第十四話 剣
鞘は全体が煌く白銀で輝いており、それは収めるには少しばかし大きめな気もするこの白い箱の上へと横たえ遠目から眺めてみれば、カメレオンも目を引くくらいには背景との同化率が高く、もしかしたら姿がわからなくなってしまうかもしれないほど白に近い色だ。
しかしそんな鞘の、日本刀でいう鯉口に該当する箇所――鞘の口付近の部分に、鞘と対照的な色合いの、漆黒の小型で正方形をしたスイッチが横並びに二つ取り付けられていた。
異様なのはそれだけでない。スイッチが付けられている部分から鞘を反対に向きかえると、設計者が奇をてらったのだろうか、十五センチ定規くらいの大きさの、スイッチ同じく黒い色をしたモニターがあり、白い鞘上において非常に異彩を放っていた。
俺が鞘の左側ボタンを左親指でなんら躊躇なく押すと、モニター上にデジタル時計に表示されるようなフォントで『Unlock』と黄緑色に白光した文字が出現するのを認めると、俺は鞘から『剣』をゆっくりと抜き放った。
刃渡りは……約七~八十センチくらいだろうか。西洋風な印象の両刃刀であり、その見た目は非常にシンプルであるという一言に尽きるだろう一品だ。
シンプル――という感想が出てきたのは、シパーソンとかいう貴族が腰に提げていたものだったり、ゲーム出てくるようなものであったり……と、とにかく異常に見栄えが良いもの。一言でいうとかっこいいやつ。そんな刃物を数々俺の頭でイメージしていたからだ。
刀身は鞘と等しい程澄んだ銀色をしており、それに加えて重量が羽のように軽かった。それは鞘もそうだったのだが、どちらも共にしばらく目を離していたらうっかり手に持っているのを忘れてしまうかもしれないと思う程であった。
さらに刀身は紙のように薄かった。正直一回でも何かに打ち付けたら……それも軽い力でだ――容易く折れてしまいそうだ、とそんな不安を俺にひしひしと与えてくる。
左右に小さく伸びている鍔の部分も銀色で、刀身や鞘もそうだったが、傷一つない完全な状態だ。
柄の部分も銀の配色がなされており、もはやこれを作成したものはデザインの重要さを一ミリも理解出来ていないのではないかと、逆にこちら心配になってきてしまうレベルで、完全にデザイン性というものを無視したかのような剣になっている。
「そんな全部『銀色の剣』……私、初めて見ました……」
キュットが驚くのも無理はない、こんな全てが単色の剣なんてゲームや漫画を多少なりとも知っている俺ですら、この一本以外お目にかかったためしはない。単に俺の知識不足か?
『剣』を鞘へと慎重に納刀すると、俺は次に右側のボタンを押そうして……ぴたっ、と親指がスイッチに触れるか触れないかの微妙なところで何かをためらうように制止した。
剣が入っていた白い箱の中を覗いて、さらに剣以外にも入っている二つの小手を取り出す。――これを装着しなければいけないんだったな……危うく忘れるところだった……。
この籠手たちも右手左手銀色。とにかくもう何もかもが銀色だ。
実はこれら――剣も籠手もまだ塗装前なのだ。つまり出来たてほやほやというか……とにかくそんな感じなので、着色されていないのだ。まあ、俺も色が未だに塗布されていなかったことには多少驚きを隠せなかったのだが……。
両手に装着すると、すぐに認証確認を知らせる電子音がなる。これも特定の人のみが扱える仕様になっており、もし他の人が着用したとしたら、逆に籠手を外すまで指も手首もまったく動かせないように固定されてしまうとかいう、一度はまると抜け出せないネズミ捕りみたいおっかない機能があるという話を俺は聞かされている。
左右で若干のデザインの違いがあり、右手は一見するとただの銀色の籠手と思えなくもない。手は甲の部分をわずかに隠して後は完全に外へ露出するようになっている。ちなみにただの
銀色の籠手に思えなくもない……といったが、俺は実物の籠手を一度たりとも見たことがない
ので、俺の籠手とはこんなのだろうといイメージが多分に含まれた評価であるのであしからず。
