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第六話 約束

「こんんんんのぉぉぉ、大バカがああああぁぁ!」

 玄関入るなりキュットの母から強力で猛烈な歓迎をされた。オペラ歌手ばりのあまりな声量に思わず耳を押さえたものの、わずかに遅かったようでキーンという耳鳴りがしてやまない。

「あんた……いったいなんてことしてくれたんだい!」

「お母さん! ヤストさんは私のために……」

「キュットは黙ってなさい!」

 ものすごい迫力だ。この母親ならどんなにうるさい人間でも一発で静めることが出来る気さえしてしまう。鬼のような形相もそれを余計アシスト――後押している。だが、俺もはいそうでしたと引き下がっていられない。

「それじゃあ、あのままキュットを連れてかれた方がよかったんですか!」

「その通りだよ。――私だって一人娘を取られたくはないんだ。そこらの男なら引っ叩いて追い返しているところだったよ。でも相手は貴族なんだ、この意味、記憶のないアンタだって、わからないっていうんじゃないだろう」

 残念ながら本当にわからない。俺は貴族なんてものをあの時初めて目にしたし知った。――だが、実際のところまだ何のろくな説明ももらっていないのだ。

 そのことが俺が黙るというリアクションを取ったことで母親にも伝わったのだろう、頭に手をやって、はあーと盛大にため息をつく。ぎゅっと目を瞑ってしばらく思考をまとめるように沈黙したかと思うと、やがて何かを決心したように俺の全身を眺めてきた。

「いいかい。私達のイデルグルスでは、人を殺すことは原則禁止にされている。もし破ったら財産を家族のも含めて全て没収された上に犯人は死刑になるんだ。でも例外があって、貴族には『ケッザドラァ』をする権利があって、平民はそれを断ることが出来ないとされているんだ。さらに、貴族限定でその間の殺人は罪に問われない。――つまり、貴族に平民は逆らえない特権があるってこと。どういうことかわかるかい?」

 そう……だったのか……! 

 俺は驚嘆すると共に自分がやってしまったことがいかにヤバイことだったということをはっきりと認識する。

 つまり簡単にまとめると、貴族は平民を殺せるが、平民は貴族を殺せないというくそったれな制度なのだ。

……いや、正確には平民は貴族を殺したくても殺せない――といったところか。最悪自分だけ被害を被るならいいかもしれないが、家族にまでそのとばっちりが及ぶとなると話は別だ。貴族を殺したら一家が路頭に迷うことになってしまう。だが、貴族は罪にはならない。

これは言い換えると、貴族は気に入らない平民がいたらいつでも殺せますよ、という人類皆平等という思想を一切無視したルールであると同時に、この世界が一応は民主制の形を取っている日本国とは違うのだという事実をあらためてまざまざ俺に突きつけてくる。

 俺はキュットを助けるためにやつと戦った――つもりだった。……が、それは逆にこの一家を追い詰める結果となってしまったのだ。

 もし、逆上した貴族が俺じゃなく万が一にでもキュットなり母親にでも『ケッザドラァ』を申し込んできてみろ。最悪な終わりを迎えることになること受け売りだし、さすがに俺が知らなかったからと無知であるのを理由になんとかなる問題じゃないのだ。

「す……すみません……。俺、なんてことを……」

 いくらこの国のルールを熟知していなかったとはいえど、もはや取り返しのつかない事態になってしまった俺は、もはやその行動自体に意味がなくとも、とにかくひたすらに謝らずにはいられなかった。俺は母親に深く頭を下げる。

 静寂あたりを包みこむ。誰も何もしゃべろうとしない。呆れて言葉も出ないのかもしれない、そう考え始めた俺の背中に母親の「面を上げな」という声が届く。

「…………でも、ありがとね。あのシパーソンとかいう貴族には私もイラついていたんだ。――いや、私だけじゃない、ここいらに住むやつで貴族に腹が立たないやつなんていやしないよ」

