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第七話 出発

 適当に必要そうな道具を、使い方のわからないやつは操作方法を探りつつ旦那さんの部屋から漁って手中に収めた俺は、キュットの部屋の前にいた。

 コンコンと、木の扉をノックすると「どなたですか?」と誰かをたずねるふんわりとした声が返ってきたので「相反ヤストだ」と答える。

「どうぞ」

 この世界の一般的……と決め付けるにはいささか情報が不足している感は否めないが、キュットという女の子の部屋に初めて……というか女子の部屋というのに潜入すること事態が初体験だが――引越し直前の部屋の状態みたいに、随分と殺風景な室内な方である……と思う。

 というのも、中にはベッドに棚、それと机だけしか家具の存在がなかったからだ。

 目的の人物である肝心のキュットはという、口元をにぃ、とちょっと無理矢理な感じに上へとつり上げ、頑張って笑顔を作って見せた。

「大変なことになってしまいましたね……ヤストさん」

「…………ああ」

 それからどちらとも言葉が出てこず無言になってしまう。外から洩れ聞こえてくる人々の喧騒や自然音が時々風に運び込まれこの部屋にまで入り込んでくる。それらは小さい音のはずなのに、今の俺にはやたらと耳に響いてきた。俺はバツの悪そうに頭をかきながら、窓の外へ視線をやる。空はすっかり暗闇に支配されており、心が奪われそうなくらいに綺麗な黄金色の三日月が浮かんでいるのが確認出来た。

「ごめんなさい!」

 突然、何の前触れもなく、キュットが俺へ謝ってきた。その言葉に過分に衝撃を受けた俺は一瞬立ちすくんでしまう……が、すぐに気を取り直す。

「そんな……やめてくれよキュット。それより、謝るのは俺の方だ。すまなかったキュット。俺が余計なことをしたばっかりにこんな……」

 今度は俺が頭を下げると、キュットは慌ててぱたぱた両手を自分の胸の前で振って、俺の両肩を押して起こそうとしてきた。

「顔を上げてくださいヤストさん! お母さんも言っていたじゃないですか。まだどうにかなってしまうわけではない……って。私達二人でしばらく出かけるだけですよ。……そう! 今日の買い物の時みたいに」

 彼女を困らせて密かに楽しもうなどという悪趣味な性格を俺は微塵も持ち合わせていないので、当然の帰結というか、大人しく面を上げる。

 キュットは気にしていないというが俺にはわかる、両親を――家族を失う辛さが。だから彼女がたとえ俺を許してくれたとしても、俺は自分の中で何かしらのけじめをつけたいのだ。それがたとえ独りよがりで、子供っぽいことであっても――それを守りたい。

「なあ、キュット。カペさんにも言われたんだけど、俺……絶対にキュットを守るよ」

 そう堂々宣言してから、俺はなんだか無性に恥ずかしくなってきた。なんと臭いセリフをいってしまったのだろうと。そう自覚したら、なんだか顔が熱くなってきたな、心なしか体感だが発汗作用も高まってきている気もする。

 すると俺と気持ちを同じくしたのか、向こうも照れくさそうに頬をうっすら赤くしている。もうちょっと言い方というものに幅を利かせるというか、配慮するべきだったな……俺。

「お、お願い………………します」

「う……うん」

 再び、今度は先ほどとは違う気まずさが、部屋の中をすっぽりと包み込むのであった。

翌日。

 まだ辺りはにわかに薄暗く、(あさ)(もや)が街に残っているような時間帯に俺は起床した。早起きはわりかし得意な方だと自負している俺にとって、朝早くに目覚めるのが辛いという人の気持ちには正直あまり同情しきれない部分もある。

 服装は昨日と同じものでいくことにした。何となくこの生地の丈夫さ、動きやすさが気に入ったのだ。

 リュックサックという道具があればどれだけ良かったものを、とない物ねだりに悲嘆にくれつつも、昨夜有用そうな物を詰め込んだ麻袋だろう袋を肩に担ぐ。

 階下に向かうと、すでにキュットとカペさんが椅子に座って何やら話し込んでいた。出発にはまだ時間があるし、もうしばらく家族水入らず、二人きりにした方がいいだろうと戻ろうとしたところで、そこで俺の存在に気付いたカペさんが手招きしてきた。

「昨日と違って、今日は早起きだね」

 会うや早々に皮肉を容赦なく突きつけてくるとは……カペさんの精神状態に問題はなさそうだな。一方のキュットは、表情にあまり余裕がなく強張っている。

「……どうも。キュットは……大丈夫か?」

「は、はい! ここまできたら…………やるしかありません!」

 どうやら彼女も吹っ切れたようで、緊張はしているものの士気はけして低くない――といったところだ。その後着ている服の向きが反対になっているのに気付いて、慌てて直しにいった姿も含めて、これならキュットも一応……問題なしと判断していいだろう。

