第二十話 対決
「ば、ば、ばかな……ばかなばかなばかなあぁぁぁぁぁ!」
どこかから断末魔のような悲痛な叫び声が俺の耳へとこだましてくる、が、もはや一刻も早く休みたかった俺は、シパーソンのリアクションなどそこらの砂塵よりどうでもいい気持ちになっていたので無視した。
適当に近くの壁へとのろのろとした足取りで辿り着くと、壁に背中を預けて、そのままずるずるとゆっくり力なく滑り降りいくように座りこんだ。
そこでじわじわと興奮が沈静化してきた俺は、冷静に辺りを見回す程度には余裕が出来た。
はは……すごいな、これ。
あたり一面血の海……とまではいかないが、それでも相当な惨状であることは確かだ。まさしく地獄絵図という表現が適切な状況だと思う。だが、それにしても……自画自賛になってしまうかもだが、よくまあ俺一人でこの数を相手にやってのけた……いててて。
俺は足をさする。何度もやつらの攻撃をかわしたりいなしてきたりはしたものの、何発かは避けるのが間に合わず、どれも直撃ではないものの食らってしまったのだ。特に右足は、二回クレイスの攻撃を受けてしまっており、動かそうとすると重い痛みが走る。まあ、それでももう一ミリも動けない……というほどの絶望的な状態でもないがな……。
「きぃぃぃさぁぁぁまああ! よくも僕の商売道具を殺してくれなあ! これでしばらく闘技場の目玉を投入出来なくなってしまったではないかぁ!」
シパーソンは激しく興奮した様子で、わき目も振らず俺の方へ、意外と軽い身のこなしで叫びながら急速に接近してきた。
くっそ……こっちは疲れてるっていうのによ……。
俺は少しでも時間を稼ぐために、シパーソンの近寄ってくるコースを目算で計算し、そのルート上の地面目がけて左手を構えた。地面を氷結させて、アイツをすっ転ばしてやるという雑な算段だったのだが……。
『Battery 0(ゼロ)』と左手のモニターにデジタル文字が浮かび上がる。続けて『Charge(充電)』という表示が音もなく何度も点滅したかと思うと、モニター画面の表示がいきなり消えてしまった。
随分と簡潔な単語が二つ出現したが、要は電池切れたから充電しろ――ってことだ。
たっく……なんでこんなタイミングで……。たしかにクレイスとの戦いにおいて随分と使用した感覚は自覚としてしっかりあったが、それでもせめて、もうちょっと融通利かせてくれてもいいじゃないかよ…………。
これが籠手のデメリットで、魔法を連射できない最大の理由。魔物には魔法のエネルギー切れという事態は発生しないのだろうが、俺にはあるのだ。
「はぁ……はぁ……、わざわざ僕のほうから来てやったぞ……。 まったく、僕をこんな遠くまで歩かせやがって……」
俺は剣を支えにしながら、四肢に力を振り絞って立ち上がった。
「初めからこうしておけばよかったな」
シパーソンは腰元の美しい装飾の施された黒い鞘から、俺の『銀の剣』と同等位に光を反射させているだろう、刀身をゆっくり鞘から抜き放つと、胴に入った流麗な所作で体の正中線にて構えた。
剣の形は素人目の俺には似たようにしか思えないが、鞘や柄の凝った意匠や、意外とそれなりには剣術に心得があるような構え方、そして明らかに市民のとは違う格式ばったような服装。それらの要素が俺に、普段の言動に似合わぬ高貴さ――こいつが本当に貴族であるということをだんだん思い出させてきた。
「《ケールド》は強力な武器だ……それこそ僕が持つのにふさわしいくらいに、ね。――だが、やはり僕に一番似合うのはこの我が家の名刀の一つ、『サクレスレイド』だろう。喜べ! そして光栄に思うのだ! この剣を貴様のような平民のために抜き放つことを」
サクレスレイド……? だかなんだか知らんが、とにかく本当に迷惑の押し売りが得意な野郎だ。
俺は剣を腰だめに構えると、右のスイッチに指を置こうとした……。だが、その指は宙に浮いたまま、まるで金縛りにでもあってしまったみたいに完全に宙へと固定されていた。
屈強な魔物だろうとなんだろうと刹那の内に切断してしまえるこの技を使用すれば、たとえシパーソンがどんな剣技の達人だろうと、おそらく一瞬で倒せることはほぼ間違いないだろう。
だが、本当にそれでいいのか? もし俺がその技を放ったら、俺の意思とは無関係で半自動的にアイツを殺してしまうことは確実だ。何せボタンを押してからの腕の軌道はほぼ自分でも変更できないのだがら。
コイツはムカつく…………いや、とてもじゃないがムカつくなんて一言の言葉では収まらないほど危険なことに俺は巻き込まれた。もしかしたら死んでしまうという場面も何度かあった。
…………だが。
それでいいのか。前にも考えたがこれはゲームでも漫画でもアニメでもない、現実なんだ。俺の世界とこの世界には、街並み、文明等々……様々な相違点は確かに存在する。――だが、それでも変わらない事だってある。人は死んだらそれで終わり……いきなり蘇ることなどないということだ。
別に意識的にスルーしているつもりはなかったが、俺はキュットを助けに森へと侵入した時、馬車を操っていたであろう男の死体を目撃した。その時、俺はその場を乗り切るという確固たる目標の下、心を落ちつけ平常心を保つように努めていた。だが、心の奥底では強いショックを感じていた。
そうか…………今分かった、納得した。
俺がこんなどうしようもない男のためにあれこれ頭を悩ませている理由が。結論はもうとっくの昔に出ていたというにもよらず、ただ、それを自分自身で認めるための言い訳を俺は欲っしていたんだ。
俺はシパーソンという男には死んで欲しくないのだ。――もう人が死ぬのを目にするのはたくさんだからな!
