第十八話 魔法
突如眩しい太陽光が差し込んできて思わず目を細める。明るいと思っていたが、やはり外と比較すると若干暗かったせいだろう、外の光が眩しく感じるのだ。しばらくして、瞳が光量に順応してくると、辺りの風景がしっかりと見渡せるようになる。
それは、壮観という一言に尽きるような、そんな圧巻な光景をしていた。
広場を覆うようにある座席は、合計何人が収納可能かとてもではないが一目で判断することはできない。又、天井が存在していないので、どの席も日当たりは抜群だ。
ただし四箇所ほど、一定の間隔で配置された四角い部屋のようなものがあり、そこには屋根が備え付けられている上、設置されている座席が他とは比べようもないほどに豪華かつ大層な座り心地の良さをいかんなく発揮するだろう仕様になっていた。噂にしか聞いたことはないが、あれがいわゆる世に言うVIP席、という通常とは違う特別な料金が生じる席だろうか。ただし、闘技場には現在、人の姿はどこにも確認できなかった。
カチャン、と後方から音が。俺はすぐさまこの場に来る際に通った鉄製の扉に手を掛けるが、押しても引いてもびくともしない。どうやら鍵がかけられる音だったというわけだ。そして、それが意味するところは…………また罠かよ……。まあ、わかっていながらもそれに引っかかる俺も俺なのだが。自分が随分なマヌケであることは否定できん。
「やあやあよく来てくれたねぇぇぇ!」
拡声器を一切使用していないというのにこのよく聞き取れる大声。ライブとか大勢を誘導する仕事の案内スタッフとかの仕事に向いているんじゃないかコイツ。
俺とキュットが揃って客席を見上げると、まるで体中から輝きを放っているみたいに自信満々といった顔つきのシパーソンが、こんなに快晴でなおかつちょっと暑くも感じる気温にも関わらず、紫外線でも気にしているのか以前にも見た黒い軍服みたいな服を身を包み、両手を腰に当ててこちらを嬉しそうに眺めていた。
「まったく……君達には驚かされたよ。まさか本当に戻ってくるなんて…………。そこでだ! 僕は考えた。そんな君達の奇跡的な生還を祝して、この闘技場の経営主の息子である僕がぁ! じきじきに労いの言葉をかけてあげる上、なんと今回は特別に闘技場の戦いを無料で観戦させてあげようじゃないか……とね。それも特等席で!」
「それはありがとうよ。お前もそんなところにいないで、こっちに降りてきたらどうだ? 迫力ある戦闘が文字通り間近で観戦できて、大迫力の見ごたえのある一戦を楽しめると思うぜ」
「……ふっ……ふふ……はははははははぁぁ! いいいいやぁぁ、けっこうだよ。これは君達への僕からの気持ちなのだ。遠慮せず、どうぞ受け取ってくれたまえ。僕はここからじっくり君達を見ているからぁ!」
さっ、とシパーソンが片手を上げると、広場の中央から鎖が巻かれていくような軽い印象を受ける音が鳴り出し、突然、少し先の方で今までなかったはず四角い穴が地面に生まれていた。その後もしばらく、カラカラ……というなんとも不吉感極まりない金属音だけが、ただただ流れ続けた。
俺は固唾を呑んでじっとその地面の穴を観察する。思わず鞘を掴む手に力がこもってしまう。
……………………んんん?
ぽっかりと地面に穿たれた穴から、まるでエレベーターが上昇するみたいに何かがせりあがってきた。
なんだこれ?
二メートル、いや、もうちょっとはあるだろうか。角と淵の部分が鉄で補強されている木製のやけに縦長な箱が出現した。やがて、箱全体が完全に地上に露出したところで、地面の上昇は停止する。
「いやあ……魔物とは実に不思議なものだねぇ……。こいつはやたらと力があって、その上性格は荒々しい……何せ敵を見るやすぐに襲いかかるからね。いかにも見た目通り、野蛮そうで戦闘に飢えている――といった感じだよ。特にどうしてか人間を見るといきなり襲いかかるという特性があるのがいい。そのくせ知能は低く、ちゃんと《コレイ》をその身に宿した魔物だというのに、情けないことに魔法も使わない。常に一匹で行動して、何より、辺りを暗くしたら大人しくなっちまうんだ! 捕獲も楽で死んでも儲かる……これほど闘技場に最適な魔物もいないだろうね!」
シパーソンとしては自慢したいだけかもしれないが、俺は心の中でまるで図書館にでもある分厚図鑑の内容を音読しているかのような親切丁寧な解説ありがとよ、と心の中で呟く。
ミシッ……。突然木が軋むような音がする。そして、それが何かの合図だったかのように再びカラカラ……と鎖が巻かれるような音声がしたかと思うと、どんな仕掛けか箱が四つに――みかんの皮を剥くように四方へと開かれていった。壁になっていた部分が地面に接触するほんのわずかな衝撃と、それが原因で発生した細かな砂塵が一瞬煙のように立ち起こった。
「グルルルルゥゥゥ……」
低い唸り声。犬――に近いのだろうか? まあとにかく重低音で奇妙な音であることだけは確かだ。
目がまるで充血しているような――それも、徹夜したり疲労が溜まっている人たちですら比べるまでもないほどに瞳が赤く、再び動物で例えるならウサギだろうか……しかも顔に瞳が一つしかない。体は人間でいうところの筋骨隆々といった具体で、全身がある意味注目を集めること確実な毒々しい紫。
