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第十七話 手紙

「ヤストさん……ヤストさん……」

「う……んん……」

「起きてください、ヤストさん」

 優しく肩が揺さぶられる感覚に、俺はゆっくりと目を開いていく。すると、キュットの顔が俺の顔にまで息がかかるくらいの距離にあって、思わずわずかに開口したまま絶句する。

「あっ! ヤストさん」

 俺は枕元付近を右手でもぞもぞと探る。すると、「はい、どうぞ」と俺の手にキュットの手が触れた感触がした。直後、俺はキュットから腕時計を渡される。どううしてか俺の思考が読まれたらしいことを小首を傾げながら不思議がりつつも時刻を確認すると、現在午前六時十三分となっていた。

 俺は半覚醒状態から未だに抜けきれていない寝ぼけ眼の目をこすりながら、寝起きで喉が渇いているせいで少し掠れた声になりつつ、

「この世界の人間は、毎日この時間に起床するのが普通なのか……?」

「そんなことはないですよ。この宿は朝が早いのでこれぐらいに起きるのはよくあることですけど」

 体にかかっていた布団? をキュットはそっと取り払うと、介護するように俺の状態を優しく起こしてくれた。自分としては朝は得意な方だという自負があったので、たとえ疲労が多少蓄積していたとしても早起きがまさかこんなに辛く苦しいものになるとは予想だにしてなかった。……ちょっと自信なくすぜ。

勝手に気落ちしつつも、キュットから水の入った木製のコップを渡されたので一口飲む。

 すると体の芯がほんのり冷えるような感覚ともに、だんだん体が覚醒してくるのが自覚できた。

「それで……どうしたんだキュット。起こした理由があるんだろ?」

「ええ……。これなんですけど……」

 そう言って、綺麗に三つ折にされている手紙を封筒らしきものから取り出したキュット。それを受けとった俺は、さっそく手紙を開いて内容を覗いてみる。

「…………すまん。なんて書いてあるか俺にはわからない」

「そ、そうでした! 私ヤストさんが文字読めないことうっかり忘れて…………じゃなくて! わ、わかりました。私がどんな内容が読み上げますね」


 やあ、コーション君に名も知らぬ旅人。どうやら君達は無事に森から帰ってこられたみたいだね、僕としても大変喜ばしいかぎりだよ。ぜひ君達の生還祝いをしたいから、今日昼の鐘が鳴ったら、僕の家が経営している闘技場に二人だけで来るように。

                シパーソン・フレリー。


「…………なあキュット、それ…………あいつの声マネか?」

「……………………………………い、いいえ」

 ……まあ、うん。そんなことはひとまず横に置いといて、だ。

それにしてもいつか接触してくるだろうとは想定していたが……まさか帰還した翌日にお祝いパーティを開催してくるとは――随分と張り切っているようじゃないかシパーソン君。

 だが都合がいい。たとえ、どうせそっちが何もしてこなかったとしても、もともとこっちからいつかは向かおうとしていたのだ。今度こそ、二度と手を出さないようにキツイ忠告をしてやる絶好のチャンスだ。それにあんな命の危機に直面したのだ、俺は自分はどちらかといえば我慢強い方だと思っているが……さすがに今回の借りは、しっかり返却しなくちゃいけないな。

「ヤストさん……どうしましょう?」

「…………行くしかないだろうな、面倒なこと極まりないが」

「ですよね……」

 当初はシパーソンの名前を聞くだけで震え上がって縮こまっていたキュットだったというのに、今は比較的落ち着いている様子だ。様々な体験を経て彼女も多少のことでは取り乱さなくなってきているのかもしれない。

「これが宿の扉の隙間にいつの間にやら挟まっていたんです。疲れているのに起こしてしまったことは本当にすみません。ですが、どうしても早く伝えたくて」

「いや、ありがとう。それよりキュットこそ、調子の方はどうだ?」

 ぐっ、と両腕を力強く胸の前に持ってくると、全然平気です、と即座に言い切るキュット。特に無理している風ではないところから察するに本当のことなのだろう。なんとまあ元気な女の子だ。

