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第十三話 建物

 どこにでもありそう……というのは俺の主観でしかないが、そんなドアノブを掴むと『ぴっ』という機械音がした。それを確認してからノブを捻って手前へ引くと、若干の扉の滑りにくさが手に感触として伝わってきつつも、扉は無事開いた。

 キュットが中に入ったのをしっかり確認してから、俺は一度右左と顔をやって素早くドアを閉める。すると再び、ぴっという電子音がする。これは扉がロックされたのだ。

この扉は特定の人間にしか開けられない仕組みになっているのだが……しっかり作動しているところ、さすがだとしか言いようがないな……。

「ここ、暖かいですね」

 まあ、今まで寒かったからな。風が当たらないだけでもだいぶ暖かく感じる。俺は扉近くに設置されている電気のスイッチを押す。 

 すると数秒とかからず室内が薄白い光に包まれた。

「ふわぁぁぁ!」

 素っ頓狂な声が聞こえた。発信源はもちろんキュットからだ。びっくりしたように壁に背中をつけると、天井の光をおっかなびっくり凝視している。

 F332―ZRの説明をした際に、キュットもカペさんにも通じなかったことから、恐らく点灯している仕組みを解説してみせても、けっして理解を得られることはないだろう。……いや、こんな偉そうなことをほざいている俺自身ですら、実はよくわかっていなかったりもするのだが……。つくづくあいつが天才だったと思い知らされるな……。

 続けて俺はエアコンもオンにする。さすがに夜の森でこんな薄着では、たとえ風が防げるととはいってもじわりじわりと体温が吸い取られていくからな。風邪を引いてしまう。

こちらも問題なく駆動しているのを確認して一安心。ちなみにここの電力は全て、光から生み出されるとかなんとか。とにかく機械さえ壊れなければいつでも動かせるということは知っていたが、まさか本当に『いつでも』動かせるとは。たとえ外枠が無事だったとしてもどうして中の回路まで平気なんだよ! …………あっ、そうだ。どうでもいいことにセルフツッコミを入れている場合ではない。

 俺はそもそも、この建物にはいつか戻ってこようと考えていたのだ。それは俺の記憶に残っている、あるもの(、、、、)、が今でも存在しているかを確認したかったのだ。

――そして、それは俺の期待をなんら裏切ることなく、しっかりと鎮座していた。

 人一人が丸ごとすっぽりと収まりそうな大きさの、一見棺桶と見間違えなくもないような透明度の高い水色みたいな配色がなされている長方形の箱が、隅の方で壁にもたれかかっているように縦に設置されていた。

だが、明らかに棺桶と違う点がある。それはとてもただの箱ではなく、機械的なものを感じさせるデザインなのだ。実際、ここには俺程度が一生を費やしてこのことのみについて脳を活動させてみたとしたとて、けっして発想し得ないだろうスーパーテクノロジーが詰まっている。

 それに近づくと、電源を入れてから、側面に備え付けられている小さなタッチパネルを操作してみた……が、イマイチ操作方法がよくわからない。なぜなら、俺はまだこの装置の説明を受けていなかったのだ。だが、適当にいじっていたところ、

 +3000、という数字が画面に表示された。

 プラス……三千…………だと……。

「はっ……ははっ…………」

 ふっと、立ちくらみがした。きっと酔っ払ったらこんな感じなのだろう、世界がぐにゃりと歪むような感覚。吐き気もするし気持ち悪いし、……最悪だ。

「ヤストさん!」

 いつの間にか俺のすぐ側まで来ていたキュットが身体を支えてくれた。そのまま俺はなされるがままにパイプ椅子にまで誘導されて、腰を落ち着ける。

「気分が悪いんですか? 何かして欲しいことはあります?」

 心配そうな声色で背中を優しくさすってくれるキュットに感謝はしたものの、俺は平気だから……と、キュットの大変にありがたい申し出を断った。

 ……半分予想はしていたとはいえ…………やっぱり予想以上にショックだったみたいだ……。

「ヤストさん、ここは安全そうですし一旦休みましょう。その方が気分も良くなるかも知れませんし」

 …………その通りだな。このままいつまでうだうだと気にしていたとしても、もはや俺の手に負えないどうしようもないことだ。ここは素直にキュットの進言に大人しく従って、身体を休めよう。体中も疲労でくたくただ。よく見ると、いつの間にか枝にやられていたらしい。体の何箇所かに細かい切り傷ができているのが、いかに必死だったかを俺に物語っている。

 床の埃を適当に払う。だが……硬いので横になるにはちと不便だな……特に俺だけならまだしもキュットもいることだし。まあ、そこまでの贅沢は望みすぎか……。

――待てよ。あいつはここでよく仮眠していたな。もしかしたらまだあれも残っているだろうか――?

