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エピローグ

 目覚めた場所はキュット宿屋の一室だった。

 だが、一つ予想外というか、意外ということがある。それはここが、俺に宛がわれた部屋ではなく、キュットの自室だということだ。内装が以前入った時のキュットの部屋と一致しているし、ベッドや枕からはなんかキュットと同様の甘い花の香りのようないい匂いがする。

「………………」

 首を横に傾けると、キュットがベッドのすぐ近くに小さな木のイスを持ってきていて、その上に座っているのだが…………どうやら眠っているみたいだ。俺のふともも部分を枕代わりでもする頭を乗せて、気持ち良さそうな穏やかな表情を(たた)えている。

「いっ……つぅ…………。おー痛てて……」

 上体を起こそうと試みたところ、とたんに体中に痛みが走る。その中でも、特に顕著に痛かった部位は、背中と右腕だった。

 背中は吹き飛ばされた衝撃で相当強く打ちつけたのはしっかりと覚えているが、右腕は……。

 激痛――――という程大げさなものではないものの、じんわりひりひりするというか…………とにかく、こんな抽象的な表現の例えしか思い浮かばない貧困な語彙の俺だが、それでも、一つわかることがある。……しかも、こういう感覚を以前も体感したことがあった。

 これは――――筋肉痛、だ。

 …………いや待てよ。――ああ、そうか! 一つ思い浮かぶことがあるじゃないか。

 あの剣だ。あんな高速で何度もぶんぶんと腕を振ったのだから、いくら腕がちぎれ飛んだり、脱臼しなくなるようしっかりアシストをしてくれる籠手を装備していたといえど、それでも多少無茶して連発しすぎたのが原因かもしれない。もしかすると居合い斬りは、普段使っていないような筋肉も無意識に使っていた、ということもありえる……しな……。

 ――――まあ……どうでもいいか。

 結局、こんな元も子もない結論を出した俺は、キュットの寝顔を眺めながら、なんとなく艶々した黒髪が眼に留まったので撫でてみた。さらさらとして、暖かく、とても触り心地がいい。

「…………んにゃあ……ヤス、ト……さん?」

「ああ悪い。……起こしちゃったか…………」

 猫みたいな言葉を発して、瞳を瞬かせたキュットは俺の顔をぼんやりと眺めるや、微笑を口元に浮かべた。

「体の具合はどうですか?」

「あんまりよくはないかな…………まだ動かすと……っつ!」

「ダメですよヤストさん! まだ痛むなら寝ていないと」

 そう告げるや、俺を若干強引気味に再び寝かしつけようと肩に手を置かれる。だが、俺はそれを否定するよう首を横に振る。

「ははっ……大丈夫だよ。……それより、腕時計、見せてくれないか?」

 キュットに預けていた時計を渡される。確認すると、どうやらクレイスを倒した日からすでに翌日になっているようだ。よくもまあこんなにすやすや寝れたもんだ。我ながらびっくりするな。

…………だがそうか…………もう翌日になってしまっていたか……。

「肩を貸してくれないかキュット。下に降りて、カペさんに会いたいんだ」

 でも……と、ためらいの意志を示すキュットだったものの、俺がもう一度頼みこむと、しぶしぶ頷いてくれた。予想通り痛みはあったものの、一度立ち上がってしまえば、それなりに歩けなくもない。壁に立てかけてあった銀剣の元までふらふらと辿りつくと、それを松葉杖のように歩く補助にする。

そのまま階下に行くと、すぐ目の前には都合よく探していたカペさんの姿があった。

「あら! ヤスト……あんた目覚めたのかい!」

「はい」

 カペさんはまるで今まで何事もなかったみたいに、変わらぬ調子で俺に話しかけてきた。今更カペさんに無駄に気を使われたら、なんか逆に気味が悪いし、むしろこの対応の方が俺としてもありがたい。

 それから、俺は真面目な顔を作ろうと頬を引き締める。そうしてカペさんのすぐ近くまで寄っていき、そこで考えていたことを話した。

「カペさん…………俺のこと、助けてくれてありがとうございました」

 するとカペさんは、意外なものでも目の当たりにしたみたく目を丸くしながら、両手を腰に手を当てる。

「なんだい……あらたまったりして?」

「……いえ。俺……宿屋を出て行きます。約束の四日が経ちましたし、それに何より…………俺、この宿屋には結構疫病神みたいです。カペさんとキュット――二人に多大な迷惑をかけてしまいましたから…………」

 はあー、と大層なため息を吐いたカペさんに、俺はいきなり頭を引っ叩かれた。

「この! …………まったくアンタは本当にあほだねぇ……ヤスト! 未来の娘の旦那が、急に何を言い出すんだい!」

「ですが……このままここに置いてもらっては、またシパーソンみたいやつが…………はっ?」

 うん? おかしい。何か今さらっと聞き捨てならないセリフが俺の耳を素通りしていった気がする。しかし、現実問題、そんなこと言われる理由など一ミリもないのだから、恐らく俺の勘違いか、妄想空想フィクションであることは疑いようもない。

