』
「でも、課長は避難所側に居たら、そのような人は受け入れない、あるいは来たら攻撃するという事ですか?」
日笠君、そんなに責めないでよ。
『……はい。基本的な考えは、怪我をしていたら受け入れません』
うわー。二人とも蔑んだ目で私を見ないで……。
「でっでも、怪我している人を隔離した状態にすれば、置いてあげることも可能なんじゃないですか?」
『避難所の場所や人数によっても異なるとは思いますが、受け入れ限界があると思っています。それに怪我人を隔離する場所なんて、なかなか無いですよ』
「たっ例えば、地面に杭を打ち込んで、そこに固定して発病しても周囲が巻き込まれないようにしておく、とかどうでしょうか」
『仮に感染者だったとします。感染方法が不明な場合でも一般的なゾンビものだと、噛まれたら感染しているケースが多く、ゾンビの可能性がある人を受け入れるのはリスクが高いと判断します。
受け入れてやっぱりゾンビだとなったら殺しますよね? 殺した後、そこに別の怪我人を隔離するのは、現状感染していなくても感染する可能性が高くなると考えます。となると、その場所での隔離はできなくなりますし、仮に感染者じゃなかったとして、そこに感染者が襲ってきたら、その人たちをどうやって逃がすのですか?』
山田さんが悔しそうな顔をしている。いや、本音は言いたくなかったんだけど、でも自分では正しいと思っているし、嘘をついて取り繕うよりマシだとは思っている。
「課長。だったら、感染者の疑いがある人をどうやって受けれいるか、それを検討課題にしませんか?」
日笠君の発言に、山田さんが一生懸命頷いている。
『じゃあ取るべき対策の候補に入れておきましょう。他には気が付いたことはありませんか?』
「官房長官から、情報を共有したことでゾンビの信用度が高まったというか、本当に危険なんだと認識できました。また政府公認の情報共有手段を公開した事により、フェイクニュース対策にもなりますし、最新情報の入手先が明確になるのも安心ポイントだと思います」
『はい、そうですね。この辺も対策の一つになりそうですね。今日はもうすぐ定時なので終わりにしましょう』
しかし、発言をミスったなあ。でも悔やんでも仕方ない、また明日頑張ろう。




