幻影水晶 9
「若様。お茶、持ってきたわよ」
何も知らないメイド姿のアニマは、上機嫌で俺の部屋に戻ってきた。
「……ああ、どうも、『アニマ』」
俺がそう言うと、アニマはぎょっとした顔で俺を見る。
「……え、えっと……若様? な、何か言ったかしら……」
「ああ、言ったぜ。ア、ニ、マ。お茶を持ってきてくれありがとう、ってな」
俺がはっきりとそう言うと、今度こそアニマは信じられないという顔で俺を見る。
「え……わ、若様……よね?」
「いいや、若様じゃねぇな。俺は、ジョセフ・タイラーだ」
俺がそういうとアニマはいきなり立ち上がった。
そして、一目散に部屋の扉に向かって走りだした。
「あ! おい! 待て!」
と、俺が立ち上がって追う……必要もなかった。
「きゃあっ!」
長いメイド服のスカートを、アニマは盛大に踏んづけ、そのまま床に思いっきりずっこけたのだ。
「あ……アニマ?」
しばらくアニマは倒れたままだった。しかし、しばらくすると、どこからかすすり泣くような声が聞こえて来た。
「……え。おい、アニマ、お前……」
すると、アニマはゆっくりと起き上がり、こちらに顔を向けた。
まるで、悪戯がバレて恥ずかしがっている子供のような顔だった。
「……わかったよ。別に怒ってないって。で……なんでこんなことしたんだよ?」
俺は飽くまで冷静に、アニマにそう訊ねた。
「……この魔宝具の魅力に抗えなかったからよ」
申し訳無さそうにアニマはそう言った。
「この魔宝具ってことは……この異常な状況は、魔宝具のせいってことだな?」
アニマは続けて小さく頷いた。
「なるほど。で、その魔宝具は一体どういう代物なんだ?」
「……『幻影水晶』という魔宝具よ」
「……幻影水晶?」
「……ええ。それが、この魔宝具の名前よ」
「魔宝具……代償魔宝具か?」
「……違うわ。普通の魔宝具……まぁ、在る意味では代償魔宝具よりも厄介な代物だけれど」
そういってアニマは大きくため息をつく。その動作を見ると、やはりアニマなのだと理解する。
「で、どういう効果の魔宝具なんだ?」
「……この魔宝具は、世界を形成することができるの」
「世界? なんだそりゃ?」
「そうね……簡単にいえば、今私とアナタがいるここは、水晶の中の世界なの。つまり、この魔宝具は、使用する時に強く願うことで、水晶の中に限定された世界を創造することができるのよ」
そう言われて俺はなんとなく意味が理解できた。
どこまでも続く庭、そして、俺とアニマしかいない状況……
「なるほど。で、ここはお前が創りだした世界なのか?」
俺がそう訊ねると、アニマは少し躊躇ってから、俺の方を観る。
「……正確には違うわ。ここは……アナタが作った世界よ。タイラー」