人真似の偽典
「本と人間の区別がつかないヤツは、司書には向いていない」
――老練な図書館の主
「おーい、アニマ~?」
俺は「マジック・ジャンク」の店内を物色しながら、アニマに呼びかけた。
しかし、返答はない。
「なんだよ……寝てんのか? 仕方ねぇな……」
「……タイラー……助けて」
と、どこからかアニマの声が聞こえて来た。
助けて、という言葉に俺は少し驚く。
「え……アニマか?」
「そう……ここよ。タイラー……」
「はぁ? どこだよ?」
「アナタの目の前……ここにいるじゃない」
そう言われて俺は目の前を見てみる。
と、一冊の本がそこにあった。
「私はここよ……タイラー」
声は……不思議なことに、本から聞こえて来ているようだった。
俺は半信半疑ながらも、本に近づいていく。
「え……お前、アニマ?」
「そうよ。私がアニマよ」
「え……でも、お前、本……だよな?」
俺は信じられず、思わず本に手を伸ばす。
「なっ……何さわろうとしているのよ! 触らないで!」
「え……あ、ああ。すまん」
「……はぁ。とにかく、アナタが来てくれて助かったわ。困ったことになっているの」
「え? 困ったことって?」
「それが――」
「タイラー? 誰と喋っているの?」
と、そこへまたアニマの声が聞こえてきた。
みると、そこにはアニマの姿があった。
本ではない。ちゃんとした人間の姿をしたアニマである。
「え……アニマ?」
「ええ。そうよ。どうしたの? 不思議そうな顔をして」
「あ……だって、今――」
「騙されないで! タイラー!」
と、本がいきなり大きな声で俺にそう言った。
俺は驚いてもう一度そちらを見る。
「え……どういうこと?」
「だから……ソイツは偽物よ。私が本物のアニマなの。油断したわ。魔宝書如きに遅れをとるなんて……」
俺はそう言われてアニマの方を見る。
アニマは呆れた顔でこちらを見ていた。
「ど、どういうことなんだ?」
「……はぁ。そんなところにあったのね」
アニマはかなり面倒くさそうな顔で俺の方にやってくる。
そして、本を見て大きくため息をついた。
「『人真似の偽典』。厄介な魔宝具よ。所有者の物真似をして、もし、誰かが本を所有者本人だと判断したら、コイツがその所有者になり代われるっていう、魔宝具……どう? これでわかったでしょ?」
「え……ま、まぁ」
「タイラー! ソイツの言っていることは嘘よ! 私がアニマなの! ねぇ、タイラー、助けてくれたら、私、アナタの云うことなんでも聞くわ! 今までアナタに酷いことをしてきたことも謝るから!」
そう言われて俺は思わずプッと吹き出してしまった。
そして、笑いを抑えながら、本を見る。
「あはは……そりゃあ嬉しいねぇ」
「そうでしょ? だから……」
「残念だが……お前はアニマじゃないね。アニマは死んでも俺に対してそんなことは言わない。やっぱり所詮は物真似レベル……みたいだな」
俺がそういうと、本は黙ってしまった。
そして、アニマが本を手に取る。
「觀念したみたいね。まったく……この魔宝具、処分しようとしても、いつのまにか店頭に戻っているのよね……面倒な魔宝具だわ」
「ふぅん……なぁ。それ、どうするんだ?」
「どうするって……もう、燃やすくらいしかないわね」
「そ、そんなぁ! タイラー! 助けて!」
燃やす、と言われて本は急に叫びだした。アニマも渋い顔で本を見ている。
「自分の声でギャーギャー叫ばれるのは、最悪ね……」
「……なぁ、アニマ。ソイツ、俺にくれないか?」
俺がそういうと、アニマは目を丸くして俺を見ている。
「……い、いいの? 私、アナタを騙そうとしたのに……」
今度喋っているのは、本のようだ。
しかし、声は完全にアニマのそれである。
俺はそれが面白くて本をアニマから受け取る。
「ああ。ただし、俺をもう一度騙そうとしたりしら、今度こそ燃やすからな」
「……ありがとう! タイラー! 大好き!」
アニマの声でそう言われてしまい、俺は笑いをこらえるのがやっとだった。
しかし、その瞬間、本が一瞬にして黒い炎に包まれた。
本はあっという間に灰になってしまい、俺は唖然としていた。
「……物真似をするにしても、していい人の物真似と悪い物真似があるわよね。そう思うでしょ? タイラー?」
俺はニッコリと微笑むアニマを見て、ひたすらに同意することしか出来なかった。