………………………………で、でも…………い、一応聞いてみよう……。

「あっ……あの……その…………今、何て?」

「聞いてなかったのかいヤスト! もっと耳元で大きな(、、、)声でしゃべった方がよかったかい? ……だから、アンタはキュットの未来の旦那なんだから、変なこと考えてる暇があるんだったら、さっさとその体を傷を治せっていってんだよ!」

 ――いやいや、怪我については先ほどではなく、明らかに今言及された。…………待て待て、そんな些細な矛盾など、今はどうでもいい。

 な、何だって…………旦那? 一体何の話だ? 聞いてないぞ俺は。

「カ、カペさん……? 旦那……って、ど、どいうこと……で、ございましょうか……?」

「旦那は旦那だよ、夫のこと、そんなことも知らないのかい?」

「違います違います! 単語の意味ではありません! そうじゃなくて……いつ俺がキュットの……その……結婚するなんてことになっているんです?」

 するとカペさんは自慢げに胸を反らして、ふふん、と鼻を鳴らす。

「そんなのあたしが決めたんだよ! キュットにはアンタがいい……ってね。何せヤストなら下手な男よりよっぽど頼りになるだろう? 私はそこが気に入ったんだ」

「いやいやいや、何を勝手に……というか、娘の意志を尊重する的なことを以前に言ってたじゃないですか? キュットの意志はどうなるんです?」

 カペさんは、すぐに俺のすぐ後ろに立っているキュットを自分の下へ手招きする。キュットの顔がほんのりと赤くなっているは、こんな突拍子もない話題をいきなり母親にされ、恥ずかしくなっているからだろう。

「キュット! ヤストと結婚するのは嫌かい?」

 気持ちのいいくらい直球な問いかけだな……。

 キュットは即答で拒否を高らかに宣言するに違いないだろうという、俺の予想はなんと裏切られた。俯いて人差し指をつんつんとさせながら、頬どころか首から耳までと真っ赤に染め上げていってしまうキュット。普段の肌が白いので、赤くなると良く目立った。

「そのわ、わた、わた、私は……その……えっと……その……ヤ……ヤスト……さんさえ、よければ……その……い、いいかなぁ……って……」

 もにょもにょと続けて何かを呟くが、正直全く聞き取れなかった。だが一つ、確実に判明してしまった事実がある。驚天動地だが、どうしてかキュットが乗り気であるのだ!

「ほらね。あたしには娘の考えていることくらい、手に取るようにわかるんだよ」

 …………そんな偉そうに自慢されても……。

「ヤ、ヤストさぁん!」

「は、はい!」

 ついさっきもごもご小さな音量でしゃべっていたキュットが突然大声なんて出すもんだから、うっかり、俺もかしこまった返事をしてしまう。

「ヤストさんは……ど、どう……でしょうか……?」

「ど、どう…………? 俺? 俺がか? 俺か…………俺はだな……その……」

 何てこった。こんな不測事態、想定してすらいなかった。

慌てた俺は、むやみやたらに意味もなく視線をあちこちに彷徨わしてみるが、ちっともいい回答がやってくる気配など皆無である。一方のキュットはというと俺の顔――というか眼をなんだか心なし熱ぽいように感じられる茶色の瞳でじっと覗き込んでくる。そして、見られる時間が延びれば延びるほど、その時間に比例するように、俺の額から流れてくる変な汗の分泌量が増加していく。このままだと、俺の体内の水分が消えてしまうのも時間の問題だ。

「こらヤスト! 男らしくさっさと答えな!」

 どうしてカペさんはそういう性格なんですか! 急かさないでくださいよ……。

 その時だ。宿屋の扉がものすごい勢いで左右に開放された。なんだか、かつて目の当たりにしたような、新鮮味に欠ける光景だ……。

「どうもどうもぉぉ! 失礼するよ!」

 ここ数日でいったい何度このうるせえ声を耳にしただろうか。貴族のシパーソンさんが相変わらずの空気の読めない絶妙なタイミングで登場を果たした。

「おお! ヤストじゃないか! 君を探していたんだ……もうケガは治ったのかな?」

 なんだか今までとうって変わって、やたらフレンドリーに手を上げて俺に挨拶しながらこちらにつかつか近寄ってきた。もちろん警戒しなければならないのは重々承知なのだが……慣れというものは怖いというべきか、それともこの奇妙な状況がそうさせるのか、どうも今一つ緊張感が湧かないので困ってしまう。

「だいぶ良くなったが…………まあまあまだしばらくは不便そうだ。――それより、俺に何の用だ? まさか、俺に遊びの誘いをするためにわざわざ寄ってくれたわけじゃないんだろう?」

 おおお…………と素直に感心しているシパーソン。なんだ? こいつもなんだか様子がおかしいぞ……。反応が不気味極まりない。

「僕の考えを見抜くとは……さすがじゃないかヤスト! さすがは僕が認めた友!」

 ……はっ? ……とも……トモ……友? 『友達』の……友? 