 しっかりと乾いている、昨日カペさんに洗濯してもらった服に袖を通してから階下へ。そこで、俺はありがたくも朝食を提供してもらってから、再び自室に戻る。

 一応籠手と剣を軽く目視でだが点検してみたものの――俺の予想通り、どこにも不備は無いどころか傷一つすらついていなかった。当たり前だ、剣も籠手もこの世界で言うところの《ケールド》、と同じ素材アントラウムで作られているのだから。これは非常に硬くて軽いという特性があるが、最大の特徴がけっして錆びないということ、それと実験から導き出された計算によるとだが、二万年以上の耐久力があるらしい化け物じみたスーパー素材なのだ。もしこれがあと二、三年でも早く生み出されていれば、俺の世界の歴史は別の流れへと分岐していたかもしれない。まあ、いまさらそんなこと言ってもしょうがないがな。

 朝食時、キュット同様早くも朝から起床していたカペさんに俺はかねてからの疑問を投げかけてみた。

「ここって宿屋ですよね。泊まっている人たちに朝食とか用意しないんですか? いつもその様子を見ませんけど」

「何言ってるんだい! 宿屋ってのはね、泊まれればいいんだよ。そういうことやっているところもあるらしいけど……それは結構大きなところじゃないと無理、無理」

 とりあえずここは宿泊専用らしい。カプセルホテルのような感覚なのだろうか?

次に俺は自分の腕時計に目がいった。そういえば普通に何一つとして疑っていなかったが、この時計は正確な時間を刻んでいるのだろうか? 電波時計だったとしたら、そもそも電波を受信することなどこの世界ではありえないだろうことだし、他の時計をチェックして時刻を合わせる……なんてわけにもいかないからな……あっ! でも正午かどうかは鐘が鳴ればわかるから、その時にでも確認してみるか。

 

「なあ、キュット。手紙のこと、カペさんには……」

「伝えてあります」

「……そしたらなんて?」

「呆れた顔しながら、ヤストさんにしっかり守って貰うように言われちゃいました」

 俺に余計なプレッシャー与えるのはやめていただきたいのだが……。この話、聞かなければよかったかも……と若干の後悔が俺の胸を過ぎるが今更遅い。

「じゃあ、そろそろ行くか」

「はい」

 俺の格好は昨日と同じ。まあ、この世界で代えの服などという代物、もちろん所持しているわけもないので、当然といえば当然なのだが……。

俺がプレハブ小屋で膝上付近にまで切り落とし短くした白衣を身につけている。なんとなくこの方が格好がつく気がするからな。それに、無事《戻らずの森》から脱出できた記念の服でもあるしな、縁起も悪くないだろうと一応羽織ってきた所存だ。

 一方キュットは宿屋で働くいつもの服装。やはりというか、このスタイルが一番落ち着くからこれでいいらしい。

 道を歩く俺はなんというか不思議な感覚が体を包んでいた。これからいかなる不測の事態が起ころうかわかったもんじゃない。なにせ人が戻ってこないという森に平気で人を叩きこむ野郎だ、もしかしたら今度は痺れを切らして直接的に命を狙われる可能性だってあるのだ。

 ――だというのに俺の心境のパラメータ配分は、緊張半分、そしてもう半分は妙な冷静さで構成されていた。そんな具合になんとも矛盾している両者が、どういうわけか俺の中で共存しているのである。

そしてきっとキュットも似たような心地だろうと思う。顔つきは不安のせいで堅いものの、その足取りはしっかりとしているように俺には見えるし、街中で声をかけてくる調子のいい男達には、以前二人で買い物した時のようにしっかりと挨拶を返していた。やはりキュットは成長しているな……だいぶ肝が据わってきている。さすがはカペさんの娘といったところだろうか。こうやって彼女もゆくゆくはカペさんのように…………なって欲しいような……このままでいて欲しいような……。両者をある程度知っている俺としては複雑だ。

