第十五話 速度
魔法を発動した直後、ほんの数秒というわずかな時間だが、次の魔法を放つことが出来ないという空白の時間がカラドにはある。それは何回かカラドの魔法を目にした俺はわかっている。
俺は『剣』を素早く鞘へ収めると(、、、、、、)、即座にカラドの直前まで疾駆する。そのまま左手親指で鞘の右側(、、、、)のボタンを押しながら『剣』を抜き放った。
――――瞬間、敵は綺麗に真ん中から真っ二つの肉塊へとなっていた。あまりにも美しい切断面は両断されたにも関わらず、数瞬ほどその体が両側へと離れるのを拒むようにくっついたままになっていた。
なんの誇張もなく『神速』としか表現できない抜刀の速度は、そのあまりのスピードに剣を放った当事者の俺でさえ、その残像すら一ミリも捉えることが出来ないほどだ。体感としては、鞘からほんの数センチほど引き抜いた、そう認識した瞬間にはすでに敵は絶命しており、右手はいつの間にか振り切っていた……という具合だ。
本物の居合い斬りを目の当たりにしたこがない俺には想像、妄想になってしまうが、おそらくどんな達人級の腕前を持つ人間でもこの速度を上回ることは不可能だと思えてしまう……そんな圧倒的力がこの一撃にはあった。それほどにまで人間離れしているのだ。
そして敵が二つに分裂したのと時を同じくして、左の籠手のモニターに『Learned』――学んだ、という表示が鞘のモニターと同じく黄緑色のデジタルな文字体でくっきり浮かんだ。
「う……そ……!」
ぽつりと、信じられないようにキュットが呟く。
だが、ここで超技への余韻に浸っているわけにはいかない。そこで俺は振り抜いた剣の勢いを利用しつつ素早く後方へ体をターンする。そこではすでにいつの間にか出現していた二匹のカラドの魔方陣が展開されており、光が中央に集束されていた。
しかし、どちらも俺へと向かれているのだからこちらとしてはある意味都合がいい。二匹の距離がわずかに空いているのをいいことに、俺は右方の一体をターゲットにすると前傾姿勢で駆け出すと、まずはやってくる眼前の青い光球一発の軌道に合わせて横に切り払う。切断された魔法はすぐに消滅する。
続けざまに左から飛来してくる氷結魔法を軽く身体を捻っただけでかわすと、そのままくるり、体を一回転させちょうど裏拳を叩き込むような感じにカラドの顔面へ剣で狙い斬る。
これは特殊技を用いない通常の一撃なので先ほどのように鋭い一刀両断とはいかないが、それでも切れ味抜群の『剣』は、カラドのカマキリのような二つの鎌のみたくなっている部位を一撃で千切れ跳ばせるほどの威力を有していた。
わずかに宙を舞った鎌が、小さく放物線を描いて地面に落下するのと同時に緑色の、人間でいうところの血に該当するだろう思しき謎の体液が一気に噴出した。
「キリリリリリリィィ!」
やつらに怒るという気持ちや、他の仲間を思いやる心があるのかはわからない。が、俺には仲間がやられて怒ったように見えた左方向にいたカラドが、何と地面から一メートル近くも跳躍すると、鎌を俺に目がけて振り下ろしながらいっきに距離を詰めてきた。
だが、すかさず俺は左手に所持していた鞘で、勇んで飛び込んでくるカラドの顔面に突きを食らわせてやった。奇妙な断末魔めいた叫びを上げながら、空中で姿勢を崩したカラドは後方の木に激突すると何回転か地面をごろごろ転がっていった。
突き入れた鞘に剣を即座に納刀すると、右側のスイッチ押して、視認不可避な斬撃を放ち鎌がなくなって怯んでいるカラドを読んで字の如く、瞬きする間に仕留める。
続いて、地面を転がっているカラドの下に向かうと、その無防備に表になっているお世辞にも可愛いと口に出来ない、カラドの足がわしゃわしゃと蠢いている腹に目がけて剣を思いっきり突き立てた。剣はカラドを軽く貫通していき、その勢いは地面にまで剣が食い込むほどだった。
