第二十二話 成長
「痛てて……」
体の節々がじんじんとした痛みに包まれている。とてもじゃないが良いコンディションと評価できる状態でないな。
「後で、私が手当てしますね」
俺達が闘技場から外へと出ると、幾つかの建物から煙が上がっていた。ほぼ確実にクレイスの魔法にやられたり踏まれたりという被害の痕跡だろう。それと、地面の石畳もところどころ破壊されており、文字通り景観ぶち壊しな光景である。だが、こちらとしてクレイス自らがどこへ向かっているかという手がかりを残しているのと同じだ。俺達はその街の傷痕を目印にヤツの足を追った。
「それにしても、あの魔物はどうして突然魔法を使えるようになったのでしょうか? 体の色も変わりましたし……それに、なんだか前より強くなっている気もします」
「これといった根拠はないけど……やっぱりコレイを食べて体内に取り入れたことに意味があるんじゃないかとは思う……が……」
ただ、一つ明らかとなったことはある。それは、残念ながら魔物を何匹か倒したくらいでは、とてもじゃないが魔物に秘められた謎を解明することは不可能だということだ。
とにかく、今はこれ以上街をぼろぼろにさせるわけにはいかない。何せここにはカペさんとキュットが暮らす家――宿があるのだ。早く仕留めなければ大変な事態に陥るだろうことは容易く想像できてしまう。
それに――俺はこの街がいつの間にか気に入ってしまっていた。一見西洋風だが、和の要素も混ざっていたりと、和と洋が絶妙な比率でごちゃ混ぜになっているこの感じ。そこにこの街にいる、色々な事情を抱えた人間達を加えたっていい。とにかく気に入ってしまったのだからしょうがない。
それも、多少身体がキズだらけであったとして、少しぐらいは無茶してでも何とかしたいと思ってしまうくらいには……な。
「いました!」
クレイスが建物から建物へ、屋根を足場代わりにして跳躍している。ただ、その動きは変則的で、どこかにある目的地を目指しての移動という風ではない。時々止まっては、何となく近くの建物を破壊したり、火炎魔法を少し背の高い建物目がけて、まるで射的でもしてるように何発も狙ったりと、自由気まま……本能に従って好き勝手行動している――という感じだ。
むやみやたらと暴れているのか…………たちが悪いな……。
だが結果、アイツがそうやって何らかに気を引かれ何度も足を止めてるうちに、俺達は相当近くにまで辿り着くことが出来た。
「キュット、この辺りに少し広い場所はないか?」
「あります。ここから少し左に進むと噴水広場があって、そこなら多少ですけど開けていると思います」
「よし、じゃあそこまで案内してくれ」
「はい!」
俺達はクレイスが屋根の上で、再び足を停止したのを確かめるや、急いでその広場へ走りぬけていった。周囲の人の気配が乏しいのは、きっと皆魔物から逃げたのだろう。その方がこちらとしても動きやすいし都合いい。
すぐに、大きめな公園にでもありそうな少しデザインの細工に凝っている噴水がある広場へと到着する。……よし、ここならわずかでも被害を減らせる…………と、願いたい。
「でもヤストさん。いったいどうやって……」
倒すんですか? という問いかけ。俺はわずかに眼を伏せてから、冷静な表情を繕いながら顔を上げる。
「大丈夫、俺に作戦があるから……。ただ……その、キュットは早く逃げてくれ。その作戦は…………そう、キュットがいると完全に遂行できない可能性があるんだ」
キュットは一瞬ためらう素振りを俺に見せたが、「わかりました。頑張ってください」と大人しく場を去っていく後ろ姿を両目でしっかりと確認してから、建物の上に突っ立っているクレイスへと左手を向けた。
『Battery 24%』 モニターには、そのようなデジタルな文字が表示されている。
よし、これなら――――。
「アイス、ワン……」
今日何度と唱えたかわからない言葉を呟いた。ちなみに、先ほど闘技場にて、俺は既にフェーズ2の魔法を覚えている。だが、それはバッテリー残量という観点から、今それを気軽に使用することは出来ない。フェーズが上がるほど、消費するエネルギー量も増加するからだ。
だがしかし、眼前でみるみと魔方陣が展開されていくまさにその瞬間、ある疑念が生まれた。
そういえばこの魔法…………射程距離とかあるのかな?