何より、一番俺の眼が引かれるのは、こいつが二足歩行している人型……という点だ。全体のシルエットといい、収容されていた箱とほぼ同等の大きさといい、ゲームに出てくる怪物、サイクロプスを俺に彷彿とさせた。……まあとにかく、いかにも強そうな見た目しているというこうとさえ分かってくれればいい。
「それじゃあせいぜい楽しんでくれ、僕はここから見ていてやるから! せいぜい死なない程度……ほどほどにな。…………あっ、そうだ! 一つ言い忘れたが、そいつ……《クレイス》と一人で戦った人間で、生き残ったものはいないから!」
シパーソンがいる観客席部分から地面までの壁の高さは、どんな天才設計かが図面を作成したのか、巨人が腕を伸ばしても絶妙に届かないくらいの大きさだった。まったく、つくづく見事な設計だぜ……。
「キュット…………俺から離れていてくれ、出来るだけ遠くに」
「は、はい! 頑張ってくださいねヤストさん! 本当は私も戦えたらよかったんですけど……むしろ私がいたら邪魔になっちゃいますから……」
別に俺はキュットが戦闘の邪魔だなどと思っていない……といえば正直虚偽の報告になってしまうだろう。
だがもちろんそれはキュットが足手まといということに結ぶつくわけではない。逆に言うと料理のスキルがゼロな俺が台所に立ったらカペさんには邪魔だと厄介払いされるだろうことは明白だし、宿屋の手伝いをしようと洗濯や掃除をしたところで、キュットに大丈夫だと苦笑いを浮かべながら、遠回しに邪魔の宣告をされてしまうことだろう。
……要は適材適所なのだ。森の一件のように、俺が心配だからと逃げてくれないよりはすぐ離れることを決意してくれたキュットは、よっぽど役にたっているといえよう。それに相手の力が未知数なだけに、キュットを百パーセント守れる保障もないしな。
――それにしても、だ。いざこうやって思い返してみると、俺はこの世界において戦うこと以外に関しては、マジで役に立たないお荷物であるということが嫌でも実感してくるな……。
俺の心に情けない気持ちがふつふつと生まれるが、深く深呼吸をすると気持ちを入れかえる。――今は集中すべき事柄が他にあるはずだぞ、俺。
あいつ――クレイスとかいうやつは、まるで寝起きのようにぴくりとも動こうとしない。実際急に明るいところに出されたのが原因で、寝起きに近いような感覚なのかもしれない。
「グルルルゥゥ……」
ぐるり、といきなり九十度横に回転、首が俺の方に向けられる。まるで恐怖を相手に植え付けるためかのような気味の悪い耳や口、鼻のパーツ配置をしている顔。その中央やや上にある、顔の大きさの割に不釣合いなくらい小さな、赤い瞳が俺へと注がれた。口からはだらしなくよだれが垂れていて、ぽたぽた地面に染みを作り出していく。
「ウガガガガァァァ!」
だが、なんの前触れもなしに、地の底から体を揺らされるようなずっしりとした重みある咆哮を放つや、俺目がけて一直線に突進してくる。足の速さに関しては、あまり速度があるというような評価を下すことはできない、が……それでも元々図体の大きさが違うのだ、当然人間の一歩とは歩幅が違うので、現状それがさほど問題になっているとは感じない。
ぐんぐんと強風の発生した校庭みたいに派手に土ぼこりを上げながら、一切の躊躇無く迫り来るクレイスへと、俺はすっ、と左の手のひらを向けた。
「アイス、1(ワン)」
即座に魔方陣が俺の左手前で展開されて、ソフトボールくらいの青い光弾が発射された。
「ガアアッ!」
それは俺の狙い通りクレイス足元に命中。片脚が一瞬で氷結したクレイスは、バランスを崩して受け身も取れずに顔面から地面にうつ伏せで倒れこんでいった。もちろん俺は容赦する気などさらさらない。いっきにクレイスへと畳み掛ける。
「アイス1、アイス1、アイス1」
同じことを何度も唱えるたびに、左手で発動したフェーズ1の氷結魔法が放たれどんどん凍って地面に釘づけになっていく。少しやりすぎな感もあるが、これぐらいやらないと油断ならないからな。
何せ俺は、魔物の恐ろしさを森で嫌というほど充分に味わっている……。
俺は動きの封じられたクレイスの首元に立つと、『剣』を左手に持ち変え右手でしっかり柄を握りこむと、狙いを定めて鞘の右側のボタンを押した。即座にクレイスへと神速の一撃が襲う。
クレイスの首が宙を舞った。
同じ魔物でもカラドとは違うらしく、血は人間と同じ真紅に染まっていて切断面からその赤い液体が大量に地面へと吹き出し、流れ落ちていった。首がコマのようにくるくると数回転してから落下、一回地面をワンバウンド軽く弾んでから、俺の足元へと転がってきた。
俺は魔物が完全に動かなくなったのを確認してからシパーソンの方を向くと、アホみたいにぽかんと口を開けたまま、目を丸くさせて呆然と立ち尽くしている。
刀身の血を落とすように左右に剣を切り払ってから、陽光をギラギラと反射させる銀の剣を鞘へと納刀する。