しばらく足をもがかせるように動かしていたカラドだったが、徐々にその動きが鈍くなっていき、ついには完全に沈黙した。
俺は得物をカラドの体から引っこ抜くと、付着した体液を振り落とすように軽く左右に虚空を『剣』で切り払ってから、ゆっくりと鞘へと納めた。
鞘のモニターには『Lock』のデジタル文字が表示される。
ふうー。気付けば俺の口から無意識に安堵の息が洩れていた。額を拭ってからキュットへと近寄っていく。
「なんとかなった」
しかし、そこでいきなりキュットは俺に抱きついてきた。
「うわぁぁぁ! すごいですすごいですヤストさん! まさか一人で三匹の魔物を倒してしまうなんて。私……尊敬しちゃいます……」
いちいち思ってしまうが、やはりキュットの胸がデカイこと。容赦なく押し付けられる俺としては、嬉しいような恥ずかしいような……でもやっぱり恥ずかしいのが増さったらしく、彼女の肩を掴んで、心配する風を装って引き剥がした。なんとも自分が情けなくなりながら……。
「はい、ヤストさんのおかげで、私どこも問題ありませんよ!」
この剣のスイッチには右と左、それぞれに違う役目を担っている。左は普通の抜刀。そして右は剣を弾丸の如く一瞬で抜き放つ機能を発動するためのものだ。もちろん威力、速度は通常時とは遠くかけ離れた桁違いの威力を発揮する。
この神がかった技を放てる秘密の一つとしては、実は鞘がわずかに剣大きく、なんとリニアモータカーのように鞘の中で剣が浮いていて一切鞘に剣が触れていない、というものがある。
そのため、抜き放つ際内部で一切の摩擦が生じずスビーディーな剣戟を可能としているのだ。まあ、もちろんこれだけが全てではないが。
それに、この剣には良いことばかりではなく、デメリットの存在もある。
というのも、右左しっかり専用の籠手を装着してから技を発動させないと、腕が大変なことになってしまう……というある意味諸刃の剣なのだ。それに、根本的に居合い切りというのは突然の奇襲だったりと、緊急用の対応みたいなもので――実戦で果たしてそう何度も役に立つ機能となり得るのだろうか……不安が募る。
作成者いわく、これはどんな硬い物でも一撃で切り伏せるための威力を発揮することを可能にすることを追求していき、そうして辿り着いた結果らしいが。
「さあ、また会わないうちにさっさと脱出しよう」
どうやら先ほどまで俺達に付きまとっていたカラドは三匹だったらしく……いや、もしかしたらまたどこからか視認しているかもしれんが少なくとも声は聞こえなくなっていた。
結局は森を脱出することしかカラドから無事逃げ切るという現在の大きな目的を達成することが出来ないので、俺達は目印を頼りに《戻らずの森》の内部をさらにさらに突き進む。
それからカラドと出くわすという事態が訪れないまましばらく行ったところで、ついに目印の紐がどこにも見当たらなくなるという箇所にまでやってきた。これはつまり、前回俺はここでカラドに強襲されたことを示している。
もし俺があの時、起きたばかりで頭が充分に働ききっていなかったとはいえど、しっかりと剣の存在を思い出せてたなら、ひょっとすると今の俺はここにこうしていなかったかもしれないな……となんだか感慨深い気持ちが胸の奥から湧いてきた。
目印はなくなったものの、もはや水音はすぐ近くのものとなっていた。かすかに水の匂いみたいものさえもしてくる。
俺は周囲を自分のおぼろげな記憶をたよりに、ある箇所を探すように見渡してみたのだが……おっ、もしかしてあそこか。
俺の頭はどうやらまだ絶望的なレベルでボケてはいなかったらしく、結構な傾斜角度の下り坂と、明らかになにかが通ったかのように不自然に折れ曲がった枝や草を発見した。
「ここ降りよう」
俺が坂を指差すと、キュットはごくりと生唾を飲んだ。
「ヤ、ヤストさんがそうおっしゃるなら……」