「見えてきました!」

 キュットの示す先を向くと、そこにはこの街では今のところ一つたりとも目にしたことのないような、なんとも巨大な建築物がどっしりと鎮座していた。

 闘技場というだけあって、俺のイメージしていたコロッセオのような壮観な円形をしている。全体が薄茶色になっていて、ためしにパルテノン神殿の柱みたいな見た目をしている等間隔に並べられたやつに触れてみると、どうやらこれは石で作られているらしく、ひんやりとした感触が肌へと伝わってきた。闘技場周辺を囲むように配置されている、実に精巧で見事な人間の全体図を模した彫刻像だったり、闘技場の細部にまで行き届いている精緻な装飾といい、わりかし高い技術力を持っていることが窺えた。

 これ東京ドームとどっちが大きいかな……? こっちの方が、一回りは小さいような気もするが…………いや、どうでもいいか。

「これ、どこから入ればいいんだ?」

「――私も、外から見かけたことは何度もありましたけど……入るとなると初めてです」

 しばらく外側に添って入口がないかと探っていると、少しいったところでやたらデカイ門と、その前に槍を片手に直立不動を貫いている兵士が一人いた。

 その時だ。ゴーンと、まるでタイミングを計ったかのように、俺たちが門に到着するや鳴り響く、腹の底にまで届くような正午を国民に知らしめる鐘の重低音が容赦なく俺の耳へと配送されてきた。すると、兵士は俺たちに気付いたらしく軽くこちらへ礼をしてくる。

「どうぞ」

 街の門を見張っている兵士とは違って、随分と態度が丁寧な兵士。そんな意外な対応のよさが俺には意外でちょっと驚く。

 闘技場はあくまで客商売だし、しっかりと客に対する無礼にならない教育がなされているのかもしれないな。

 巨大な門が左右にゆっくりと左右に開いていく様は、なんだか今から最終決戦のボスがいる部屋へと突入していくような気分を想起させる。置くから薄白い煙でももやもや湧いてきたらムードは完璧だったかもな……。だが、実際この先に待ち受けるのは、おそらくゲームのラスボスよりも一癖も二癖もたちの悪い存在なのかもしれない。

 俺とキュットはお互いにアイコンタクトを交わすと、ためらいなく中へと突入していく。

 ………………広いな。

 内部へと入った第一感想はそんなものであった。

すぐに試合を行う広場みたいなところに出るような構造はしていないようで、右、左と緩やかなカーブを描いて道が続いている。また、目の前にも道が存在しており、しかも前の道はすぐに壁にぶつかると、そこからさらに左右へと分かれていたりしていたりと、まるで迷路のような印象だ。

ただ幸いなのは、内部は外からの光をよく取り込むような造りになっていて……まあ、客商売だから明るいのは当たり前だろうが……とにかく、森のように暗くて視覚的にも精神的にも参ってしまうという問題はないだろう。

「こちらへどうぞ」

 気付けば先ほどの門番が背後までやってきており、さっと俺らの横を通り過ぎたかと思うと、そのまま先行して前方を歩いていく。どうやら着いてこい、というワケだろう。ここまでサービスがいいと、闘技場にお客様アンケートを書くコーナーが一箇所でもあれば、接客態度がよかったと感想をしたためて投書したくなってしまうね。

 小さな階段を昇ったら、ちょっとすると今度は別の階段を下っていく。それから兵士は動物園の檻みたいな場所へ、扉の鍵を開錠すると躊躇無く入っていく。

「ここの扉を開けて、まっすぐ行ってください」

 いくつもついた鍵束から、迷うことなく的確な鍵を探り当ててロックを解除する兵士。今までのドアが木製だったのに対し、今解放されたのは鉄製。丈夫さのグレードがワンランクアップしていた。これはもう明らかにこの先に何かあるのだろうな……。

「ヤストさん……」

 キュットの声に振り向いた俺は、指で鼻下を擦ると、余裕あるように笑ってみせる。

「さっさと終わらせてゆっくりと風呂に浸かろう。……それから帰ったらぐっすり寝るんだ。――何せ俺は寝不足気味でな……」

「…………はい! そうですね! 私も宿屋の手伝いを二日もサボっちゃいましたし……」

 俺達は互いに頷くと、二人揃って手をつき、鉄扉を力強く外側に押し広げた。

「っ!」

 

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