第八話 再開
「おい、ちょっと待て!」
門番四人の中で一番歳の若そうな、鋭利な顔つきに鋭い目を持つ男が俺とキュットの前に突然、すすっと横から進み寄ってきて立ち塞がる。
「なんだ?」
俺がどんな用件かを尋ねたというのに、男はそんな俺に一切目もくれず、キュットの顔をまるでマジシャンのトリックを見破ろうとしている視聴者のようなじっくりとした眼差しで見据えている。
「コーション・キュット。貴様は門から先に通すなと命令されている。従ってここを通すことは出来ない」
すぐさま俺はキュットの顔を窺う。タイミングばっちりにキュットも何が何やらといった不安気にゆらぐ瞳を携えて俺を見つめ返してくる。
「誰の命令だ、それは?」
「それを言う貴様に言う義務はない」
この兵士……まったく融通が利きそうにない性格だな。他の兵士を俺は盗み見るように観察するが、どいつも俺達のやりとりを目の当たりにしているはずだがどうにも微動だにしない。そろいもそろって仕事に熱心な連中だ。関心のあまりうっかり落涙しそうになるね。
「わかった。それじゃあその命令は続行してくれ。ただし、俺達は通らせてもらう。この女はそのコーション・キュットとかいう名前の女じゃないからだ」
すると、兵士は俺の言動に全く動揺した様子をおくびにも出さず、冷たい目つきでキュットの緊張した顔を注意深く覗きこむ。
「……嘘をつくな。自分はこの女にあったことがある、間違いなくこの女は命令されたコーション・キュットである」
……とりあえず分が悪そうだ。そう判断した俺はキュットの手を引くと、来た道を大人しく引き返した。ある程度の間隔を進んだところで立ち止まり、キュットに声をかける。
「たぶん、シパーソンのヤツのせいだろうな……」
「はい……おそくらくそうかと……」
さて、どうしたものか。おそらくこの門に限ったことじゃなく、全ての門番に用意周到だったシパーソンの息がかかっているに違いない。
「何かフード……帽子が服と一体になっている服を入手してから別の門に行こう。少し時間を待って、人通りが多くなった隙にすばやく抜けてしまえば、ばれずにいけるかもしれない」
だが、俺のその場限りの安直な作戦立案は、案の定というか即否定意見を投げかけられるはめになってしまう。
「それは出来ません。門を通過する瞬間は顔を隠してはいけない決まりがあるからです。もしちょっとでも隠すような素振りをするだけでも、先ほどみたいに兵士に止められてしまいます」
それはやっかいだな……。どうやら俺の想像する以上に事態は深刻のようだ。
「ひとまず他の門まで行きましょう。ヤストさんの言うとおり、人が多い時を待てばもしかしたら可能性はあるかもしれません」
これ以上の名案を咄嗟に脳へと浮上させることが出来なかったので、彼女の意見に賛同して、ここから近い門まで再び案内役を任せることとなる。
「でも、近いといっても多少の時間はかかっちゃいますけど……。せっかくヤストさんにわざわざ早朝に起きてもらったというのに……」
キュットは何かとあるたびに自分のことよりもまず、俺の事を率先して心配して、申し訳なく思ってくれる。その心優しい性格は確かに美徳だと思うが……それと同時にキュットがどうして男から人気があるか――人気を引き寄せるのか、その理由の片鱗を少し理解できた。もちろんキュットが、通り過ぎる街の男達を振り返らせる程度に美少女であるということは、今更言及するまでもなく分かっているつもりだ。
「気にするな……。それより、キュットはいつもその髪型か?」
「へっ……? あ、そうですけど……」
「なら、髪型を変えたほうがいいかもしれないな。顔を隠せないなら、せめてそれぐらいでもやっておいたほうが、ほんのわずかでも成功確率が高まる効果を期待できるかもしれない」
「あっ! 確かに……。わかりました」
しゅるり、と日々の生活で習慣づいているのだろうことを想像させる、慣れた手つきで素早く赤いリボンを外すと、後ろ髪を器用に一房に上の方でまとめ、その部分へリボンを留め直した。いわゆるポニーテールという髪型だが……これがまた絵になるというか。良く似合っているという言葉でしか評価できない自分の貧困な語彙力がうらめしくなってくるぜ。
「どう……でしょうか?」
正直見とれてしまった――とは、恥ずかしいので口にしたくない。俺はキュットから顔を逸らしながら、低い声で答えた。
「ああ…………その……いいんじゃないか。よく似合っているし、いつも違う雰囲気もする」
「そ、そうですか……あ、ありがとう……ございましゅ……ございます……」