 予想外の感謝の言葉に俺は一瞬ぽかんとしてしまう。母親は小じわ混じりの頬を手で何度か撫でるとキュットに首を向ける。

「で……この男、強かったのかい? 貴族を倒してみせたらしいけど……」

 ここで自分に話が振られると思っていなかったのだろうキュットは、少し目を見開きながら自分に問われていることを認識するのにしばしの時間を要してから、

「う、うん……。ヤストさんは《ケールド》の一撃を見事に避けてみせたの。あんなこと出来る人、私見たことも聞いたこともない……」

 それからキュットは俺を見やると、若干疲れを滲ませたような表情でたずねてくる。

「どうしてヤストさんはかわせたんですか?」

 ………………。

 シパーソンの言葉が、ふいに脳裏で再生される。

『――遺跡から発掘されてな……』

 発掘――俺の単語認識が間違っていなければ、発掘という単語は昔のものを掘り当てる、という意味で用いられるはずだ。

すると、だ。もし、今俺の頭に浮かんでいる、一つの仮説が正しければの話になるが……俺は未来の世界にいるということになるな。

 キュット母とキュットの顔を交互に覗く。両者共、俺に真剣な顔で視線を集中させている。俺から次に紡がれる言葉を待っているのだ。

「二人とも、きっと理解できないことがあると思うけど……でも、聞いて欲しいんだ」

 と、俺は少し大げさだと思われてもおかしくない前置きをしてから話を続ける。

「シパーソンが持っていたのは《ケールド》とかいう名前じゃない。アレは《F332―ZR》。コレイステッド社製の主に自衛を目的とした小型光線銃だ。――自衛、と言った通り、人を殺すために設計されてないそれは、合計三発分のエネルギーしかチャージできない。さらに一発辺り三分強のチャージ時間を必要とするんだ……。まあこの銃の売りは値段だからな」

 いっきに説明し終えた俺は、ふうっ、と若干の疲れ混じりのため息を吐く。

 俺はそこで二人の様子を確認してみるが、二人とも合点がいっていないような……理解出来ないような、と、そんな感じだ。もし俺が彼女達側の立場でもきっと同じような反応をする。

 困ったように自分の艶やかな髪を手で撫で付けながら、キュットは母の方を見やった。すると同じタイミングで母もキュットへ首を向けていたので、二人の視線が空中で交差した。そのまま互いに不思議そうな表情で見詰め合っているところから、おそらく俺にはわからない女同士のアイコンタクトでもして、なんとなく互いに理解出来たかを確認し合っているのだろう。

 すると、ぽんっ、と母の手が俺の肩に置かれる。

「うん、それはまあいい……一回置いておこう。それよかアンタ、私にちゃんと名前を教えてくれないか?」

 予想外の質問だったが、確かに俺はまだこの人の家で世話になるということに話がまとまったというのにしっかりとした自己紹介もしていなかった。それどころか逆に俺はこの人の名前を知らないという変な状況だったことに今更思い至る。

(しょう)()ヤスト……です」

「シ、ヨウ、ハ、ヤスト? ……あんまり聞かない名だね」

 この二人が親子なであることを、再び自覚させられた。俺の名前に関して同じところで似たようなことをツッコまれるとはな……。

「私はコーション・カペ。あんたは私のことをカペと呼んでいいよ」

 ということは、「コーション」というのは俺の「相反」にあたる――つまり名字だと……そう判断していいだろう。

「分かりました、カペさん」

 よしっ! と力強く頷いたカペさんは、キュットを俺の隣に並ばせた。そうしてから、俺、キュットとゆっくり二人の顔を間違い探しでもするようにじっくりと交互に見比べる。その時のカペさんの瞳が、成人男性すら震え上がらせるだろうなおっかないものから、穏やかなものに一瞬変化した……ように俺には映った。

「キュット。ここから東に行けば、《テラドラオ》の街があるのは知ってるね?」

「えっ! う、うん……知ってるけど……」

「明日の朝、門が開いたらすぐさまこの街をヤストと出るんだ。そしてそこに向かいな」

 えっ……。そう小さく声を洩らしたキュットは、カペさんの言葉をうまく飲み込めないのかその場から一歩下がると、綺麗な茶色い瞳を大きく開かせた。しかしカペさんはそれに構わず今度は俺へと、

