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第九話 嘘か真実か

 どれくらいの時間が過ぎただろうか、空が真っ赤に燃えているかのような幻想的なオレンジ――夕焼け空に包まれた頃、俺はのこのこと宿屋に舞い戻ってきた。……来てしまった。

「ヤスト! あんたどうして……。いや、それよりキュットは? キュットはどうしたんだい?」

 宿屋の扉を開くや、ちょうど目の前に立っていたカペさんが、即座に詰め寄ってきた。

俺はあの強気なカペさんが不安の色を滲ませた表情になっていることに気付く。しばらくうな垂れていた俺だったものの、やがてぽつぽつと事の詳細を語った。

「そうかい……」

 体験した出来事を話終えたときのカペさんの返答は、俺の予想に大きく反しシンプル極まりないものであった。俺はカペさんの顔色を窺いながら、

「怒らないんですか……? 俺、カペさんの約束……守れなかった……のに……」

 ……くそ! 思い出してきたら腹が立つ。悔しいし、何も出来なかった自分の路傍の石ころにも劣る無能ぶりが情けなかったことか――。

「いてっ!」

 突然の痛みに俺は頭部をさすりながら押さえる。見るや、俺はカペさんが手を降ろしているところだった。どうやら脳天めがけチョップを食らってしまったらしい。

「何考えているんだい? ヤスト、アンタはやることを充分こなしたよ。そりゃあムカつくかって聞かれたら、めちゃくちゃムカつくさ! でも……」

 ポンっ、と俺の頭に再びカペさんの手が乗っかる。しかし、今度は優しい手つきで。

「ヤストが無事でよかったよ」

 …………。

 キュットの優しさは、もしかしたら母親譲りなのかもしれない……。なんだか……悲しくもないのに、無性に泣きそうな気分だ。

 俺は涙を我慢するように首を横に振ると、床に置いた今日一日ずっと持っていた荷物を収納するための麻袋を肩に担ぎなおす。

「カペさん。シパーソンの家、どこにわかりますか?」

「それを知って、あんたはどうする気なんだい?」

「助けにいきます。……確実にキュットがシパーソンの家にいるとは限らないけど……そしたら俺はあいつの首根っこをひっ捕まえてでも居場所を吐き出させてやる。大丈夫、俺はこの街の人間じゃない。だから、失うものなんてもう何も……痛っ!」

 またもやカペさんにチョップを食らってしまう。それもどんな寝ぼすけでもすぐさま跳ね起きるだろう、中々に強烈な一撃だ。

「アホなことほざいてるんじゃないよ、バカが! せっかく助かった命、もっと大切にしな。それにもうヤストには関係ないよ。あとはあたしが何とかするから、あんたは明日にでも早く他の街に行くことだね」

 カペさんは、俺を突き放すような一言を言い放つ。だが……関係ない、だと……。

「俺は……」

 と言いかけたところで、ノックや人の気配等のいっさいの前触れもなく、いきなり宿屋の扉が勢い良く開け放たれた。

「どうも、し・つ・れ・い、するよぉ!」

 まさに時の人、シパーソンが調子のいい時に見せる無性にいい笑顔で宿屋へと高級そうな靴でつかつかと音を鳴らしながら上がりこんできた。そのまま、わざとらしく今俺という人間の存在に気付いたような演技をして、

「あれれ、君、こんなとこにいたのかぁ! ちょうど良かったよ、まさに君を探していたところだったんだ!」

 宿屋に戻れと指示したのはおまえ自身だというのに。

「おい! シパーソン、お前本当に貴族か? ここは土足厳禁だ、まさかそんな礼儀も知らない……わけないよな?」

 と、言ってから俺は後悔する。挑発しているとわかっているのにも関わらず、俺もやつを煽り返してしまった。俺だけに被害が及ぶならいいが、この宿屋にまで何か危害が加えられるのは、何としてでも避けたい。

「なんだと……」

 案の定、今の今まで気持ち良さそうに話していたシパーソンは、イラついたように目を細める。

「それより、俺に何か用があるんじゃないのか?」

 あいつの怒りが別の矛先へ向かう前に、先んじて俺が話を誘導してやる。「そうだった!」と気を取り直したシパーソンは、なんと単純なことにすぐにころっと嬉しそうな表情に戻る。

「実は、僕がここに来た理由というのはだね……君に伝えた方がいいじゃないか、という情報を僕がたまたま偶然耳にしたからね、わざわざここまで足を運んだのだよ」

 シパーソンは勝手に近くの木の椅子を自分の下に引っ張ると、偉そうに足を組みながら腰をかけた。そのくせ「硬い椅子だな……」と文句も忘れない。

「近くに森があるのは知っているか? どうやら平民からは《戻らずの森》だがなんだかと言われている」

「ああ、知っているよ」

 俺がぶっきらぼうにやつに肯定すると、よりいっそう顔を笑顔で埋める。

「そうかそうか! だったら話は早い。この宿屋の娘、コーション・キュットがその森に馬車で連れ去られた、という情報を僕は得たんだ」

 !!