しかし左手は違う。まず剣の鞘側面にも取り付けられていた、小さなモニターが手首部分にある。差異はそれだけでは収まらず、左手はしっかりと指の先まで籠手が続いていて外に露出するような作りになっておらず、手のひら部分がここだけ塗装が間に合ったかのように真っ黒に着色? されていた。
そして剣と籠手とを天秤で量ったらひょっとするとほぼ水平になるのではというくらいに籠手も相当な軽量さであり、腕を動かすことにおいてほぼ支障が生まれなくなっている。
そんな無駄に使いやすさに特化されている剣といい籠手といい、どちらもこの世界では俺にしか使うことのできない――いわば俺専用に作られた、オーダーメイド作品と呼べなくもないものであり、正直いうと、剣術なんてからっきしな俺にはもったいないくらいの品々だ。
「キュット、やっぱりこれは君が持っていてくれ」
つけたり外したりと色々忙しくしたものの、結局腕時計に関しては、ひとまずキュットに一時的に保持してもらうことにした。ちなみに剣も籠手だったり、時計やなんだったらこの建物の機械のすべてが、光を当てれば自動でエネルギーがチャージされるという仕様になっていて、「曇ってさえいなければほぼ半永久的に作動させられるよ……」というのは知り合いの言葉だ。
まあ、物によってチャージ時間は変わってくるのが玉に瑕だが……そこは圧倒的利便性というメリットがある点を鑑みると、心底些末な問題であるだろう。
俺はブランケットが収納されていた普通の棚を調べる。ここにブランケットなんてものがあったというのなら、もしかしてだが……。
「あった……白衣だ」
これはあいつが気分を出すためとかなんとかという理由で何着も買い込んでいたものであり、それをもはや普段着のように常に着込んでいた。タイトな着心地で、尚且つやたらセンスのある、俺的グッドデザイン賞でも進呈したくなるようなカッコいいデザインだった。ただ裾が足首のところに届くほど、やたらと長く動きづらそうになっているので、膝裏ちょっと上目な箇所――膝と太ももの付け根の中間ぐらいのところを、ばっさり剣で切断した。そうしてから俺はそれを羽織る。
「なんですか、その服は?」
「……ははっ。キュットの服は白かったのにすっかり泥だらけだろ? 茶色か黒よりになっている。……だったら、この目立ちそうな純白の服を着れば、魔物の注目が少しでも俺へと集るかと考えてな」
「……そんな、危なくないんですか?」
それはもちろん……などとは、もちろん言えるわけない。だから俺は首を振る。
「大丈夫だ。だからキュットも安心してくれ」
キュットの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、彼女は恥ずかしそうに頬を朱に染めて俯いた。
それに、白衣を着たのは別の理由があったりもする。
電気とエアコンの電源を落とすと、そしてドアノブを掴むと今再びの森へ、と勢い良く扉を前へ押し開けた。
空にはありとあらゆる生命に朝を告げる太陽が昇っており、昼と比べると天と地ほどの差があるくらい夜間よりも遥かに森の内部が見通せるようになっていた。太陽光の途方もないくらいの偉大さにありったけの感謝をしなければな。
「…………寒い」
俺はキュットに聞こえないくらいの小さな声でそう呟いてから、白衣の上から腕を軽くこすった。森の朝はやたらと肌寒く、実際俺はなんとなくそうだろうかと考えていた。そのために白衣を着用したのがつまるところの別の理由というものなのだ。そもそも、よく考えなくてもわかることだが半袖なので寒いのは当然なのだ。昨夜、俺が森の中でこれほどの寒さを体感感じなかったのは、きっとアドレナリンの分泌量が半端なかったに違いない。
一方キュットはというと、まるで意に介していないといった様子で、まったく寒そうにしている素振りを見せない。やせ我慢しているというわけではなさそうで、表情もこれといって強張っていたりはしないし、震えてもいない。キュットにとってはこの程度の温度、さしたる問題ではないのだろう。この差は……慣れだろうか?
