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第一話 未知との邂逅

 目の前が暗闇で包まれていた。

 ただ無性に身体の芯から凍えるような……そんな肌寒い感覚が身を包む。

 その後、しばらくじっとしていると次第に瞳が暗闇へ順応してきて、辺りの様子がわずかながらに判明してくる。そこで俺は、ここは自分には馴染みの場所――によく似た……とにかく部屋の中であることは間違いないことは判明した。

「ここ……は……」

 誰かに伝えるわけでもなく呟いた言葉だったが、自分の意志と反して掠れたものとなった。「あー、あー」とマイクテストするみたいに喉を震わせてみるが、どうも声帯の調子が優れない。

 喉のことは一旦置いて、ひとまず一歩前へと足を踏み出したのだが……足元に察知できなかった小さな凹みらしきものが存在し、バランスを崩し床に膝をついてしまう。

中々足腰に力が入らなかったが、近くの机に手を伸ばしつつ何とか立ち上がる。そのまま壁までよろけながらも近づいていって、壁に体重を預けながら部屋の電気を灯すスイッチがある箇所までたどり着く。

 カチッ、無機質なスイッチ音がしたかと思うと、程なくして部屋を薄い白光が覆っていく。この電気は――なんと俺の友達の自作。単純に電球を光らせているのではなく、俺には到底理解不能な領域。子供のような表現になってしまうが、つまりとってもすごい技術が用いられているのだ。これを目にした人なら誰だって製作者は天才だ、と思わず舌を巻くだろう。

「くっ……」

 弱い光にも関わらず、その眩しさに俺は手で(ひさし)を作りながら、眼を糸のように細める。

 それから何度も眼を細かに(しばたた)かせると、しだいに天井から発せられる光量に俺の眼光が適応してきたので、そこであらためてあたりを見渡す。

 やはり……ここは……。

 この部屋は、『よく似た部屋』ではなく、俺の記憶にあるもので間違いないようだ。その証拠に部屋の家具などの配置や見た目が、俺の覚えているものとほぼ完全に一致する。ただ、異なる点を上げるとすると二点。

一つは、どこにも埃が満遍なく積もっていること。確かに今までも中々に散かっていたが、ここまでのレベルではなかった。もう一つは、必ずと言っていい頻度でいつもここにいたはずの友達がいない……ということだ。

 一体何がどうなった…………?

 聴覚を研ぎ澄まして、建物の辺りから一切の物音がないことを認めると、外の様子を把握するべく扉に手をかけた。……が、予想に反してすんなり開かない扉に首を傾げつつ、俺は半ば強引に外に押し広げる。

「なっ…………!」

 唖然とした。

 本来そこで目撃するはずのものは、家々だったり、道路だったり、信号だったり、コンビニだったり――のはずだ。……じゃあこれは一体何だ……?

 木、木、木。とにかく四方が木々で埋もれている。

 森――もはやそう表現せざるをえない。もちろん人工物など存在していないし、その面影すらのこされていなかった。

 俺の全く預かり知らぬところで、いつの間にか周囲が自然に満ち溢れていたのだ!

 生えているのは巨木ではなく、加えてその太さはまちまちであるが、どれも共通して青々とした葉を枝々につけており、それらは太陽が空に昇っているというのに森の中を薄暗くしていて、不安感を煽るような寒々しい不気味さを醸し出している。

 だが、まるでそんな状況に反抗するかのように俺の出てきた建物の上部の空間だけがぽっかり丸い穴のように木が生えておらず、プレハブ小屋のような灰色の壁をした小さな建物の屋根にはさんさんと温かな日光が降り注いでおり、それは辺りの薄暗さとは対照的で、ある種の神聖さ、神秘さのようなものを俺に彷彿とさせた。

 その時、俺の耳が何かを感じ取った。遠くの音も捉えようと意識してじっとしていない限りは、おそらく発見することがかなわなかっただろうが……これは――水の音……か?

 一度建物の中に戻ると、大量に床に散らばっているA4書類を一枚一枚拾い上げ、ある程度束になるまでそれを繰り返そうとしたが、どうも上手くいかない。というのも、拾い上げた途端にぱらぱとその形が崩れ落ちて、細かな破片になってしまう紙が何枚もあったからだ。

 しょうがないので、別のものを探そうと机の上に集めた紙を置こうとした時、なんという運の良さというか、都合のよさだろうか。赤、青、黄、ピンク……と、様々な色の種類を取り揃えたかのような太めな紐が何本も並べられていた。

 外へ出て再び耳を感覚を研ぎ澄ましてわずかな水音が左方から発せられていることを特定すると、近くの木へと近寄って持っている紐を一本――熟したトマトのように赤いやつをチョイスして枝へと括りつけた。それからしばらく進むたびに、俺はこの枝に紐を結びつけるという行動を繰り返す。

 自分が道に迷わないようにと目印のつもりであるのだが……ヘンゼルとグレーテルのパンくずみたいに、なくなっていなければいいが……。

 途中何度かよろけて樹木に手を当てて体を支える場面もありはしたものの、その後段々と足の感覚も良くなってきて、ほどなくするとほとんど平常時と差し支えないくらいになっていた。

 ――キリリィィィィ…………。

 不意の怪音に背筋が凍るように身体が一瞬ぴくりと固まるが、素早く音がやってきたと思しき背後を振り返った。……が、そこにはそこかしこに木々が存在するだけで、これといった収穫はなかった。

 気のせい……? いや、でも確かに何かを耳にした気がしたんだが……。

 しかし実際問題、薄暗く視界は不明瞭という悪条件ではあるももの、そこに蠢く影は存在してはいないのだ。とりあえず気にしないで先へ向かおう。水音の元にいったら何か判明する……かも、しれないしな。

 前に向き直ると、近辺を警戒しながらも再び先へ進む。森の中は涼しかったが、神経を尖らせているせいか、ほとんど気にならない。

 バサッ、バササッ。

 !