 俺達の出発は街の四箇所に建設されている塔の最上階に位置する《鐘》がなる少し前だ。この《鐘》は塔の数同様に街の四箇所にある、街と外の世界を繋ぐ門が開く時と閉まる時、それと正午を皆に知らしめるために鳴る――いわゆる人々の時計代わり、といったところだ。

 この街には時計が存在していない。では、一体全体どうやって時刻を確認し、鐘を鳴らしているのか? 聞くところによると、どうやらその裏側には日時計の活躍があるらしい。これは太陽が昇っているときに生まれる、陰を利用して時間を確かめるという仕掛けだ。詳しい仕組みは俺もあまり熟知していないのでわからないが、太陽が出ていないと機能しないのが欠点らしい。まあ、日時計というぐらいだ、それはなんとなく予想できたことだったが……とりあえず、今のところ晴れているから支障はなさそうはあるのが。

 それにしても、俺が腕時計の一つくらい持っていればな……。今まで――俺の世界ではまったく考えつくことも、それを想定してシュミレーションしておくなどという用意周到なことはもちろんしておらず、周りからいつでも時間を確認出来る機械がなくなるとこんなにも生活が不便になるとは……なくなってからわかるありがたみというのがわかるいい例だな。まあ、この世界において、それは時計に限ったことではないがな……。

「さあ、二人とも朝食を食べてきな。元気が出ないよ」

 パンとスープが出されると、俺とキュットは一言も会話を交わすことなく黙々と食べ続けた。このメニューはどこの家庭も大体毎日同じものらしい。昨日飽きないのか? とキュットに訊ねたところ、言葉を丁寧にオブラートに包みながらも「飽きた」という内容を口にしていた。たまには肉料理も食べたいそうだが……食べ物を恵まれている立場としてはあれだが、その欲求には俺も同感だな。

 二人が朝食を済ますと、カペさんが俺達に告げる。

「さあ、そろそろ出かける時間だ」

 先ほど、俺はこの世界にいつでも時間を確認できる機械が存在しないと言ったが、カペさんには長年の規則的な生活から生成された体内時計があるらしく、もうすぐ鐘が鳴るとか鳴らないとか勘でわかるとのことだ。それが正確かどうか、俺には確かめる手段はない――が、どうしてかカペさんの言葉なら……と、無条件に信用出来てしまう。いつの間にか、短い付き合いだったが、そこまで俺はカペさんを信頼してしまっていたのだ。

「お母さん……」

 最後にもう一度抱擁をカペさんと交わしたキュットは、引き締まったついに完全に覚悟を固めたように決意の表情をする。

「それじゃあヤストさん……出発しましょう」

「よし。行こう」

 キュットはそういって玄関へと勇んで姿を消していった。すかさず俺もその後に続こうと一歩踏み出したところで、ふとある思いつきが脳裏に生まれ、カペさんへ振り返る。

「あの……カペさん。お願いがあるんですが」

「ん? どうしたんだい?」

「昨日のナイフ……出来れば貰っていってもいいですか?」

 ナイフ――とは、昨日のシパーソンとのごたごたで活躍したものだ。すぐに何のことか察してくれたカペさんは、どこかからそれを持ってきて手渡してくれる。

「ほら……持っていきな」

刃の部分が布にくるまれているナイフを受け取ると、職人の腕が良い裏づけか、不思議とよく手に馴染む取っ手を何回か感触を確かめるように握ると、麻袋から丈夫な紐を引っ張り出し、ズボンのベルト部分に結びつけた。

 俺はカペさんにお辞儀をして、急いでキュットの後を追った。

 外に出ると、朝の肌寒い空気漂う道の真ん中にキュットがちょこんと立って待っていた。服装は俺と同じく昨日と同じ白いシャツに黒いズボン。ただ違う点としては、服はしっかりと綺麗なもので、それとエプロンがないということだが……ただでさえ大きい胸がさらに強調されるので、俺としては目のやり場に苦労する。一般男性がイメージするような大和撫子と呼ばれる女性が兼ね備えているようなさらさらした長い黒髪も、昨日同様赤いリボンで一房にまとめられていた。

「その服……この宿屋の従業員服じゃないのか? まあ、たしかに丈夫だし俺も今着ているのに言うのもなんだけど……」

「はい、そうですよ。私、もともと服なんてほとんど持っていませんし……それにこの方が普段通りの感じがして落ち着くんです」

 それから俺達は横に並んで歩き出した。この街には出入り口は合計五つ、その中で一番近いところに位置する門へと道案内をしてくれるとのことだ。

「なあキュット、どうしてこの街は外周全体が石の壁に覆われているんだ?」

 俺は随分と早朝の時間帯であるだろうにもよらず、意外とすでに活動している人の数がけっしてまばらではないという現状に軽く驚きながらも、人の手によってしっかり整備されている石の道を進んでいく。