「ヤストさん、どの方向へ向かいましょうか?」
キュットが至極最もな疑問を投げかけてくる。そこで俺は耳を済ませるよう彼女に伝えた。素直に俺の言う事に従ったキュットからすぐに、「水の音が聞こえます!」と若干興奮混じり
に返答してきた。
そこで俺はある一本の木を指さす。キュットがすかさずその先を目で追うと、そこには細枝に結ばれた赤い紐が存在した。
「最初俺がここで目覚めた時、水の音を頼りに進もうと思ったんだ。そこで迷わずここに戻ってこれるように等間隔で目印をつけていたんだ」
キュットはというと、星の輝きに負けずとも劣らないくらいにきらきらとした眼差しを俺へとやたら送ってくる。実際、俺の手を掴むとぶんぶん上下に激しく振りながら、「すごいですヤストさん!」とお褒めの一言までも貰えた。
「私……本当は心の片隅にはどうしても拭えない疑いの気持ちがあったんですけど……やっぱり本当にヤストさんは森からやってきたんですね……信じられません!」
入った人間は誰でもかまわず戻ってこない、なんてとんでも情報が出回っている上に、現実問題に自分の父親を失っているんだ、そういう疑問があったとしても無理はないだろう。
「とりあえず目印を追っていこう。川がある場所にまでかなり接近できるはずだ」
「はい!」
我ながら、あの時の俺は頭があまり働いていなかったというのに、よく目印を残すという発想が浮上したものだ。自分の行動ながら感嘆の声をあげたくなる気さえする……。
キリリィィィ…………
どれくらいの強行軍を行っていた時だろう、キュットと俺の足がピタリと、まるでお互いの意思が完全に通じあっていたかと思うぐらいの見事なタイミングで足を止めた。
もはや何度となく耳にした不協和音みたいな動物とも昆虫とも判別しきれない奇怪な鳴き声。しかし次に俺に浮かんだのは驚きというよりは、やっぱり来たな……というようなある意味悟っていたような感覚。そういえば、前回もここら辺からカラドの声が聞こえてきたような記憶があるぞ……。もしかしたらやつらの巣のような……根城にしているような箇所が付近に位置しているのかもしれん。
「止まらない方がいいな」
こくこくと何度も頷くキュット。一見焦っているようにも見えなくもないか彼女だが、それでもだんだんと度胸がついてきているようで、魔物に気付いても体が固まってしまったり、うっかり悲鳴を上げそうになるという素振りは全くなかった。
目的地は川、と明白な目的地も決まっている。なのであえて周りにいる魔物達は無視して強引にでも前進することを優先させることにしたのだ。
しかし、まるで無視をするなとでも俺たちに警告しているのかと錯覚してしまうくらい、次第にあちこちから、がさがさっ、という枝葉が揺れるような音が複数発生し始めた。
「キリリィィ、キリリリリリィィィ……」
ついに声だけで姿を未だに現していなかったカラドが右前方から一匹痺れを切らしたように背の高い木から重力に従って自由落下してきて俺達の道を塞ぐように着地した。
「私も……少しぐらいは……」
何と勇ましい限りだろうか。キュットはそこら辺から手頃な大きさの石を拾い上げた。
しかしそこで、無常にもカラドは出し惜しみする気は砂の粒ほどの大きさもないらしく、さっそく魔方陣を展開してきた。フェーズ1の氷結魔法。もはや大して珍しくもない、やつらの十八番の技だ。
俺は今にでも駆け出しそうなキュットを手で制すると、鞘から剣を抜き放って、右手に構える。それから目を鋭く細めながら、カラドが射出しようとしている魔法が宙を舞う軌道を予測することに神経を集中する。
次第に周囲の音が消失してく。感覚が研ぎ澄まされていき、魔方陣の鮮烈な輝きが真円の形で広がる姿が、スローモーションのごとく遅々としたスピードへと認識が変化していく。アドレナリンが大量に分泌しているのか、脳内や体中に激しく血が巡り熱くなっていくような感覚を認識しつつも、四肢のどの部位も即座にスムーズに駆動させられるように、最初から軽く力を入れつつ、足を肩幅ほどに開いた。
凍てつく冷気を帯びた青い光が魔方陣の中央へと集束していきソフトーボールほどの体積にまでなると、俺目がけて放たれた。着弾箇所から一定の範囲を瞬間的に凍らせる、脅威の魔法だ。だが、その必殺の光進む先には、既に俺の剣の切っ先が待ち構えていた。
アクション映画ばりの豪快な破裂音が鳴り響く――というような過剰な演出はなく、ただ静かに青い光はちょうど真ん中から二つに分かれて、そのまま俺の体を避けるように左右に逸れていった。その後、魔法は正しく起動しなかったことによって急速に力や勢いを失っていき、それは被弾した木の細枝すら凍らせることが出来ずに静寂と共に霧散していった。
普通の剣では自殺行為なこの荒業。
本来ならば、剣に触れた瞬間に刀身が急速に氷結していき、俺の手すらも巻き込んで氷付けにされるだろう。……だが、俺は魔法を文字通り一刀両断してみせた。これはもちろん俺に秘められていた能力が土壇場で発揮された……という少年漫画的なカラクリなどではなく、『剣』に秘密がある。
この『銀の剣』は特別仕様で、魔法に対抗することを目的として作られた、いわばアンチ魔法の特殊加工がふんだんに施された西洋剣を模した剣なのだ。