「ヤスト。どうかこの子を守ってやってくれないか? 私はこの子が小さいころに旦那をなくしてね、今はこの子しかいないんだ。頼む」

 すると、なんとカペさんは信じられないことに俺へと頭を下げてきたのだ。その姿は今までの印象からはまるで想像できないものであったが、同時に本当に娘を思う気持ちが伝わってくる。そんな真剣さをひしひしと肌に感じた。

「ちょっと……勝手に決めないでよ! お母さん!」

 キュットが感情あらわに本気で怒っているなんて場面なんて、俺は今日初めて目の当たりにした。

「宿屋はどうするの? お母さんだけじゃどうにかならないでしょ!」

「そんなこと、キュットが気にすることじゃないよ。誰か雇うなりするさ」

「そんなお金うちにはないじゃない!」

 ぽた、ぽた……、気付けばキュットの眼から透明な雫が地面に垂れる。キュットは泣いていたのだ。

「いやだよ。お母さんとも会えなくなったら……。私……どうすればいいの?」

 キュットはカペさんに勢い良く抱きついた。それをカペさんはやさしく受け止めると背中を優しくさすってやっていた。

「分かってるだろう? あの貴族のことだ、これから何をやってくるかわからない。すぐにでも逃げなくちゃ、もしかしたらヤストどころか、キュットも殺そうと考えるかもしれない」

「そんな……それじゃあお母さんも一緒に逃げよう……」

 カペさんは何かを思い出したように軽く笑うと、それを拒否する。

「私は行けない。この宿屋を守らなくちゃいけないからね。あの人が残した……」

「だったら……だったらやっぱり私も……」

 そこで、カペさんはまたもや落雷のような強烈な大声で怒鳴った。

「バカ言ってるんじゃないよ!」

 ビクリ、キュットの身体が小さく震える。だが、迫力の語気とはうらはらに、キュットの艶々とした触り心地の良さそうな黒髪をカペさんは優しい手つきで撫でつけてやりながら、

「これ以上私を困らせないでおくれ……。それに私なら大丈夫だよ。第一、まだ決まったわけじゃないだろ。もしかしたら私だけだと興味をなくしてほっとかれるかもしれない。そうだろ?」

「…………」

 キュットは嗚咽を洩らして泣いていたが、やがてカペさんから身を離すとこくん、と弱々しく首を縦に振った。

「それじゃあキュット、自分の部屋にいって荷物をまとめてきな。それで……うーんそうだね。しばらく経ったらまたいつか宿屋に戻ってきな。その時は、またきりきり働いてもらうよ」

 キュットは赤くなった目元を服の袖で拭くと、「わかった」と気丈にも返事をした。

 かくしてキュットは荷物の準備をするために去っていき、玄関には俺とカペさんの二人がぽつりと残される。

「ヤスト、こっちに来な」

 連れて行かれた一室は、手狭ながらも綺麗に荷物がまとめられていた。

「ここは私の旦那が暮らしていた部屋なんだ。ここから出かけるのに必要なものを好きなように持っていっていいから。今ヤストが着ている服も、実は旦那がここで働いている時に着ていたものなんだ」

 そうか、どおりでこんなにも着古されている感じがしたのか。なんてことはない、実際に着古されていたお古だったのだ。

「ですが……勝手に使っていいのですか?」

「ああ、それは心配しなくていいよ。旦那はもう何年も前に死んじまったから。《戻らずの森》に行ったきりね……ってあんたには関係ない話か。まあとにかくそういうことだから、ヤストの好きにしな」

 《戻らずの森》――これはおそらく俺の目覚めた森を街の人々が指している名称だろう。ようやく俺が森から来たと伝えたときの、キュットが俺の話を信じようとしなかった反応に合点がいく。

「わかりました。ありがたく使わせてもらいます」

「そのかわり!」

 グイっと、カペさんは俺に鼻息がかかるぐらいまで顔を近づけてくる。何というか……3D映画を見ているかのごとく、非常に大迫力で雄大で壮大な絵面だ。     

「キュットを絶対守るんだ。これは私との約束だ……わかったね?」

 俺は力強く頷いた。


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