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部屋の片づけをすませて、家具の位置を戻していると、ドアがノックされた。
『則幸、食事ここに置いとくから食べて。』
オッサンはベッドの枕にもたれながら
「則幸くん、たまにはお礼言ってみれば?」
言われても則幸は黙って手を動かしている。
5分ほどするとドアを開けて、床に置かれたトレーを部屋に持って戻ってきた。
「なんで親にお礼なんか言わなきゃならない。」
オッサンはトレーの上に飛びあがって乗ると、
「オムライスに手作りハンバーグが乗ってる。野菜サラダとスープとお茶。
食後のリンゴ、もう完璧。」
オッサンは切りそこねて、薄くなっているリンゴを剥がしてシャリシャリと良い音を立てて食べた。
「食事の、味はどう?」
則幸は無表情で食べ進めながら
「うまいよ。」
「それでも、ありがたいとか思わないんだね。」
15分たたずに則幸は全て胃袋に満たすと
「さっきから、おかしな事ばっかり言うけどさ。
毎日、母さんが作った食事に、毎回お礼を言わなきゃならないわけ?」
「だから、ありがたいとか思わないんだ?」
「なんで、ありがたいなんて思わなきゃならない?」
則幸の眉間にシワがよる。
「あたりまえの事に、ありがたいなんて思わない、か。」
トレーを持ち上げようとした則幸の手が止まる。
「霊が見えてなかった時は、それがあたりまえだけど、見えるようになれば、道を歩く時ですら前とは全く違ってしまうよ。」
「じゃあさ、なんで霊が見えるように頭の中変えたんだよ?
俺、頼んでないよ。
食事だって作ってくれって言ってるわけじゃない。
そもそも、俺なんて産まなきゃよかったんじゃないかっ!」
「そういう憎まれ口を言って、強がってるのかもしれないけど、涙は正直なんだよね。」
則幸は、頬に流れた涙を乱暴にぬぐった。
「全ての事が、あたりまえじゃない。
それに気づいて欲しいがために、わたしは来てるんだ。
うーん、そろそろ、コンビニに行く時間かな。
顔洗っておいでよ。」
則幸は、言われなくてもと言い捨てるとトレーを持って廊下に出た。