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則幸はオッサンに言われたとおりに床に並べていった。
最後に鏡を、天井に浮かぶ女性の霊の顔の辺りに、ちょうど映り込むように置いた。
線香の煙が部屋に漂いはじめると、霊の付近で、ありえない煙のムラをあらわしていく。
「則幸くん、鏡をよく見ていてね。」
則幸は返事しながら、ただならぬ気配に毛が逆立ち続けている二の腕をさすった。
腕だけでなく、全身がゾワゾワする。
本音を言えば、家を飛び出して遠くの、人で賑わってる明るいデパートとかに行きたい。
「他の事考えない。集中して鏡を覗き込んで。」
則幸は泣きそうになりながら、鏡を見続けた。
アッ!
鏡の中に何か、写りの悪い8ミリフィルムの映像のような画像が見える。
「その見えた絵ばかり注目するじゃなく。
感じて。心で。」
心と言われた後で、怖がっていた気持ちが、別の感情にジワジワ侵食されいていく。
なんだ?こんな気持ち、感じた事ないよ。
「則幸くん、急がなくていいから、この人が生きてきた人生でやり残した気持ちをくみ取ってあげて。」
霊の女性は江戸時代に生きた女性だったようで、ドラマの時代劇を彷彿とさせる環境だ。
繰り返し、寺子屋の場面が浮かんでくる。
先生と合わないのか、学友と諍いでもしたのか、一人寺子屋から去っていく。
まるで俺じゃねぇか。
大人になり、好いた男と所帯を持って、近所の男から頼まれて、折りたたまれた文に名前を書かされている。
亭主が烈火のように怒る場面と、二人で抱き合って泣く様子、その後包丁が見えて、また寺子屋の場面に戻る。
「これは寺子屋で勉強しなかったから、後悔してる、のかな。
わかんねぇよ。」
「則幸くんが、友達から勉強しなくて後悔してるって言われたら、どうしてあげる?」
えぇ?どうするって。
「今からでも、遅くないから勉強すりゃいいよって言うかな。」
「いいね。言うは易し、行う難し。それを行動でしないと、どうしたらいい?」
勉強するって言ったら……
「教科書を渡す?」
「高校生のは無理として、小学校の時の教科書、捨てずにダンボールに入れてソコの隅にあるよね。」
則幸は、先程の掃除でホコリはないが、古びたダンボールの箱を開いた。
全部に、のたうちまわったような、ひらがなで自分の名前が書いてある。
ひとまず一年生の国語と算数を手に取った。
「んで?」
「自分で考えなさいな。」
ケチ……。
「立派な頭がついてるじゃない?」
オッサンは、自分の身長より長い線香を箱から一本取りだすと、線香立てに刺した。
「則幸くん、火つけて。」
ライターで線香の先に火をつけて、さっき言われたままに、手であおいで炎を消した。
「教科書見せながら、読んでいけばいいのかなぁ。」
「やってみよう。」
正解じゃないのかよ。
則幸はしかたなく国語の教科書の最初のページを開いて、自分が読んでいる文字を指さしていった。
「おそらがあおいね。くもはしろいね。おはなはきれい。」
心なしか天井の霊が下がってきたような気がする。
「おともだちといっしょにあそぼうね。」
気のせいではなく、さがってきている。
「オッサン、こ、こ、怖いって。」
「怖がることない。正解なんだ。教科書が燃えない程度に線香の煙をあててごらん。」
則幸は上を見ないようにしながら、手をのばして教科書を線香の煙であぶるようにした。