幻影水晶 4
「……どうなってんだ。これは」
俺は少し落ち着いてみた。
……いや、落ち着くという表現は間違っている。
まず、俺は誰なのか。あのメイド曰く若様、と呼ばれている。
つまり、この大きな屋敷の主人、あるいは、その主人の息子ということになる。
そして、あのメイド。
見たことのあるメイドだ。そして、あの美女が、あんな格好をしているのは、相当違和感があるのもわかる。
「……せめて、俺は誰なのか。それくらいわかってくれないかな」
俺は助けを求めるように、部屋を見渡す。
何もない部屋だ。ベッド以外に何もない。
まるで、この部屋で俺は寝ること以外の行動をしてはいけないかのように。
「……ん?」
と、ふと部屋の隅に目を写した時だった。
本だ。大きめの本が、なぜかそこに置かれていた。
「なんだこれ……見たこと……あるぞ」
俺はそう言いながら本を開く。
しかし、本には何も書かれていなかった。白紙の頁が延々と続いている。
「なんだこれ……変な本だな」
そういって本を閉じようとした時だった。
「……ん? 最後の頁に何か書いてあるぞ」
最後の頁をめくり、今一度本を見る。
「『アナタの名前、ジョセフ・タイラー』……なんだこれ」
最後の頁には、その一文しか書かれていなかった。
……ひょっとして、この『アナタ』っていうのは、俺のことなんだろうか。
俺の名前はジョセフ・タイラー……なんとなく聞き覚えがある。そして、ピッタリと来る名前である。
その時だった。
「若様? いかがされましたか?」
と、ドアをノックして、メイドの声が聞こえて来た。
「え……あ、ああ。いや、なんでもない」
俺は慌ててその本をベッドの下に隠す。
なんだか直感だったが、あのメイドには本を見られてはいけない……そんな気がしたからである。
「朝食の用意ができました。食堂にお越しください」
「あ、ああ。わかった」
俺は未だに頭に何か引っかかるものを抱えながらも、部屋を出ることにしたのだった。