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第十二話 自然の摂理

 やばい、やばいぞ…………。来てる来てる来てる! 俺たちに死をもたらす『魔物』が。一歩一歩着実にこちらへ。首にまで手がかかっているぐらいに絶望的な状況だ。

 もはや出口がどの方向などと悠長に考えている暇はない。キュットの手を握ると、引っ張って俺は地を蹴り飛ばして駆け出す。

「ヤストさん、追ってきます!」

 ああ。というかすでに側面にも張り付かれているみたいだ。数も気づけば二匹からさらに増えている……。

「キュット! こっちだ!」

 強引にキュットを引き寄せながら無理矢理に進行方向を変更した。その急は方向転換のせいで、俺はわずかに足を滑らせそうになるものの、どうにか地面に足を踏ん張らせ持ちこたえる。

 シャーン、とでも表現すればいいだろうか。奇妙な音と共に俺のすぐ横の地面が、雨が降った後に残る小さな水溜りのような形で凍りついた。被弾箇所からは薄白い煙が立ち昇っている。

 ついにやりやがったな……。フェーズ1の氷結魔法!

 くそっ、どこを見たって同じ景色に映ってきやがるぜ……。

 だが、泣き言をぼやいている暇はない。俺一人ならとにかく、ここにはキュットがいる。彼女だけでも何とかして生き残らせなければ……。

「後ろから来てますよ! ヤストさん!」

 キュットの声で俺は背後をわずかに振り返る、と、二つの魔方陣がそこでは展開されていた。

 脳が思考するよりも先に体が動いた。キュットの身体を抱くと、そのまま横の方の地面目がけて飛び込んだ。

俺の背中に衝撃が奔ると共に、行き着く間もなく飛び込んだ勢いを殺しきれずに、二人絡んで、もつれあうようにごろごろと土の上を転がっていき、一本の木にぶつかって止まった。

それと時を同じくして、数瞬前俺とキュットが立っていた箇所へと氷結魔法が二つ突っ込んできて、暗い地面を冷たく凍りつかせた。

 あれがフェーズ2以降だったら死んでた……。

 少々強めに打ち付けてしまった腰がじわりと痛むが、俺は構わず立ち上がる。同じく痛そうにしているキュットには悪いが無理矢理立ち上がらせると、再び駆け出した。

 俺はもちろん次弾が来るのを警戒していた。しかし何をきっかけにかカラド達は追跡は依然としてしてくるものの、舐められているのかはたまた作戦の一環なのか、急に魔法を撃たなくなった。だがその理由まで考察している余裕など当たり前になく、ただとにかくこちら側にとっては好都合であることだけは事実なので、少しでも逃走が成功する確率を高めるために、休ませることなく疾駆していた。

はあ、はあ、と次第に呼吸が乱れ始めてくる。さすがに疲れてきたか。背後からも荒い呼吸音が聞こえてきて、キュットもだいぶ疲労しているのが嫌でも伝わってくる。俺は額から流れ落ちてくる汗を、自分の体に気合を入れるように腕で乱暴に拭い取る。

「きゃっっ!」

 俺の手のひらからキュットの感触がなくなる。直後どさり、といういう音が俺の耳に伝わってくる。キュットが木の根に足を掬われて転んでしまったのだ。

「キュット頼む、すぐに起きてくれ!」

 と俺が手を貸そうとしたところで、キュットは首を振る。

「…………私はもうだめそうです……。このままだとヤストさんの足を引っ張ってしまいます。私が囮になって時間を稼ぐので、その間に逃げ……」

「キリリリィィィ…………キリリ」

 なっ……!

思わず俺は絶句する。カラドの鳴き声がそこら中、全方位から一切途切れることなく、絶え間なく聞こえてくるのだ。まるでカラドの合唱会だな……それも俺達は無理矢理参加させられているという状況。

「ヤストさん! 早く行ってください! お願いします!」  

 俺はキュットの切羽詰った声を耳にしていながら、腰に提げているカペさんからもらったナイフを手に取るとそれを構えた。

「キュット…………そんなこと出来るわけないだろ! それに俺はもう……家族も仲間も……もう誰も失わないって、そう決めたんだから!」

 勝てないことなど充分に分かりきっている。こんな綺麗事、言い放ったが守れるとは到底思えないし、二人とも死ぬ確率の方が遥かに高いだろう。

 ……剣、魔法、城、貴族、宿屋、魔物……この世界はまるでRPGのゲームみたいだとは前にも思った。

――だが、これは現実なんだ。HPなどという親切に死ぬまでのポイントを示すバーだって存在しないし、死んだらそれで終わり。死んだ原因を思案しながら教会で復活して、再び大地を踏みしめ眩しい太陽を拝むことだって不可能なのだ。それが普通だ。

 結局のところ俺の生きた世界もこの世界も例え姿形は違えっても、結局生死については何も変わっちゃいないのだ。

 ああ。そこで俺は唐突にカラドが魔法を使わなかった理由に至った。周りが仲間だらけだったからだ。きっと誤って仲間に誤爆してしまうのをためらっていたのだろう。だが、そのかわり数で取り囲んでいるのだから、結局逃げられないことには変わりないし、もはや今となってはどうでもいいことだ……。

 もう逃げられない……?

 ……だが、だが、それならだ、やることは決まっている。簡単だ。

――何匹かは道連れにしてやる……!

せめてキュットが逃げ出せるルートぐらいは確保するのだ。それが、俺の最後に出来ること……のはずだ。

目の前の一匹が魔方陣を展開し始めた。俺たちが立ち止まったので狙いを外して仲間に当ててしまう確率も、随分低くなったとでも判断したのだろう……。

「つあああっ!」

 俺は唸るように短く叫ぶと、そのカラドに向けてナイフ片手に突っ込んでいく。

 !!!!

