幻影水晶 8
それから、どれくらい経っただろうか。
俺は目を覚まし、メイドが用意する朝食を食べ、その後庭を散歩し、眠りにつく。
見る風景はいつも一緒で、変化がなかった。
それでも、なんだか酷く落ち着いた。まるで違和感がない。
「ねぇ、若様。もう、外に出たいなんて……思わないわよね?」
日課の散歩が終わった後、俺はベッドに横になっていた。
メイドは、俺を覗きこむようにして上から見下ろしている。
「ああ……思わない」
「それは良かったわ。このままいつまでも、永遠に私と二人だけ……それで、いいのよね?」
「ああ……それで良い」
何も考えることが出来なかった。ただ、メイドの問いかけに対し肯定的に返事をするだけ。
メイドの口調が少し前から変わった気がするけど……些細なことだ。
「嬉しいわ。これで、ずっとアナタは私だけのもの……アナタも、嬉しいわよね?」
「ああ……嬉しい」
メイドは嬉しそうに微笑む。俺もなんだか嬉しくなった。
でも……なんだろう。何かが違う。そんな気持ちは未だに残っていた。
「今日も疲れたでしょう? ああ、そうだ。お茶を用意しましょう。それを飲めば、もうきっと、アナタも何の悩みもなく、永遠に過ごせるはずよ」
そういってニコニコしながらメイドは部屋を出て行った。
しばらく俺は呆然としていた。
あのメイド……一体何者なんだろう。
その疑問も段々薄れてきている……そして、俺自身が誰かという疑問も。
「このままだと……俺は……」
『完全に、店主の欲望に飲み込まれてしまうのぉ』
その瞬間、俺は飛び起きた。
「え……だ、誰だ!?」
『ふむ……さすがに我等のことは覚えておらんか……まぁ、良い。主よ。とにかく、ベッドの下にしまった本を取り出すのじゃ』
「え……本?」
『そうじゃ。自分で隠したじゃろう?』
言われてみればそんなこともあった気がする……俺はベッドから降りて、その下を探す。
「あ」
声の言ったとおりに、ベッドの下には本が置いてあった。酷く埃を被っていたが、確かにかつて俺が見たことの在る本だ。
『さて……最後の頁、見てみるのじゃ』
「最後の……頁?」
俺は半信半疑のままに、声の言われたとおりに本の最後の頁を見る。
最後の頁には、ただ一言『帰ってきて』とだけ書かれていた。
「これは……」
『我等とフォルリができるのはこれが精一杯じゃ。あの面倒な店主は……主の判断に任せる。主よ。どうか、帰ってきてくれ』
「え……お、おい、セピア、ちょっと待て……え?」
声は聞こえなくなったが、俺は思わず驚いた。
セピア……俺今、セピアって……
「フォルリと……セピア……うおっ!? そ、そうだ。何をやってたんだ俺は……」
あまりのことに俺は驚いてしまった。
「ったく……あのメイド姿……アニマは一体、何考えてんだよ……!」
その瞬間、俺、ジョセフ・タイラーは総てを思い出したのだった。