第五話 黒衣纏う男と武器
「待っていたよ、コーション君」
何とも嬉しそうに、にやりと口角を上げる男。そのままとても親しげな様子でキュットのすぐ眼前にまで迫ってきたかと思うと、キュットの片手を自分の両手で包み込んだ。
「約束しただろ、準備が出来次第迎えに行くって。さあ……」
と、有無を言わさないといった具合に腕を掴んでどこかへ……いや、方向的にどう考えても、俺とキュットが宿屋を出かけるときにはなかった、道のちょっと先の方に停めてあるあの馬車らしき乗り物だろうな。
「お、お願いします。待ってください!」
キュットは必死に声を出して男を呼び止めた。強引な男でもさすがに足を止め振り返り、心の底から不思議そうな表情をしながら「どうしてだ?」と疑問を投げかける。
「その……お気持ちは嬉しいのですが……。やはり私なんかには貴族の方とは身分が違い過ぎて……ふさわしくありません! それに……私はまだ十七歳ですし……こんな子供より、もっとふさわしい方がいらっしゃるの……」
しかしキュットの話は、男のキュットを上回る大声によって途中でかき消されてしまう。ただでさえ辺りにはちらほらと野次馬がこちらを興味半分、気の毒半分といった感じに眺めているというのに、余計人数が集って注目を呼び寄せてしまう。
「僕の目に狂いがあったと言いたいのか!」
その一声で、キュットはすっかり縮み上がり怯えてしまう。及び腰になって、顔面中を蒼白にさせながら、体が小刻みに震えている。
「も……も、も申し訳ございません! 申し訳ございません、申し訳……」
途端、壊れたロボットのように同じ言葉をとにかく何度も連呼しながらへこへこと男に頭をさげ始めるキュット。俺はというと呆気に取られてしまい、そこまでの一連の流れを黙って野次馬同様に眺めているにすぎなかった。
「ふん、わかればいいのだ。行くぞ」
「……お、お、お待ちください! せめて……母に最後の別れを……」
「だめだぁ! 今から来るのだ。――安心しろ、いずれ時が経てば母親には合わせてやろう」
…………なんだこれは?
俺にはあまりにもその光景が現実離れしているように感じられた。こんな誘拐めいた場面に出くわしたことなど、もちろん一度たりともない。いや、もしかしたらあったかもしれないが、それはあくまでゲームや漫画、アニメの中での話である。
なので、当然のことながら今までは、物語の登場人物達が仲間を連れ去られた気持ちなどは、あくまで空想上の産物、妄想でしかなかった…………だが、それがどんな気持ちか、今よぉぉぉぉくわかったと俺は自負している。
パンッ! 俺はキュットの腕を掴む男の手を払いのけた。静観を決め込んでいた辺りの野次馬が、散りじりにざわめいたり、はっと息を吞むのを俺の耳がしっかり捉えた。
「お前……ちょっとせっかちすぎや――しないか?」
男は俺がさっきからしっかりここにいたというにも関わらず、まるで路傍の石や雑草のごとく眼中になかったようで、ここに至って俺という存在をようやく認識したらしい。そして、今日会った人達のなかで一番の睨みをきかせながら、こちらへゆっくり身体を向ける。
「…………貴様。自分が何をしたのかわかっているのか?」
するとキュットが必死の形相で僕の後頭部を掴むと、頭を強引に前へ倒される。予想外の行動に俺はされるがままとなり、結果として俺は男に深くお辞儀を――謝罪しているような体勢にされてしまう。
「申し訳ございません! この人は今日この街に来たばかり。まだこの街の事情に詳しくはないのです。どうかご無礼をお許しください……!」
男は煩わしげにキュットを押しのけた。無抵抗のままふらふらと、少し離れた箇所までよろけるように下がったキュットは、勢い殺しきれずにかその場で尻餅をついてしまう。
「『ケッザドラァ』。お前は運が良い、特別に昨日仕入れたばかりの品を使ってやろう」
男が片手を上げると、それを合図にすぐさま馬車から一人の召使みたいな男がやって来る。そいつへ腰についている、不覚にもちょっとカッコイイと思ってしまった剣を渡し、うやうやしくそれを受け取って召使が去っていくのを確かめてから、男は胸ポケットの中を探っているのか服の胸元に手を入れると、わざわざ俺に見せ付けるように《それ》じっくりともったいぶるように抜き出した。
「カサラドラの遺跡から発掘されてな……見ろ、この美しい形を」