やつとの距離はだいたい目視で百メートルあるかないかくらいだ。もしこれがヒットしなかったら、また俺はクレイスへと近づかなくてはいけなくなるが…………。
だが、そんな俺の心配などよそに、不安を含みつつも放った一撃はしっかりとクレイスへと着弾してくれた。胸部に直撃し、その部分の体表を氷の幕が覆っていく。
「グルルルル…………」
クレイスの顔や全体からまるで実際には眼に見えるはずのない体全身から滾っているオーラのようなものの色彩が変化していく様子をじっと観察していて、俺は間違いなく確信を持って言えることを一つ発見した。
――――今ので絶対ヤツを怒らせた。
クレイスはぐっ、と両足に力を込めると、一跳びで大きく空中へと飛び出す。そして、ワンクッション民家の屋根への着地を挟んでから再び跳躍、ドスン、と石畳の街並みの中で、その石が砕け散る騒がしい轟音と、細かい煙を派手に巻き上げながら、俺の眼前へと着地した。
たった二跳びしただけだってのに……これはオリンピック金メダリスト最有力候補だな……。
こうして俺達は、剣がぎりぎり届かない距離ながらも、非常に間近で立ち会うことになった。俺はヤツの顔を油断無く鋭く睨みつける。グルルルゥ……とクレイスもまるで俺に対抗するように低く唸りながら、上から見下ろしてくる。瞳が真っ赤なせいでで、どう見ても目が血走っているやばいヤツにしか思えない。
拭うという概念がないのだろうか、口からはだらだらとよだれをなすがままに垂らし、若干猫背気味の丸みを帯びた姿勢が、クレイスの恐ろしさにより拍車をかけている。
だが、いつまでも怯んでいるわけにはいかない。俺は剣をいつでも抜刀出来るよう鞘のスイッチへと指をかける。そして半ばヤケクソになりながらクレイスの眼前で、自分を奮い起こす意味も込めて叫んだ。
「うおおおおぉぉぉ!」
すると一瞬この場を沈黙が包んだ。――だが、即座に大きく空気を吸い込むような音が聞こえたと思ったら。
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアア!」
俺の二倍くらい――いや、それ以上の爆音量で迫力満点の叫び声を上げた。体の底から揺らされるようなそれはもうヤバイ音だった。
「………………やべっ」
速攻後方へと俺は全力で飛びのく。直後、俺のいた箇所が両手を合わせて振り下ろしたクレイスの力任せの一撃によって弾け飛んだ。石畳は無残に叩き壊されて、地面にまで穴が穿たれており、下にある土壌の部分まで露出させるという驚きの一撃だった。
なんか映画のワンシーンみたいなやり取りだったな…………。いや、今はそんな悠長なこと考える暇も余裕もない。――さて、どうすりゃいいんだこれ。
キュットには作戦があるとかほざいた俺であったが…………実際のところまったくの無計画――ノープランである。先ほどの一言は、キュットをその場からすぐ逃げてもらうための虚言なのだ。
フルルル、あざけ笑うように鼻を鳴らすクレイス。俺が闘技場で戦ったものとは明らかに威力、速度に違いがあって、どれも強化されている。
「アイス1!」
太陽光でエネルギー数値がいくらか回復していた。もちろん魔法をやらない手はない。
狙いは足元。釘付けにして剣で切り伏せる――闘技場でもクレイスを倒すためにやった作戦だ。だが……。
「なっ…………に!」
クレイスの右足にしかと命中、足と地面を冷たい氷が覆っていき、計画通り釘付けすることに成功した…………はずだった。
「ガアアア!」
なんと力技で、わずかな時間すらもかけず、いともたやすく氷ごと足を蹴り上げて強引に氷の呪縛から脱出されてしまったのだ。普通のクレイスではそんなことするヤツはいなかった。
もはやこれで確定事項だ。
進化、レベルアップ、成長…………言い方なんてどうだっていい。とにかく通常のクレイスより格上の存在へ、コイツは変貌している。つまりそれは、俺が戦ったクレイスとの常識がコイツに通用するとは限らない――――そう示しているのだ。
厄介なことに弾けた氷の礫が、いくつかこちらへと飛来してくる。やむを得ず回避せざるをえない俺は、右へ反復横飛びするよう跳んでその粒の群れをかわす。だが、回避というワンアクションをこなしている間に、クレイスはぐっと俺へ距離を詰めてきた。
左から風を引き裂くうなるような音に合わせて、クレイスの右拳が正確に俺目がけて放たれてくる。ヤツの攻撃が大振りだったこともあり、何とかその腕の軌道を予測、柄と鞘の先端を硬く握りしめ、辛うじて鞘で相手の拳を受け止めるまでやってのけたがしかし、その一撃は俺の予想を大きく上回る威力を発揮しており、信じられないことに勢い良く後方へ吹き飛ばされてしまう。
空中で体が二回転ほどして平衡感覚を失いながら俺の体は、落下地点にあった歩道の脇にでもありそうな、形の整えられた植木のような場所へと背中から突っ込んでいく。
「…………っ……くっ!」
だが、痛みがあるからといってのんきに休んでいる暇はない。なんたって相手には怪我人を労わろうという精神などこれっぽっちも皆無な存在なのだからな。
仰向けに横たわっていた俺の瞳にクレイスの鮮やかな橙色が映りこんだ。この軌道は俺に向かって落下してきている。踏み潰す気だ!
