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第二十一話 変化

「…………」

 シパーソンはただ顎をくいっと俺の剣の方へやった。どうやら取ってこいという意味らしい。俺はシパーソンの眼をじろりとみると、黙って弾かれた剣を引き抜く。それから、再び剣を構え相手に備えるのだが……。

 信じたくないが、俺の人生はここで幕を引くことになるかもしれない。

 現在はシパーソンが慢心しているからこそ生きながらえているだけに過ぎない。疲労が体に蓄積しているのに加え、この大きな実力差がそれを証明している。

 !!

 その瞬間だ。ふっと、俺の脳に一つのアイデアが思い浮かぶ。

 しかし……これはけっしてスマートな方法とはとてもではないが呼べない案。というかもしかしたら――いやもしかしなくとも最悪な行いであるのかもしれない。

だが……! この方法ならだ、果てしなく……絶望的に遠くに思えた俺の勝機が、そっと俺の眼の前へと舞い降りてくる…………かもしれない。とにかく、たとえ俺が自分のアイデアをどんなに正当化しようと試みても、どうしても揺るがない真実がある。それは――このアイデアがとにかく野蛮極まりないということだ。

 やるかやらないか…………いや今更こんなことで葛藤しているわけにはいかない。だがな…………。

 ひゅー、と微かな風が吹いた。俺の前髪をそっと揺らしたその微風が、今、確かに俺の背中を押していたと俺には感じられた。この風ですら、もしかしたら自分の都合のいいように解釈しているのかもしれない。だが……。

 気付けば足がいつの間にか動き出していた。段々と走る速度をあげていきながら、シパーソン目がけ突撃していく。

「はははっ、まだ戦う気力があるとはね!」

 一方、俺が戦う意志を未だに示したことを喜んでいるシパーソンは、嬉しそうな表情で迎え撃とうと剣の切っ先を俺へと向けてきた。

「ああああああああ!」

 自然と口から叫び声を発していた。

 そのまま自分が怪我することなど一切考慮せず防御を捨て、シパーソンの懐に目がけて突進するように勢いよく斬りかかった。

 だが、何度と聞いたか分からない剣同士が激突する高々とした金属音が闘技場に鳴り響いたその時、すでに俺の手もとからは剣の姿も形も――その影ですら存在していなかった。

「なあっっにぃぃぃぃぃ!」

 今度は『剣』をシパーソンの剣技によって弾き飛ばされたのではない。お互いの武器同士がぶつかり合って火花散らしたその瞬間、俺自ら手放したのだ(、、、、、、、、)! 

 チャンスは一度きり!

 シパーソンは信じられないとばかりに、驚愕の色を濃く自分の顔に貼り付け動揺していた。

だが、その驚愕から動揺への一連の流れが、わずかなシパーソンにわずかな隙を生んだ。俺はすかさずシパーソンが剣を持っている手を掴むと、自分の身体を一回転させ、やつの腕を思いっきり捻りあげた。

「いっ…………っつ痛てててててて!」

 大声上げながら、痛みを訴えるシパーソン。すかさず俺はもう片方の手でシパーソンから剣を強引に弾き落とすと、その手でヤツの胸倉を掴み上げると思いっきり顔面をぶん殴った。

「っっ!」

 声にならない声のような小さな悲鳴を上げて、シパーソンは数歩後ろによろけるように後退した。俺はもちろん逃すはずもなく、大股一歩で近づくと、自分の足がわずかにバランスを崩してしまい、顔へと狙ったはずの拳が肩に命中した。ヤツは足元に小さな砂埃を立てながら、さらに後退する。

「はあ、はあ……」

続けてもう一発決めてやるつもりだったのだが……そこで、シパーソンが急に大人しくなってしまったみたく俯いたまま動かなくなってしまった。訝しんだ俺は、追撃することを中断して様子を窺う。