そして、どういうことか自分で感想を尋ねてきたというのに、何やらキュットは恥ずかしそうにもじもじしながら頬をほんわり桜色に染めた。常日頃、男達からこんな褒め言葉など配り歩くほど言われ慣れているもんだとばかり思っていたのだが……。
そうこうしてからどれくらい時間が経過しただろうか。もはや目に見えて日が昇ったと感知できる程にまで太陽の位置が高くなり、街には随分と喧騒と賑わいが広がってきた。そんな頃合に、俺達は別の門にまでようやくたどり着けた。
「けっこう人がいるな。これなら今度こそ……」
「そうですね……これはもしかすると本当にいけるかもしれません……」
ぐっ、とキュットは胸の前で決意表明のつもりか握り拳を作ってみせる。
なるべく俺の背後を歩かせるように注意しながら足早に歩を進めていく。これは例え一ミリでもキュットの顔が確認されないようにという意図がある。
「おい、ちょっと待てぇ!」
――――またしてもダメだった。
どうやら守衛は職務に忠実という法則でもあるらしく、どいつもこいつも皆一様に感情の起伏を示さずに、ただ謎の使命感を宿しているようなやる気に満ち溢れている瞳だけはしていた。一体どんな教育をすれば、こんな熱心に人を働かせることが出来ることやら……。
だが、だからといってこちらも諦めるわけにはいかないのだ。キュットにさらに別の門へ案内するように頼んだ。
――だが、ここでただでさえ電車が通過している時の踏み切りレベルに門を通れないという深刻な問題があるというにも関わらず、加えて、さらなら懸案事項が一つ増えてしまった。
それは太陽の位置だ。すでに俺達の直上にまで移動している。そして直上にあるということは、これ即ちもうこれ以上上昇することがないということであり、さらに言うとこれからはどんどんと日が落ちていくということだ。
この事実は俺たちに、タイムリミットが迫っていること、それに加えて門から門の距離が結構ある――つまり、この街がどれだけ広いかという現実を俺にまじまじと突きつけてきた。最悪、どの門もダメだったと判明した時には、すでに夕方になっているかもしれないのだ。
「もしかしたら街中を逃げ回るハメになるかもしれないな。あいにく、この街はやたらと面積が広いし入り組んだ道も多い。捕らえられるまでには何日か時間が稼げるかもしれない」
しかし、そこでキュットが目元に陰を落としながら、
「いいえ。おそらくそれは無理ですヤストさん……。シパーソン様の――貴族様の部下の方達はたくさんいます。今までも貴族から逃げ切れたという例を私は一回たりとも耳にしたことがありませんので……」
ここに来て最悪の情報だ。俺達は自然と焦りから足早になりつつ次の門へ目指す。
――――――――――
「くっそ! ここもダメか……」
俺達は残された門を訪れるが、やはりどうしてもことごとく正体を看破されて、強力な通行止めを食らってしまう。どこを向いても赤信号ばかり、まさしく今はそんな感じだ。
「キュット、聞いてくれ」
こうなったら……と俺はなるべくやりたくなかった策を、キュットに提言する。
「次の最後の門。これがもしダメだったら……俺が囮になってなんとか兵士四人の気を引いてみせる、だからキュット……その間に君は脇をすり抜けていってくれ」
そう、これが作戦と呼べるかも分からないずさん極まりないものだが、俺の考え付いた方法。ナイフの一本でもちらつかせれば、恐らく相手を俺に注目させることは可能かもしれないのだが……。
「そんなの……私嫌です!」
やはりか。キュットは自分よりも他人を案じる性格の持ち主、恐らく「はい」という結論を下すことはないだろうと予想していた。――だが、現在通行止めのお達しが出ているのはキュットだけであって俺は問題ないのだ。そしてこれが何を意味するところかといえば、キュットさえ何とか逃がすことに成功さえすれば、後は適当に兵士達を巻き上げつつ俺は他の門から脱出すればいいだけになるので、ここはどうしても彼女に了承してもらわねばなるまい。
俺はその旨をキュットに伝え何とか納得してもらおうと努めた。その結果、中々に粘られてしまったもののどうにかしぶしぶと脱出することが何事よりも最優されると認めてもらうことに成功したのでほっと一安心だ。まあ、後は俺の働き次第ではあるんだが……。
集中力を高め、俺はどう動くかを脳内でイメージする。幾つかの門番の注意を逸らしつつ自分が逃げおおせる可能性のあるパターンを脳内でシュミレーションしていく。そして当たり前だが、状況に合わせて臨機応変に対応していこう……そう結論ずけたまさにその時、いよいよ最後の門がその堂々たる巨大な様を、俺達のまえに現した。