 突然右方向の枝が激しく揺れたかと思うと……《何か》が俺の眼前へと木の上から落下してきた。

 《何か》――とは本当にそうとしか表現できない。そいつは俺が人生で一度も目撃したことのない形状をしていたからだ。

 小……中型犬くらいの大きさで、足は八本で顔の方から伸びている足二本の先だけカマキリの鎌のようなものがついていた。茶色の体毛で身体がびっしりと覆われており、恐らく眼球だと思われる部位がこちらをじっと見据えている。その姿は、まるでクモが突然変異でもしたかのようであった。

「キリ……キリリィィィィ……」

 まるで威嚇するかのような低い唸り声みたいな謎の音をどこからか発しながら、俺へと敵意をむき出すように鎌を振り上げる《何か》。よくわからないが、とにかく『ヤバイやつ』だろうことだけはびしびしと俺の直感が告げている。なので俺は、下手に相手を刺激しないよう動けず、その場に釘づけとなってしまう。

 すると突然、どうしたのか相手も唸るのをやめて大人しくなってしまい、沈黙が辺りを支配する。冷え冷えとした風がどこからか吹きすさび俺の体温を容赦なく奪ってこようとしてきた。

 しかし、謎の膠着状態はわずかにしか続かなかった。いきなり《何か》が飛び跳ねたのだ!その図体のわりに信じられない跳躍力で飛翔すると、俺の度肝を抜かそうとでもいうのか、その《何か》はなんと、俺の背後にある木の側面へと重力を無視するみたいにへばりついた。足を器用に枝や幹に絡ませながら、こちらをじっと見すくめてくる。

 そこで、最大の衝撃が俺へと襲いかかる。

いきなり、《何か》の口らしき部位から数センチ離れた箇所に、小規模ながらも水色に薄く輝く、幾何学模様が組み合わさったような丸い魔方陣が展開したからだ。

 フェーズ1の凍結魔法! まさか『ヤツラ』の新型か!

 もはやほぼ自動で身体が反応していた。俺の体は魔方陣を視認するともはや無意識に回避するクセがついている。

 すばやく、左へと大きく飛びのくと同時に、先ほどまで立っていた地面に小さな青い光が直進していき――接触した瞬間、雨上がりの道路に出来あがる水溜りほどの範囲を一瞬で凍結させてしまった。シュー、という音とともにその箇所からドライアイスのように白い煙がわずかに立ち込める。

 ――逃げる、という結論に至るまで一切の迷いは生じなかった。即座に俺は、もつれそうになる足に活をいれながら力強く地面を蹴って駆け出した。

 ガサササッ! だが、どれだけ必死に走っても決して《何か》の気配は消えることはない。

 時々打ち出される凍結魔法を、何とか回避しながら、全力で走る。もし足を止めてしまったら、瞬間俺は足元を凍りつけられることは想像するに容易い。

「キリリリリッ!」

 その時。前方、右方向に同じ見た目の《何か》が木の上から追加と言わんばかり降ってきた。

 くそっ、こいつには仲間がいたのか! 

 俺は左に方向転換しようとする。が、それよりも早く、前方、右方、《何か》が魔方陣を展開させる。

 多少のケガは覚悟しながら無我夢中で俺は左方へ思いっきり地面へと、野球のボールをダイビングキャッチするみたいに、上半身を地面に何箇所か打ちつけつつもころがるように何とか魔法を避けた。しかし、俺はあまりにも夢中だったため、周囲の警戒を怠ってしまっていたのだ!

 俺が飛び去ったところは急な坂になっており、案の定体勢を大きく崩したまま俺の体は重力の法則に抗うことなく従って、ごろごろと下へと全身が止まることなく転がっていく。途中何度も突き出ている木の幹やら石で、体中を激しく打ちつける。もはや平衡感覚は完全に麻痺してしまい、どっちが上でどっちが下かも判断できないくらいにもみくちゃだ。

 しかし、唐突に急な傾斜の坂は終わり、いきなり視界が開けた。

 ――その先は崖だった。

当然止まれるわけもない俺は、その三メートルほどの高さの崖から落下していくと、激しく水飛沫を上げながら川へと着水した。

 想定外の出来事に、俺は多くの一気に水を飲み込んでしまう。わずかに手足をもがかせたものの、徐々に徐々に薄れ去っていく意識の中で俺は思った。

 そうか……この川が水の音の正体だったか……と。

 俺の意識は途絶えた。

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