横にごろごろと転がりその一撃を避ける。植木が無残にも千切れ飛んでいき、たった一発で植木があった場所に小さな更地が完成されてしまう。
「アイワン、トゥー」
左手を伸ばし、魔方陣を起動させる。
念のため両足に撃ったんだ。今度こそしっかり食らえってんだ……。
またもや普通では信じがたいものを目撃してしまう。一発目はヤツの足首へ絡みつくようにしっかりと命中したのだが……続く二発目を――――なんと避けやがったのだ。
「コイツは賢くない……」うんぬんというシパーソンのセリフが脳内で瞬時に再生される。しかし、今の行動はどう見ても、偶然ではなく意図的に行っている。闘技場で戦ったクレイスは、たとえ他のヤツが魔法でやられているのを見ていたとしても、まったく気にせず俺へと挑んできた。もちろんけして魔法を避けようという動作をすることもなかった。
だが、コイツは違う。コイツはしっかりと魔法をその身に受けたらやっかいなことになるということをしっかり学習しているんだ……。
俺はバネに弾かれたように慌てて起き上がると、全力で駆け出す。取り合えず、いったん噴水のある箇所まで退避するんだ。
相手がまたもや難なく氷を蹴り上げ氷結を解除しているのを目の当たりにしつつ、俺は全力で後退する。
本当なら、ここは強気に相手が魔法から簡単に脱出できないように大量に連打すべきなのかもしれない――――が、現状それは不可能である。なぜかというと、何せ籠手のエネルギー残量がかなり乏しいもんで、下手に連射しすぎた上に万が一失敗してしまう可能性を踏まえると、ここぞという場面で発動しないということだけはなんとか回避したい、という思惑からである。
もちろんクレイスは追撃すべく俺へ迫ってくる――と考えた瞬間、その予想を覆すように俺へと左の手のひらをかざしてきた。
「ちっくしょ……」
すぐさま俺が剣を抜き放つのとほぼ同時、相手の魔方陣が拡大していき、中心に溜めらた赤色の光の玉が、フェイズ2の火炎魔法となって俺に牙を剥いてきた。その光を、俺が縦に斬り伏せると、魔法の玉は左右に断ち割れ、正しく発動できなかった影響から著しく威力を減らしていって、やがて霧散した。
「グググググ…………」
気味の悪い鳴き声だ。まるで、俺が苦労して苦しむ様を楽しんでいるようにも感じる。
またもや魔方陣がクレイスの手のひらに発生し、魔法が放たれた。しかも今度は出血大サービス、三発連続での発射だ。
俺は両足に力を入れると、軽やかにダンスのステップを刻むように細やかに足を動かして、すべての火炎に剣で触れた。
一番望ましいのは、やはり剣で完全に切り伏せてしまうことである。だが、とにかく剣に接触するだけでも多少なりと魔法を乱せる。つまり、このまま魔法だけならなんとかなるかもしれない。
だが、向こうもなかなかの対応力を発揮する。クレイスは魔法がダメだと悟ったようで、魔方陣をすぐさま消すと、腰を折り曲げて低くい腰つきになると、頭突きでもするつもりなのか、頭を俺に突っ込ませるような姿勢になると足元の瓦礫を跳ね飛ばしながら、猛烈な勢いで走りこんできた。
「アイスワン! アイ……っっ!」
わかっていたが、やはり一発でクレイスを足止めすることなどできず、俺は魔法発動を放棄して、すかさず右へと飛びのき、猛牛のようなクレイスの突進から紙一重で逃れられた。
クレイスは勢い余ってそのまま姿勢を維持した状態で先まで突っ込んでいき、俺の後方にあった民家の石壁が、まるで板チョコに感じるくらいに軽く粉砕して、そのまま突き破っていきやがった。だが…………。
絶好のチャンスだ! そう判断した俺は、建物へと本当に物理的に侵入して行った、まだおそらく後ろを向いているクレイスのオレンジ色を目印にすると。
「アイス1アイス1アイス1アイス1アイス1……」
馬鹿みたいに、狂ったように、魔法のショートカット機能など頭の片隅から完全に消えていた俺は、馬鹿みたいに呪文を連呼し魔法を連打しまくる。建物が破壊され、穴の穿たれている箇所から白い冷気が立ち込め始めると、みるみると目標物を辺りのものも含め凍結させていった。
「アイス1 アイス……」
そうして何度も何度もアイスワンとひたすらに唱え続けた俺は、そこでようやくいつの間にか手からすでに何も射出されなくなっていたことを認識し、力なく左腕を下ろす。
「はあ、はあ、はあ……やった…………やったぞ……やった!」