俺は覚悟を決めると、鞘左のスイッチを押して、素直に、静かに剣を抜きさった。
「シパーソン、一つ約束してくれ。もし俺が勝ったら、キュット…………コーション・キュットのことは許してくれないか」
「…………ふんっ! なんのことかね! まさか僕が平民である君達にちょっと物事が上手くいかないからといって怒ると思うのか! ふふん…………だが、まあいい。貴様の眼、気に入ったぞ。確固とした決意、意志がそこから感じられるのがいい。最近の貴族には嘆かわしいことにそのようなものが認められない者もいるからな。よぉぉぉしいいだろう! 僕が万が一でも負ける可能性がないというのは明白なこと極まりないが、特別に貴様の言う事を聞いてやる」
俺はシパーソンという男がわからなくなってきた。クソ野郎であるという事実がいっさい揺らぐことはないが、それでもただのクソ野郎とは呼べない気がした。俺にはアイツの歪んでいながらも、それでも何か一つの大きな信念のようなものを感じられたのだ。初めて俺はシーパーソンという男が貴族であるような、そんな変な実感を得た。
俺はもしかしたら使うかも、念のため左手に持っていた鞘を地面へそっと落とした。
明らかな有利を自ら捨てた俺は、誰かに愚か者の誹りを受けてもまったく弁解の余地がない。だが、それでも俺はコイツと同じ条件で戦いたくなってしまったのだからしょうがない。
俺は感触を確かめるように柄を両手で握ってから、わずかに左に傾けて構える。
ふと、俺とやつの服が白と黒と対照的な色合いになっていることに気がつく。それが俺にはまるで決戦の場を盛り上げるためにわざわざ仕組まれていたんじゃないかと感じるのは、俺自身に今まで自覚はなかったが、運命というものの存在を信じているから……かもしれない。
「決着をつけてやる、シパーソン!」
「さあぁ! 来い!」
何の策もない。ただただ闇雲にシパーソン目がけ『剣』を片手に力を振り絞って疾駆すると、刀身の腹の部分を相手へと向けながら、横一線に叩きつけるように斬りかかった。
キーン、という甲高い金属質なものが衝突するときに発せられるような高音と共に、俺とヤツの剣が交差さいた。しかし、その拮抗はすぐさま崩れ去る。俺がシパーソンに足払いをかけられ、たやすく重心を崩してつんのめって転ばされてしまったからだ。
「ほら、どうした! その程度か!」
くっ……。横に転がって距離を取ると俺は起き上がる。
――――今、俺死んでいたな……。
もしシパーソンが本気の殺意を持って俺へと勝負を仕掛けてきたら、まず間違いなく地面に伏してしまった段階で、刺殺され命を失っていただろうことは容易く想像できる。
すぐに立ち上がって剣を構える。シパーソンは余裕ぶってるのか俺が伏している間はまるで何もしてこなかった。
「うおおおおおお!」
こうなったもうがむしゃらでも手数で勝負するしかないと、怒涛の勢いで切りかかる。右、左、斜め……シパーソンに弾かれ、いなされるたびに俺はすぐさま次の一撃を放った。剣が振るわれるたびに、『銀の剣』が反射する光が残光となって線のようになり、泡のように生まれてはすぐに消えていく。
――だが、そうやって幾度となく切り結んでいくうちに気付いてしまう。俺は全力で相手を壁にまで押しやってやるという気概で剣を振るっていたはずだった、だが、いつの間にか一歩、また一歩と俺の足が後退している。まるで数秒後の未来が視えているんじゃないかというくらいに、俺の剣の軌道はほぼ完全に相手に読まれていた。
しだいに体が俺の焦る気持ちとは対照的に、動きが鈍くなっていくのを感じる。それと同時に、俺の額から汗が滴り落ちていく。俺は視線を目まぐるしく動かして、シパーソンの剣になんとか対応しているという攻守逆転の状態に陥っている。
俺とシパーソンの間には格差があったのだ。俺が疲れている――いや、たとえ疲労していなくとも、埋められないだろう剣技の差が。次第に俺は押し込まれてしまう。
きっとシパーソンは昔から剣を習っていたのだろう。貴族のたしなみとかそんな理由で。
このままじゃ負ける…………俺の頭にそんな言葉がよぎった。
「ほらっ、ほらっ! 威勢のよさは口だけかぁ!」
シパーソンには剣戟を交わしながらもしゃべる元気まであるらしい。しかし、口を動かしているというのに、一切手を抜かれるような様子はない。
次第に相手の剣がスローモーションにしたかのようにゆっくりと見えてきた。自分でも信じられないような集中力。一回でも相手の剣筋に対応しきれないと、きっと次はないだろうという確信が俺に無理矢理でも集中力を引き出させているのか。
俺はごちゃごちゃと戦っているのにも関わらず、頭の中はからっぽだった。ただ、一太刀一太刀を叩き込んでいくたびに、じわりじわりと五感が明瞭になる感覚だけがあった。
――だが、一際高い金属質な音が奏でられた瞬間、俺の手元から『剣』が消失していた。バトンを上に放ったように、宙をクルクルと数回転したかと思うと、俺のすぐ背後の地面へと突き刺さった。