と、白地ベースの《それ》を手ですりすり撫で、恍惚とした表情をしている男。だが、もはや今の俺にはヤツの言葉どころか、一切の音が耳に届いてなかった。驚愕に目を見開かせ、その男が手に持つ《それ》を上から下まで隈なく凝視する。
俺の視線をどう捕らえたのか、先ほどまで怒りで爆発しそうだった男の様子がわずかに軟化したように感じられる。
「ふふ……貴様のような身分では一生拝むことのできない代物……そんなに驚くのも無理はない……か。ならば光栄に思うがいい、この《ケールド》で殺されることにな……」
殺される。その一言が俺を無理矢理現実へと意識を引っ張りこんだ。それから俺は、マネキンのように俯いたままピクリとも動かない、座り込んだままのキュットの耳元にそっと口を寄せる。
「キュット」
「ひっ、ひゃあう!!」
キュットは耳を真っ赤にして飛び跳ねた。座った姿勢からのこの跳躍力は、俺としては中々に目を見張るものがあった。
「だ、だ、だめですぅ。耳はやめてくださぁい!」
「す、すまん」
両耳を押さえて涙目でぷるぷるしているキュットの様子から、もしかしたらくすぐったかったのかと反省する。しかし、現状それどころじゃないので、すぐさま俺は話を続ける。
「俺はけっざ……なんとかとやらを知らないんだ、教えてくれ」
「それは……」
すぐにシリアスモードへと頭が切り替わったらしく、表情が険しいものに変化する。
「『ケッザドラァ』。お互いに一つの武器で戦うというルールです……」
なるほど。つまり腹が立ったから手っ取り早く戦って白黒つけようということか。
俺は肩から提げていたキュットのカバンから白い布を取り出して解く、そこから一本のナイフを手に取る。包丁ほどの大きさのそれは、取っ手が何かの木を素材に作成されていて、それは初めて持つにも関わらずどうしてか手にしっくりと馴染むような感覚だ。刃の部分が夕陽を反射させて、ギラリと鈍く輝いている。
「キュット、これちょっと借りるぞ」
「いけません!」
キュットがいきなり、ラグビー選手がタックルでもかます様に俺の腰にがっしりとしがみついてくる。それから先ほどの俺のように小声になると、
「私がシパーソン様を何とか宥めます。その間にどうか逃げてください! もうすぐ街の門は閉まってしまいます……でもそれは逆に都合がいいです。そのうちに逃げれば相手は追いかけてこれ……」
「何をしている? もう充分今生の別れを済ませただろう、僕は早く試したくてうずうずしているんだが」
シパーソンとかいう貴族はこちらを不審がっているようで訝しげな瞳をしながら、キュットの言葉を遮ってくる。さすがに話し込みすぎたか。
「キュット」
俺は彼女の肩に手をやる。そこで俺はゆっくり首を横に振って、キュットの申し出を否定してやってから、眼をわずかに細めながらシパーソンに向き直る。ふと、視界の端にキュットの絶望するような瞳が映ったよう思えたが、よくはわからない。
「そこでじっとしていてくれ」
そう言い残して俺はシパーソンの目の前まで一歩一歩ゆっくり地面を踏みしめるように歩んでいく。それからすこしおどけるような感じに両手を軽く広げて、
「なあ、教えてくれよ。何せ今日来たばかりだからやり方知らないんだよ『ケッサドラァ』。審判とかいないのか?」
シパーソンは自分の剣を持ち運ばせた男を再び手招きで呼び寄せる。そいつを親指で示しながら、
「コイツがやる。問題ない……よな?」
にやりとしたいやらしい笑いを浮かべるシパーソン。問題ないどころか問題しかないのだが……どうせここで俺が抗議をしても意味を成すことはないだろう。なのでここは俺も相手に従って、にやりと自信たっぷりといったシパーソンに笑い返してやりながら頷く。
「わかった。やろう」
すると審判の男は一度シパーソンとアイコンタクトを交わすと、俺とシパーソンに一定の距離間隔を空けるように説明してくる。相手との間、目算でおよそ五~六メートル。走ればだいたい数秒で眼前まで距離を詰められるだろう……。
ふと周りを見回すと、いつの間にか野次馬の人だかりは俺たちを囲むような円形に取り巻かれていて、まるで人の壁のリングが勝手に完成されていた。彼らもわざとではなく、たまたま観戦に適したポジションを模索していくうちに形成されていったものだろうし、結構距離も俺たちから離れて箇所にいるのだが……万が一、俺が危なくなったとき、逃げるのには若干の手間がかかりそうになってしまった。
「ヤストさぁん!」