「それはもちろん他国の兵士と、『魔物』が攻め込んで来た時、街の中央にある城を守るためにあるんですよ」

 キュットとしてはもはや常識らしく、さも当然のように俺に語ってきたんだが……俺が自ら質問を投げかけたことから察してもらえるとは思うが、無論俺は初耳である。

 それにしても『魔物』か……。森で俺を襲ってきたあの見たことのない謎生物、あんなのが攻めてきたら確かに大変だな、それも万が一にでも群れなしたりでもしたら、これはもう国家レベルの非常事態と認定してもいいレベルだろう。どういうわけか魔法まで駆使してくるときているからな、それは過剰なほどに厳重な守りを堅めたとしても俺はいささかの疑問の余地も生み出すことはないだろう。

「でもそれじゃあ……俺達が隣街へ向かう道中、襲われる可能性があるってことか……」

「……はい、その通りです。でも魔物は基本、森とか山とか……そういうところに出現するので、今回そういう箇所を通過しない私達にとっては大丈夫なはずですよ」

 なるほど。魔物は出現しやすい箇所であったり、逆に出現頻度が低い箇所も存在しているということか。……魔法、魔物、貴族、街並み、――まるで、中世ヨーロッパを意識した世界観のRPGの世界に飛び込んでしまったかのようにすら錯覚してくるぜ……。

 次に俺は別の疑問だったことをキュットに聞いてみることにした。

「あの貴族――シパーソン……か、あいつはいったい何で貴族なんてなっているんだ? お世辞にもあまり貴族にありそうな品の良さみたいなものとは、完全に対極に位置する人間のように、俺には思えたぜ」

 正直言わせてもらうと、とてもじゃないが俺のイメージするような優雅さとか気品さとかを兼ね備えた人間というよりは、あれじゃあただの小物だ。

「シパーソン様の家は闘技場の経営者なんです」

「闘技場? なんだそれ」

 ちらり、とキュットが何かの気配を感じたみたく後ろを返り見た。それにつられて俺も首を向けてみるが特にこれといって注意を引かれるものはない。

「……闘技場でしたね。闘技場は人と獣か人と魔物、それか獣か魔物、もしくはそのどれもという組み合わせの時もありますが……一定の広さがある円形の土地で戦わせて、どちらが勝つかを観戦する……とのことです」

 どうやら、キュットは実際に目にしたわけではないらしく、宿の客から聞いた風のうわさをふと耳にしたらしい。彼女の話を要約すると、ローマの剣闘士がコロッセオで命を賭けて戦闘するような仕組みと似たようなことをやっていて、さらに客席は入場料でランクごと分けられており、血湧き肉踊る戦いを眺めて純粋に楽しんでいるものもいれば――特に貴族はそうらしいが、どちらが勝利をもぎ取るのかで金を賭けたりするものもいるとのこと。そしてこれがある意味一番重要なポイントかもしれないが、闘技場の経営者はとにかくぼろ儲けできるとのことだ。それもうっかり貴族になってしまうほどにな。

「私は……その……あまり争いごとは好きではないので……」

 青い空はまだまだ早朝といった感が抜け切れていないような様子だが、何となく太陽の位置がいくらか上昇していると思えた。

「……キュットはそれでいいと……思う……」

 少しぶっきらぼうというか、雑な返答になってしまったことは、それを口にした俺本人が重々承知の上だが、それでもキュットが嬉しそうにはにかんだので、とりあえず言葉の不適切による問題はなかったということにしよう。

「そろそろです」

 まるでその一言を合図代わりにでもしたかと疑いたくなるくらいにタイミングよく結構大きな濃い灰色をした鉄の門がその容貌を遠目に俺へと現した。この巨大さなら、おそらく象でも門さえ開放されていれば楽々と通過可能だろう。それほどの背の高に幅の広の規模を誇る。

 リンゴーン、リンゴーン……。

 その時だ、後方から澄んだ鐘の音が鳴り響いてくる。それを皮切りに門が遅々とした速度で次第に上へと引き上げら解放されていく。カペさんの時間感覚は正しかったのだ。

 開け放たれてからわずかと経たずに、四人の槍らしき武器を所持した防具である程度の身を固めている兵士がそれぞれ出口側と入口側に一人ずつ左右に分かれて待機を開始した。

守衛――ということだろうな。

 キュットも時間がぴったりだったことに一安心したのだろう、胸に手を当てつつ安堵のため息を洩らしている。

 門の眼と鼻の先にまで来た俺達は、表情を引き締めるとそのまま門を通過しようとした。周りには俺たちと目的同じく門をくぐろうとする人影がぽろぽろと散見しているので、別段俺たちが目立つというようなことはないはずだ。

「おい、ちょっと待て!」


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