 戦慄が俺の身体を駆けめぐる。シパーソンの口にした事実が素早く飲み込めず、一瞬金縛りになってしまったごとくぴくりとも指先すら動かせなかった。

 それから湧いてきたのは怒りだ。腹の底からぐつぐつと煮え立つぐらい、無性に怒りを俺は覚えた。 

 なんて男なんだこいつは。自分が気に食わないからといって、『魔物』が出現する森なんかに連れ去るなんて……。

魔法まで扱える『魔物』の住処に放りこまれたら、誰だって生還する可能性はよほどの幸運がない限り不可能だ。俺だってそのよほどの幸運に恵まれたから今ここに存在しているが、再び森に行って命を留めたまま戻るなんて離れ業、やってのける自信など全くない。

 だが、俺はぐっとした唇を嚙み締め、怒りに震える身体を落ち着かせる。ここでシパーソンをぶん殴るのは簡単だ、だが今はわずかでもキュットの情報を引き出さなければならない。

 その時だ。ゴーン、ゴーンと規則的に数回ほど打ち鳴らされた重低音が、俺の鼓膜を揺らした。しまったと思ったときにはもう遅い、これは閉門を告げる鐘だ。

 しかし、それを待ってましたとばかりに気味の悪い笑顔を浮かべた男がいた。――もちろんそれは他ならぬシパーソンのことであり、俺の耳元にまで近づけるとひそひそとした小さな囁き声で話しかけてくる。

「いやー、鐘が鳴ってしまったねぇ~。でも、僕もこの事態には非常に心を痛めている。そこで、君だけ『とくべつ』に鐘が鳴り終えても、しばらくの間だけ通してやるよう、門番においてあげたよ……」

 ふふっ、と鼻で笑いながらシパーソンは離れていく。そのまま颯爽と身を翻して、用は済んだとばかりに宿を去っていこうとした……が、立ち止まると再びこちらへ振り返った。

「おっと、言い忘れていた! 門は君が今日、一番最初に向かったところだよ。森への道順は簡単だ、門を出てただ一直線に進めばいい。聞くところによると、コーション君もまっすぐ森に連れ去られたらしいしね」

 それじゃあ検討を祈るよ。と芝居がかった仕草で俺に片手を上げると、今度こそその忌々しい姿を宿屋から、そして俺の視界から消していった。

 するり、と俺は麻袋を手から放して床へと落下させると、そこから俺が元々着用していた黒い半袖Tシャツを引っ張り出して、おもむろに今着ているシャツを脱ぐとすぐに出した黒い服へと着替え直す。逆に、入れ替わりになるように今度は白いシャツを麻袋の中に。この方が少しでも闇夜に自分の体が紛れるだろう。魔物に視力があるのかどうかは不明だが、何もしないよりはだいぶましになるはずだ。

 そのまま俺がドア目がけ早足に進んだところで、その肩をカペさんにがっしりと掴まれる。

「待ちな。ヤスト……あんたどこ行く気だい?」

「……お願いですカペさん。俺にキュットを助けに行かせてください」

「あんた、もしシパーソンに騙されていたらどうするの? あいつはヤストのことが気に入らないんだから、わざと森へと入らせようと嘘をついているのかもしれにじゃないか」

 それは…………俺もわかっている。

だがなカペさん、逆に真実である、という可能性だって一パーセントだとしたってありえるかもしれないのだ。そしてもし生きていると仮定すれば、今キュットの置かれた状況は圧倒的絶望感に支配された空間にいるということになる。

「でも……俺、行きます! すみません、例えカペさん止められたとしても……」

 セリフの続きはカペさんに手で制される。それから、カペさんの呆れた時のクセなのか、はあーとため息をつくと、ちょっと待ってな宿屋の奥の方へ引っ込んでいき、すぐに何かを手に戻ってきた。

「これ、持っていきな」

 なんだこれ、提灯(ちょうちん)……か? 俺は提灯の実物を拝見したことがないのでこれといった確証はないが、俺の思い浮かべる提灯の姿とそれは酷似していた。中には蝋燭か何かがあって、火が灯されており、そこから発せられるオレンジの光が周囲が一定の範囲を照らし出している。

「どうせ私が止めたって行くんだろう? ならこれが必要になるはずだ。森は……いや、森に限らず夜は暗い。これがないと無駄死にする確率が上がるだけだよ」

それを受け取った俺は、確かに光がないとなんもわからんよな……と自分がだいぶ冷静さを欠いていたことに気付かされた。

「それじゃあ、俺、キュットを迎えにいってきます!」

 そうして俺は夜の世界へと身を飛び出していった。カペさんの珍しい、優しげな瞳に見送られながら――という豪華なオマケつきで……。 


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