 一縷の望みをかけつつも壁際に設置してある棚。引き出し式になっているうちの一つを開けると、綺麗に折りたたまれた大きめな赤いブランケットが一つ収納されていた。信じられない綺麗な保存状態だが、もはや驚くことが多すぎてあまり衝撃がない。慣れとは恐ろしいものだ。

 俺は上下左右にその布を引っ張ってみて、ある程度の強度もちゃんとあることを

「キュット、これを使え。俺はいいから」

 そう言ってブランケットを手渡すと、俺は適当な壁にもたれかかるようにして座ると、静かに眼を閉じた。疲れているせいか、堅い床でも意外とすぐに眠りにつけそうだ。

 ふぁさり、と俺の身体に何かがかけられた。いぶかしむように閉じたばかりの瞳を開けると、ちょうど俺にぴったりと自分の体を密着させるように隣に座ったキュットが、俺と顔が合うやにっこりとする。そこで俺はわかっていたはずなのに、疲れていたせいか彼女がどういう性格なのかを失念していたことをまじまじと思い出した。

「これなら、二人一緒に使えますね!」

「い、いや…………大丈夫だから。エアコ……さっきからだんだん暖かくなってきているし、俺は問題ないよ」

 と言ったのだが――なんと彼女、驚愕することにもうすでに眠っているではないか! 俺にやわらかい身体をもたれかからせながら、すやすやと寝息を立てて……。彼女も俺同様――もしかしたらそれ以上に疲労しきっていたのだ。

 さすがにこれは……起きろとは――言えないか。

 キュットの黒い髪が俺の首をくすぐる。甘ったるい匂いが漂ってくる。ところどころ土や草で汚れている白い肌は、ぷにぷにとしてとてもやわらかい。

 これ、寝れるかな……俺。

 緊張してきた俺は、途端さっきまでの眠気が嘘のように一瞬で霧散していってしまった。中々寝付けずもんもんとしながらもとにかく、ぎゅっ、と堅く眼を閉じて睡魔の来訪をひたすらに待ち望む俺なのであった。


「う…………ん?」

 誰かに頭を触られて――いや、正確にはそっと撫でられている。なんだか心地のいい感触もして、このままずっとこうしていたいような気さえ湧き上がってくるものの、だがそれと同じくらい現状がどうなっているのかふつふつと興味が出てきた俺は、最終的に目覚めるという選択肢を実行することにした。

「あっ! ヤストさん…………」

「キュット……?」

 俺のぼんやりとした寝ぼけ眼に映し出されたのは、キュットの心なしか嬉しそうでもあり、愉快そうでもある顔だった。が、それはある点においておかしい事象があるのだ。

どうして俺は下から見上げるようにキュットの表情を見つめているのだろう?

 すぐにその疑問は解決へと及んだ。俺はキュットの白くてぷにぷにした太ももの上、ようは膝枕されていたのだ。

「うおっ!」

 大きめな地震が発生したくらいの慌てぶりで、俺は強力なバネでもついているみたいにガバッと起き上がる。同い年くらいの女の子に膝枕なんてされたの、生まれて初めてだ……。なんだかまだ後頭部にぬくもりが残っている気もする。

 初めての体験に感慨深い気持ちが浮上しそうになったが、余計なことを考えないように首を激しく振った俺は、立ち上がって両手をばんざいするように天井に向けて上げて、体をほぐすように軽く伸びをした。

「よく眠れたみたいですね」

 俺はバツの悪そうに彼女の方へ向くと、ブランケットを手早く畳み棚に戻す。それから、ブランケットが入っていた引き出しがいくつかついた棚の隣にある、明らかに厳重度レベル何倍も高そうな白い棚に近づく。こちらも引き出しがいくつかついていて、俺は棚の下から二段目引き出しに手を掛けると、すかさずピッという電子音が鳴る。これも入口同様限られた人以外が触れても反応しない仕掛けになっている。どのように認証判断をしているのかは――これまたあいつしかわからないが、まあこの感じだと恐らく指紋だろうか……。

「これからどうしましょうヤストさん……。せめて朝か夜かだけでもわかればよかったんですけど。ほんのちょっとだけ、外に顔をだしてみます?」

 そう。この部屋の欠点の一つ、窓がないのだ。この最悪の日当たりの悪さをほこるこの部屋だが、知り合い曰く、逆にその太陽光が降り注がないのがいいらしい。

「今は朝だよ。正確な時刻は七時十二分三十四秒」

 自分の腕に目を落としながら、キュットに現在時刻を伝えた。

キュットはというと、小さな子供が難しい話を聞かされた時のように、頭にハテナマークをたくさん浮かべているような表情をしたが。とにかく朝であるとのことは了知してくれたらしいので問題ない。

 俺はふと、ここに以前腕時計が収納されていたということを思い出したのだ。今は無い様だが、俺が覚えている限りではこの部屋にはやたらと時計がたくさんあった。趣味らしいが俺にはよく理解できない世界だ――とひっそり感じていたというのに……まさか、この場面で役に立つ時がやってこようと、いったい誰が予想できただろうか。

「ヤストさんが朝だと言うなら……間違いありませんね!」

 俺はひっそりとキュットの横顔を盗み見た。彼女は夢や希望に満ち溢れた少年のように瞳をキラキラと輝かせながら、渡してやった腕時計を夢中になって観察している。

 どうやら、いつの間にだか俺は朝だ、と言えばそれを疑いもせずに信じてくれる程度には、彼女の信用を勝ち得ていたようだ……。これは俺も信頼に応えられるような働きをしなくては。

「ありがとうございます」

 返された腕時計を再び嵌めながら、今度は部屋の壁際に横たわっているやたら細長く、これまた白い長方形の箱に手を伸ばした。それも例外なくロックされていたが、俺が開封しようと手を触れると、簡単に解除されていく。

 するとそこには、一振りの『剣』が鞘に収められ鎮座していたのであった。

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