幻影水晶 12
「……きて……起きて……タイラー?」
遠くから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
俺はゆっくりと眼を開いた。
「あ……タイラー!」
嬉しそうな顔でそう言うのは……
「フォルリ……か」
いつも無表情なフォルリだが、その時ばかりは今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。
「おお、戻ったか」
と、フォルリの背後ではセピアが嬉しそうにこちらを見ている。
「え……えっと、俺……」
「ふむ。どうやら、無事戻ってきたようじゃの」
「あ……あれ? アニマは?」
「店主か? そこで隠れておるぞ」
そういって顎で店の奥を指すセピア。
すると、店の奥の机の影から、アニマがゆっくりと出てきた。
メイド服ではない。いつもとおりの魔女らしい姿のアニマだった。
「アニマも、戻って来られたのか」
「え、ええ。そうね……まったく、とんだ魔宝具がウチの商品に紛れ込んでいたものだわ……」
アニマは憤慨してそう言った。
「ほぉ……幻影水晶は、基本的には自ら働きかけなければ作動しない魔宝具のはずじゃがのぉ」
「……ええ。そうよ。私が使おうと思ったから作動しちゃったのよ。悪かったわね」
そういってアニマはそのまま俺達に背を向けた。
「……あ。そうだ」
しかし、急に振り返って、アニマは俺と隣にいたフォルリの方を観る。
「フォルリ。アナタ、幻影水晶の世界でのこと、覚えている?」
「え? 否定。フォルリ、意識はなかった。タイラーと一緒に元の世界に帰りたい。それだけ、考えてた」
戸惑いがちにフォルリがそう言うとアニマはなぜか不機嫌そうにフォルリを見た。
「ふんっ。まぁ、いいわ。覚えてないのね。つまり、あの世界での出来事は私とタイラーの中だけの秘密、ということね」
なぜか強調するようにアニマは言った。フォルリは不思議そうに首をかしげていた。
「まぁ、何にせよ、主よ。今日は疲れたじゃろう。早く家に帰るのじゃ」
セピアがそう言ったので、俺もそのとおりだと思い、ゆっくりと立ち上がった。
「ダメよ」
と、聞こえて来たアニマの声に俺達は同時に振り返った。
アニマはなぜか嬉しそうに両手を組んで俺達を見ている。
「あんな不思議な世界に飲み込まれていたのよ? ……もしかすると、身体に異常があるかもしれないわ」
「え……じゃあ、俺にどうしろっていうんだよ……」
「決まっているでしょ。タイラー、今日は私の家に泊まりなさい」
「……は? え……えぇ!?」
俺が驚いたにも拘らず、俺を観るアニマの眼は至極本気のようだった。