「よし、キュット…………!」
行くぞ……そう告げるために勇んで振り返りながら開かれた俺の口は、そのまま絶句してしまい、何も発声することはなかった。
「キュット!」
彼女は二人の長身の痩躯をした男達にいつの間にか拘束されていた。俺が別のことを考えていたこと、それに今日一日ずっと歩き回って多少なりとも疲労していた上にここに至るまで、にこのような事態が訪れず心のどこかに隙が生まれてしまっていたのも原因の一つだろう。キュット周囲への警戒を怠ってしまい、近づいてくることにすら気付くことが俺には出来なかったのだ。
「やあやあ、久しぶりだねぇ…………」
「……シパーソン」
どこかの建物の陰から、ぬうっとその忌々しい姿を現したシパーソン。まるで新しいオモチャを買ってもらった子供のような無邪気さを含んでいるかのように、にやりと笑う。
「奇遇だね……まさかまた君と夕方に出会うとは……」
もはや神がかるレベルで白々しいので、いちいち指摘するのも馬鹿らしくなってくる。
「そうだな。心底会いたくなかったけど……」
すぐにでもキュットを助けたい、が、彼女は男二人に捕まってしまっている。下手に手を出して彼女をケガでもさせられたりしたら大変だ。俺は自分自身にそう言い聞かせ、すぐにでも動き出したくなる気持ちを無理やり自制する。
「それにしても……ほんんとうっっっにぃ、気持ちのいいぐらい僕の思い通りに動いてくれるねぇ! 律儀に一つ一つ門を訪れては断られて……。僕ならぁー、一箇所目の門の時点で絶対違和感を感じていただろうと思うけどな~」
コイツ……一日中、部下に俺達を見張らせていたな。くっそ……そんなこと、簡単に予測できるような事柄だったはずなのに……。悔しさ紛れに俺はぎゅっと自分の拳を握る。
「今日僕は君のような無知な人間に分かって欲しかったんだよ。僕に逆らうことがいかに愚かで無意味で無駄で馬鹿げている……ってことをね。街をあちこち散歩して、それがよぉーくわかっただろう?」
「お前……」
思わず腰に提げているナイフに手を伸ばそうとするが、数ミリのところでギリギリ踏みとどまる。我慢だ……やつは俺を挑発している。きっと相手を散々饒舌に罵って、向こうから手を出させようとするのがシパーソンのスタイルなのだろう。
「あれ、どうしたんだ……? さあ、遠慮せずにかかってきなよ。今回は油断せずに、しっかり剣で戦ってあげるよ」
シパーソンは自慢げに腰に提げてある意匠の凝った剣の鞘を、俺へとこれみよがしに見せびらかしてくる。俺はなるべく感情を押し殺し、無表情を努めながら一言も返事をしない。
「なんだ、つまらないな。……まあいい。すぐに楽しいことになるだろうさ。宿屋で待っててくれたまえ。それじゃあねぇ!」
そううるさく告げるや、絶妙なタイミングでタクシーのようにシパーソンの近くへと停車した二台の馬車。その内の明らかにVIP御用達といった具合の、豪華な装飾の方へとかっこつけて乗り込んでいった。その後ろを歩かされていたキュットは、もう一方の粗末な木の檻みたいなのがついた馬車に押し込められていく。
キュットが押し込められるとほぼ同時、俺の周囲に三人の屈強そうな男が囲みだす。
「ヤストさん! 私のことは気にしないで!」
こちらに必死に手を伸ばしながらも、キュットが大声で叫んでくる。
しかし、俺がその言葉に対して何かを答えるより早く、馬車たちは一斉に走り出してしまった。
「…………」
すぐにでも追いかけたい。だがこの男達、俺の周りから一歩も動く気配がないどころか、一言も発さずにじろりと俺を上から威圧するように睨みを利かせてくる。――「動くなよ」、そう圧力をかけているのだ。
しばらくそんな異様な状況が俺の周りを包んでいたが、ほどなくして、男達はお互いの顔を見合うと去っていった。どうやら俺をボロ雑巾みたく、ボコボコにしろという命令は受けていないらしい。せめての不幸中の幸い……か。
辺りからは誰もいなくなった。誰も――というのはシパーソン一味のこともそうだが、加えて街の規模にも関わらずまるで寂れてしまった商店街のように人の姿が目につかない。
ひゅー、と悲鳴のようにも聞こえる音と共に冷たい風が吹き込み俺の髪を小さく揺らす。その間、俺はずっとキュットを連れ去られ、今は虚空となってしまった方向を無表情に見つめていたが……。
ダンッ!
イラだたしげに片脚で地面をおもいっきり踏みつけた。それから腕全体が小刻みに震えるくらいに拳を力を入れて握りしめると、俺は宿屋へと力なく歩いていった。