キュットがひいているのもしょうがないだろう、なかなかの急な角度だしな……。
そこで不本意ながらも一度この坂を経験させられた俺が率先して前に行くと、両足を坂へと降り立たせる。そこから、とにかく手で何かを掴んで自分の安定性を小指ほどでも増加させる努力をしながら、ゆっくりと地面を一歩一歩慎重に踏み出していき、坂の中間地点にある、細いながらも意外にしっかりと生えている木がある場所までどうにか辿り着いて、腕を固定させると俺はキュットに手を伸ばす。
「滑りやすいから気をつけて」
「わかりまっ…………きゃああああ!」
言った側からさっそく足を滑らせたキュットが坂をけっこうな速度で、勢いを殺しきれずに駆け下りてきた。俺はそんな暴走特急へと変貌を遂げたキュットの手をがっしり掴んでロックさせることに間一髪で成功すると、そのまま力強く俺の方へと引き寄せてやる。おかげで、キュットは無事俺と同様に川へと落下するという悲惨な事故を起こすことなく事なきを得た。
ぽっ、と頬を染めながら俺を上目遣いで見つめてくるキュット。なぜか知らんがどうにもキュットが俺のことをじっと見てくる回数が多くなったような……俺の気にしすぎだろうか?
「キュット、そろそろ……腕、離して欲しいんだけど……」
キュットにはよほど恐ろしい体験だったのか、さきほどからキュットが俺を掴んで放そうとしてくれない。せめて俺ではなく木に腕をホールドして欲しい。
「そ、そうですよね。すみませぇぇぇっっ!」
慌てていたのか再び転びそうになったキュットだったものの、なんとか体を支えるのが間に合ってよかった。
そんなこんなでコントでもしているような、若干緊張感が欠けているよう坂くだりをこなしていくと、今まで木々によって遮られて見えなかった川が木々が途切れるのと同時に、猛烈な光がそこから溢れてきて、俺は思わずその眩しさに手を廂代わりにしつつ眼を薄める。
そこにはゴウゴウと、ものすごい唸りを上げた台風がやってきた時の濁流のごとくといった勢いで流れる川といった壮絶な光景が目の前に広がっていた。慎重に下を覗くと、よくここに落ちて生きてたな……と俺は肝を冷やす。
「こ、ここだ……俺が落ちた川……。ここをどんぶら流されていった俺は、キュットに助けられたというわけだな……」
「……や、やりましたねヤストさん……」
だがいちいち何事に対しても驚いているわけにもいかない。俺達は川を眺めるのを早々に中止すると、流れに沿って下流へと進み始める。
そこからどれくらいの道程を歩いただろうか。次第に川の流れる勢いが弱まっていき、ついには穏やかなものへと変化していった。
しかも変化はそれだけではない。正午を少し過ぎ去った頃だ、辺りに無限に生えているのではと錯覚するほどの本数を誇っていた木々が目に見えて減少しだし、それが草原のようにほぼ生えていないような地形になったところに差し掛かった辺りで、唐突にキュットが走り出した。
そのまま前方にある、座るのにちょうどよさそうな大きさの石まで行くと、俺へと手招きしてくる。何事かと俺も首を傾げながらも近寄っていく。
「これを見てくださいヤストさん」
と、キュットはすぐ手近に自生している赤い花びらを五つ携えた、小さな花を指さす。
「私、宿屋に飾るこの花を摘みに、この岩のとこにやって来てたんです。その時、川岸に横たわったヤストさんを私が見つけたんです!」
「! ということは……」
「そうです! 私達、無事森を脱出したんですよヤストさん!」
可愛い瞳に涙を滲ませながら飛び跳ねてバンザイしているキュット。これこそ、泣いて喜ぶという言葉の格好のいい例じゃないだろうか。
「こっちです。もう道わかります!」
俺の手を握ると意気揚々と引っ張られていく。彼女のリボンで括っている黒い髪がぴょこぴょこ左右に揺れる姿を眺めながら、俺は密かにほっと胸を撫で下ろしていた。