 いきなり眼前で輝いていて魔方陣の光が消えた!

 続いて、俺の認識を超えるようなことが起こった。

 カラドが宙に浮いてる。

 だが、それは俺に襲いかかるための動作として、自らの意思で跳躍をしたという理由ではない。

「キリィィィィィ……」

 何だ…………? 何だ何だ、アレは?  

「ヘ…………ビ?」

 咄嗟に俺の口をついて出てきたのは、その一単語だった。

 ――何歳ぐらいの時だろうか。俺は人間すら丸飲みにしてしまうほどの大蛇がいることをテレビのバラエティー番組だったかドキュメンタリー番組だかで目にしたことがある。それを更に一回りも二回りも巨大にしたようなものだろうか。それに、食べられていた。

 本当に一瞬だった。その図体にも関わらずほとんど気配を感じさせずに接近すると、まるで金魚すくいのように下からカラドはすくい上げられみたく口にくわえられると、そのまま宙にまで抵抗する暇を与えずにいっきに体を持っていかれてしまっていた。

 直後、ガリッ、だが、ボキッ、だがわからないような何かが潰されるような生々しい音声とともに、その蛇らしき生き物の口下から謎の――ほぼ間違いなくカラドのものだったと思われる液体がそこら中に飛び散った。

「リリリィィィ」

 それを皮切りにするように、まるで断末魔めいたカラドの鳴き声が辺り一面から一斉に鳴り始めた。

 黒い鱗に覆われているその大蛇は一匹だけじゃなかったのだ。パキパキッ、とそこかしこから枝をへし折るような音が生まれたかと思うと、次々カラドが襲われていく。

 こんな非現実の極みのような状態に陥ってしまったのにも関わらず、俺の頭は混乱するどころか、むしろ冷静さを深めていった。それもこの惨状を見て、弱肉強食なんて四字熟語が頭をよぎったくらいに。

カラドが俺たちを狙うように、そのカラドを狙っているものもここにはいたのだ。もしかしたらカラド達は俺とキュットを追い詰めるのに案外夢中になりすぎてしまっていたのかもしれない。そして周囲の警戒を怠ったってしまった――と。

 今だに続くカラド達の捕食。気付けば俺たちを見据えている固体も、こちらへ魔方陣を向けている固体も存在していなかった。

「キュット、今のうちだ……」

 呆然と立ち尽くし、モンスター同士の争いに目を奪われているキュットの正気を戻させる。確かに、こんなもの見せられたら誰だって目が釘付けになるよな……。

 シパーソンが経営するという闘技場が儲かる理由も今ならよくわかる。

 俺とキュットは、そこでひとまず誰にも気付かれることなく逃げおおせることには成功した。

 ――だが、一難去ってまた一難というか。せっかく窮地を脱したというのに、俺達はまたもや重大な問題に直面せざるをえなかった。

 もはや方角が定かではないのだ。生き延びるために必死だったとはいえ、四方八方がむしゃらに森の中を駆け回りすぎた結果、完全にどの方角に進めば脱出できるのか、すっかりわからなくなってしまっていた。簡単に言い換えると、『迷子』というワケだ。

 たとえ出口がわからないとしても、せめて朝になるまでどこか身を隠せるようなところさえあればいいのだがな。光があまり差しこまない森ではあるものの、やはり朝と夜ではいくらか話が変わってくる。明るい時と暗いと時、どちらも森林内で経験したことのある俺はそれを知っている……。

「あっ!」 

 俺の後ろについていたキュットが、ふと何かあったみたく声を出すと立ち止まった。前方を歩いていた俺は振り返る。

「どうしたんだ?」

「ちょっと……待っててくださいね……」

 彼女はそう告げると、どこかにふらふらと歩いていく。

 もちろん彼女から目を離すわけにいかないというを充分に理解している俺は、キュットの後に着いていくことにした。

「キュット、どこへ行こうとしてるんだ?」

 俺が後を追ってきたことをさして気にした様子のないキュットは、自分の進行方向を指差すと、

「いえ、もしかしたら勘違いかもと思って……。あっちから光が見えた気がしたんです。一瞬ですけど」

 そういってずんずん先行していくキュット。するとしばらくしてから、なんと本当に前方に何の光か、明かるくなっている箇所が現れたのだ。

キュットは嬉しそうに俺に顔を向けると、心なしか軽い足取りでそちらへ導かれるように小走りに進みだした。その様子につられてか、俺の身体からも疲労感が少し抜けていく気がした。 

「…………キレイ……」

 うっとりしたように、キュットはたどり着いた場所を見上げる。

 そこは残念ながら森の外ではなかった。ちょっとした広場のように開けた場所になっていて、この部分にだけなぜか一本も木が生えていないのだ。そのおかげで遮る物のないこの場は、空に浮かぶ月の光がさんさんと降り注いでいた。星々の瞬きもしっかり拝める。

 ……いや、なぜか木が生えていないといったが、目の前の光景を目撃すれば、その理由など一目瞭然だ。しかもその光景は、光が森の出口から入り込んだものではないということを俺達にまざまざと知らしめたというにもよらず、俺はまったく失望を感じていないどころかむしろ、やった! という喜びが心に湧き出てくるものであった。 

「やったぞ……キュット!」

 そこには俺がこの世界で目覚めた、プレハブ小屋のような様相をしたところどころが薄汚れている灰色の外装をした建物があったからだ。


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