プロローグ
ウォォォォォォォォォン。
まだ朝にも関わらず、そんなこと一切考慮しない古い型の白いスピーカーから、警告を知らしめるための重低音なサイレンが騒がしく鳴り出して、町一帯に降り注ぐように響き渡る。
――まったく、本当だったら高校三年生になってるはずだってのに『ヤツラ』のせいで……。
「俺……行かないと……」
「ちょっと待って!」
ところどころ黒ずんで汚れている白衣を身にまとった若い男は、今まさに外へ向かわんとする同い年の男に慌てて声をかけた。
「どうした? これはもう――完成しているんだろ?」
男はほどよく筋肉がついた腕に掴んでいる、西洋風の一振りの刃物を白衣の男の前に掲げた。
「う、うん……。いや、そうじゃなくて、これ……」
差し出したのはもくもくと白い湯気を赤いマグカップから狼煙のように立ち上げる、一杯の入れたてらしきココアだった。
「戦いには冷静さが必要だよ。……君はいつも冷静だけど……きっとこれを飲んだら、緊張も解けるはずだ……」
そんな呑気なことを言っている状況ではない……が。
しかし同時に男は理解していた。一目散に飛び出していったからといって、もはや何かを変えることはほぼ不可能であろうということを……。全てが後手――遅すぎたのだ。
「……ああ。その通りかもな……」
男は気付かないうちに強張っていた身体からそっと力を抜くと、熱いマグカップを受け取って軽く口に含む。鼻をつくような甘い匂いと共に仄かな温かみが喉を伝い体内を巡る。
近くのパイプ椅子を引っ張り寄せると座席部分を開いて、そのまま腰を落ち着ける。
パラパラッ…………。
その時だ、軽い振動を感じて天井を仰ぐと細かな塵、埃が天井から零れ落ちてきた。
熱さに耐えながらいっきにココアを飲み干して腕で口元を拭うと、男は再び立ち上がる。
「…………なっ……に!」
だが、男の体はまるで糸が切れたかのように、その場に力なく崩れ落ちてしまう。
同い年の男は、自分の肉体にも関わらず指一本満足に動かすことが出来ない。まるで全身痺れてしまったかのように――
自分の耳には慣れ親しんだ白衣の男の声が降ってくる。地面に倒れているせいだ。
「ごめん。でも……僕は君に生きていて欲しいから……」
何が……起きた……?
「それじゃあね――」
そこで、男の意識は闇に閉ざされた。
城下町。天の神を意味する名前を持つこの街は、四方を美しい自然に囲まれている。南方は青々した木々が鬱蒼と繁り、見るもの誰もが果てしなく続くいているのではと錯覚させてしまうほどの深い緑――森が延々と広がっている。東方にはその頂上に純白の雪景色を残す、まるで巨大な壁のようにそびえ立つ山々。北方、西方には足首ほどしかない雑草と美しい色とりどりの花が咲き乱れ辺り一面に広がる、初めてその光景を眼にするものが、思わずため息を洩らしてしまうほどに魅了してしまうだろう美しい平原が。
住民はおよそ八万人。国の交易の中心地を担っているこの街には、さまざまな人々が縦横無尽に行き交い、もちろん他国から訪れるものも少なくない。
隣国と同盟関係を結んで以来大規模な戦争も起こらず、特にここ数年住民達は平和を満喫しており、街には活気が溢れている。
……だが、誰もが心の底から安寧に浸れているかといえば――それは違う。
なぜなら――皆知っているからだ。
この世界で恐ろしいものは、決して人類の戦争だけではないことを…………