 すると、シパーソンは殴られた頬をすりすりと手で愛おしい物でも触れているみたいに丁寧に撫でながら、俺を涙目でキッと睨み付けてきた。、

「い、い、い、痛いじゃないか…………ずるいぞぉぉ…………いきなり殴るなんて……」

「ああ、ずるいのは同感だ。だが、こっちだって負けられないんだよ」

 ふーふーと息を吐きながら、痛みを我慢しようとまだ頬をすりすりしているシパーソン。

「よ、よーし、い、い、いいだろう……なら僕も、剣なんて使わずに、た、たた、戦ってや……やるぞぉぉ!」

 半ばヤケクソ気味に叫んだシパーソン。お互いにしばらく相手の動作に気を張りながら、一歩一歩、慎重にその距離を詰めていく。

 どちらが先に走り出したかはわからない、が、俺達はいっきに互いの拳が届く範囲まで疾駆すると、それぞれまったく次何するかと伝えたわけでもないのに、お互いに右拳を繰り出したていた。シパーソンの拳が俺の左肩にヒットする。だが、痛みと同時に俺の拳もやつの身体に直撃した感触を覚える。

「っっ!」

「いったああぁい!」

 俺は痛みと衝撃に耐えながら、何とかその場でバランスを立て直す。

それからまたもや動きがシンクロするように、今度は俺とシーパーソンが左手で相手の襟元を掴み上げると、顔面目がけて右拳を振り上げた。

 !!!!

 俺の右目の端の端。そこに何かが映った。

「待て! シパーソン!」

「止まるわけないだろう! 馬鹿かぁぁ!」

 しかし、俺の視線が自分を完全に通り越して、後方へと向けられていることを発見したらしいシパーソンは俺の視線を追うように自分も顔を後ろに向ける。

「…………な、なんだというのだ一体……」

「あ、あれを……見ろ……」

 俺は若干放心状態になりながらも、シパーソンの背後に存在するものを指で示した。

「だからなんだと…………っ!」

 シパーソンもその光景をしかと眼に留めてしまったようで、絶句している。

「ヤ、ヤストさ…………きゃ!」

 いつの間にか俺達のすぐ近くの壁にまで移動していたキュットが、俺たちが戦いを停止して一心不乱に一点を見つめているのをいいタイミングだと判断したのだろうキュットが、俺たちの側へと駆け寄ってこようとしたが、躓いていた。俺はすっかり力の抜けたシパーソンの腕を身体が離すと、キュットに手を貸してやりながら訊ねる。

「……な、なあ……シパーソン。アレは……なんだ?」

「…………わ、わからない……僕も初めだ……こんな場面を見るのは……」

 全て行動不能にしたはずのクレイス。しかし、一匹どうやら完全に封じきれていないまま見逃してしまった固体が……足が切断されているので、きっと地面を這ったのだろう。地面引きずったような痕跡が確認出来た。

 その動ける一匹が、他の死んでいる一匹を――――食べているのだ。むしゃむしゃと。

死体の腹付近にクレイスは顔をつけ、体表を犬歯? らしき生えている内のとがっている歯を利用して内部を上手く噛み千切ると、体内へむけてどんどん顔をめり込ませていき、どんどん肉を口へと飲み込んでいった。すぐ辺りへ視線を走らせると、すでに十匹近いクレイスの腹中心部分のみにだけ、ちぎられたような痕跡が発見された。

共食いだ……。

「お、おいシパーソン。クレイスの、く、食われている腹の部分。あの部位は美味なのか」

「そ、そんなわけない! どの魔物も食用には向かないくらい非常にマズイというのはお前も知ってるだろうが!」

 もちろん知る由もないが、今はその指摘にいちいちツッコミを入れてる場合ではない。

「いいかクレイスのあの部分にはな…………コレイがあ……」

 シパーソンのはっとした表情。俺もそこで気付く、ヤツは仲間のコレイを食べているとしたら? 理由はわからないが、それだけを食すというのはやはりそれなりの原因があるはずだ。

「ガアアアアア! ウガアアアアアア!」

 しかしどういうわけか、突如そのクレイスが苦しみもがき始めた。苦悶に満ちた表情をしながら両手で喉下を激しく掻き毟ったり、かと思うと、今度はむやみやたらと手足を宙で暴れさせたりした。

「ガアアアアア、アアアア、アアア、アア、ア…………」

 だが、暴れ疲れたのだろうか、クレイスはだんだん弱っていってるみたいに沈黙していくと、そのまま四肢をどさり、と重力に従って落下させると、ピクリとも動かなくなった。

 …………死んだ……のか?

 なんだこれは……何が起きたんだ、今……。

 ドクン。

 !