悲痛な叫びが響く。キュットの方を横目でちらりと確かめてから、前方のシパーソンに意識を集中させる。
後は、審判の開始の合図を待つだけだ。前傾姿勢を取って、ナイフを身体の正中線と垂直気味になるよう肩の辺りで構え、自分なりの臨戦態勢を作り上げる。
出来るだけ相手の行動――一挙手一投足の全てに気を配りたいのだが、やはりどうしてもやつの右手にある《ケールド》とかいう武器に注意が散漫になりがちになってしまう。
今までざわめいていた野次馬の音がしだいフェードアウトしていく。ふぅー、と息を吐き出して気息を整えると、両足のどちらにもすぐ力が伝達し、駆動可能になるよう意識する。
「開始ぃ!」
審判の開始の合図が何のためらいも感じさせずに轟く。
…………が、俺はすぐに動くことが出来なかった。とにかく相手のアクションを待たないと対応するのが困難になるだろう。
シパーソンはその手に《ケールド》と言っていた――銃を握っているのだ!
大きさは普通の警察官が所持していそうな大きさ。全体白い色をして撃鉄は存在しておらず、代わりにその部分は緩やかな曲線を描いている。また排莢口の部分はメカメカしいというか、通常の拳銃にはありえないSF映画のような近代的――電脳的と表現すればいいか、そんなデザインの小さな長方形の部品が備え付けられている。
俺の前髪が、わずかな間隔の微風にたなびいた。沈黙が続き、お互いに大きな身動きを取ろうとしない。だが、俺はその沈黙を自らの言葉で破る。
「どうしたんだよ? なんで何もしないんだ?」
俺が挑発的にそう告げてやる。
シパーソンは始まってからというもの余裕綽々といったる様で、むしろ俺の警戒しているのを目に収め、楽しんでいるかのようにさえ錯覚するぐらい俺を警戒する素振りを現さない。いや、もしかしたら本当に楽しんでいるのかもしれない……。
実際、さっき決闘が始まる前ならすぐにでもぶちぎれそうなシパーソンだが、俺の言葉にまるで怒りを発しようとしない。それどころか、なんだか愉快そうにすると。
「ふふふっ。そっちこそどうしたんだ……さっきから同じ格好で固まったままじゃないか。もしかして、石造に化ける練習でもしているのか? だとしたらあまり似ていないぞ」
シパーソンはそういって、逆に俺を煽ってきた。もはや明らかといっていいぐらいに俺が先制して動くのを誘っているな。だが……もちろん相手の思惑に易々と乗るわけにはいかない。それならば……。
「そんなこと言って、もしかしてお前……実は使い方解らないんじゃないのか? はあー。がっかりだけど……まあしょうがない! なんたって、昨日見つかったんだもんな! よかったら、今からでも武器を替えるのを待っていてやってもいいぞ。特別に俺が許してやるよ」
「何ぃ…………!」
するとゆっくりと銃をこちらへ向けるシパーソン。そして……
来た!
一発目。直径8、23mmの銃口から放たれる、青に近い水色の光線が、風や地球の重力、その他一切の常識を無視して、一直線に俺へと目がけて飛来してくる。レーザーはとてつもない速度で直進すると、俺のいる地点ぎりぎり手前の石畳に見事な丸い穴を穿った。穴の部分からは白煙が一瞬立ち上ったが、すぐに風で霧散していく。
「ほお、よくかわしたな」
「嘘つけ。お前、元々今当てるつもりなかっただろうが」
「ふふっ!」
もちろん俺は素直に食らおうとなど微塵も考えておらず、発射とほぼ同時に全力で右に転がるように跳んで回避を試みていた。しかし、このレーザーが当たった箇所見る限り、そこは元々俺の足元のちょっと先の場所であったのだ。
つまりこれは、いつでもお前を殺せるぞ! というヤツの意思表示なのだ。
「よくお前のようなものが、この《ケールド》の仕組みを知っていたな」
…………。
「――お前は全く俺との間の距離を詰めようとしなかった。俺はお前の得体の知れない武器を警戒していたからだったが……お前は違う。ナイフなんて子供でも知っているだろう道具だ、にも関わらず近づかなかったということは……つまりそれが遠くからの攻撃が可能な物であるから……と、推測しただけだ」
「ほおー。お前、他の人間と違って少しは頭が回るらしい。――まあ、僕ほどではないが、な。だが……」
今度は確実に照準を俺へときっちり合わせてくる。
「ならわかるはずだ。お前はここで死ぬ……ということが…………な!」
シパーソンの言葉が切れると同時に、無慈悲にも死を運ぶ青空のような色をした鮮やかな光線が飛んでくる……!
