白昼夢と群青色の実
『愛したかった』
少女は僕を抱きしめる。オレンジ色の空の下、暮れ泥む寂れた屋上。儚げに咲く一輪の花は萎れ、頭を垂らしながら世界との決別を惜しんでいた。
「キミは選ばれなかったね」
心の中でリアが微笑む。
「今日からキミには、世界で一番優しい嘘つきになってもらうよ」
リアは大きく息を吐いて、それから眠りについた。
僕はそっと瞼を落とす。少女の胸の中はとても冷たくて気持ちがいい。鼻をすする音が緊張した息遣いに紛れて聴こえ、肩を抱いている細い腕からは、微かな鼓動と少女なりの力強さを感じた。惜しまれているかのように離れていく温もりは、それまであった繋がりまでも解いていくようだった。
足音は地面の方へと次第に遠ざかって、僕はゆっくり目を開く。少女の姿はどこにもなかった。立ち上がると、日の沈んだ地平線には青が滲んでいた。吹きつける風は仄かに甘く、高く上空では尾を引く雲が薄く千切れて消えていく。空気の流れる一秒に哀しみを覚えた僕は、星を掴むように掌を、空へと伸ばしていた。
『私をみて』
画面の向こうには傷だらけの少女がまだ立ち上がっていた。
「まだ傷が足りないよ」
リアは眠そうな声で言う。
『終わりにしないで』
頭の中で鳴り響く叫びに僕は耳を塞ごうとした。
「あの子の幸せのために頑張って」
リアはまた眠りに落ちた。
『手を伸ばすのをやめないで』
……僕が僕でいる限り、少女が僕を棄てきれないのなら、
『君なんて◯◯◯◯だよ』
僕は大切な少女に、最初で最後の嘘を、つくことにしよう。
少女はただ「君だから」と、孤独な僕のことを愛してくれた。でもその愛は最愛の人のための愛ではない。身を削ってまで注がれる無償の優しさだ。僕は少女自身の償いのために、足枷となっていた。このままでは少女の夢は叶わないだろう。いつか獣医になることや、過去や未来から幸せを感じられるようになることが。僕といては少女は報われない。僕は少女という人間と出会ってしまったから、僕は僕で無くなればいいという結論を見つけた。でも僕は、自分を簡単には曲げられない。だから、大切な誰かのためという信念のために、一度限りのタブーを赦すことに決めた。
八月、少女はいなくなった。全ての繋がりが絶たれ、僕はひとりぼっちになった。少女が互いを痛みから救うためにした決意、それが別れだった。
少女はいつか誰かを愛せる。その確信が得られた僕は満足で、他に何も要らなかった。その日から僕は、少しだけ笑うようになった。
少女と見た空を思い出す、子どもたちの帰った公園、ドームの上。僕はひとり夕日を眺め、あの頃と同じように、沈みきるまで見送る。世界がどんなに醜く移り変わろうと、僕だけは白く在り続けたい。そんな奇跡を思い描く今日はひと粒だけ、涙が零れたような気がした。