 その時、俺の聴覚がしかと、心臓の鼓動音らしきもの音声をキャッチした。

 途端、クレイスの体が風船に空気を入れたように猛烈に膨らんでいく。そのまま、明らかにもう破裂するだろうという段階を悠々超えて膨張していき、バンッ! と案の定、大音量と共に激しく弾け飛んだ。クレイスから結構距離が開けているはずのこの場にさえ、その肉片や赤い液体が飛び散ってきた。

 俺はシパーソンと無言で顔を合わせる。続けてキュットとも。二人ともすさまじい衝撃映像を目の当たりにしてしまった影響で、心ここにあらずという雰囲気で目を大きく見開いている。

 爆発の勢いで遅れて土煙が舞い上がり、爆心地が一瞬だが目視不能となってしまう。

 じっと目を凝らして煙の行方を見つめていると、やがて煙がゆっくりと晴れていく。

 そこには――――何かがいた。

 姿は完全にクレイスと同一ではあるが、先ほどと比べると身長が少しばかし縮んで小さくなっていた。さらに、特徴的だった毒の沼地みたいな紫色はすっかりなりを潜めており、それの代わりと言わんばかりに全体が明るいオレンジへと変色していた。

 ぎょろりと真紅を宿したかのような真っ赤な視線が、遠慮なくこちらへと当てられる。

 今まで目を動かす以外は、まったく微動だにしていなかったクレイス。だが、唐突にすっ、と左の手のひらを、俺の隣にいるシパーソンへとかざした。その姿は、まるで氷結魔法を発動する直前の俺のような格好だ。

 …………俺の、ような…………だと?

 いきなりクレイスの手元に綺麗な円形の魔方陣が展開される。幾重にも重なったような幾何学模様の中央へと、濃密なクレイスの体表の色に似たオレンジの光が集束していった。

そして、こちらの有無を言わさず、問答無用で撃ちだされた。

シパーソンは現実逃避でもしているように、今だにぼうっとしたままで、自らへ襲いかかる光の軌道をただ眺めていた。

 ――――だがその瞬間、勝手に動いていた俺の体がシパーソンを無理矢理押し出していた。おかげで、二人仲よく地面をごろごろと転がりながら倒れたものの、結果なんとか紙一重でその魔法を回避できた。

 火炎魔法…………それも、フェーズ2だ!

 目に見えて、俺の習得した氷結魔法よりも速度、効果範囲が広い。証拠に、俺の背後へと飛んでいった魔法が着弾した壁を、フェーズ1の倍くらいの範囲で速やかに炎上させてみせたのである。

 クレイスはというと、シパーソンが魔法を避けた瞬間をしっかりとその眼に焼き付けたはずだというのに、どういう思考回路しているのか、俺たちからまるで関心を失ったといった感じに、人間で言う屈伸しているみたいにその場にしゃがみ込むような体勢を取る。

そして、そこでヤツは…………なんと跳躍しやがった。一跳びで周りの壁の上――闘技場の座席部分まで悠々と到達する。そしてもう一回飛び上がったかと思うと、闘技場の一番上の縁に着地して、首を右、左ときょろきょろ動かし、辺りを見渡していような素振りを見せた。

すると、何か興味を惹かれるオブジェでもあったか、再度ジャンプすると、もはや俺たちのことなど眼中にも含まれていないらしく、そのまま闘技場の外へとその体躯を消していってしまった。

「…………なぜ、僕を助けた。あのまま助けなければ、お前にとって都合がよかったんじゃないのか?」

 俺はシパーソンの体の上から退(しりぞ)くと、服の土汚れを手で払いながら立ち上がる。

「別に…………気付いたら体が動いていた……。ただ……それだけだよ……」

 背後からした物音に振り返ると、地面に転がしておいたはずの『剣』と鞘を回収してくれたキュットがそれらをまとめて俺に差し出してくれた。礼を告げて受け取ると、重さを感じさせない銀の剣を鞘に収める。

「俺はアイツを追う。このまま街を闊歩させるには危険すぎるからな。悪いキュット……無理は承知で頼みたいんだが、途中まで道案内を手伝ってくれないか?」

「もちろんいいですよヤストさん!」

 シパーソンは客席からここに来る際、鍵を開けて入ってきていたので、その扉から立ち去ろうと一歩踏み出そうとしたその時、シパーソンに呼び止められた。

「おい貴様……名前はなんていう?」

 こんなにあれこれあったというのに、そういえば名前の話はまだだったか……。

「相反……ヤスト」

 俺は今度こそ、街へ向けて走り出す。


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