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第十話 突入

「話はシパーソン様から聞いている。『魔物』に気をつけて進め」

 と、一体どう気をつければいいんだよと、思わずツッコミたくなるようなありがたい助言を門番の方からいただき、これまで散々通行止めされていた門を呆気なく通過した俺は、背後でゆっくりと閉ざされていく門を見返すこともなく、前へと歩く。きっと様々な人の往来により出来たのだろう。足元に若干ながら道らしいものがあった。ひとまずそれに従って前へ。

 空には月、それと数多の煌く星たちが各々姿を地上の人間達にも見えるところにまでわざわざ姿を出現させていた。もうすっかり夜だ。

俺は提灯の灯りを辺り一面を照らすようにするのではなく、前方がより多く照らせることを優先して、なるべく提灯を持つ手を突き出しながら前進する。

 何か生き物の存在を証明するための音声は、虫の声一匹たりとも鳴り響いていない。あるのは、時々流れてくる鼻孔をくすぐるさわやかな微風と、それによって辺り一面の草原の草葉がひっそりと、その身体を左右に揺らされるわずかな音だけだ。

 ふと、俺の足が止まる。ここまでまっすぐ延ばされていた道が、大きく右方向へと曲がっているといった箇所に到着したからだ。俺はその道を無視して、ただまっすぐという一言を頼りに直進する。

 ここか…………。

 一寸先は闇。

まさにこの言葉通り、まったく奥の状況が見えない。この森ですら、あまりの暗さに近づかないとその存在を認知できなかったというのに……これじゃあ先が思いやられる。この暗黒空間を構成している主な原因は、星や月明かりがけっして地上に洩れ届かないよう、木々の枝葉達が隙間を生み出さないよう念入りに塞いでいるからだろう。

カペさんにもらった提灯もどきがまさかこんなに役に立つとはな……。これまでは電灯――光がどこにでも溢れているようところで暮らしていたせいか、明かりを持ち歩くという習慣が俺にはないし、まだこの世界で過ごした日数も乏しい。

一歩森に踏み込んだ途端、何か空気が変わった気がした。まるで空気がひんやり絡み付いてくるようで、真っ暗な森にさらなる不気味さを醸し出すための手伝いを存分にしている。

 ……幽霊でもいそうだな……この森。

 だが、今注意を払わなければいけないものは幽霊という超常現象ではなく『魔物』だ。

 まったく理不尽な話だ。やつらはただでさえ身体能力が優れているにもよらず、そればかりか人間には使うことが不可能な魔法まで用いてくるときたものだ。

おそらく《戻らずの森》などという大仰な名称で街の住人から畏怖の対象となっている森だけあって、他の地区より『魔物』の遭遇率が高いのだろう。それか非常に凶悪な能力を保持した魔物でもいるのか……。

さて、問題はここからだ。俺は一旦森へと踏み込んでいく足を止め、キュットがどこから森の内部へと連れ去られたか推測してみる。

もし仮にやつの――シパーソンの話を信用するならば、キュットは馬車に乗せられているとのことだ。となると、ある程度の木々の隙間――道幅が要求されるはず。門からまっすぐ直進した、ということだったから恐らくここら辺から入っていったはず……いや、あってくれ。でないと困るぜ……。

 森の外側に沿って地面を灯りで照らす。もし来ているならタイヤ痕なり、馬の通った形跡なりと証拠があってもおかしくはない、特にここは人が誰も訪れないとのことだから、もしあるならその痕跡はわかりやすいはずだ……。

 すると、大して歩くことなく、明らかに不自然に足元の草が倒れている箇所を発見した。それはちょうど馬と馬車が通ったような痕と酷似しているように思われる。

 俺はその馬車が突き進んで行っただろう箇所から、続くように森に侵入する。

 すぐにでも駆け出したいところだが、下手に急いで足元の手がかりを見失うわけにはいかないので、慎重にならざるをえない。

そこからしばらくいったところで、ふと視界が明瞭になった気がした。さっきまで灯りがなければ目隠ししているのとほぼ同じ状態だった視界が、しだいに近くの物体であれば判別できるようになってきたのだ。きっと徐々に暗闇に目が順応してきて、夜目が利くようになってきているのだろう……。

「うわあああああああああぁぁぁぁ!」

 突如として聞こえてきた悲鳴が、静寂を破り森一帯へと激しく響き渡る。

 ぴたり、と俺は足を止めると、即座に声の方向へ顔をやる。

久しぶりに感じるほどにようやく音らしい音を耳にした俺は、一度振り返って背後を確認してから、神経を集中させつつその音源――人がいると思われる方角へ帆を進める。

足元はもちろん整備されているわけもない、数多くの木の根があるので足を掬われないよう注意しながら歩いていると、少し距離が離れた前方に、オレンジの丸い光が視界に飛び込んできた。それは近づいていくに従い人工的な灯りだと判明してくる。