そのまま無音の元に地面へと直撃したレーザ光は、勢いをいっさい緩めることなく石畳を貫通していき、下の土部分までを数瞬で露出させてみせるという、驚異的な威力をいかんなく発揮した。着弾点から先ほど同様白い煙が上がっている。
「な…………なにぃ! バカなぁ!」
俺は膝立ちの状態から立ち上がると、膝をさっと手で払い汚れを落とす。そうしてから、シパーソンを見やると、シパーソンは俺とは反対にこんなことありえない! と驚いている。
「ありえない……。あれを避けられるわけがない……。僕は、絶対外していない。だが、それならどうやって……」
俺はゆらり、と身体を揺らすと、前傾姿勢を取りつつナイフをしっかり構え、駆け出す。
そのままどんどん加速していって、一気にシパーソンへと接近していく。
「う、うわあああ!」
取り乱したかのように三発目のレーザを放つシパーソン。だがそんな状況でも、きっちりと狙いを定めたのか、それとも偶然という産物か、俺の顔面直撃コースですっ飛んできた。
……が、それを俺は体を左に捻るようにさっ、と交わすと、眼前まで肉薄したシパーソンの首下目がけてナイフを右払いに切り込んだ。
「くそっぉ、くっそ……なんで弾がでないんだぁ!」
シパーソンは狂ったように、引き金をカチカチと何度も引くが、銃は故障してしまったかのようにぴくりとも反応しない。
拒むものはもはやなかった。俺のナイフはシパーソンの首筋へと吸い込まれるように狙いを定めて襲いかかっていったのだが……ぴたり、とあと数ミリ動かせば触れるというところで腕の動作は停止した。
「ひっ! ひいいいい! た……頼む、やめて……止めてくれぇぇ!」
シパーソンがなんと弱々しい声で俺に殺さないように懇願してきたのだ。
なんていう小者臭がする男だ。そっちから殺すと息巻いて宣言してきたというのに、いざ自分が死へと近づくと許してくれと叫ぶ……なんて自分勝手な野郎だ。
俺はしばらく、汗をだらだらと垂らしているヤツの首にナイフをしっかりと突き立てていたが、シパーソンに思いっきりにらみを利かせると、そのままゆっくり解放してやった。
「もう二度とあの娘に構うな……」
すると、シパーソンは生まれたての子鹿のようにさっきまで小刻みに震えていたというのに、水を得た魚の如く、すぐさま自分の手下のいるところへ勢い良く走り去っていく――――と思ったのだが、どういうわけか途中で足を止めてしまう。そして何を思ったのか俺へとわざわざ振り返ってきた。
「きさまぁ! 覚えていろよぉ! この借りはいつか必ず返しやるぞ!」
と、それを言うために足を止めたのかよ、と思わず俺が呆れてしまうような負け犬の遠吠え的なセリフを吐いてすごすご馬車まで退散していくと、即座に後部の幕で囲まれ内部を窺うことの出来ない部分へと乗り込だ。すかさず馬車を召使風の男が慣れた手つきで操作して野次馬の群れをモーゼが海を割ったように左右へと裂けさせると、いずこへと姿を消していった。
「ヤ……ヤストさん!」
「キュット……」
「どこにもケガはありませんか? 光が……本当に体に当たっていないんですか?」
「大丈夫だ。どこも怪我してない」
でも、もしかしたら気付いてないだけで……、とそこまで言ったキュットは、はっと気付いたように周囲をぐるりと見回す。野次馬はだいぶはけていったものの、未だにこちらへと興味の眼差しを注いでいるものがちらほらといる。
「ひとまず宿屋へ戻りましょう」
彼女にそう提案された俺は頷く。そして、その言葉に素直に従い宿の中へとすばやくキュットと共に退散していった。