「いつの間に俺はお前の友達になったんだよ! ――というか、俺は見逃さないからな! お前キュットを森に連行するためにさらっと部下を一人見殺しにしてるだろ? そんなやつと仲よくできるか!」

「ち、ち、違う…………あれは違うのだ! 僕はそんなことやれなどと一言も命令していない! というか僕はコーション君になんの恨みもないのだ。いや、それどころか、そもそも僕はコーション君と結婚しようと思っていたのだぞ! あれは僕が命令した…………配下の配下の配下の配下……の手下辺りが、僕の許可も得ずに独断でやったのだ! 信じてくれぇぇ!」

 本当かよ……。――いや待て、たとえそれが真実であったとしても、随分と楽しそうなご様子でしたけどねあなた。

「ていうか急にどうしたんだよ? 俺のこと嫌いだったんじゃないのか?」

「……確かに、貴族という高貴な身分であるというにも関わらず、僕はすこぉぉぉぉぉしぃだけだが、腹を立てていたかもしれないというのは認めよう。――だがヤスト! 自分の危険も省みず何かをやり遂げようという意志、それに僕の命を救ったこと……それら全てを踏まえたところでヤスト、君を特別に僕の友として認定してやってもいいくらいの価値があると僕は昨夜寝る前に気づいたのだぁ!」

 どうでもいいが、なんでそんな上から目線なんだよ。まあ、今に始まったことでもないけど。 

「僕はなヤスト。自分が気に入れば、貴族だろうと平民だろうと関係なく婚約の相手にもなりえるし、友として認めることもあるという、貴族の中では非常に寛容な精神を持ち合わせた貴重な人材なんだぞ。そんな僕に目をつけられた自分の光栄さに対して歓びに打ち震えるのを特別に許そうではないか。はっははははははあ!」

 だめだ……こいつとはまるで会話が通じない。というか、本当に寛容さというものを持ち合わせている人がいるとしたら、きっとその人は自分が寛容などと言わないだろうよ。

「さあ、行くぞヤスト! まずは我が家の名刀をヤストに観覧させてやろうではないか!」

「待ちなよシパーソンさん。ヤストは今、キュットと結婚の約束をしようとしていたところなんだよ」

 怖いもの知らずにも程があるというか……なんとカペさんが貴族のシパーソンに物申した。それも下手すると火に脂を注ぐような一言だ。というか、せめて物申すなら、今などではなく、キュットが宿屋の前でシパーソンに連れていかれそうになった時にしてくださいよ……。

だが、意外なことにパチパチパチパチと力強く音を鳴らしシパーソンは拍手をした。

「いいではないか! 結婚! ヤストにならコーション君を譲ってもいい。よおし…………そうと決まればさっそく僕の家で相談しよう。さあヤスト来るのだ!」

 シパーソンにがっちり腕をロックされてしまった俺は、半ば強引に扉の方に連行されていく。

「あっ…………ヤストさん……」

「す、すまんなキュット……。というわけで、俺ちょっと行ってくるから……」

 慌てたように俺を制止しようと手を伸ばすキュットだったものの、シパーソンの動きを阻害すると思われるのをためらったのか、キュットの腕は俺に触れる寸前で止まった。

「そ、その先ほどの返事は…………?」

「悪いが今はシパーソンをなんとかしないといけないから…………ええい、自分で歩ける!」

 こうして俺は晴れやかなにこにこ笑顔を浮かべた、やたら楽しそうにしているシパーソンに引きづられて、怪我も充分に治癒しきっていないにもよらず、宿屋を後にするハメになった。



 たちまち静かになった宿屋。カペさんはお得意のため息吐くと、やれやらと頭を掻きながら仕事に戻っていった。

そしてキュットはというと、今しがた閉じられたばかりの扉に向けて伸ばしていた右手をゆっくり力なく降ろす。そして……

「ヤストさんの……バカ」

 一言、そう誰にも聞こえない声で呟いた。

その言葉は窓から吹き込んだ爽やかな風に流れてどこかへ去っていくのであった。

  


                                       終わり


 ここまで作品を読んでいただきありがとうございます。これにて話はおしまいとなります。一応続編の設定はありますがそれを書くかどうかは未定です。

 今回初めてネットに自分の作品を投稿してみました。なのでもし作品の感想や意見をもらえるのであればとても嬉しいです。 それでは。

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