なぜなら、それは俺の手に持っている提灯もどきと似たようなデザインで、その上馬車の荷台部分の側面にかけてあるからだ。

俺はついに見つけたのだ、馬車を! 制止していてその場からは動く様子はない。

提灯もどきを地面に置く。本当は火を消してしまいたいところだったが、不覚にも再び蝋燭に点火する道具を所持してくるのを忘れた。くっそ……焦っていたとはいえ、麻袋を持ってくるぐらいの知恵は働かせるんだったぜ。

出来るだけ気付かれにくいよう木の陰に提灯もどきの場所を修正すると、現在地点から馬車目がけて右方向から回り込むように接近していく。万が一俺の所持してきた提灯もどきの照明を発見されたとしても、むしろそれに注意を引かせている間に馬車へより忍び寄れる。

「うっ…………」

 思わず俺は腕で鼻付近を覆った。

 この匂いは……血だ……。人間の血。

 俺の額から嫌な汗が流れる。悪い予感が当たらなければいいが……。

「…………!」

 すぐ側にまで迫った俺は驚きでわずかに目を見開くが、すぐに気を取り直して集中するように険しくなる。

人間――恐らく男……らしき人間が倒れている。背中から流れ出た血がその場に広がり地溜まりを形成しており、右手には交戦したのだろう、剣が握られていた。

そして木の陰からより注意深く観察してみると、男の両足は見事に凍り付いていた。

 俺は片方のこめかみを二本の指で押さつけながら、ぎゅっと目を閉じる。それから息を吐き出しながら再び開眼した。

 ――ヤツだ。

 俺が目覚めて間もないというのに、いきなり挨拶もなしに襲い掛かってきた魔物。

 しかし、もしこれが馬車であるのなら、明らかに足りていないものがある。それを確認しようと周囲に首をやったが……いない。

 馬の存在だ。一応二頭で引かれていた名残みたいなものがあるが馬車だったものから見て取れるが、肝心の馬達がどこにも見当たらない。

 俺は生物の気配を感じなかったことから、意を決して全体が幕で覆われている積荷があるだろう箇所へいっきに駆け寄る。それから、後ろから幕を勢いよく捲り上げた。

「はっ…………はは……はあ……」

大きな安心感と共に俺はそっと胸を撫で下ろす。中は隅っこに一個だけ置いてある提灯もどきが照らしていた。そしてそこには、オレンジの光に照らされた、両膝を抱えて体育座りの姿勢を取り、顔をぐっと俯かせながら両耳を手で塞いで震えている、見覚えのある服装をした女の子が一人いた。

キュットだ!

 まだ俺の接近にすら気付いていないようだったので、肩にポンと手を置く。

彼女はびくり、と体を振動させたかと思うとゆっくりとこちらを見上げてくる。恐怖からだからはその瞳はわずかに涙で濡れている。こんな状況では無理もないことだ。

「わかるか……俺だ。ヤストだ! 助けに来た」

「………………」

 まだ現実かどうか図りかねているような不安な表情で、俺のことを上から下まで大きな眼を動かして吟味するようじっくり確認した、と思ったところでがばりと勢い良く無言で俺へと抱きついてきた。マシュマロのようなやわらかい身体が容赦なく押し当てられて、俺はこんな状況にも関わらず少しドキドキしてしまう。

 俺の胸に顔をうずめて微動だにしないキュット。だが、せっかくの再開だがいつまでもこうしているわけにもいかない。

「キュット、そろそろ……」

 俺にしがみついたまままるで解放してくれそうにないキュットの頭を恐る恐る撫でてから、背中を軽くぽんぽん、と叩いてやる。すると、キュットはゆっくりと俺から身体を離してくれた。

 泣いたせいか、キュットの目元は少し赤くなっている。ここでハンカチをさっと出せるような紳士的な気遣いできないことがこの時ばかりは悔やまれる。

「キュット聞かせてくれ。この馬車を運転していたのは男一人だけか?」

 彼女は弱々しくも頷いてくれる。その時だ!

 キリリリィ…………。

 俺とキュットはピタリ、身体を硬直させる。二人して顔を見合わせたあと、しゃがんだ姿勢からゆっくりと幕を少しだけ開いて、外の様子を確認した。

 四匹…………。

 その内の一匹は馬の頭を、もう一匹は胴体の一部分を咥えてちょっと遠めに位置しており、残りの二匹は俺達を追い詰めるようにゆっくりにじり寄ってきていた。そこで俺は察する。

 ……ああ、嵌められたのか…………。

 要はやつらにとって、最初から俺が森にいるなど百も承知。だからキュットだけは殺さずにわざとここに残していたんだ。俺をここへおびき寄せるためにわざと……。その賢さ、少しは賞賛に値するぜ。

 俺は何としでもキュットを守ろうと、腰にぶら提げてあるナイフに手を掛ける。そうしてからキュットをなるべく奥の方に詰めてから、どこからでも来いとナイフを斜に構えて魔物たちの挙動に視線を浴びせる。

 ……………………。

 おかしい。


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